第16話 もしかして、もうエンディング?


 スバルとナナが襲撃者と争っている頃、他の場所でも争いが起きていた。


「そ、そこをどいてよ!」


 まなじりを吊り上げた由華が、ドスの利いた声色で言い放つ。

 ところが、涼しい表情をしたミケこと美香子が軽く受け流す。


「ダメだナ~」


 すると、更に怒りをにじませた表情で由華が吐き捨てる。


「どうしてよ!」


 しかし、ミケは完全に由華を子ども扱いしていた。


「親父から由華を止めろってメールが入ったナ~」


「なによ! 私より父親のいう事を聞くの? ミケってファザコンだったのね」


「好きに言うといいナ~。何を言ってもここは通さないナ~。それと、由華はその瞬間湯沸かし器のような性格を直した方がいいナ~」


 そう、軍用車両を目にした途端、由華は周囲の眼も気にすることなく、一目散に教室を飛び出したのだ。

 ところが、隣の教室から飛び出したミケがそれを追いかけた。

 そうして、校舎から裏庭へと出たところで、由華はミケに行く手をさえぎられてしまったのだ。

 幾ら由華が異能の持ち主とはいえ、動物的な速さを持つミケに足の速さで敵うことはないのだ。

 何せ、ミケは動物の速さの異能を持つ者なのだから。


 そんなミケに行く手を遮られた由華が憤慨ふんがいした様子で問い掛ける。


「スバル......はいいとして、ナナの事が心配じゃないの?」


 仲間想いの由華は、そう言ってミケの動揺を誘おうとしたのだが、どうやら猫耳娘の方が一枚上手だった。


「心配ないナ~。ナナならあれくらい一人で切り抜けられるナ~」


 ミケは縦割れの瞳を細くして、そう言って退ける。

 そんな自信ありげなミケを前にして、由華が歯噛みをしつつ黙り込んでしまうと、猫耳をピクピクと動かす彼女は更に話を続けた。


「今、ウチや由華がアジトで奴等に見つかる方が拙いナ~。自由の翼の後援者が芋づる式に吊るしあげられる可能性もあるナ~」


「でも......目撃者が居なければ......そうよ。全員片付けてしまえばいいのよ」


 ミケの意見がもっとも過ぎて反論できなかった由華だが、思い付きで出てきた言葉を名案とばかりに主張し始める。

 しかし、どうやらそれもミケには通用しないようだった。


「だめナ~。由華は抜けてるから、間違いなくチョンボをするナ~。それに、抑々、由華にそれが出来るかナ~?」


「うぐっ!」


 その言葉は、由華の主張を根底から覆すだけではなく、彼女の胸深くまで抉り込んだ。まさに、ハートブレークショットとはこのことだろう。

 ところが、そこで由華に追い風が吹く。


 二人が睨み合いをしていると、突如、物凄い爆発音が連続して響き渡ったのだ。


「なに! あの爆発音!」


「ちっ! 奴等、爆弾まで持ち込んだのかナ~!」


 実はスバルがバラ撒いた手榴弾なのだが、それを知らない二人は一気に焦りをつのらせる。


 次の瞬間、由華は本能的に走り出していた。

 それを見たミケも、流石にこの事態は見過ごせなかったのだろう。すぐさま由華の後を追う。


「一人も生かして返してはだめナ~」


「わ、分かってるわ」


 追いかけていたミケが前を走っている由華に追いつくと、脚を止める事無く無情な台詞を口にしたのだが、由華は少しギクリとしつつも脚を止める事は無かった。


 そう、先程は無碍むげな言葉を口にしていたが、実のところ、由華は人を殺したことがないのだ。

 それを危惧きぐした言葉だったのだが、ミケは自分が始末すれば良い事だと、表には出さずに心中で呟くのだった。







 今朝、学校へ出かけた通用口から侵入した由華とミケは、油断することなく脚を進めたのだが、予想とは異なり、敵と全く出くわさないことに首を傾げていた。


「ここまで、敵のての字も居ないんだけど......」


 通用口からここまでの通路に、人っ子一人いないことを由華が口にしたのだが、ミケがそれを否定してきた。


「油断してはだめナ~。この先からは物凄い血臭けっしゅうがするナ~。由華、覚悟しとくナ~」


 由華には理解できないことだが、ミケの頭に生えている猫耳や猫のような縦割れの瞳は飾りではないのだ。それに外見は人と変わらないが、その嗅覚も人とは次元の違う性能を持っていた。


 そう、彼女は動物的な運動神経と、人間には在り得ない五感を有している。

 その能力で、この先の惨状がどんなものかを既に察しているのだ。

 そのミケが告げた言葉の意味を由華はどれほど真剣に受け止めていたのだろうか。いや、真剣には受け止めてはいたが、どうやら彼女の覚悟は甘かったようだ。


「うっ......」


「ほら、だから言ったナ~」


 突き進んだ先で襲撃者らしき者のしかばねを目の当たりにして、由華は思わず顔を背けてうずくってしまった。


「けほっ! けほっ! けほっ! だって......こんなに......けほっ! こんなに酷いとは......」


 うずくって吐しゃ物で通路を汚している由華の隣で、ミケは周囲を警戒しながら怪訝な声を上げた。


「顔が潰れてなくなってるナ~。これって、ナナの攻撃じゃないナ~。となると、スバルがこれをやったのかナ~?」


 機関銃で原型を留めないほどに顔を潰された遺体を横目で見ながら、ミケが疑問を口にしていると、ハンカチで口を拭っていた由華が尋ねてきた。


「ここまでやる必要があるの? 少し遣り過ぎじゃないの?」


 由華のその言葉に、ミケは溜息を吐くが、少し厳しい表情で現実を告げた。


「ハッキリ言って、ここまでやる必要はないナ~。弾が勿体ないからナ~。でも、これを遣った奴は、そう思う由華よりはマシだナ~。戦いは非情なんだナ~。由華みたいに甘ちょろいことを言っていると、こうなるのは由華の方だナ~」


