第62話 本領発揮?
バラ撒かれた銃弾が、まるでお辞儀するかのように放物線を描いて床に落ちる。
弾は床を削ることも、転がることも無く、凍り付いたかのようにその場で固まった。
勿論、床と同化した訳でも、凍った訳でも無い。
そう、高圧の重力により、床に押し付けられてしまったのだ。
しかし、それは次の瞬間に爆発を起こした。
本来であれば、結構な破壊力になるのであろうが、それは爆竹にも劣る爆発力で収まり、とても爆発と呼べる代物になっていなかった。
「ちっ! 本当に厄介な奴等だぜ」
爆発を発生させた久美子が、歯軋りせんばかりの表情で愚痴を零す。
彼女が自称する『爆裂』は、空気圧縮と温度変化によって起こしているが故に、何もないところでは爆発しないし、熱の無いところでも爆発は起こせない。
しかし、銃弾を撃ち込むことで、弾の熱を利用した爆発が起こせるのだ。
彼女曰く、その原理に関しては勘らしい。
そんな久美子の爆裂だが、重力使いの所為でその勘とやらが狂わされていた。その結果、彼女の爆裂は子供のおもちゃ以下と成りさがっている。
ただ、救いはスバル達が立っている場所に、重圧を掛けられていないことだ。
その辺りに、重力使いの欠点を紐解く糸口がありそうだったが、現時点でそれをのんびりと考える余裕はなさそうだった。
さて、六階へと上がってきたスバルは、久美子たちと協力して、包囲していた敵の半分程度を駆逐した状況だ。
そのお陰で、後ろから狙われるようなことは無かったが、逆に全ての攻撃を重力使いに防がれてしまい、全く打つ手なしの状況だった。
「どうすんだよ! クミ!」
「さすがに、この状況はジリ貧ですわね」
茶髪のカオルこと
本来であれば、人数も増えたし、転がる紫頭とピンク頭の双子、
「溶かすか? そうすれば、逃げ出せるが......」
いつもの癖で、スバルは床を溶かすことを提案する。
「溶かすって? 何をさ」
スバルの力を知らない久美子は首を傾げる。
それを見たスバルは、自慢げに胸を張ると親指を下に向けた。
「床さ」
「えっ!? これを溶かすのですか?」
「マジ!? これを解かせるのかよ!?」
スバルの指が示す方向、床を見てシズとカオルが目を見開いて驚きを露にする。
彼女達と同じように驚きを見せていた久美子だったが、直ぐに頭を切り替えたようだ。その辺がリーダーとしての違いなのだろう。
「そんなことができんのかい? いや、それができるなら逃げられるか......」
「ああ。これまでも散々溶かしたからな。問題ないことは保証するぜ」
へへん! と言わんばかりに自慢げな様相を見せたスバルは、何気ない仕草で床を蹴る。すると、床がドロドロと溶け始め、直径二メートルくらいの穴が開く。
「す、凄いわ!」
「マジかよ!?」
その光景を目の当たりにして、シズは少したれ目の瞳を大きく見開き、カオルは切れ長の吊り目を細めた。
それを見て、スバルは天にまで上りそうな勢いだったが、そこでナナの声が放たれた。
「由華! 茶髪をぶっ飛ばすのですね!」
「えっ!?」
「ちっ!」
ナナの声に驚き、由華は逡巡してしまう。
次の瞬間、カオルは舌打ちしたかと思うと、透かさず両手を振りつつ後ろに飛び跳ねた。
「うぐっ!」
「あぅ!」
「きゃっ!」
味方だと思っていたカオルが突如として繰り出した攻撃が、スバル達に襲い掛かったのだ。
彼女の攻撃は、スバルの右脚と右腕を斬り付け、ナナの左腕を切り裂き、シズの白い両足と長い髪を切り裂いた。
由華は硬化中であったお陰で傷を負うことはなく、彼女が壁になったのか、久美子も無事だった。
「シズ、大丈夫か!? カオル! てめーー!」
久美子は直ぐにカオルが裏切ったと判断したのか、罵声を吐き散らしながら右手の銃を撃ち放つ。しかし、既に遮蔽物の裏へと回り込んだカオルを捉えることはできなかった。
「スバル! ナナ! 大丈夫?」
「くそっ! 油断した。まさか裏切りるとはな......それより、ナナ、ダイジョブか?」
「私は軽傷なのですね。それよりも、私の失敗なのですね。こっそり伝えれば良かったのですね」
鮮血を流すスバルが心配そうにナナを気遣うと、当の本人は申し訳なさそうな表情で反省していた。
すると、カオルが逃げた方向から、嘲笑うかのような声が届いた。
「失敗しちまったぜ。その男があんまり驚かすから、思わず閉心術が解けちまった」
「いつ寝返ったんだ!? 初めからそのつもりだったのか!」
カオルの声が聞こえてきた途端、久美子が怒りの形相で叫び声を上げた。
しかし、カオルは全く動じていないようで、サラリと真相を暴露してきた。
「初めからじゃないぜ! でもさ、いい加減、あんたのやり方に嫌気がさしたんだよ。オレは暴れたいんだよ! だから、黒影の誘いに乗ったのさ」
「ちっ! くそゴミめ! 人間のクズめ!」
久美子が罵り声を上げながら銃の引き金を引くが、柱に隠れたカオルに命中することはない。
しかし、怒りが収まらないのか、久美子は構わずに撃ち捲る。
そんな久美子の傍らで倒れている血塗れのシズが、ゆっくりと伸ばした手で、力なく彼女の脚を撫でる。
