第15話 死亡フラグは最強か?


 暗闇にストロボでもいたかのような閃光せんこうが走る。

 その閃光がきらめく度に、呻き声が響き渡り、苦痛の声が漏れる。

 そう、ここは暗闇の世界。普通の者では一歩踏み出すのも躊躇ためらう空間なのだ。


「喰らえや!」


「さあ、逝くのですね!」


 スバルが吠えると、それに続くようにナナこと菜々子が叫ぶ。


 この時ばかりは、実にいいコンビだと言えるかもしれない。

 そんな二人が叫んでいる内容は、勿論、飯を食えと言っている訳でもなければ、逝く先はあの世なのだが、それを行使する二人の表情は明るい。


「まだまだ! おらおら!」


「己の所業を後悔するのですね!」


 再びスバルが声を張り上がげると、それに呼応するようにナナが告げる。

 その度に、呻き声が上がり、人が倒れていく。

 それに連れて、次第に二人の呼吸はぴったりと合わさっていく。

 これではまるで夫婦ハンターだ。


「なあ、こいつらYOEEEぞ!」


「まあ、下っ端なのですね」


 スバルのこいつらYOEEE発言に、ナナがサラリと答える。


 そう、スバル達が片付けている敵は、想像以上に弱かった。いや、それもナナの作戦勝ちだと言えるだろう。


 スバルが敵を迎え撃つと言った時、ナナは透かさず己の考えを提案してきたのだ。

 そんな彼女の提案は、一番広い格納庫に篭ることだった。

 多勢に無勢であることを考えれば、その選択は愚かなものだろう。

 ただ、彼女にはある考えがあったのだ。


「流石に、この暗闇じゃ、発砲時の光があるとはいえ、的を絞りにくいよな」


「ええ、初めに倒した者の装備から、敵が暗視装備を怠っているのに気付いたのですね。だから、この方法を思いついたのですね」


 そう、この暗闇でもスバルとナナは敵を的確に捉えることができる。しかし、向こうは発砲時の光を頼りに撃つしかないのだ。

 それ故に、ここへ侵入してくる敵は、次々と二人に撃たれていく。


「あと、どれくらい居る? 俺の眼じゃ遠くの敵の数は分からんからな」


 倒した敵に止めを刺し、物言わぬ者となった敵の武器を拾い上げたスバルは、顔色一つ変える事無くナナに尋ねる。


「私の認識範囲もそれほど広くないのですね。ただ、十メートル四方に敵は居ないようですね」


「まあ、ここに転がっている数もそろそろ三十体になるからな。そろそろ打ち止めかもしれんな」


 返事を聞いたスバルが、周囲の物言わぬむくろを眺めながら安易な考えを露呈ろていすると、隣で辺りを確認しているナナが即座にそれを否定した。


「向こうはこっちに異能者が居ると知っているのですね。だから、これは前哨戦ぜんしょうせんだと考えるべきなのですね」


 その言葉を聞いたスバルは疑問を感じる。


「なあ、なんでこっちに異能者がいるって知ってるんだ?」


「それは、普段からあの二人が暴れまわっているからですね」


 ――なるほどな。ただ、それって自分だけ棚上げしてないか? どう見てもナナも暴れん坊だと思うぞ? いや、それよりも、ナナの射的精度が凄いんだよな......


 ナナの説明を都合の良い話ではないかと勘繰るスバルだったが、それよりも彼女の腕に驚いていた。


「ナナ、お前の射的って全然外れて無くないか?」


 彼女のハンドガンの腕前に慄いたスバルが尋ねると、ナナは地平線のような胸を張って答えてきた。


「私の異能なのですね。名付けてロックオンですね」


 ――いやいや、なんかそのままなんだが......でも、一応聞いてやるか......いてっ!


 スバルは思わず心中でツッコミを入れたのだが、それは物の見事に読まれてしまい、次の瞬間には脛の痛みを感じ取る。


「だから、蹴るなって! で、そのロックオンってのはどんな異能なんだ?」


「スバルが失礼だからなのですね。私が持つもう一つの異能は狙った獲物を逃がさない。このロックオンと名付けた異能ですね。一度私の脳裏に留めると、その敵が何処へ行こうとも射的を外しませんね。ああ、勿論、遮蔽物しゃへいぶつがあるとダメなのですけどね」


 ――やっぱり、そのまんまじゃね~か。いてっ!


