第18話 離婚宣言?


 その光景は、スバルが自動販売機強盗をした街並みとは打って変わって生活感のあふれるものだった。

 ある意味、それはスバルの知る日本の姿と酷似していると言えるだろう。

 しかしながら、当のスバルはそれを気にする余裕もなく、覚束無おぼつかない足取りで歩みを進めていた。


 そんなスバルに小さな声で注文を付けている者がいた。


「スバル、またガニ股になってるわよ」


 その言葉を発したのは、少し野暮ったい服を着た由華だった。


「そんなこと言ってもな......」


「ほら、スバルは喋っちゃダメよ」


「うぐっ」


 由華の小言にスバルは声を詰まらせる。


「でも、思ったよりも似合ってるナ~」


「ですね。可愛いですね。ダーリン!」


 押し黙るスバルに、猫耳娘ミケこと美香子が本人にとっては全く嬉しくもない誉め言葉を口にすると、透かさず永遠の幼女ナナこと菜々子が楽しそうな表情で告げてきた。

 ただ、由華がナナの言葉に過剰反応する。


「だから、ダーリンは止めなさい! それに、スバルは由夢ゆめの彼氏なのよ!?」


 そう、あの後、とうとう由華にバレてしまったのだ。


 それはそれで大変な騒ぎだったのだが、スバルにとっては現在の状況の方が落ち着かない状態だった。


 ――くそっ! なんで俺が女装なんだ? それも思いっきり制服姿だし......


 スバルが憤慨するのも無理はない。

 現在の彼の姿はブレザーなのだから。それもミニスカートである。

 正直言って、放送禁止すべきだと断言できるだろう。


 ――うお~下半身がスース―するぜ。でも、女性物の下着を穿かせられなかっただけましか......


 心中で愚痴を零すスバルのスカートの下は、見事にボクサーパンツのままだった。

 ただ、初めに穿いていたパンツは臭いということで、由華が割り箸で摘まんで捨てていた。

 まあ、それをナナが収集しようとしていたのは誰も知らない事実だが......


 さて、なんでこんな事になったかというと、それを語るには少し時間をさかのぼる必要があるだろう。

 そう、それはスバル、ナナ、ミケの三人が食事をしている最中だった。



 それは、自分の作った牛丼をガツガツと掻き込むスバルの姿を、微笑まし気に眺めていた由華が告げた一言が発端だった。


「ところで、どうやってダ埼......埼玉へ行くの? まさか、あの装甲車じゃないでしょうね」


 それこそまさかの話だ。既にバレてしまっているアジトからシャークマスクのピンク色装甲車なんて飛び出したら、それこそ襲撃してくれと言っているようなものだ。

 故に、在り得ないと思いつつも、由華は敢えてそれを口にしてきた。


「それは在り得んナ~」


「え~! 私のピンクシャークを置いていくんですか!」


「仕方ないナ~。あんな目立つ乗り物で移動なんて以ての外だナ~」


「あぅ......」


 無情にも......というよりも、当たり前のようにミケから否定されたナナはガックリと項垂うなだれる。

 しかし、それを気にすることなく由華が口を開いた。


「迎えを呼ぶ? って、来るわけないか......じゃ、タクシーとか?」


 由華にしては珍しく常識的な判断をしたのだが、ミケの考えは違ったようだ。


「タクシーはダメな~。狙われている可能性があるナ~」


「じゃあ、どうするのよ」


「公共交通機関を使うしかないナ~。それなら奴等の眼をくらますことが出来るな~」


 ミケの否定に由華が即座に食いつくが、彼女は猫耳をピクリともさせずに、それをサラリとかわしてしまった。

 それも、とても説得力のある理由でだ。

 故に、由華は押し黙るのだが、そこにナナが割って入った。


「私達はいいけど、ダーリンは素性が割れている可能性がありますね」


 それはもっともな意見だった。研究施設を脱走し、帝都で犯罪を犯しているのだ。その面が割れていない筈がない。

 ところが、そこで由華が全く違うところに食いついた。


「ちょっ、ちょっ、ちょっーーー! ダーリンってなによ!? ダーリンって、スバルの事を言ったのよね?」


 そう、ナナの一言で早速バレてしまったのだ。


 その事態にミケは『あちゃ~』という顔を手でおおう。

 勿論、スバルは必死に首を横に振っているのだが、そんなことなどお構いなしにナナが抱き着く。

 すると、由華が瞬時にまなじりを吊り上げ、もの凄い剣幕でまくし立てた。


「な、なに抱き着いてるのよ! ちょっと! まさか、スバル! ナナに手を出したの? こんな幼女に手を出すなんて......あなたオッパオ星人に見せかけて、実はロリコンだったのね! さ、最低だわ! この犯罪者!」


