第37話 地下からの脱出(上)


 視界も利かない暗闇の中で不気味な炸裂音さくれつおん咀嚼音そしゃくおん木霊こだまする。しかし、それを遮るかのようにけたたましい・・・・・・叫び声が響き渡る。


「おら~~~! 死にさらせ!」


「潰れろ! この害虫!」


 この暗闇でも昼間のように見通せるスバルとエッチの産物で視界の利く由華の雄叫びが轟く。


 そんな二人が投げる硬球は、体長五十センチはあろうかというゴッキーの身体を、気持ち悪い炸裂音を響かさせながら易々とぶち抜く。


「うわっ! 今だけは心眼が使えることを後悔するわ」


 ゴッキーが内容物をぶちまけ、絶対に触れたくない液体を撒き散らすのを見て、由華が身体を強張らせる。


 確かに、それは気色の悪い光景なのだが、それだけならまだしも、仲間のゴッキーがそれを食い散らかすのだ。

 由華でなくても、この暗闇で目が見えることを後悔したくなるだろう。


「こら! 文句を言ってる暇はないぞ」


「あうっ......ごめん。それっ! 砕けろ!」


 愚痴を零す由華へ、スバルが叱責の声を飛ばさなければならないのも無理はない。

 なにせ、ゴッキーの数は半端なく、仲間を食い散らかす奴もいれば、こちらに向かってくる奴もいるからだ。


 そんな黒い悪魔に向かって二人はスポーツ用品店から持ち出した中古の硬球を投げ続ける。


「あっ!」


「こら! 球の数は限らててるんだ。狙いを外すなよ」


「う、うん。でも、奴等が思ったよりも速くて......」


 初めの内は狙わなくても当たるくらいの数が居たのだが、二人が倒すうちに向かってくる数が少なくなってきたのだ。


「じゃ、金属バットで殴るか?」


「そ、それは、最終手段にしとくわ」


「だな。恐らく、あの液体を引っ被ることになるからな」


 的を外す由華に、スバルが金属バットを勧めるが、彼女は顔をしかめて断ってきた。

 スバルが言う通りであろう。なにせ、バットで殴れる距離はあの気色の悪い液体を被る距離を意味しているからだ。


「考えただけでも失禁しそうだわ」


「お前が言うと現実味があるな」


「う、うるさい。かけるわよ!」


「俺はスカトロに興味ないぞ?」


「スカトロって? なにそれ?」


「あ~、説明がめんどい。後だ! あと!」


 二人の会話は危ない方向へと進むが、それ処ではないと考えたスバルがその件を先送りする。


「てか、ラスボスが動かないな」


「さっきは凄い勢いで襲ってきたのに......どうしたのかしら」


 後方でじっとこちらを覗っているようなボスゴッキーを不気味に感じたのだろう。二人は、奴の行動について話していた。


「どちらにしても、球が半分を切ったぞ」


 スポーツ用品にあったズタ袋にありったけの中古硬球を入れてきたのだが、どうやらそのズタ袋の中身が心細くなってきたようだ。


「どうするのよ! ぱっと見でもまだ百匹はいるわよ?」


 どうやら、スバルの言葉を聞いた由華も心細くなったようで、泣きそうな表情で問い掛けてくる。


「球が無くなったら、走って逃げるぞ。もし追い詰められたら最終手段だ」


「うん。分かったわ。でも、最終手段だけは遣いたくないわね」


「そうだな。できれば俺も勘弁だ」


 勿論、最終手段とは金属バットのことだ。


 こうして二人は珍しくエッチすることなく戦いを続けるのだった。







 疾風の如く駆け抜ける二人。

 それでもスバルには余裕があった。


「由華、それが全速か?」


「そ、そうよ! スバルはもっと速く走れるの?」


「ああ、なんか、空も飛べそうな気分だぞ?」


「空......それって前から?」


「分らん。全速で走ったのは地下に入ってからだからな。ホテルで襲われた時はお前を抱えてたし......でも、あの時よりも速く走れる気がする」


「私を抱えて......ごめん」


 由華は自分が役立たずだったことを思い起こして謝ってきたのだが、スバルは気にした様子もなく別の事を口にした。


「気にするな! それよりも全然減った気がしないな」


 そう、二人が硬球でしこたま倒したと思ったゴッキー達は、抑々の数が多過ぎて全く減ったように見えないのだ。


「どうしよう。金属バットで戦うにしてもあの数はちょっと......」


「確かにな。あれじゃ、宮本武蔵でも逃げ出すわな」


「なに? 宮本武蔵って」


「ああ、こっちには居ないんだな。まあ、その話もあとだ。取り敢えず、あそこに逃げ込もう」