 今日何度目になるかも分からない蹴りを食らいつつ、スバルは呆れた溜息を吐くのだった。







 敵の猛攻を一旦は退けた。というか、殲滅したスバルは、ナナがピンクシャークと呼んでいた装甲車の陰で一休みしていた。


 因みに、何故なにゆえこの装甲車をピンクシャークと呼ぶかというと、当然ながら車体がピンクなのだが、正面にはケバケバしいほどのシャークマスクが描かれているからだ。

 当然ながら、そのセンスに疑問を感じるスバルだったが、それを口にするとまた脛が痛い想いをするだろうと考えて、敢えて口にしなかった。


 さて、そんなスバルとナナであったが、一休みしている最中も索敵を怠ることはなかったのだが、スバルが視ることの出来る範囲は限られているので、もっぱらナナの役目となっていた。

 ただ、そのナナはと言えば――


「なあ、なんでそこに座るんだ?」


「妻たる者の席なのですね」


 そう、胡坐あぐらをかいて座っているスバルの脚の上に腰を下ろしているのだ。


 ――ちょっと、これはヤバい体勢なんだが......これが幼女でなければ、今頃俺の『うまい棒』が元気溌剌げんきはつらつになるところだぞ!


 何がどうなって『うまい棒』なのかは知らないが、幼女に反応しない処だけは、スバルが正常だと言えるのかもしれない。

 というか、きっと『くさい棒』の間違いだろう。なにせこの世界に来てから未だ風呂に入っていないのだから。


 それはそうと、スバルの安堵を他所に、ナナはクスクスと笑いながら話し掛けてくる。


「元気になってもいいのですね。ただ、今はちょっとダメですけどね」


「いやいや、後でも大変なことになるだろ!?」


「スバルは思ったよりも根性無しなのですね。さっきは格好良かったのに......そんなに由夢ゆめが怖いのですか?」


 ――こ、怖いぞ......ちょん切られるんだぞ? 元気溌剌どころじゃないぞ? うまい棒が食後のように綺麗さっぱり無くなるんだぞ?


 ナナの台詞を聞いたスバルは、由夢の言葉を思い出して身震いするのだが、ナナは気にする事無くツッコミを入れてきた。


「同意ならいいんですよね」


 ――おいおい、どこまで俺の考えを読んでるんだ?


 考えていなかったことまで読まれてしまい、スバルは驚きを露にしてしまうのだが、そんな驚きの裏で考えたことまで、勝手に読まれて返事が返ってくる。


「全てお見通しなのですね。だから、諦めるのですね」


 ――ぬぐっ! てか、もう読心の力はどうでもいいや。それよりも、これがバインバインの姉ちゃんなら、即座に食いつくのに......パイパインの幼女だなんて......不幸だ......いてっ!


 ナナの力について理解した――というよりも開き直ったスバルは、それよりも最高のシチュエーションだというのに、相手が幼女であることを不幸に感じてしまう。

 勿論、それも読まれてお叱りを受ける。というか、大事なところにダメージを食らう。


「こら、何処をつねってるんだ! 使い物にならなくなったらどうする! お前も困るだろ!?」


「確かに、それは一理あるのですね」


 スバルの股間を抓っていたナナが手を離すと、呆れたスバルは溜息を吐く。


 ――マジで、俺とやるつもりなのか? こんな小さな子の身体に入る訳がないのだが......


