第17話 爆弾投下ですか?


 スバルとナナこと菜々子が深い穴から助け出されたのは、一時間程の前の事だった。

 結局、笑えないジョークを飛ばした由華は罰としてスバルとナナのご飯を作っている。


「どうして私が......ちょっとした冗談じゃない......ミケのバカ! なにが馬鹿力女よ! 失礼しちゃうわ!」


 不貞腐れた由華はブツブツと言いながらも、手慣れた感じで牛丼を作っているのだが、その表情は普段と比べて少し嬉しそうに見えた。


 まあ、罰でなくてもこのメンバの中で食事らしきものを作れるのは由華だけなので、文句を言っても仕方ない。

 それに、その料理を食べる者達がただ待っているだけかといえば、そういう訳でもないので、ある意味でラッキーだと思った方がいいだろう。

 なにせ、スバル達三人は現在進行形で襲撃者の遺体を片付けている最中なのだから。

 それこそ、明かりを点けた状態で由華が見れば卒倒するような光景なのだ。


 それを理解してなのか、由華の機嫌は思いのほか上々だった。


「どうやら、朝ごはんも食べてないって言ってたし、少し肉を多めにしとくかな~。ああ、そういえば、スバルは少し甘い方が好きだって言ってたっけ......」


 なぜか由華は恐ろしい程に機嫌が良いのだが、後々のことを考えると、この機嫌の良さが逆に作用する可能性がある。

 そう、この後に永遠の幼女ナナこと菜々子の態度を知ったら、由華はどんな顔をするのだろうか。

 考えるだけでも凍えそうな程に恐ろしいのだが、スバルは生き残ることができるのだろうか。







 その頃、当然ながら、そんな事態が起こる事すら知る由もないスバルは、散乱する遺体を片付けていた。

 左腕と右肩を撃ち抜かれたスバルだったが、その弾は貫通しており、ミケに貰った再生薬という謎の薬と痛み止めを呑むことで何とか動くことができていた。

 勿論、ナナに関しても同様だ。


「てか、この薬は凄いな~。あっという間に傷が塞がったぞ」


 薬の効果についてスバルが驚いていると、骸をスバルが作った穴に放り込んでいた猫娘ミケこと美香子がさらりと答えてきた。


「でも、芯から治ったわけじゃないナ~。それに傷の治りが速いのは、スバルが異能者だからナ~。新薬を投与される前よりも身体能力も上がってるよナ~?」


「ああ。確かに身体能力は上がってるな。その所為で傷の治りも速いのか?」


「まあ、異能の種類にもよるけどナ~。身体能力が上がっている者は傷の治りも速いナ~」


「なるほどな~。は、は、ハックション! ん~、風邪かな~。てか、やっぱり身体中がいて~~!」


 ミケの説明に納得しているところでクシャミに襲われたスバルは、その拍子にぶり返した身体の痛みに顔をしかめたのだが、透かさずナナが近寄ってくるとお約束の爆弾を投下した。


「だ、大丈夫ですか。ダーリン!」


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待つナ~! ダーリンってなんだナ~!?」


 その一撃は地上を焦土にするかのような破壊力でミケに衝撃を与えた。


「ダーリンはダーリンなんですね」


 確かに、その通りなのだが、ミケが聞きたいのは、なぜ、ナナがスバルのことをダーリンと呼んでいるかなのだ。


「な、なんでそんな事になったナ~。てか、スバルはロリコンだったかナ~。まさか、もうったかナ~」


 あまりの出来事に、未だに縦割れの瞳を大きく見開いて驚いているミケだったが、透かさずツッコミを入れるのを忘れたりはしなかった。


「ち、違う! 俺はロリコンじゃね~。それに犯ってね~!」


「二人とも、ロリ、ロリって言わないでくださいね」


 スバルは即座にミケのツッコミを否定するが、ナナの拒否反応はどこか意味が違っていた。

 そんなナナに対して、ミケは驚いた表情で言い難いことをサラリと口にする。


「てか、どうしたんナ~! スバルなんて、ナナの好みじゃなかった筈だナ~。スケベなだけのつまらない男だと言ってた筈だナ~」


 ――つまらない男っすか......スケベなだけっすか......否定が出来ないっす......


