第19話 東京駅はチーマーの巣?


 埼玉へ移動する手段を話していた筈が、気が付くと浮気話になり、更には女装の話となったところで、覗き問題が勃発して、最終的にはナナからは強烈な蹴りを食らい、由華からはお休みの一撃を頂くことになった。


 そんなスバルが目を覚ますと、既に女装が完了していたのは、彼が肝を冷やす出来事だった。


 特に、由華の告げた「わわわわわわわわ、わ、わ、私は見てないわよ」というあからさまに嘘としか言いようのない態度を見た時には、「ズルいぞ! 俺にも見せろ!」と言いたくなったスバルだったが、これでお相子だろう。

 ただ、スバルが一つだけ許容できない事実があった。

 それは可愛い布切れに包まれた己の盛り上がった下半身だった。


「これだけは勘弁してくれ!」


 彼はそう懇願こんがんして、ナナにボクサーパンツを買ってきて貰ったのだ。

 その事に、ミケは苦々しい表情で舌打ちしていたのだが、それに気付いた者は居なかった。


 そんな訳で、現在のスバルは下から、ローファー、白いソックス、グレー色のミニスカート、白いブラウスにベージュのカーデガン、そして、極めつけはロングのロリータウィッグだった。

 オマケに薄っすらと化粧まで施されていた。


 そんな己の姿を写した鏡の前で、スバルは余りの状態にしばし凍り付いてしまったのだった。



 さて、ここで話が戻るのだが、唯一の救いとも思えるダッフルコートを来たスバルは、襲撃者から押収した武器を身に付け、身に付けられないサイズの武器は大きめのスポーツバッグに入れて肩に掛けていた。


 それは、新薬により強化される前の身体では、あっという間に息の上がる重量だったが、今のスバルにとっては気にする事も無い程度の重さに思えたようだった。


 という訳で、武器をどっさりと持った女装のスバルは、やはり変装した三人の少女と共に電車に乗るべく駅へと向かっていた。


「なあ、ここってどこなんだ? あの自動販売機のあった街と全く風景が違うんだけど」


 状況に無頓着むとんちゃくなスバルは、これまで自分の居る場所をあまり気にしていなかったのだが、現在の風景が、あの生活感を抱くことのできない街の風景と違う事を気にしていた。


「だから、喋っちゃダメだって言ってるわよね?」


「うぐっ!」


 喋ると男だとバレるということで、口を開くなと言われているのだが、人が居ない所でなら構わないだろうと考えたスバルは、疑問に感じていたことを問い掛けたた。しかし、由華から頭ごなしに怒られてしまう。


 ――くそっ! いつかその大きな胸を揉みしだいてやるからな! 絶対にヒイヒイ言わせてやる!


 そこまで考えたところで、スバルは焦って視線をナナへと向ける。

 これまでなら、そこでナナの脛蹴すねげりを食らうところなのだが、人目があるということで自重したのだろう。ただ、彼女の視線は「これで五発目の貯蓄なのですね」と語っていた。


 それを見て身震いしていたスバルへ、由華がこそこそと告げてきた。


「あなたが帝警に包囲されていたのは、東京湾に浮かぶ帝都よ。ここは旧帝都。地区名でいうなら千代田町ね」


 由華から聞かされたその説明に、スバルは思わず驚いてしまう。

 それも仕方ない事だろう。

 なぜなら、昴の居た日本の地名と同じだからだ。ただ、違うとすれば区と町の違いだけだ。

 それ以外は、東京や東京湾という名前までが一致しているのだ。


 ――おいおい、異世界っていうよりは、パラレルワールドじゃないのか?


 確かにスバルの言うように、パラレルワールドに近いのかもしれない。ただ、その内情は昴の居た日本とは大違いなのだ。

 故に、異世界ともパラレルワールドとも判断がつかないが、一つだけ言えることは昴の居た日本よりも最悪で凶悪な国だということだ。


 スバルは周囲を舐めるように眺めながらも、この世界の事を考えながら脚を進める。


 そうしているうちに東京駅へと辿り着いたのだが、そこでスバルは嫌な感覚に襲われてしまう。


 ――なんだこれ? 誰かに見られている? 誰かが監視しているのか?


 そう感じた矢先だった。

 周囲から男達がゾロゾロと遣ってくる。


「ちっ! ゴミが集まってきたナ~。こんな時に面倒なことになったナ~」


 ニット帽で耳を隠し、色付きの眼鏡で縦割れの瞳を誤魔化しているミケが、男達を見た途端に舌打ちしつつ告げてきた。

 すると、それに呼応するように由華がこそこそと話し掛けてきた。


「チーマーよ。頭の悪い奴が集まって徒党ととうを組んでるの。一人じゃ何もできない癖して、我が物顔でのさばってるのよ」


 ――それが事実なら、どうして国はそれを放置してるんだ?


