第87話 こいつらは魔法使い?


 スバル達が能力者との戦いを繰り広げていた頃、いつもなら物静かであるはずの御簾の間が、些か慌ただしい様相を見せていた。


「不法侵入とは何者だ? かなり手を焼いているようだが......」


「報告では、帝都を沈めた者だというではないか」


「なんだと!? それは拙いぞ」


 皇主の左手に位置する御簾の中から、慌てる者達の声が飛び交う。

 しかし、皇主は瞑目し黙したまま何かを考え込んでいるようだ。


「皇主様、どうなさいますか!?」


「帝、一大事ですぞ」


「早く無法者を始末せねば、ここにも被害がでるやも......」


 沈黙する皇主に向けて、縁戚の者達が慌ただしく警笛を鳴らすかの如く声を張り上げる。

 すると、暫く考え込んでいた皇主が、瞼を押し上げて嘆息する。


「騒ぐでない。血筋の者達を差し向けたからのう。暫くすれば片付くはずじゃ」


「そうですか......ならば時間の問題ですか......」


「さすがは皇主、対応が早い」


「取り乱して申し訳ありません」


 騒ぎ立てていた者達が、皇主の言葉を聞いて安堵の息を吐く。

 しかし、皇主は他に懸念があるのか、眉を顰めたまま視線を己が右側の御簾に向けた。


「のう。寧々や、夢見の方はどうなっておるのじゃ?」


「あっ、はい。皇主様。未だ卦は問題ないと出ております」


「そうか......それなら良いのじゃが......」


 寧々の返事に、皇主は再び押し黙る。

 ただ、他の者達はそれほど物分かりが良くないのだろう。

 こぞって寧々に糾弾の声を投げつける。


「そうだ。寧々よ、お前の夢見はどうなっておるんだ? この事態を予測できなかったのか?」


「うむ。抑々、外道が失脚すれば上手く行くはずだったのではないのか?」


「今回の襲撃を予測できなかったのはなぜだ!? いったい何のための夢見だ!」


 ――うるさい人達......だったら自分達で見ればいいじゃない。これだからここの空気は嫌いなのよ......まあ、あなた達にそんな力なんて無いでしょうけど......


 対面から責め立ててくる声に、寧々は憤りを感じつつも、表面上は申し訳なさそうな面持ちで申し開きする。


「申し訳ありません。私の夢見では、そこまで細かな内容まで見切れないのです......ただ、上手くゆく未来は見えておりますので、大事ないと思います」


「ちっ、なんて使えない力なんだ......」


「これだから末席の者など役に立たんのだ」


「もう少しマシな能力者は生まれんものかな......」


 寧々を蔑む言葉が続く中、彼女は顔を伏せていたが、心中は穏やかではないようだった。


 ――最悪な人達......だから皇族なんて嫌いなのよ......みんな消えて無くなればいいのよ......いえ、あと少し、もう少しの辛抱よ......破壊神様、早くこの者達に鉄槌を下してくださいまし。


