第36話 ラスボス登場?
二人の若者は懸命に走っていた。
心臓が破裂のではないかと思うほど跳ね上がり、肺が激しく伸縮を繰り返していた。
「由華! 遅れてるぞ!」
「だって......」
――あう......もうちょっと回数を減らしとけば良かったわ。やり過ぎたせいで逃げる体力がなくなってるとか言えないし......最悪よね? というか、もしかして、それの所為で回数を減らされるかな? スバルのことだし、大丈夫よね?
黒い悪魔の波から逃げる由華はエッチのし過ぎを後悔していた。
というか、いつの間にこんなふしだらな娘になったのだろうか。父親が草葉の陰で泣いているぞ......ああ、父親はまだ生きていたか。
「だって、気持ちいいし......スバルに抱かれてると幸せなんだもの......」
「それは俺もだが、今は逃げ切ることに専念しようぜ」
「そ、そうね」
悩んだ末に漏らしてしまった心中の言葉を、スバルは快く受け止めてくれたようだ。そして、その言葉で全てを悟ったようだ。
――俺も遣り過ぎで体力が落ちてるんだが、なんか身が軽いんだよな。今なら空も飛べそうな気分だ。まさか、これもエッチの所為だってんじゃないよな?
由華の台詞を聞いて、彼女が遅れている理由を感じ取ったスバルだったが、自分の身に起きている異変に驚いていた。
ただ、それと同時に後悔もしていた。
――くそっ! 武器がないとどうにもならん。こんなことなら安心して武器を置いておくんじゃなかった......
今更ながらに、ホテルで武器を近くに置いていなかったことを悔やんでいた。しかし、それこそ今更だ。この状況下にそれを後悔しても何の意味もないのだ。
どうやら、スバルもそう考えたのか、頭を切り替えたのだろう。直ぐに由華に別の事を尋ねた。
「由華、見えてるか?」
そう、スバルは心眼の効果を確かめたのだ。
「大丈夫よ。備えあれば憂いなしね」
由華はスバルの問いかけを聞くと、ポンポンと肩掛けポシェットを叩く。
どうも心眼の効果を持続するための秘密がポシェットにあるようだ。
「にしても、こんな時にアレが役に立つとはな」
「そうね。私は不規則だから常に携帯しておいて良かったわ」
「ほんと、タ〇ポンさまさまだな」
「こら! そういうことは口にしないの!」
「うっ! そうだった......すまん」
なるほど、どうやら生理用品が役に立ったようなのだが、備えあれば憂いなしというのは違うといえるだろう。
何せ、全く異なる用途で使用しているからだ。
きっと、生理用品もスバルの子種止めとなったことで渋面していることだろう。
「それよりも、拙いな。このままだと、いつか追い詰められるぞ」
「そうね。何かいい案がないかしら」
スバルの台詞を聞いた由華は、全速力で走りながらも良案がないかと思考を巡らせ始める。しかし、そこで現状の危機的状況を何とかしたいスバルは、思わず由華に問い掛ける。
「由華があれを蹴散らすというのは無しだよな?」
「スバル! あなた、私に汚れた女になれっていうの?」
「い、いや、例えばの話だ。俺だってお前には綺麗でいて貰いたいさ」
「うはっ......綺麗......す、スバルもカッコいい......よ?」
スバルの言葉で表情を曇らせていた由華が一気に舞い上がる。
そう、バカップルの
「由華、お前も可愛いぞ。てか、俺の女だと言ってもいいんだよな?」
「スバルの女......う、うん。いいよ。というか、私の彼氏でいいんだよね?」
「ああ、勿論だ」
調子に乗るバカップルだが、そこで天罰の一発目を食らう。
「でも、由夢とナナはどうするの?」
「う、うぐっ」
「今更、だよね?」
「ノーと言える男になりたい......」
二人とも前予約のある由夢とナナの事を思い出して表情を曇らせる。
そう、何といってもスバルは由夢の旦那になると約束し、由華は散々とスバルの事を嫌いだと言ってきたのだ。今更以て、恋人同士になりましたなんてどの口が言うのかという話だ。
大量のゴッキーに追われつつも、先程までどこか楽し気にしていた二人は、由夢とナナの事を思い出して沈痛な表情となっていたのだが、そこへ天罰の二発目が降り掛かってきた。
「ちょ、ちょ、ちょっ、な、何事?」
懸命に走りながらも後ろを振り返った由華が驚きの声を上げた。
「ん? どうしたんだ? うげっ! ま、まさか......」
由華の驚きでスバルが後ろを振り向いたのだが、そこには迫りくる黒い波が跳ね飛ばされる光景があった。
「ま、まさか、ボスキャラ降臨?」
スバルの言葉を引き継ぐように、その正体を口にした由華だったが、その声は恐怖で震えていた。
「てか、ボスキャラを倒さないと出られないなんてゲーム的なオチじゃないよな?」
後ろから迫りくる一際大きなゴッキーをみてスバルが達の悪いジョークを飛ばすのだが、どうやらそれは現実となって襲い掛かって来たようだ。
「す、スバル、行き止まりだわ」
「ま、マジかーーーーーー!」
――ヤバイぞ! 武器はないし、生き物は溶けない......行く手は行き止まり......ここで選べる選択肢なんて二つしかないじゃないか。
そう、スバルには戦うか死ぬか、二つのどちらかしか選ぶことが許されなかった。
――くそっ! こんなところで死ねるか! やっと彼女もできたし、エッチもしたし......あれ? これって、死んでも悔いはないって展開か?