 当然ながら、日本と言えどもここは異世界であり、過去の人物も全く違うのだ。

 それを説明するのを面倒だと感じたスバルはその話を切り上げると、視線の先にある飲食店らしき建物を指さす。


「了解よって! きゃ!」


 再び建物に入って休憩しようと考えたスバルへ、由華は素直に返事をしようとしたのだが、そこで思わぬ事態となった。


「くそっ! ラスボスが飛んできやがった!」


 そう、ラスボスが物凄い速度で飛んできたかと思うと、二人を追い越して道を塞いだのだ。


「ちぇっ、どうせなら、この低い天井に......低い天井......低い天井か......」

 精々が二メートルきょう程度しかない天井との間を飛んできたラスボスを見て、スバルは愚痴を零していたのだが、何を考えたのかそこで押し黙ってしまった。


「拙いわ。後ろも前も敵よ。横を溶かす?」


 そんなスバルに、ピンチと感じた由華が即座に次の行動を示唆しさする。しかし、スバルは何かを思いついたようだ。


「いや、良い事を思いついた。ちょっと時間をくれ。あと、落下物に気を付けろよ?」


「えっ!? なに? 何をする気?」


「直ぐ解るさ。もし敵が来たら最終兵器でよろしく頼むわ」


 スバルの言葉の意図を汲み取れなかった由華がそれを尋ねるが、彼はニヤリとしたかと思うと金属バットを由華へ放ってきた。


「ちょ、ちょ、ちょっ!」


 金属バットを慌てて受け取った由華が声を発するが、スバルは気にすることなくその場でジャンプすると、天井に手を突いて叫んだ。


「溶けろ!」


 すると、天井に張られたボードが溶けて落ちるのだが、それは広範囲に渡って溶け出し、追ってきた黒い悪魔達に降りかかる。


「これが狙いだったの? でも、死んでなさそうよ?」


 二本のバットで頭を覆っていた由華が、周囲を見渡しながらその成果を告げてきた。しかし、ニヤリとしたスバルはそれを否定した。


「いや、これからが本番だ。マジで危ないからな」


「ま、まさか......」


「クククッ、そのまさかさ!」


 スバルはニヒルに笑うと、透かさずジャンプする。


「ちょ、ちょ、ちょっ、それは拙いわよ! いくら何でも......何が落ちてくるか......」


 由華は必死にスバルを止めようとするが、それは既に遅かった。


「溶けろ! マックスだ!」


「ちょ、ちょ、ちょっ、マックスって! 勘弁して~~~~~!」


 悲痛な叫び声を上げる由華だったが、頭上から落ちてくる物体を避けるので精一杯だった。


 ただ、由華の想像とは異なり、助かったことがあった。

 それは、融解速度が思ったよりも速くない事だった。

 その速度はコンクリートがドロドロと溶け出して、ポタポタとは言わないがドサッと降ってくるような事は無かったのだ。

 それでも、その規模は半端なく、ゴッキー達は間違いなくその下敷きになっていた。


「これで全て始末できたな」


「ちょっ、始末で来たな! じゃないわよ。これじゃ私達も出られないじゃない」


 どや顔で周囲を見渡すスバルに由華がクレームを入れるのだが、彼女の言う通り周囲はとんでもないことになっていた。

 その有様と言えば、これまで走ってきた通路も他の通路も、何もかもが溶け出たコンクリートで埋まっていた。


「さて、逃げ道を探すか」


「どうやってよ! でも、黒い悪魔が居なくなっただけマシかな?」


 スバルの声に反発する由華だったが、ゴッキーの姿が見えなくなったことに安堵する。

 ところが、次の瞬間、コンクリートがひび割れると、そこから真っ黒な塊が飛び掛かってきた。


「きゃっ!」


「くそっ! さすがはラスボスだぜ! これでも生きてるのか! てか、どうやってコンクリートを割ったんだ?」


「それどころじゃないわよ! どうするのよ! もう逃げ道もないわよ?」


 ラスボスの凄さに感嘆の声を上げるスバルだったが、由華は金属バットを振り回しながら苦言を撒き散らす。しかし、スバルは覚悟を決めたようだ。


「しゃ~ね~。由華、バットをよこせ! 二人で戦うぞ」


 それを聞いた由華は、物凄く嫌な表情を作って金属バットを放った。

 ただ、投げられたのはバットだけではなかった。


「お前は見ていろ! 俺が守って遣るって言わないのね......今回限っては見学がいいわ」


 そう、思いっきり戦いたくない意思いしも投げてきたのだった。

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