 俯く寧々は、己が知らず内に不気味な笑みを作り上げるのだった。







 もはや、魔法としか例えようない氷の矢が、久美子に向かって放たれる。

 しかし、彼女は気にすることなく敵に向けて銃弾を放ち続ける。


「ライトシールド!」


 次の瞬間、久美子の耳にスバルの力強い声が聞こえたのだろう。彼女はニヤリとする。

 その途端、彼女の前には、人ひとりが隠れるくらいの障壁が地面から生まれる。

 土がまるで鉄の壁かのように立ち上がり、敵が放った氷の矢を遮断する。


「さすがだね。スバル! 最高だよ! あたいも負けてられないね。喰らいな! 爆裂!」


 彼女は最高に嬉しそうな相貌で、右手の引き金を引き絞った。

 その狙いは違うことなく目標地点で爆発を巻き起こす。

 ところが、それに巻き込まれる者は居るのだが、直ぐに起き上がって戦列に戻ってしまう。


「くそっ! どんだけ頑丈なんだよ!」


 大した外傷を受けた様子もなく、即座に戦い始める黒服達に、久美子が顔を顰める。

 ただ、その言葉に不満を感じる者が居たようだ。


「クミはいいじゃね~か! オレの攻撃なんて完全に防がれてるんだぞ!」


「私の弾も全て跳ね返されるのですね」


 確かに、蘭やナナの攻撃に関しては、完全に無効化されていた。


「クククッ! ナナ子は仕方ないけど、蘭子はもう少し技術と頭の向上がいるんじゃね?」


「ふぎぃーーーーーー! くそっ! 今に見てろよ!」


 久美子の物言いに、ナナはまだしも、蘭は頭から湯気が立たんばかりの憤りを見せながら地団太を踏む。

 そう、この久美子と蘭だが、抑々の相性が良かったのか、いまや、クミ、蘭子と呼び合う仲なのだ。


 因みに、久美子はナナにも子を付けてナナ子と呼んでいるが、それが本当の名前だということを知らない。


 それはそうと、そんな騒がしい二人をサクラが窘める。


「ほら! うだうだやってる場合じゃないわよ! 私が奴等の隙を作るから狙って!」


 そういってサクラが両手を動かすと、黒服達の様子が慌ただしくなる。

 それもそのはず、敵まで伸ばした鋼線で、奴等を切り裂き始めたのだ。


 ある者は手首から先を切り飛ばされて呻き声を上げて蹲り、足首を切断された者は、その場にひっくり返ったまま悲痛な声を上げた。


「ぐあっ!」


「なんだ! これ! うぎゃ!」


「くそっ! 拙い! 直ぐに態勢を整えろ」


 次々に身体を切り裂かれ、苦悶と悲鳴を上げる者達が地面にのたうち回る。

 それを見た他の者達が、顔を引き攣らせて慌てふためく。

 しかし、そこでリーダーらしき男がサクラの攻撃を弾くと、仲間に向けて叱咤の声を張り上げる。

 ところが、そうはさせじと、クラッシャーズの攻撃がぶち込まれる。


「弾けるのですね」


「そうはいくかよっと! エアバレット!」


「そうそう! 吹き飛べよな! 爆裂!」


 サクラが作ったチャンスを最大限に生かすと言わんばかりに、ナナ、蘭、久美子の三人の攻撃が混乱する敵に炸裂する。


「うっ!」


「くぁ!」


 ナナが両手の銃で放った弾丸が黒服達の額を撃ち抜く。

 その衝撃で、後ろ頭が破裂し、脳漿のうしょうや鮮血を撒き散らす。

 それを目の当たりにして、黒服達は更に混乱する。

 しかし、無情にも、クラッシャーズの攻撃はそれだけでは終わらない。


「うぎゃ!」


「ぐおっ!」


「くっあっ!」


 蘭のエア弾が炸裂し、三人の黒服が呻き声を残してぶっ飛ばされると、続けざまに凄まじい爆裂音が響き渡り、一瞬にして数人の敵が纏めて吹き飛んだ。


「うあっ! クミ、お前、遣り過ぎだぞ! オレの分が......」


「あたいの所為じゃないね。トロトロしてる蘭子が悪いんだよ」


 纏めて吹き飛ばしてしまった久美子に、蘭がクレームを入れるのだが、論外だとばかりに言い返されてしまう。


「くそっ! 破壊力の違いなのか......オレに足らないのは破壊力なのか......」


 久美子から却下されて悔しがる蘭は、歯噛みしながらも自分に足らないものが何かと考え始める。

 ただ、それが気に入らなかったのだろう。透かさずサクラが窘めに掛かる。


「何言ってるのよ。足らないのは頭よ! それよりも敵は残ってるのよ。さっさとやりなさい! それとも私が全部片づけましょうか?」


「頭だと!? てか、ま、まてっ! やる! やるから! エアバレット!」


 頭が悪いと言われて憤慨する蘭だったが、残りの敵を横取りされては堪らないと、慌てて攻撃を再開する。


 残りの敵は、ざっと見回しただけで二十人程度だったが、攻撃を全てスバルに無効化され、更にはサクラに切り崩されて、このままでは拙いと考えたのだろう。

 久美子、ナナ、蘭の攻撃を何とか防ぎながら這う這うの体で逃げ始める。


 ――思ったよりも苦労しなかったな......個人の能力は凄そうだったけど......それよりも、能力者が居ることが気になる......