「で、でも......」


 正直な気持ちで問い掛けた由華だったが、ミケから戦いの非情さを突き付けられて、反論しようにも返す言葉が見つからずに言い淀んでしまう。

 しかし、そんな由華を気にする事無く、ミケはさっさと行くと告げると、敵を警戒しつつ脚を進めた。


 その先の有様は、由華を使い物にならなくするものであり、見るに堪えない光景だった。


「由華は戦わなくていいから、暫くこの光景を目に焼き付けるナ~! そんなことでは、この先、役に立たないのはスバルではなくて、由華の方だナ~」


「あぅ......でも、これをスバルがやったとは限らないし......」


「間違いないナ~。あっちの遺体はナナの攻撃ナ~。だったら、こっちの酷い遺体はスバルがやったと考えるしかないナ~」


 ミケのキツイ言葉に項垂れる由華だったが、スバルに劣ると言われて負け惜しみを口にしする。しかし、ものの見事に玉砕する事となった。


 その所為で一気に脱力する由華だったが、ミケはそれを無視して更に先へ進む。


「凄い数だナ~。こんなに襲撃者を投入してくるなんて、奴等もそろそろ本気になってきたみたいだナ~」


 周囲をくまなく索敵さくてきしながら、ミケはそう告げつつ格納庫へと入っていく。


 その様子が余りにも無防備なのだが、ミケは己の五感で生存者がいないことを察していた。

 ただ、それはスバルとナナも死んだという意味なのだが、彼女は遺体を見届けるまではそれを口にしないつもりでいた。

 しかし、どこにでも空気の読めない者は居るらしい。


「ねえ、暗くてよく分からないけど、なんか死体ばかりよね......敵が殲滅されているのに、なんでナナとスバルは居ないの? ま、まさか......」


 由華の台詞を耳にしたミケは顔をしかめるが、彼女に構うことなくスバルとナナを探し始めた。


 そう、由華が暗視ゴーグルを装着しているとはいえ、この暗闇の中ではミケの視力や嗅覚、聴覚の方が索敵や捜索に適しているのだ。


「そういう意味では、スバルの言う凶暴女というのも間違えているナ~。これではただの怪力馬鹿女だナ~」


「えっ!? 何か言った?」


 由華の使えなさをボソリと愚痴ると、それを聞き取れなかった由華が聞き返してきたが、ミケはそれに応じる事無く脚を進めた。


 そんなミケがセンスのないシャークマスクのピンク色装甲車の裏側へ回った時だった。


「これは、爆発のあとかナ~?」


「な、なに、これ! ものすごい築山つきが出来てるじゃない」


 ミケの声を聞いた由華がやって来たのだが、彼女が大きな声でその状況を口にした通り、そこには爆破で出来たと思われる築山があった。

 しかし、それは山ではなく穴の周りを盛り上げた土だった。そして、その穴の奥は暗くて見通せない程のものだった。


「これは半端ないわ。どれだけの爆発だったのよ! てか、ナナとスバルは? これじゃ......スバルはいいけど......ナナ......」


 盛り上がった土の上によじ登った由華が、またまた空気を読まない台詞を吐きだした。

 その言動にミケが溜息を吐く。


 どうやら、スバルの悪運もここまでだったようだ。こうしてこの物語は心半ばにして終わることになった。

 ああ、スバルよ。少し――いや、かなりエッチで変態だったけど、とても楽しい男だった。安らかに眠れ......







 なんてエンディングを用意したのだが、残念ながらそんな事にはならなかったようだ。


「お~い! 今の声は由華だろ!? お~い! 助けてくれ~!」


「助けにきたのですね。早く引き上げてくださいね」


 そう、穴の奥からスバルとナナこと菜々子の声が聞こえてきたのだ。

 それを耳にした由華は、ホッと一息ついた後に、ニヤリとした表情で口を開いた。


「あれ? 生きてたみたいね......う~ん、ナナはいいんだけど......スバルも生きてたのね。ざんねん。いたっ!」


 流石に、由華の空気の読めなさもここまで行くとミケも我慢できなかったようだ。

 彼女は透かさず由華の後ろ頭を叩いてたしなめてきた。


「いい加減にするナ~! この馬鹿力女! ブラックジョークも程々にするナ~!」


「ちょっ、ちょっと~、痛いじゃない! じょ、冗談よ! 冗談! てか、馬鹿力女は酷いわ。この猫娘!」


 由華は後ろ頭を摩りながら悪態を吐き始めたのだが、ミケはそれを無視してスバルとナナの救助の用意を始めたのだった。

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