 スバルはグサグサと胸に突き刺さる言葉の剣を真面に食い、反抗する気力も無く押し黙ってしまうと、透かさずナナがミケの言葉の剣をへし折った。


「いえ、めっちゃカッコいいですね。最高ですね。全てを捧げても良いですね」


「そ、そうか? ま、まあ、仕方ないよな。事実だし!」


 今の今まで落ち込んでいたスバルは、ナナの言葉で瞬時に復帰する。


 というか、どう見てもバカップルである。有頂天になったスバルは、嬉しさのあまりに髪を掻き上げているのだが、気持ち悪いので誰か止めて欲しい。


 そんなアフォな二人に、ミケは驚きを収めると溜息を吐いて告げてきた。


「スバル、由夢ゆめはどうするナ~? 彼女の事だから、きっと怒りのあまりに切り落とすとか言い出しそうナ~。ああ見えて彼女は極悪だからナ~」


「そ、そうだった......極悪――確かに、ちょん切るとか言ってたし......」


 ミケの言葉で一気に現実へ戻ってきたスバルは、ブツブツと呟きつつうずくまった。

 しかし、そこでナナからの助け舟、そう、泥船二号が出向する。


「確か、同意だったらいいはずですね」


「そ、そうだ! そうだよ! いや、ちょっと待てよ......」


 その言葉に思わず同調したスバルだったが、どこかで話がずれていることに気付く。


 ――た、確かに俺は女好きだけど......五歳児は流石に......いてっ!


 抑々、ナナと付き合うなんて言ってない事を思い出し、真剣に彼女と付き合うことを想像して躊躇ちゅうちょしていると、透かさずすねを蹴られてしまう。


「誰が五歳児なのですかね? 私はこう見えても十八歳ですね。それに、風呂を共にすると言ったではないですかね。身体中を洗ってくれるのですよね?」


「にゃにーーー! ナナ! スバルと風呂を共にする気かナ~!?」


「勿論ですね。未来の妻ですからね」


「これは一体どうなってるナ~。頭が痛くなってきたナ~。まあいいナ~。片付けも粗方終わったし、戻るとするナ~。これからの事を考える必要もあるしナ~。ああ、静かに飯を食いたかったら、今の話を由華の前でするなよナ~。きっと、飯どころじゃなくなるナ~」


 結局、ミケの忠告を聞いたところで話が終わってしまい、スバルは己の主張をする機会を失ったまま、鼻歌交じりで牛丼を作っている由華の下へと戻ることになるのだった。







 血臭溢けつしゅうあふれる格納庫から戻ってきたスバルは、少なからず新鮮と思える牛丼の匂いに腹を鳴らした。


「うほ~! 美味そうな匂い! この香りは牛丼だな」


 あれだけの殺戮さつりくを行っても肉を上手そうだと感じるあたりが、既に常人と懸け離れた精神となっているのは述べるまでもない。

 実際、すばるがスバルとなって変わった処は多いのだが、これもその産物の一つだと言う事が出来るだろう。


「ちょっと分量を間違えて沢山作ったから遠慮なく食べてよ! 余ったら勿体ないんだから」


 素直じゃない由華がそう言うと、ミケは顔を他所よそに向けてクスクスと笑っていた。


「ちょ、ちょっと、何よ! ミケ!」


「ミケっていうナ~! 何でもないナ~」


 どうやら、ミケには由華の感情が筒抜けらしい。しかし、そんなことを察する能力など一ミリもないスバルは、さっそくとばかりに食卓に着くと、目の前に置かれた大盛りの牛丼をガツガツと食べ始める。


「おおお! 昨日のカツ丼よりうめ~!」


「そ、そお? てか、カツ丼よりは余計よ! 素直に美味しいと言いなさい!」


 その口調ほどに怒りの感情が現れていない赤ら顔の由華を、ミケは笑いをこらえてみていたのだが、直ぐに思考の中の人となった。


 ――どうやら、由華も今回の強襲でスバルの事を見直したらしいナ~。あの様子だと由華も時間の問題かも......ただ......ナナについては誤算だったナ~。まさか、ナナがスバルに惚れるとは思いもしなかったナ~。てか、由華の前でその話をすると大変な事になりそうだナ~。さて、どうしたものかナ~。いや、今はそれよりも今後についての方が大切だナ~。よし、飯が終わったらこれからについて話し合うとするかナ~。