 散り散りと逃げ始める敵を見ながら、スバルは彼等の能力が気になったのか、腕を組んで考え込む。

 そんなスバルを他所に、あっという間に逃げ隠れた敵を見て、蘭が苦言を漏らしながら地面を蹴る。


「お、おいっ! 逃げんなよな! 根性無し!」


「まあ、取り敢えずはOKだな。てか、やっぱりスバルの力は凄いよな。障壁のお陰で、奴等は手も足も出なかったぞ」


 久美子は蘭と違う感想を持っているのか、満足そうに頷くと、直ぐにスバルの能力をべた褒めし始めた。

 すると、サクラもそれに賛同する。


「そうですよね。私達が呑気に戦えるのも、全て新藤君が守ってくれるお陰だもの。だから、蘭も勘違いしちゃダメよ。新藤君無しでこんな戦いをしてたら、あっという間にやられちゃうんだからね」


「わ、分かってるって! スバルの凄さは理解してるぞ。それより、これからどうするんだ?」


 サクラから発せられた戒めに、蘭は眉を顰めつつも頷く。

 そして、話を代えた方が得策だと考えたのか、これからについて問い掛けた。

 敵の力について考え込んでいたスバルは、蘭の問い掛けに気付いて視線を持ち上げる。


「ん? ああ、どうするかって? そんなもん、このまま突き進むぞ?」


「どうしたの? 何か気になる事でもあるの?」


 スバルが発した何気ない呑気な返事の内容よりも、その態度が気になったのだろう。由華が訝し気な面持ちでスバルに声を掛ける。

 問い掛けてくる彼女の表情に少し不安な色が混じっているのを見て、スバルは心配させないように笑顔を作ると、己の疑問について告げた。


「ああ、別に何か問題がある訳じゃないぞ。ただ、能力者がここに居ることが気になったんだ」


「えっ!? それってどういうことですか?」


 スバルの疑問に、今度はサクラが驚きの表情で質問を重ねた。


「まあ、そのどういうことかが解らないから考え込んでたんだけどな......ただ、俺が今までに聞かされた情報だと、能力者は新薬投与とその二世のはずだったんだ。それで、新薬投与の適合者は黒影に入れられるんだろ?」


「そうね。私が知ってる事実もそれだわ」


「その通りなのですね。というか、私もその程度しか知らないのですね」


「そうだな。あたしも二世だし、新薬についても噂でそう聞いていたぞ」


 サクラに問われたスバルは、頬を掻きつつ苦笑いを見せたのだが、続けて自分が考えるところを口にした。

 どうやら、それは由華やナナ、久美子も同じだったようで、スバルの言葉に頷く。


「じゃ、ここに居るのは二世か? それにしては由華や久美子と歳が違い過ぎないか?」


「そう言われると......そうね......」


「実は私が最年長だと思ってたのですね。こんなオジサンが二世なのですかね?」


「こりゃ、三十は軽く過ぎてるな......もしかして一世か?」


 由華、ナナ、久美子の三人が転がる屍を見て、ご尤もだと感じたのだろう。三人とも黙考し始める。

 そんな三人から視線を外し、スバルはサクラと蘭に視線を向ける。


「じゃ、この能力者は新薬の適合者か?」


「いえ、恐らく違うと思います。というのも、これ程の力を持っていてナンバーズになっていないのはおかしいです」


「確かにそうだよな。今だから分かるけど、適合者だけど力の弱い奴がアンナンバーズになってるんだろ? だったら、ここに居るのはおかしいよな。だいたい、アンナンバーズの奴等だって、もっと若いぞ?」


「やっぱり、そうだよな......」


 サクラと蘭の返事を聞いて、スバルが納得とばかりに頷く。

 すると、由華が透かさずスバルに問い掛けた。


「スバルには何か考えがあるの?」


 由華からの質問が投げ掛けられると、誰もが視線をスバルに向ける。

 スバルは、それに飽く迄も自分の予想だと前置きをしながら、己の考えを告げるのだった。

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