第64話 ピンチな者達?


 一応は、黒影の仲間であるすみれ雛菊ひなぎくがスバルに虐待されていたころ、サクラと蘭は裸で向かい合っていた。


「ちょっと、何処触ってるのよ!」


「いてっ! ちょっとくらい、いいだろ?」


「何言ってるのよ! 自分のを触りなさいよ」


「触り心地がちげ~んだよ! 言わせるなよな!」


 眦を吊り上げたサクラに手を叩かれた蘭は、顰め面を作りながら自虐気味に不満を訴える。


 そう、現在のサクラと蘭は、大きなバスタブの中で向かい合っているのだ。

 ただ、だからと言って同性愛的な要素は全く存在せず、真剣な表情で話し合っていた――ああ、サクラだけが......


「せっかく休暇を貰えたけど、発信機や盗聴器が仕込まれていて、迂闊なことは言えないし、神威の塔の手掛かりすら見つからないし......どうしよう」


「もう諦めてさ~、スバルと合流しようぜ」


「ダメよ! このまま戻るなんて、惨めじゃない......それに、あの女に負けたくないわ」


「ちっ、それが本音か......」


 サクラの想いを耳にした蘭は、呆れた様子でバスタブに背中をもたげる。


 現在のサクラと蘭は、久しぶりの休暇をラブホテルで過ごしていた。

 本当は由夢の居場所を探す予定だったのだが、途中で盗聴器や発信機の存在を思い出し、どうにも身動きができなくなってしまったのだ。

 結局、自由に会話ができそうな場所ということで、周囲の目を気にしながら二人でラブホテルに入ることになったのだった。

 勿論、周囲の目を気にしているのはサクラだけだ。


「てかさ、召喚された者は研究所で薬の餌食になるんだろ? だったら、研究所から近い場所なんじゃないのか?」


 リラックスした状態で天井を見上げた蘭は、まるで興味がないと言わんばかりの声色で呟いた。

 しかし、向かいで考え込むサクラにとっては、青天の霹靂とも呼べる発言だったのだろう。


「そうよ! それよ! そういえば、研究所の近くに地図に載ってない建物が幾つかあったわ。急いで行きましょ! 今なら門限までには帰ってこれるわ」


 蘭の何気ない考えを聞いたサクラは、勢いよく立ち上がった。その拍子で身体に巻いていたバスタオルが落下し、メリハリのある身体を露出させてしまう。

 対して、全くやる気のない蘭は、露となったサクラの身体を眺めつつ、ブツブツと愚痴を零す。


「マジかよ~! 腹減ったぞ......てか、サクラ......」


「なに?」


「生えてなかったんだな......」


「見るな! バカチン!」


 これまで、サクラと散々バスルームで一緒になった蘭だったが、新たな事実を知り、思わずそれを口にしてしまった。

 実の処、そのことに劣等感を持っていたサクラは、両手で下半身を隠しながら、蘭に罵声とお湯を浴びせ掛けるのだった。







 国立先進技術研究所。

 名前だけを聞いても、何をやっているのかさっぱり解らない。

 知る者からすれば、国立狂気製造研究所と読み替えた方がしっくりくるだろう。

 そこでは、ただひたすら新薬の研究が行われ、日々、罪もない者達が、己が想いとは裏腹に、人外へと変貌させられていた。


 スバルの新薬投与に関わった二人の人物が、そんな悪夢の製造工場とも呼べる研究所からやや離れた場所に居た。

 そこは、見た目だけはお洒落なカフェの雰囲気を感じさせるが、実際の処、唯のファミレスと何ら変わりのないレストランだった。

 その見た目だけを取り繕ったレストランのボックス席で、向かい合った二人の者が溜息を吐いていた。


「どうも、全ての責任は、私達におっ被せるつもりみたいよ」


「みたいだな......もう、最悪だぜ......苦悶め......死ねばいいのに......」


 同僚の女性研究員、絹川朋絵きぬかわともえの言葉に、御堂岡みどおかは今にもコーヒーカップを投げ出しそうな勢いで毒を吐いた。

 朋絵は荒れ狂う御堂岡を眉を顰めて見遣るが、恐らく心境は同じだったのだろう。御堂岡に続けて愚痴を零す。