 顔を顰めた由華の言葉に、スバルは疑問を持ってしまう。

 しかし、今はそれを尋ねる状況でもないと考えて口にしないでいると、全部で十人の男達がスバル達を取り囲んだ。


「お~、可愛い姉ちゃんたちじゃね~か」


 ――いや、俺は男だけどな......


 一人の男が口にした言葉に、思わずツッコミを入れたくなるスバルだが、空気を読んで押し黙る。

 それ故に、何も知らない男達は次々に思い思いの言葉を口にした。


「な~、オレ達と遊ぼうぜ~」


「そうそう。俺達が大人の遊びを教えてやるぜ」


 ――死ねボケ! 大人の遊びなら俺が居るから、お前等は用無しだ!


 嫌らしい笑みを浮かべた男達の言葉に、いきどおりを覚えるスバルだったが、男達は気にすることなく言い寄ってくる。


「おお、この姉ちゃん、可愛いじゃね~か! ロリヘアがいいぜ」


「胸が小さいのは減点だが、悪くね~な」


「オレもこのダッフルコートの姉ちゃんがいいぞ」


 ――くくくっ、あんた達、それは外れよ? だって男だもの。あはははは!


 女装したスバルに言い寄る男達を見て、由華は腹を抱えて笑いたい気分になっていた。

 しかし、それが拙かった。そんな余裕など見せずにスバルをガードするべきだったのだ。


「ちょっと、こっちにこいよ! オレが遊んでやるぜ!」


 辛抱堪らんとばかりに、一人の男がスバルに向けて手を伸ばしてきた。


 ――うわっ! 触んなよ! お前、チ〇コくせ~んだよ!


 スバルは己の事を棚上げして、心中で悪態を吐きつつ伸ばされた腕を透かさず払う。

 すると、その男は呻き声を上げたかと思うと腕を抱えてうずくまってしまった。


「ぐあっ! いて~~~! くそっ!」


 ――はぁ!? 軽く払っただけなんだけど......お前、カルシューム足りてないんじゃないか? イリコを食え! イリコを!


「おいおい、何をしたんだ? こんな時まで笑いを取ろうとするなよ」


「ちょっ! お前、か弱すぎるだろ! きゃははは!」


「今のおもれ~! オレも今度やってみるべ」


「冗談も程々にしろよ。さあ、この姉ちゃん達をご招待しようぜ」


「じょ、じょう、冗談じゃね~んだよ! ぼけっ!」


 スバルの行動が余りにも普通だった所為で、周囲の男達は腕を抱える仲間の冗談だと思ったようだ。

 しかし、腕を抱えた男が抗議の声を上げてヨタヨタと立ち上がり、その角度の変わった腕を見せた時、周囲の男達が凍り付く。


「お、おい、それ、どうしたんだ?」


「ま、マジかよ! それって、腕が折れてんじゃね~か?」


「この姉ちゃんに遣られたのか?」


「ああ、さっき、掴もうとした時に遣られたんだ」


「ちっ! とんだ食わせ物だ。こいつら異能者か!」


 勝手に食いついてきた癖に、それを他人の所為にする不届きな奴等は、すぐさま距離を取るとナイフや警棒などの武器を取り出した。


 ――ちっ、厄介なことになったナ~。由華がスバルをちゃんとガードしてればよかったのに、気を抜くからこうなるナ~。スバルはまだ力の加減が解からない筈だナ~。だから、言っておいたのにナ~。由華のバカ!


 手に手に武器を取り出す男達を前にして、ミケは牙を剥きながら心中で由華の悪口にいそしむ。


 そうとは知らない由華は、チーマー達が口にした言葉にカチンときたのか反論し始めた。


「食わせ物って、なによ! あんた達が勝手に寄って来ただけじゃない。まるでハエかゴキブリね。死にたくなかったらさっさと消えてなくなりなさい」


 ――こらこら! 挑発してどうするナ~! だいたい、由華には始末する度胸なんて無い癖にナ~。さて、どうしようかナ~。ぶっ倒すのは簡単だけど、あまり目立ちたくないんだナ~。


 悪態を吐く由華へジリジリと間隔を狭めてくるチーマーの男達を眺めながら、ミケはこれからの方針を考えていたのだが、その間もチーマーの男達は口々に罵声を浴びせ掛けてくる。


「うっせ! この馬鹿女! 俺達を誰だと思ってるんだ? 泣く子も黙る千代田ジョーカーだぞ! 後でヒイヒイ言わせてやるからな!」


 ――いやいや、泣く子も黙るって、それってネーミングセンスが悪すぎて物が言えなくなっただけなよな? てか、ヒイヒイ言わせる? それは俺の役目だっつ~の! このバカチン!


