第8話 彼氏が出来たの?


 ――由夢ゆめはどうしているだろうか......酷い目に遭っていないだろうか......寂しくはないだろうか......いえ、寂しくない訳なんてない。だって私も寂しいんだもの......


 その少女はフカフカの布団の中でそんな事を考えていた。


 時刻は夜の十時、寝るには少し早いような気もするが、特に遣ることもない由華ゆかは、双子の妹の事を思い出して眠れないながらも目をつむる。


 そんな彼女も永遠に起きていることが出来る筈もなく、いつの間にか眠りに落ちていた。

 彼女がその事に気付いたのは、自分を呼ぶ妹の声が聞こえてきたからだ。


『姉......姉さん......由華姉さん......時間がないの、早く気付いて! 早く起きてください! 姉さんの寝坊助! 早く起きて!』


 始めは優しげだった由華を呼ぶ声は、次第に不機嫌になっていく。

 その辺りで、やっと妹である由夢の声に気付いた由華は、閉ざしていたまぶたを開く。いや、それはそんな気がしているだけだ。

 何故なら、彼女の瞼は未だ硬く閉ざされているからだ。


『由夢なの? 酷い目にあってない? 大丈夫なの?』


 久しぶりに聞く双子の妹の声に、由華は慌ててまくし立てる。


 酷く慌てる由華の問いには何も返事がなかったが、その代わりとでもいうように、彼女の視界は一気に開かれた。

 由華は知らないが、それはスバルが見た光景と同じ、空と水だけの世界だった。


「こ、ここは? 由夢、どこなの?」


 その光景に驚き、慌てた様子で周囲を見渡しながら由華が由夢を呼ぶと、彼女の視線の先に懐かしい妹の姿が現れた。

 それは懐かしいと思いつつも、彼女の知っている妹の姿ではなかった。

 そう、由夢が半強制的に連れていかれて、はや四年になるのだ。あの頃の姿でいる筈もない。

 しかし、彼女には直ぐにそれが由夢だと理解できた。

 何故なら、その立ち姿は衣服は違えど、由華の姿と生き写しだったからだ。

 たとえ双子とはいえ、これほどそっくりな存在もそうはお目に掛れないだろう。


 由華はそんな瓜二つの由夢の下へ走り寄り、力の限りに抱きしめる。


「由夢、会いたかった......えっ!?」


 そう、目の前にたたずむ妹の名前を呼びながら、勢いよく抱き着く由華の両腕は空を切り、勢い余って由夢を通り過ぎてしまったのだ。


 そんな由華に向けて、由夢がゆっくりと口を開く。


「姉さん。私を鯖折さばおりかベアハッグにでもするつもりですか? リアルでそれをやるのは止めてくださいね。力を入れ過ぎですよ?」


「ちょっ、そんな気はないわよ。それにそんなに怪力でも......」


「本当に? 怪力ではないのですか?」


「ちょ、ちょ、ちょっと......いえ、ちょっぴり力が強いだけよ。抑々、世の中の物が貧弱なのよ」


 由夢は彼女の言い訳に肩を上下させると溜息を吐き、それからゆっくりと口を開いた。


「もう少し自覚して貰わないと死人がでますよ。最愛の人の背骨を折って失いたくはないでしょ? まあ、それはいいです。元気でしたか?」


「あう......気を付けるわよ。行き成り小言からスタートは止めて。折角、久しぶりの対面なのに......元気よ。由夢はどうなの?」


「私は大丈夫です。金の卵を産む鳥ですもの粗末には扱わないですよ。まあ籠の鳥ですけど」


 そういう由夢の表情はどこか寂しげで、由華は心を痛めているかのような表情をしていた。それ故に、ついつい言わないと約束した筈の言葉を口にしそうになる。


「ごめんね。本当は私が――」


「それは言わない約束ですよ」


「あぅ......そうね......」


 由華は約束を違えそうになったことで、申し訳なさそうな表情を作ったが、そこで自分の胸を押さえ付けたかと思うと、取って付けたような笑顔を浮かべて口を開いた。


「それはそうと、今日はどうしたの? 会いに来てくれたのは嬉しいけど、あなたの事だもの、きっと、用があって登場したのよね?」


「ごめんなさい。本当はもっと会いに来たいのだけど......」


 由華の言葉で、由夢は申し訳なさそうな表情となりながら謝ってきた。


「いいのよ。その能力が疲れることは理解してから......だから、謝る必要はないわ。私こそ無神経な台詞だったわ。ごめんなさい」


 由華は妹の悲しそうな表情に、自分の発言が不適切だったと感じたようで、即座にそのことをびた。

 すると、由夢は首を横に振りつつ、要件を話し始める。


「ううん。本当の事だもの......それで、話なんだけど......私、彼氏が出来たんです」


「はぁ? いま、なんていったの? 彼氏? どこの馬の骨よ!」


「馬の骨......まあ、ちょっと変わってるけど、優しい人ですよ?」


「ちょっ、ちょっ、ちょっ、どこのどいつよ! 私の妹に付く悪い虫は! 私が速攻で駆除くじょしてやるわ」


「ちょっと、まって、駆除なんてしないで! 日本の未来が掛かってるんだから」