「ち、違うんだ! 俺はなんもやってね~! 無実だ! 冤罪だ!」


 固めた拳を震わせる由華を見て、スバルは慌てて弁明する。そう、無実だと。

 しかし、それは嘘である。少なからず、オッパイ星人と犯罪者には該当している筈だ。


 そんなスバルが必死に無実だと言い張ると、由華は鋭い視線をナナへと向けた。


「どういうことよ! ナナ! まさか、あなたから襲ったという事は無いわよね? 勿論、スバルが由夢の彼氏だって知ってるわよね?」


 その言葉のやいばは、何もかもを切り裂くが如く研ぎ澄まされていたが、ナナは全く動じることなく言って退けた。


「襲ったりなんてしてないですね。ただ、これからを誓い合った仲なのですね。それに、由夢は同意なら構わないと言ったようなのですね」


「それってどういうことよ!」


 ナナの言葉を聞いた由華が、再びスバルへと視線の刃を向けてくる。

 それに恐れを為したスバルは、おずおずと話し始めた。


「い、いや、誓い合ってないから......いてっ! 蹴るなって!」


 愛の誓いを否定したことで、ナナから必殺の脛蹴すねげりを食らってしまうのだが、スバルは痛む脛をさすりながら由夢との遣り取りを話した。


「な、なんですって! 合意なら私とエッチしてもいいですって!? 馬鹿なことを言わないでよ! 絶対にエッチなんてしなわ! 馬鹿じゃないの!」


 まあ、馬鹿さ加減は由華もあまり変わらないのだが、彼女はスバルの話を聞いた途端に腕で胸を覆うと、しっかりと距離を取ってから喚き散らした。

 スバルとしては、事実を語っただけなので文句を言われる筋合いはないのだが、まるで死刑執行を待つ囚人のように大人しくしていた。いや、ナメクジのように縮こまっていた。


 そんなスバルに助け舟が出航する。勿論、それはたがうことなく泥船なのだが――


「そんな事より、ダーリン! かなり臭うのですね。移動する前にお風呂に入った方がいいのですね」


「そ、そうだな。そういえば、この世界に連れてこられて、まだ一度も風呂に入ってなかったんだ」


 渡りに船とばかりに、その泥船に飛び乗ったスバルだったが、それは泥船どころかトラップともいえる代物だった。


「じゃ、約束通り、私の身体を隅々まで洗ってくれるのですね」


「ちょ、ちょっとなによそれ! なんでそんな約束なんてしてるのよ!」


 ――ぐはっ! 死亡フラグを折るためと思って、あんなことを口走ってしまったんだが、未だに折れてなかったのか......


 己の死期を感じ取って、スバルは心中で嘆きの声を轟かせたのだが、そのままナナに引き連れるようにしてバスルームへと突入するのだった。







 結局、軽はずみな言動が災いを招くという教訓を心に刻み込みながら、平坦でツルツルなナナの身体を隅々まで洗ってやり、自分の身体をナナに洗って貰うという事態を、何とか問題なく遣り過ごしたスバルは、心底疲れた様子で椅子に腰を下ろしていた。

 その間、不埒ふらちなことが起きないようにと、脱衣所で由華が見張っていたのは言うまでもないことだ。


 そんな疲れ切ったスバルに向けて、ミケが大きな二つの袋を投げて寄こしたのだが、それが見事に顔面に直撃する。


「うわっぷ! なにするんだ!」


「ああ、すまんナ~。ワザとじゃないナ~。それよりも、折角、風呂に入ったのに汚れた服のままだと意味がないナ~。それは着替えナ~!」


「おっ、そ、そうか......気が利くな! サンキュ」


 ニヤリとするミケに気付かず、スバルは素直に彼女へ礼を告げたのだが、直ぐにそれが間違いだったと知る事になる。


「パンツ、パンツ、ぱ......ん......てぃ? ちょっとまてや! なんじゃこれ!」


 スバルは両手で女性物のパンツを広げて抗議の声をあげると、クスクスと笑い始めたミケが、それを持ってきた理由を説明し始めた。


「さっきは話が途中になってしまったからナ~。実はスバルの面が割れていると思ってナ~。お前には女装して貰う事にしたナ~」


 いやいやいや、面が割れているのと女装することは全く結びつかんぞ!