「私だって、目が見えてないだろうって言っただけで、誤診扱いなのよ。いくらなんでもあんまりじゃない?」


「お前はまだマシだ。オレなんて、間違えて失敗作の薬を差し出したことなってるからな」


 御堂岡が朋絵の愚痴を己の愚痴で上塗りすると、二人は同時に溜息を漏らした。

 しかし、朋絵は直ぐに気を取り直したのか、それとも不安の表れなのか、眉間に深い皺を刻んで御堂岡に顔を寄せた。


「それで、どんな処分が下ると思う?」


「そんなの決まってるじゃね~か」


「やっぱり?」


「ああ、勿論、失敗して処分場行だ」


「あぅ......」


 朋絵の問いに、御堂岡は肩を竦め、暗に新薬投与の刑で死ぬと仄めかした。

 一応は問い掛けたものの、朋絵も同じ考えだったのか、一気に脱力してしまった。

 ところが、やはり女は強いのだろう。彼女は更に御堂岡へと迫り寄った。


「お、おお、どうしたんだ?」


 突然の急接近に、御堂岡が怯んだ声を漏らすが、朋絵は気にすることなく口を開く。


「ねえ、このまま死にたくないわよね?」


「そら、死にたくね~が......逃げるのか?」


「そう簡単に逃げられるかしら?」


「無理だな......直ぐに追手がくるだろう」


「そうよね。私もそう思うわ。だったら、あれを使わない?」


「あれって?」


「ほら、例の出来立てほやほや君。かなり高性能みたいよ」


「マジか! 例の秘書官か?」


「そう。まだ、洗脳されてないし、今なら手懐けるられるとおもうの」


 ――こいつ、こえ~んだけど......マジでやる気か? 上手く行くとも思えんが......でも、今の状況は棺桶行のベルトコンベアに乗ってるようなもんだし......


 御堂岡は、どアップとなり眼前に迫った朋絵の勢いに怯む。ただ、彼女の気持ちは痛いほど理解できるようだ。


 ――噂によると、総理大臣とねやを共にするのを断ったらしいな......まあ、あの脂ぎった中年オヤジとなんて、誰でも断るわな......いや、それはいいんだ。それよりも伸るか反るか......


 数日前に餌食となった秘書官の事を考えつつも、御堂岡は勝ち目の薄い賭けに乗るべきかを熟考する。

 しかし、どうやら結論は初めから見えていたようだ。

 なにせ、このままだと新薬を投与されて死ぬのが見えているからだ。


「分かった。オレも協力する。このままだと、どの道、終焉がみえてるしな」


「そうこなきゃ!」


 御堂岡の快い返事を聞くと、朋絵は手を叩いて喜んだのだが、そこで考えても無かった事態に陥る。


「盛り上がってるところ悪いんだが、ちょっと話を聞かせてくれないか?」


「ああ、私達はこういう者です」


「あ、あぅ......」


「ま、マジか......終わった......」


 今まさに離陸というところで、御堂岡と朋絵は帝国警察特殊部隊の手帳を突き付けられ、一気に失速するのだった。







 黒影の本部及び宿舎は、海上都市である帝都の西側にある。

 その建物は、一見して普通の工場を思わせる作りであり、近くに住まう者もそこが黒影の本部であると知る者は居なかった。いや、一般の者では黒影の存在すら知らないだろう。

 ただ、それなりに知識のある者が見れば、普通でないことが直ぐに理解できたはずだ。

 なぜなら、見る者が見れば、至る所にカメラが設置されて、通用門には尋常ならざる警備が施されていることが分かるからだ。


 そんな通用門をサクラと蘭はいつもと同じように通り抜ける。


「この連中を見たら、ここが普通の会社施設じゃないのが丸解りだな」


「そうね。異常に目付きが悪いし、両脇が妙に膨らんでるものね。銃を携帯してるのが簡単に分かってしまうわ」


 蘭がガードマンを一瞥して囁くと、サクラも同感なのか、直ぐに頷きを返した。

 勿論、ガードマンたちはサクラと蘭の存在を知っているので、偉そうにしている気はなく、逆に二人の所為で緊張しているのだ。

 どうやら、その緊張した雰囲気が、二人の眼には嫌な感じとして映ったらしい。


 ――はぁ、それにしても、こうやって回ってみると帝都って広いのね......