 いやいや、それ以前に、彼女の話を真剣に考えるスバルもスバルである。

 何と言っても、五歳児ぐらいのナナとそういう行為を想像するだけでも異常だといえる。


 そんな異常者スバルは、制服の上から装着した防弾装備に予備の弾を仕舞っていく。

 勿論、その装備も予備弾もそこらに転がるしかばねから得たものだ。

 さすがに、血だらけの衣服をぎ取る気にはなれず、防弾ベストの下は日本で着ていた制服のままだ。

 ただ、ポーチなどが大量に取り付けられたシステムベルトもぶん捕っており、その中にも予備の弾などを詰め込んでいく。


 その行動に視線を向けることなく、その大きな眼差しを周囲に向けたままのナナがスバルに問い掛けた。


「ねえ、スバル。あなたは人殺しに慣れてるのですか?」


 恐らく、普通なら腰を抜かすであろう状況に、表情一つ変えないどころか平気で止めを刺すスバルの事が気になったのだろう。


「いや、初めてだ」


 スバルの言葉にナナは少しだけ驚いた顔を見せた。


「それにしては、全く躊躇なく始末しましたよね?」


「ああ、俺は壊れてるからな。いや、壊れたからな」


「えっ?」


「う~ん。なんて言えばいいかな。俺はスバルであってすばるではないんだ」


 スバルの意味不明な説明に、ナナは思わず首を傾げてしまった。

 まあ、それも致し方ないだろう。この説明で分かる者がいたら、逆に異常だと言えるだろう。

 それ故に、ナナは首を傾げたままスバルに問い掛ける。


「それって、どういうことなのですかね」


「新薬でな。人格が壊れたんだ。いや、本当の昴は眠っているんだ」


「えっ!? じゃ、あなたは偽物?」


 ナナが思わず無神経な言葉を口にしたが、スバルはそれをとがめることなく話を続けた。


「う~ん。偽物かもな。でも、一応は俺も昴の記憶を共有しているし、偽物とは少し違うのかもな」


「なるほど、二重人格なのですね」


「ああ、それに近いかもしれないな」


「そういえば、そういう前例を聞いたことがありますね」


「まあ、そういう訳だから、宜しくな」


「はい。旦那様」


 ――おいおい! ユメといいナナといい、なんで直ぐに旦那様と呼びたがるかな......


 ナナに考えを読まれると知りつつも、スバルは思考を止めることが出来ない。

 抑々、それほど器用な人間ではないのだ。しかし、何故か今回は蹴られたりしなかった。

 その代りに、ナナは寂しそうな表情で告げてきた。


「私達は新薬こそ投与されてませんが、見ての通りの状態ですね。いつ死ぬかもわかりませんね。だから、つながりが欲しいのかもしれませんね。そうきずなを欲しているのだと思いますね」


 その言葉を聞いた時、スバルは何故か瞳が熱くなるのを感じた。しかし、視界は何ら変わっていない。そう、それは見開かれている瞳で見ている訳ではないからだ。

 それ故に、その温かさが何であるかに気付いたのは、頬に流れる感触を感じ取ったからだ。


 それは前向きに座っていることで見える筈のない事であったはずだが、なぜかナナはそれに気付いて振り向いてきた。


「スバル......泣いているのですか?」


「い、いや、ちょっとな......目にほこりが入ったんだ」


 ナナの問い掛けに、スバルはそう言って腕で涙を拭う。

 すると、スバルの胡坐の上に座っているナナが背中を預けてきた。


「スバルって思ったよりも優しいのですね。少し誤解してたのですね。エッチなだけかと思ってたのですね」


 その言葉を聞いたスバルは、一気に気恥ずかしくなり、思っても居ないことを口にしてしまう。


「な、なにを言ってるんだ。俺はエロエロだぞ。幼女だって関係なく舐めまわすからな」


「あは! それは望むところなのですね。この戦闘が終わったら是非とも遣ってもらうのですね」


「こ、こら、それはフラグだ! 死亡フラグだぞ! 間違っても口にするな!」


「えっ!? 死亡フラグ? あっ、スバル、うえ!」


 ――ほらみろ! 死亡フラグなんて口にするから!


 ナナの警告を聞いたスバルは、心中で悪態を吐きつつ、慌てて胡坐の上の彼女を突き飛ばし、上から襲ってきた襲撃者に向けて引き金を絞る。

 すると、けたたましい程の銃撃音が響き渡り、宙に在った襲撃者の身体が踊る。


 それを確認する事無く、すぐさまその場所から移動すると、スバルは背後から襲われた。

 ただ、スバルは後ろから襲われた事よりも、これだけの人数が気付かないうちに入り込んできたことを不思議に思っていた。


 ――ちっ! どこから入ってきやがったんだ? 入り口は見張っていた筈なんだが......ふんっ! 後ろか! 見えてるぜ!?