 ミケの言葉を素直に受け入れる事の出来ないスバルは、速攻で彼女に反発する。


「別に、女装する必要なんてないだろ!」


「女三人に男一人だと目立つナ~。それに別行動になってしまう場所もあるナ~」


 ――た、確かにトイレとかは入れないけど......てか、もしかして覗きたい放題か? いてっ! ふがっ!


 不埒な想像を全開にしていたスバルの脛に蹴りがはいると、続けて由華のパンチが飛んできた。


「ダーリン! 今、嫌らしいことを想像したのですよね?」


「今、不埒な事を考えたでしょ! 心眼が使えるからって、覗いたら殺すわよ! 絶対に殺すからね!」


 ――ぐはっ! ナナだけじゃなくて、由華にもバレてるのか......


 心眼の事が由華にもバレていることに驚きを隠せないでいると、ミケがその理由を告げてきた。


「隠すならもっと上手にやらないと駄目だナ~。それに、心眼の使い手は他にも居たナ~。だから、挙動不審だったり、行動に気を付けないと直ぐにバレるナ~」


 ――ちっ、そうだったのか......俺一人の特殊異能だと思ってたのに......


 自分一人の異能ではないと知って、少し残念に思うスバルだったが、直ぐに考えを変える。


 ――てか、バレたって俺の心眼を防げるものなど居らんわ! カカカッ! いてっ!


 天下を取ったかのように、心中で高らかに笑うスバルだったが、やはりナナから脛蹴りを食らうことになった。

 更には、ナナからしっかりと警告される。


「ダーリン。あなたの頭の中は私に筒抜けなのですね。だから、覗いたら即座にバラすのですね。そうなると、きっと由華やミケからお仕置きがあるのですね」


 ――ぐあっ! そうだった......ナナ、お前って俺の嫁じゃなくて、かせの間違いだろ? いてっ!


「失礼な事を考えるからです。何が枷ですか。あなたを束縛そくばくするのはここだけですね」


 ナナは脛を蹴った後に、そう告げたかと思うと、即座にスバルの臭い棒を握りしめた。


 ――いやいや、お前の身体じゃ入らないから......フフフッ、俺のうまい棒の威力は半端ないんだぜ!


 ナナに握られたまま、スバルは未だに未使用の癖して訳の分からない事を考えてるが、それが彼女に筒抜けになっているといい加減に気付くべきだろう。


「何を言ってるんですか? スバルの大きさなら問題なく入るのですね。だって、うまい棒どころか親指姫ですね」


「なんだとーーーーーーーー! 俺の巨大なうまい棒を親指扱いにしやがったな! 離婚だ! もう離婚だ!」


 まだ結婚もしていないのに、「もう離婚」もないだろう。

 誰もがきっとそう思う筈だが、怒り狂ったスバルは容赦なくナナに離婚宣言を叩きつける。しかし、そこでナナが冷たい視線を向けて告げてきた。


「そんな事を言うのなら、由夢にもてあそばれたと報告するのですね。そうしたらきっと......」


 彼女はそう言いながら右手の親指を突き出し、左手の人差し指と中指で挟む仕草をする。


 ――ぬはっ! それはちょん切られるという意味か......確かに、冤罪えんざいとは言え一緒に風呂も入ってしまったし......ありえる......


 完全にナナから遣り込められたスバルは、ぐったりと項垂うなだれてしまうが、そこへナナがあめとばかりに優しく告げてきた。


「私はスバルになら何を見られても平気なのですね。だから、覗くなら私にするのですね」


 ――いやいや、幼女の身体はメリハリがなさ過ぎて、寂し過ぎるんだ......いてっ!


 ナナから与えられた飴では満足できないと考えていたスバルは、脛を押さえながら思わず悲痛な叫び声を上げる。


「せめて、由華だけでも覗かさせてくれ!」


 こうしてスバルは見事に由華のパンチとナナのマジ蹴りを食らうことになるのだった。

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