 結局、サクラと蘭は神威の塔を見つけることができず、門限が迫ったことで諦めて帰ってきたのだ。


「さあ、さっさと報告を済ませて飯にしようぜ」


「ちょっ、さっき、食べたばっかりじゃない。どれだけ食べれば気が済むの!?」


 蘭の言葉を聞いて、サクラは信じられないとばかりに首を横に振る。

 というのも、蘭が腹減ったとあまりにもうるさくするので、ものの三時間くらい前に分厚いステーキを奢ってやったばかりなのだ。


「何言ってるんだよ! もう三時も立ってんじゃんか」


「はぁ......本当に燃費が悪いわ......全くエコじゃないわよね。ん? エコ?」


「エコ? どこかで聞いたような気が......ま、いっか。さっさと報告を済ませようぜ」


 サクラは自分で口にして首を傾げたのだが、蘭も同じように首を傾げる。

 というのも、この世界にエコプロジェクトは存在しないのだ。


 ――これも......きっと、新藤君が言っていた向こうの世界の言葉なのね......


 どこか懐かしい響きの言葉で、スバルのことを思い出しながら、サクラは蘭と共に報告用の部屋へと向かう。


 そう、二人には休暇であっても、一日の報告を行う義務があるのだ。

 蘭あたりは、ろくでもない義務だと愚痴を零しているが、サクラも以前のように真面目に行いたいとは思えなくなっていた。

 なにせ、既にこの黒影も、帝警も、国すらも信用できなくなっているのだから。


 そんな二人は、何時ものように専用の個室へと入る。

 見慣れた部屋に入ると、サクラは溜息を吐く。

 というのも、窓すらない取調室のような殺風景な部屋だからだ。

 それでも、以前はそれほど不快に感じることは無かったのだが、今となっては息苦しくて堪らないと感じているようだ。


 ――人間って不思議ね......信じられなくなると、とことん胡散臭く感じるわ。


 蘭から優等生と呼ばれていたサクラだが、今ではめっきり反国家主義者となっていた。

 そんなサクラが、溜息を吐きながら、いつもの椅子に腰を下ろす。

 しかし、そこで更なる息苦しさを覚える。


 ――なにこれ......息苦しい......でも、これは......


 不快感からくる息苦しさだと思っていたサクラだったが、次第に意識が薄れていくことに疑問を感じる。

 その途端、入り口の扉が開き、サクラたちを担当している部長が現れた。


「ほう......まだ意識があるのかな? さすがは黒影ナンバーズだな。ああ、心配しなくてもいいよ。別に悪さをするつもりはないんだ」


 嫌らしい笑みを見せる諸久もろひさに、サクラは不快感を募らせるが、そこで意識が消えていく。


 ――あ、だめ......しん、どう、くん......た、す、けて......


 サクラは必死にスバルを想って手を伸ばすが、残念ながらここにスバルは居らず、その手が虚空を掴むと同時に、力無く机の上に倒れ掛かる。


「よし、連れ出せ! こいつらは再洗脳するからな。研究所へ連れて行け。ああ、蘭も一緒だ」


 黒影部隊の部長である諸久は、ここ最近の二人の様子から、洗脳が十分でないと考えたのだ。

 それ故、局長に相談して、二人に再洗脳を施すことにしたのだ。


 こうして隠れクラッシャーズの一号二号は、志半ばにして仲良く研究所送りとなってしまうのだった。

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