第65話 準備段階?


 ソファーも無ければテーブルも無く、他にも大して家具もない居間には、大きなテレビだけが置かれた。

 他にあるとすれば、スバルが転がる絨毯くらいのものだった。


「何もないから、けっこう広い部屋だと思ったけど、こうなると、さすがに狭苦しいわね」


 十六畳のリビングを見渡した由華が嘆息する。


 というのも、現在はスバルに限らず、七人の少女が転がっているからだ。


「さあ、できたわよ」


「やった~! お腹ペコペコだよ~」


「レミ! 少しは反省しなさい。私達ふたりが、いの一番にやられたのに......」


「だ、だって......お腹が空いたんだもん」


 由華の声に反応した麗美れみを双子の姉である瑠美るみが叱りつける。

 恐らく、前回の戦闘で何もできなかったことを恥じているのだろう。


「いいから食べろ! 食わないなら俺が食うぞ?」


 むくりと起き上がったスバルが、由華からカツ丼を受けとりながら、双子に脅しをかける。


「た、たべま~す」


「うっ......」


 麗美は元気よくお盆に乗せられたカツ丼を手に取り、瑠美は口惜しそうにスバルを睨みつけた。

 しかし、スバルは気にすることなく、カツ丼を持ったまま立ち上がると、ゆっくりと移動して、横たわっている静香の傍らに腰を下ろした。


「どうだ? 動けるか? 食欲があるなら食べた方がいいぞ?」


「だ、大丈夫です。食べられそう......いった~」


「おいおい、無理するなよ。まだ傷が塞がっただけなんだから」


「そうだぞ! シズ、ほら!」


 自分で起き上がろうとした静香が痛みに顔を顰めると、スバルと久美子が両脇から

彼女のことを支える。


「あ、有難う御座います」


 礼を言う静香は、なぜか顔を赤らめるのだが、スバルはそれに気付く様子もなく、由華特性のカツ丼を渡す。


「シズ、食べさせてやろうか?」


「く、クミ! な、何を言ってるのですか! 自分で食べます」


 クミが冷やかしたことで、静香は更に顔を赤くする。それでも、スバルは気にすることなく立ち上がり、部屋の片隅に目をやる。


 ――完全に引き篭もってるな......


 部屋の片隅で体育座りをしたまま顔を伏せている二人の少女を見て、スバルは溜息を零す。

 というのも、結局、黒影を抜ける約束をした二人を解放したのだが、彼女達は行き場がないとオロオロしていた。

 ただ、黒影のことを考えると、彼女達を助けてやる気にもなれず、スバルは放置することにした。

 ところが、元黒影の二人はスバルの後をそのままついてくると、まるで壁のシミか、はたまた地縛霊のように居座ってしまったのだ。


 嘆息したスバルが肩を竦めていると、後ろに気配を感じた。それも只ならぬ殺気を感じたようだ。

 慌ててた様子でスバルが振り返ると、そこには今にも角が生えそうな由華が、二つ目のお盆を持って静かに立っていた。

 ただ、その目は私は怒ってるぞと言わんばかりだ。


 ――うはっ! めっちゃ機嫌が悪いな......誤解は解いたはずなんだけど......


 じっとりとした汗を背中に感じつつ、スバルはそのお盆を受け取ると、由華は何も言わずにプイっとそっぽを向く。そして、そのままキッチンへと消えていった。


 ――こえ~~~! マジで怖いぞ......


 思わず身震いしそうになったスバルだったが、それを堪えて部屋の隅に脚を進める。

 すると、スバルが近寄ったのを感じ取ったのか、二人の少女がビクっと震えた。


 ――こりゃ、重傷だな......ちょっと虐め過ぎたかも......


 心中でやや反省しつつも、スバルは気を取り直し、彼女達の前にカツ丼が乗ったお盆を置く。


「食えよ! 別に毒なんて入ってね~し、虐待したりもしね~から。心配すんなよ」


 スバルの声を聞いた途端、更に身を寄せ合って震える少女二人。それに肩を竦め、スバルは再び元の位置に戻った。

 しかし、そこで久美子たちハンターメフィストのメンツが、今にも食って掛からんばかりの視線で、元黒影の少女二人を睨んでいるのに気付く。


 ――こりゃ、早く何とかした方が良さそうだ......