 なぜか恐怖感を持てないスバルは、そんな胸の内をさらけ出そうとしたのだが、隣で烈火の如く怒り始めた由華に怯んで押し黙ってしまう。


「だだだだ、だ、誰が馬鹿女よ! この腐れち〇ぽ共が!」


 おいおい、由華、年頃の娘がそんな言葉を使っちゃいかんだろ!


 そんな風にスバルが思っていると、その言葉にキレた男が喚き散らしながら警棒を振りかざしてきた。


「うっせ~! その腐れち〇ぽとやらをお前のマ〇コに嫌ってほどぶち込んでやら!」


 スバルにとっての由華は、ハッキリ言って飯を作ってくれる以外は害にしかならない存在だったのだが、なぜかその男の一言でどうしようもない怒りに駆られた。そして、気付くとその男の警棒を左手で受けて握り潰していた。


「て、てめ~! この怪力女が! くそっ! だったらてめ~から突っ込んでやらぁ!」


 易々やすやすと警棒を握り折った女装のスバルを見て、襲い掛かってきた男が罵声を浴びせてくる。

 その言葉は、どうやらスバルの逆鱗に触れたようであり、ロリウィッグの下に隠れていた冷たい眼差しが吊り上がった。


「今、俺を掘るといったか? クタバレ! ゴラッ!」


 次の瞬間、黙っていろと言われていたことを忘れて、その男に罵声を浴びせ掛けると、幻の左をその男の顔面にぶち込んだ。


「ぐぼっ! がはっ!」


 折れた歯と鮮血を撒き散らす男に、スバルは遠慮することなく、止めとばかりに右ストレートを突き出す。


「大霊界にでも行ってこい!」


 そんな怒声と共にぶち込まれた右ストレートが、呻く男の顔へコークスクリュー気味に突き刺さると、殴られた男はきりもみ状態で吹き飛んでいく。

 まるで、漫画かアニメでも見ているような状態だったが、それで気を良くしたスバルは右のこぶしほどき、天に向けて人差し指を突きあげると、取り囲む男達に告げた。


「死にたい奴から前に出ろ! 今のお前達にはあの星が見える筈だ」


 いやいや、見える筈がない。例え異世界とはいえ死兆星がこんなところにある筈がないのだ。いや、それ以前に現在の空には未だ太陽が燦々さんさんと輝いているのだ。星なんて見える訳がない。

 しかし、低能なチーマー達は青い空を見上げて声を漏らした。


「どこだ!」


「どの星だ?」


「ね~じゃんか!」


「ねえ、スバル。星なんて何処にもなわよ?」


「見えね~し! ぐはっ!」


 低能なチーマー達に紛れて隣からの声が聞こえてきたが、スバルはそれに呆れつつも行動に移った。


 ――見える訳がね~だろ! 馬鹿ども......


 そう、スバルは空を見上げるチーマー達を殴り飛ばし始めたのだ。


「くそっ! 騙しがはっ!」


「今のは面白かったナ~! 今度、ウチも使ってみるナ~。てか、由華、いつまで空を見てるナ~」


 スバルに騙された男達は仲間の呻き声でそれに気付くが、透かさず便乗したミケが殴り飛ばしていく。

 ただ、左右の腕を物凄い速度で振り切るミケに突っ込まれた由華は、少し恥ずかしそうにしながら言い訳を口にする。


「星なんて探してないわよ。空なんてみてないからね? こんな真昼間に星が見える筈なんてないじゃない!」


「ププッなのですね」


 しかし、残念ながら誤魔化すことなど出来る筈もなく、思いっきりナナから嘲笑ちょうしょうされる。

 どうも、それが由華の逆鱗に触れたのか、悪態を吐きながら乱闘に参加したのだが......


「なによ! なによ! なによ! みんなして! もう~~~~! スバルのバカ! スバルの裸体画像をばら撒いてやるから!」


「な、なんだとーーーーー! そんなもん、いつの間に撮ったんだーーーーー! お前、俺をオカズにしただろ!」


 男達を容赦なくぶん殴る由華の罵声は、焦るスバルに新たなる叫び声を産ませるのだった。

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