元から白かったシズの腕は、いまや血色を失って青白くさえあり、いつ事切れてもおかしくないように見えた。
「そ、そういえば、ここで依頼の話があると言ってきたのもカオルでしたね......まんまと騙されましたわ。クミ、私達を置いて逃げてください」
「し、シズ......そんなことできるか! 一緒に逃げるぞ!」
「駄目です。御覧の通り、私は両足を切り裂かれた所為で、恐らく立つことさえできないでしょう。だから瑠美と麗美を連れて――」
「ダメだ! それでもダメだ! 仲間を見捨てるなんてできるか!」
お互いを思い合う久美子とシズ、傷ついたスバルやナナ、そんな四人を見て、由華が眦を吊り上げて怒りの形相を露にする。
「私があの時......あ、あの女、絶対に許さないわ」
血が滲むほどに唇を噛みしめ、固く握った両手を震わせていた由華が、突如としてカオルが隠れている方向へ駆け出した。
「こら! 由華! ダメだ!」
慌ててスバルが制止の声を上げるが、頭に血が上っているのか、まるで暴走列車のように突撃する。しかし、そこで再び重力の網にかかってしまった。
ところが、今回の由華は止まらなかった。
速度を殺されつつも、一歩一歩前に進む。
そこへカオルの攻撃が襲い掛かってくる。
由華の衣服を切り裂き、腕が、脚が、胸元が、少しずつ露になっていく。それでも、彼女は血の一滴も流すことなく突き進む。
由華の気迫が、カオルを混乱させたのかもしれない。
柱に隠れていたカオルが姿を現し、ムキになって攻撃を振るう。
本来であれば、銃弾が頭をもたげる重圧の中で、カオルが普通に攻撃していることを不可解に思うのであろうが、誰もが由華の気迫に慄いているのか、それに気付く者は居なかった。
それは反射的だったのだろう。久美子がカオルに向けて銃を撃ち放った。
恐らくは、重圧のことすら忘れていたに違いない。
しかし、それは物の見事にカオルの額を撃ち抜いた。
「裏切り者は死あるのみ」
ゆっくりと崩れ落ちるカオルに、冷たい視線を向けた久美子が呟く。
その出来事で、誰もが観覧者から登場人物に引き戻されたのだろう。
次の瞬間、スバルの心眼が横走りする
雷を真面に喰らった由華は、一瞬だけ身体を震わせるとその場に崩れ落ちる。
その途端、何処までも聞こえてきそうなスバルの叫び声が轟く。
「由華---------!」
叫び声を上げたスバルは、その轟きと時同じくして血塗れの身体で駆けだしていた。
「ダーーーーーーリン!」
後ろからはナナの声が響き渡るが、それを気にする余裕なく、機関銃の弾をバラ撒きながら突き進む。
――ばかやろう! むちゃしやがって! くそっ! 由華、生きていろよ!
スバルは由華を心配しつつ、敵から銃弾を身体に埋め込まれながらも必死に進む。
しかし、重圧の区域に差し掛かり、為す術なく押し潰されてしまう。それでも、スバルは床を這いながら由華へと近寄る。
――くそっ! こんなところで......あと少しなのに......
己の痛みすら忘れて、スバルは必死に由華へと手を伸ばすが、未だ彼女の柔らかな身体に触れることは叶わない。
――何か手は無いのか......所詮、俺は溶かすしか能がないのか......せめて由華を覆う壁でもあれば......ちくしょうーーーーーーー!
スバルは己が溶かすだけの能力を呪っていた。そして、敵の銃弾を受けて血の霧を舞い上げている由華を助けたいと切望し、伸ばした手で床を叩きつけた。
その途端だった。周囲の床が溶け始め、それが隆起したかと思うと、次の瞬間にはスバルと由華を覆うような障壁ができあがった。
障壁ができたことで、敵の銃弾が全て阻まれ、行き成り静かになる。
「んっ!? 急に静かに......なんだ? これ!?」
周囲を見渡すスバルの心眼には、何で構成されているのかも解らない障壁が映る。
「ダーリン、無茶しすぎなのですね。死んだかと思ったのですね」
いつの間にか隣に立っていたナナが、頬を膨らませて怒りを露にしている。
しかし、スバルはそれを気にすることなく、己の痛みを無視して由華の側に跪くと、彼女の容態を確認しようとする。
「いつっ! ちっ! 俺はいいんだ......それよりも、由華は......」
傷ついた腕を伸ばして、胸を触ろうとするが、直ぐに由華から窘められた言葉を思い出し、彼女の腕を取る。
スバルは、由華の白く柔らかい腕から、生きているわよと言わんばかりの脈動を感じ取る。
「よ、よかった......生きてる......」
由華の脈を確認したスバルは、ホッと安堵の息を吐く。
すると、左腕を血に濡らしたナナが、痛みに顔を顰めつつも、両手を腰に当て、床に膝を突くスバルに顔を寄せた。
「そ、そうですか......まあ、由華はこのくらいでは死んだりしないのですね。それよりも、これはダーリンの仕業なのですか?」
「さあ? しらん」
由華の無事を知り、安堵したスバルは己の痛みに顔を顰めながらも、もう一度周囲を見渡して、首を横に振るのだった。
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