 険悪な雰囲気を感じ取り、スバルは頭をもたげたが、直ぐに彼女達に向けて声を発した。


「なあ、色々と恨みはあるだろうが、もう敵同士じゃないんだ。仲良くやれとは言わんが、そこまで露骨に殺気を飛ばすなよ。見ているこっちが疲れるんだ」


「だって、あいつらは私達に雷撃を食らわせたんです!」


「びりびりした~~~っ! って、カツ丼美味しい......」


「そうですね。ついさっきまで戦っていたんです。殺気立つのも仕方ないのでは?」


 スバルの説得に、瑠美、麗美、静香がそれぞれ己の想いを口にする。

 しかし、リーダーである久美子は難しい表情をしたままだ。

 地縛霊に至っては、ガタガタと震えいている。

 ただ、スバルとしてはこのままだと居心地が悪いのだろう。諦めずに自分の考えを告げた。


「てか、双子は手加減されてるし、静香だっけ、お前は仲間にやられたんだろ? それに、ここは俺のアジトだ。ぶつくさ言うなら出て行ってくれ」


 全く以てスバルのアジトではないのだが......それは良いとして、追い出されると感じた三人は、水の無くなった生花の如く一気に萎れていく。

 ところが、そこで久美子が立ち上がると、三人の少女を驚かせた。


「分かったよ! あんたの言う通りにするさ。お前達もいいな!」


「えっ!? クミ、どうしたんですか? いつもなら始末しろと大騒ぎするはずなのに......」


「ええっ~~! クミ姉~! カツ丼に何かおかしな物でも入ってたんですか?」


「ほへ? クミ姉の顔が赤いけど、風邪でもひいたの?」


 スバルに従順さを見せた久美子が意外だったのか、仲間の三人が眼を見開いて仰天する。

 恐らく、本来の久美子とは、もっと過激な性格なのだろう。

 しかし、彼女はワザとらしい咳払いを一つすると、取ってつけたような言い訳を口にした。


「た、助けて貰ったんだし......迷惑をかける訳には、い、いかないだろ!? それに、あたい等も直ぐに動ける訳じゃないんだから」


 確かに、尤もらしい意見なのだが、静香、瑠美、麗美の三人は懐疑的だと言わんばかりの表情を作る。


「も、もしかして、クミ......」


「な、なんだ! 何がいいたいんだ? シズ!」


「いえ、まさかね......それより、これからどうするんですか?」


 胡散臭げな視線を向けていた静香が、在り得ないとばかりに首を横に振りながら、今後について久美子に尋ねる。

 すると、久美子は少し考える素振りをしたあとに、ゆっくりとスバルに視線を向けた。


「なあ、あんた、これからどうするんだ? てか、今更だけど、あんた達はいったい何者なんだ? あんな力は初めて見たぞ」


 腕を組んだままの久美子は、興味津々といった雰囲気なのだが、他の三人と地縛霊の二人は、恐々こわごわとした表情を見せた。

 どうやら、スバルの非道さを目の当たあまりにし、その事実を知るのが怖かったのだろう。

 双子についても、由華と時同じくして目を覚ましたのだが、周りの惨状に腰を抜かしていたほどだったのだ

 しかし、スバルは食べ始めたカツ丼を置くことなく告げた。


「ん? 俺か? どこでもクラッシャーズのスバルだ」


「「「「「どこでもクラッシャーズ?」」」」」


「どこでもクラッシャーズってなんだ? チーマーか?」


 五人の少女が声を揃えて首を傾げた後に、久美子が再び問い掛けた。

 スバルはカツを銜えたまま、早くも空になった丼を突き出しながら答える。


「ん~、簡単に言えば解体屋かな? この国を壊すんだ」


「「「「「「国を壊す?」」」」」」


「ああ。壊すだけだ! 由華、お代わり~。てか、前よりかなり美味くなったな。カツ丼」


「そ、そう? 美味しくなった!? お代わりね。はいは~い」


 更に首を傾げてしまった少女達を他所に、スバルがカツ丼の味を褒めると、由華が最高の笑顔を作って空のになった丼を受け取っていた。

 スキップしそうな勢いで、そのままキッチンへと消えていく由華を、冷やかな視線で見送った久美子は、もう一つの答えを求める。


「ま、まあ、良くわからんけど......それで、これからどうするんだい?」


 咀嚼していた最後のカツを嚥下して、それに答えようとした時だった。


「おう! できたぞ!」


「うおっ! 女くせ~~! こりゃ、消毒が必要だぞ」


「やっぱり、十歳を越えるとゴミだな」


 ロリコンマッチョの三人が行き成り入ってくると、装甲車の改造が終わったと告げてきた。