 実をいうと、ミケはケモミミ娘だが、由華よりも頭脳明晰ずのうめいせきで空気を読める少女なのだ。

 故に、楽しく食事をしている場所で爆弾を投下したりはしない。

 なにせ、自分の前にも山盛りの鰹節を乗せた丼飯があるのだ。

 少なくとも、それを平らげるまでは平穏な時間を過ごしたいと考えているのだ。

 ところが、空気を読まない者ではなく、空気を読めない者はそのいこいの一時をあっという間に台無しにするものだ。


「ねえ、スバル。あれってスバルがやったの?」


 由華は見るも無残な姿となったむくろの事を聞きたいのであろうが、そんな話を食事中にするところが、もはや最強の無空気女だと認定する他ない。

 ただ、そういう意味では、スバルも似た者同士だった。いや、その無神経さは双子かと見紛みまがうほどだった。


「あれって、どれだよ。もしかして顔無し君か?」


「そ、そう、それ!」


「それなら俺だ! 上半身は防弾仕様だったからな。顔を集中的に狙った訳さ。それに始末し損ねたなんて真っ平だからな。確実に葬ったつもりだが、それがどうかしたのか?」


 スバルは由華の無神経な質問を全く気にすることなく、牛丼を上手そうに頬張りながら対応した。

 すると、同じくリスのような頬を作ったナナが、その時の光景を思い出したのか、うっとりとした表情で付け加えてきた。


「ああ、あの眉一つ動かすことなく相手を仕留める姿。負傷した襲撃者に雨あられのように弾丸をぶち込む凶悪さ。命乞いする者を躊躇することなく始末する時の凍てつく表情。どれを取っても最高ですね」


 ――いやいや、それじゃ唯の殺戮者じゃない......ナナ、どうしたの? そんなにうっとりして......てか、私からすると背筋が凍りそうな程の狂気なんだけど......


 ご飯粒を頬に付けた状態でうっとりしている残念なナナの姿を眺めながら、由華はそんな事を思うのだが、隣に座っているミケは別の事を考えていた。


 ――なるほどナ~。それで惚れたという訳なんだナ~。まあ、ナナの中にある狂気がスバルに惹かれたんだナ~。そうなると、彼女に何を言ってもスバルから離れることはないナ~。困ったものだナ~。


 鈍感な由華と違って、ミケは少なからずナナの本質を理解していた。

 そう、ミケは彼女の母が酷い目に遭ってこの世を去ったことを知っていたからだ。


 ――それはそうと、これからどうしたものかナ~......


 ナナがスバルに懸想けそうした原因を理解したミケが、次なる問題に思考を働かせていると、彼女の制服のポケットが振動し始めた。


 ――ん? 誰からかナ~? まさか、また襲撃なんてことはないよナ~!


 そんな事を考えつつ、端末の液晶を確認すると、それは彼女の父から送られてきたメールだった。


 ――オヤジ様か~、なになに......一番ダサいところを掘れ......なるほど......


 それは意味不明な一言だったが、ミケはそれで理解したようだった。


「連絡がきたナ~! 埼玉の一番格納庫へ避難しろってナ~」


 どうやら、『一番』は一番格納庫であり、『ダサい』は埼玉、『掘れ』は避難の事らしい。てか、埼玉の皆様に謝りなさい。いや、筆者が謝るべきだと思われる。


 埼玉の皆様、大変失礼致しました。


 さてはて、少し失礼な話があったようだが、それは寛大かんだいな心で許して貰うとして、ミケの言葉を聞いた由華が、首を傾げて疑問を口にした。


「えっ!? じゃ~ここは捨てるってこと? 学校はどうするの?」


「知らんナ~。ただ、ここはもう使えないのは確かだナ~。学校については向こうに行ってから尋ねるしかないナ~」


 全く以て由華の疑問を解決できる答えではなかったが、それ以上の事が分からないのも事実なので、彼女は渋々了承したのだが、そこで新たな問題を口にした。


「ところで、どうやってダ埼......埼玉へ行くの?」


 そう、その一言がスバルの新たなる試練の始まりとなったのだった。

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