危機的状況でも、全く以てスバルらしい思考だと言えるだろう。しかし、その行動は素晴らしいものだと言えた。
「溶けろ! 溶けろ! 溶けろ!」
そう、スバルはやたら目ったらと融解の技を撒き散らしたのだ。
すると、三方がドロドロと溶け始めたのだが、正面は溶けた先が土だった。
「正面はダメだ。右もダメか......」
「左は店舗だったわ。逃げ込みましょ」
正面と右を見て嘆息したスバルだったが、すぐさま由華の声を耳にして視線を左に向けると、そこは物の見事に店舗の壁だったようだ。
それを見た二人は慌てて中へと逃げ込む。
「扉のある部屋を探せ」
「あ、あっちに自動ドアがあるわ」
「ばか! あれは入り口の扉だ! それに自動ドアは動かないだろ!?」
「あうっ......こ、こっちに......」
「よし、それは当たりだ。そこに逃げ込むぞ」
バカップルが漫才を繰り広げながら扉の奥へと逃げ込むと、次の瞬間にはドカドカという音が鳴り響いた。
恐らくは、巨大ゴッキーが扉を叩いているのだろう。ただ、間違ってもそれはノックではない。いや、仮にそれがノックだったとしても開ける愚か者は居ないだろう。
「ふい~っ、なんとか逃げ込めたな」
「そうね。一時はどうなることかと思ったわ」
扉のある部屋に逃げ込んだスバルがホッと一息漏らすと、由華もそれに同調してきた。
その声を聞いて安堵したスバルが、思わずジョークを飛ばす。
「マジでちびるかと思ったぞ」
「......」
スバルが場を和まそうとして口にした言葉だったが、どうやらそれは冗談になっていないようだった。
「す、すまん」
それを察したスバルが直ぐに謝るのだが、先に気を利かせた所為か、由華は逆に開き直った。
「いいのよ。どうせパンツは乾く間もないんだから。というか、早く着替えたいわ。もうグチョグチョで気持ち悪いのなんのって......」
確かにその通り、地下に入ってからというもの由華のパンツは色んな意味で濡れ放題だったのだ。
ただ、さすがに言っていて自分でもあんまりだと思ったのか、彼女は言葉の途中で押し黙ってしまった。
それを見たスバルは、由華の悲しげな表情で心を痛める。
「気にするな。俺は気にしてないし、それでお前に悪い印象なんて持ったりしてないからな」
「ほ、ホント? 汚い女とか思ってない?」
「ああ、勿論だ。自分の彼女を汚いなんて思う訳ないだろ?」
「あ、ありがとう。スバル、あなたって思った以上に優しいよね」
由華は勢いよく抱き着くと、笑顔でスバルを褒めてきた。
――思ったよりって......どう思ってたんだ?
スバルは彼女の言葉尻を少しだけ気にしたが、構うことなく彼女を優しく抱きしめた。
ただ、あんまり遣るとまた発情してしまうと思ったのか、ゆっくりと由華を離して告げた。
「今はここまでだ。そうじゃないとまたビッグマグナムが発動しそうだからな」
「そうね。今はここを脱出する方が先よね。あれは、またあとのお楽しみにした方がいいよね」
スバルの言葉を聞いた由華は、少し名残惜しそうにしながらも、やる気満々な返事をしてくる。
――可愛いじゃね~か。もう、めちゃめちゃ最高だぞ、由華!
そんな由華をスバルは可愛く思いながらも周囲に視線を巡らせる。
「どうやらスポーツ用品店だったようね。水着がないかしら? ビキニの下だけでいいんだけど......」
周囲に転がる空箱を軽く蹴りながら由華が、さすがに濡れっぱなしの下着が気持ち悪い所為か、替えとなる衣類を所望した。
決して水着プレーを楽しむためではないとしておこう。
ただ、残念ながら残っているのは空箱とガラクタばかりのようで、真面な物は残らず持ち出されていた。しかし、そこでスバルが瞳を光らせた。
「これだこれ! これで戦うぞ」
スバルの声で、由華は彼の視線の先にある物を見る。
「中古のバットとボールじゃない。これをどうするの?」
そう、スバルの視線には使い古した金属バット二本とプラスチック製の大箱に入った山積みの中古の硬球があった。
「どうするって、由華がこのボールを力いっぱい投げたらどうなる?」
「そっ、そっか! ゴッキー如きはボールでも始末できそうね」
スバルの言葉でその意図を悟った由華はニヤリとする。
どうやら、ナナとの夫婦ハンターを返上して、由華と二人でバカップルハンターと名乗った方が良いかも知れない。
それほどまでに、由華の表情はスバルと同じものとなっていた。
「よし、それじゃ反撃と行くか」
「そうね。私のパンツを汚したお返しはしないとね」
「おう! その調子だ!」
汚したのは由華自身であって、決してゴッキーが汚したわけではない。
それでも、スバルは由華のノリを快く思い、威勢のいい声を上げる。
こうしてスバルと由華、バカップルの反撃が始まるのだった。
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