 ただ、彼等は部屋に入るなり、顔を顰めて犯罪的な台詞を口にした。


 ――おいおい、消毒って......お前等、本当は犯罪者だろ? だいたい、なんでマッチョでロリ好きなんだよ......てか、こえ~から急に入ってくるなっつ~の。


 スバルが心中で愚痴を零した通り、ナナとキッチンに居る由華以外の面々がドン引きしていた。いや、誰もが身の危険を感じて凍り付いていた。

 地縛霊の二人なんて、既に昇天してしまったようだ。今にも倒れそうな様子で壁にもたれ掛かっていた。

 それでも、ロリコンマッチョを無視する訳にもいかず、スバルは立ち上がる。

 スバルの怪我に関しては、粗方治っていて、直ぐにでも行動可能な状況なのだ。


「じゃ、ちょっくら、見てくるかな」


「あっ、私も行くのですね。楽しみなのですね。ワクワクなのですね」


「何の話だ?」


 スバルに続き、ナナも一緒に行くと言って立ち上がると、久美子が何のことだと首を傾げる。


「ああ、帝都を強襲するために、装甲車の改造を頼んでたんだ」


「「「「「「帝都を強襲!?」」」」」」


 スバルの言葉に、またまた六人の少女が絶句する。

 しかし、その行為を大それたことだと考えていないスバルは、不思議そうな様子で少女達を見遣る。


「なんで驚くんだ? 別に大したことじゃないよな?」


「ダーリン、そう思うのはダーリンだけなのですね。あれが普通の反応なのですね」


 不可解だというスバルに、ナナが呆れ顔を向ける。それでも理解できていなさそうではあったが、スバルは肩を竦めると、ロリコンマッスルの後に続いた。


「あっ、あたいも見に行くよ!」


 そんなスバルに、久美子が慌てた様子で後を追うのだが、ナナは冷たい視線を向け、静香と双子は疑惑の視線を向る。そして、丼鍋を持った由華は吠えたのだった。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ~! スバル! カツ丼ができたわよ! どうするのよ~!」







 ゴミゴミとした乱雑な工場内を進み、片隅にあるブースの前までくると、ロリコンマッチョリーダーが足を止めた。


「今、出してくるからな。少しここで待ってろ。ああ、マイハニー、少しお待ちを」


 ――おいっ! なんでナナにだけ態度が違うんだ?


 ナナだけに丁重なロリコンマッチョリーダーを不愉快に感じつつも、恐ろしくてそれを口に出せないスバルは、コクコクと頷く。

 隣では、久美子がスバルの腕に縋りついて、同じようにコクコクと頷いていた。


 そんなスバルと久美子が戦々恐々とする中、期待に瞳を輝かせるナナの前にして、ロリコンマッチョリーダーが叫ぶ。


「見よ! これが新たなピンクシャークの姿だ!」


「きゃい~~ん! 最高なのですね」


「「はぁ?」」


 ブースの扉が開かれ、ロリコンマッチョリーダーの叫びと共に、装い新たになった装甲車が出てきた。

 ナナはそれを見た途端に喜びを跳躍で表現し、スバルと久美子が固まった。


 ――おいっ! 装甲車だったよな? 改造前は間違いなく装甲車だったよな?


 必死にツッコミを心中に収めたスバルだったが、久美子がその気持ちを代弁してしまう。


「スバル、装甲車って言ってなかったか?」


「ああ、ピンク色だったが、間違いなく八輪の軍用装甲車だった」


「えっ!? 色は同じだけど、これって四輪だよな?」


「そうだな......」


「あたいも詳しくないけど、これってワンボックスカーだよな?」


「そうだな......」


「どう改造したら装甲車がワンボックスカーに変わるんだ?」


「そうだな......」


「改造よりも作り直した方が早いような気がするけど......」


「そうだな......」


 既に思考が停止したスバルは、正常な対応ができず、久美子の問いにただただ頷くだけだった。


「めっちゃキュートなのですね。めっちゃセクシーなのですね。めっちゃイケてるのですね。本当に最高なのですね!」


 ――いやいや、これは別の意味で逝ってるだろ! なんで帝都を強襲すると聞いて、装甲車を改造したらワンボックスカーになるんだ? それもピンク色とか在り得ね~。


 目の前でぴょんぴょんと跳ねる幼女。それを女王様と崇めるロリコンマッチョ。その異様な組み合わせと異常な思考回路に、スバルは深いため息と共に頭を抱え込むのだった。

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