 背後をも視ることができるスバルにとって、その攻撃は奇襲とはなっても決定的な場面にはなり得なかった。


「甘いぜ! 喰らえ!」


 装甲車を背にしていた所為で、背後からの敵に気付かなかったのは想定外だったが、視えてしまえばただの敵と変わらない。そう判断したスバルは、次々と襲ってくる敵に機関銃の弾をばら撒く。

 そんなスバルに、申し訳なさそうな表情を作ったナナが話し掛けてくる。


「ちょっと、さぼり過ぎましたね」


 恐らく、ナナはスバルとの遣り取りに夢中になっていたのだろう。彼女はこれほどまで敵に接近されたことを反省しているようだった。しかし、そんなナナを他所に、スバルはあることを実行する。


「今更だな! これが終わったら一緒に風呂に入るぞ! 隅々まで洗ってやるからな」


「何をいってるんですかね。こんな非常時に」


 混乱するナナだが、そんな彼女のフラグを折るために、スバルは敢えてそれを口にしたのだ。だから、ナナがどんな反応をしていようと、スバルはお構いなしだった。いや、動揺する彼女を見て微笑んでいた。


 それを見たナナも、何を考えたのか微笑み始める。


「スバル、やっぱりあなたは最高ですね」


「それはどうかな? ただの変態だぞ!」


「その変態が最高なのですね!」


 二人は冗談を交わしながら、あふれ出てくるような敵を次々に始末していく。しかし、今度の敵は流石に手ごわかった。


 ――ちっ、今の奴、銃撃を避けやがったぞ! どこのサイヤ人だ! くそっ! いてっ! ぐあっ~、防弾ベストに弾を食らっちまった。


 スバルは体のあちこちに傷を作りながらも、心中で文句を垂れ流しながら引き金を絞る。

 ところが、今度の敵は暗視も利くらしい。それ故に、先程と違って、思うように倒せない。


「ナナ、気を付けろ、今度の敵は手ごわいぞ」


「はい。分かってますね」


 どうやら、ナナも苦戦しているらしい。


 ――あと、何人だ? 視えるだけでも十人は居るな......何か手を考えないと拙いな......


 そう考えた次の瞬間だった。スバルの左腕に激痛が走る。


 ――ぐあっ! こなくそ! このくらいの痛み、新薬に比べれば屁の河童だ!


 左腕の痛みに呻き声を上げそうになったが、ぐっと堪えたスバルは必死に機関銃を撃ちまくる。しかし、左腕が上手く動かない所為で的を絞れない。そんな時だった。


「きゃっ!」


 ナナの悲鳴が上がる。


 即座に心眼で彼女を視ると、どうやら脚を撃ちぬかれたようだ。

 ナナは脚から鮮血を流して倒れていた。


 ――糞が! こんなところで遣られて堪るか!


 ナナを遣られたことで怒りが増したスバルは、機関銃の弾を無作為に周囲へとばら撒きながら倒れている彼女の処へと走る。


 ――いって~~~! あっ、機関銃が......


 今度は右肩を撃ち抜かれたスバルが、激痛の所為で機関銃を落としてしまう。


 ――くそっ、両腕とも上手く動かね~! だが......遣られて堪るかっつ~の!


 痛みに歯を食いしばりながら、スバルはポシェットから手榴弾を取り出すと、敵の居る方向へ適当に放る。放る。放る。放る。

 そう、ポシェットに入れておいた手榴弾を全て放ったのだ。


 ――新薬の痛みは最悪だったが、この痛みでも体が動くほど強化されたのはラッキーだったな。いや、それよりも恐ろしいのは死亡フラグの威力だな......マジパないぜ。


 死亡フラグの脅威におののきながらも、横たわるナナを痛む左腕で抱き留めると、透かさず血だらけの右手を突き出して叫ぶ。


「溶けろ~~~~~~!」


 しかし、スバルの渾身こんしんの叫び声は、次々と爆発する手榴弾の音に掻き消されてしまうのだった。


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