 この時、由夢は姉にスバルを任せることが心配に感じ始めたようだ。


 ――あぅ。このままだとスバルがられるかも......本当に、姉バカなんだから。てか、スバル、姉さんに手を出さないわよね? かなり、拙い気がしてきたわ。


 というのも、由華は由夢のことを溺愛しており、そんな由夢とエッチな約束をしたスバルの息の根を止める可能性が大だと感じたようだ。

 それに、スバルには、由華に手を出すなと忠告したものの、彼が手を出す確率は異常に高く、それが行われた途端にこの世界からも旅立つかもしれないと考えたようだった。


 勿論、行先とは、あの世だ。


 そう考えた由夢は慌てて由華にお願いする。


「姉さん。お願いだからスバルに酷い事をしないでね。ちょっとエッチだけど、本当に優しい人なんだから」


「スバル? スバルね? よし、全国のスバルを駆除して回るわ」


 こらこら、駆除なんて以ての外だ。いや、この段階で全国のスバルさんに謝るべきだ。


「止めて! 姉さん、何時から殺人鬼になったの? それじゃこの国の政府と変わらないですよ」


「......こ、言葉の綾よ......この国の政府と一緒にしないで! それはそうと、その男はどこにいるのよ」


「それが......今は例の研究施設で実験体になってるの」


「ちょっ、それって死ぬんじゃないの?」


 由華は妹の言葉を聞いて、思わずそう言ってしまったのだが、それは施設を知るものなら誰もが思うことだった。

 故に、由夢の落ち着いた様子が信じられずにいたのだが、その事で彼女は気付いてしまった。


「もしかして、そのスバルって召喚者なの? 例の神託しんたくなの?」


「神託なんて大袈裟おおげさですよ。私が夢で見ただけです。それもチラッとだけ」


 そう、実を言うとすばるが召喚されたのは偶然ではなかったのだ。

 その根拠は不明だが、由夢に何かの考えがあって連れてこられたのだった。

 まあ、昴からすれば大きな迷惑だったであろうが。


「じゃ、そのスバルを助け出せばいいの?」


「はい。それから、こき使ってあげてください。日本を変革することに協力すると約束してくれましたから」


 いやいや、それは約束させたの間違いだと言えるだろう。


 由夢がそんなことをおくびにも出さずに言ってのけると、由華が頷きつつ口を開いた。


「うん、分かったわ。直ぐに準備を始めるわ」


「あっ、ただ、ちょっとエッチなんです。だから......痛めつけるのは構いませんが、怪我はさせないようにしてください」


 双子の割には言葉遣いの全く異なる妹が、そんな悪意のある台詞を告げると、少し乱暴な姉はサラリと答えてきた。


「切り落としてもいいの? いいよね? 問題ないよね? 由夢を相手にあんな不潔なものを使うなんて以ての外だよね」


「ダメですよ。将来的には必要なのですから」


 まるで悪魔かと思える程の姉の言葉を聞き、由夢は少し顔を赤らめてたしなめたのだが、これは新薬の研究所よりもスバルにとってはピンチとなるのではなかろうか。


 結局、小悪魔のような由夢の願いを聞いた閻魔えんまのような由華が、今後のスバルの面倒をみることになのだった。







 鏡の中には昨夜の夢の中で見た由夢と同じ顔があった。

 ただ、その雰囲気はどこか違って見える。

 それはそうだろう。一卵性双生児であるが故にそっくりだとはいえ、違う人間なのだから。

 抑々、髪形も全く違うのだ。

 長く綺麗な髪を持つ由夢に対して、活動的な由華は肩にかかる程度のショートカットであり、その表情も優し気な妹と違って、少し気の強そうな雰囲気がする。


「私の方が気が強いというのは誤解よ!」


 由華は誰にともなくそう言い放つのだが、それは常々周囲からそう言われる事への反発だろう。


「よし、じゃ、由夢との約束を守るとするか。てか、私にすら彼氏がいないのに......」


 誰も居ない化粧室で、己に気合を入れるかのようにそう口にしたのだが、自分に彼氏が居ないことに思い至る。


「く、悔しい......出遅れたわ......」


 まあ、由夢が彼氏と告げたスバルを見てもそう思うかは疑問だが......


「てか、私の方が胸が大きいのに、なんで?」


 それは由華の勝手な思い込みである。実際の大きさはわずかに由夢が勝っている。


 やや思い込みの激しい由華は悔しそうな表情を作りつつ、そんな独り言を口にすると誰も居ない化粧室を後にして、静かな廊下を歩き始めた。


 コンクリートに直接張られた塩ビ素材の床は、思いのほかカツカツという足音を響かせるものだが、由華の視界には誰一人としてその音を耳にする者はいない。

 それを一目で理解できるほどに狭い廊下を突き進むと、そこにはガラス窓すらない無機質な鉄の扉があった。


 そこへ辿り着いた由華は、手慣れた様子でその重い扉を押し開く。


「くしゅん! あ~、復帰したのねミケ」


 扉を開いた途端に、由華はクシャミをするとそんな言葉を口にした。

 すると、それに対する猛抗議が投げ掛けられた。


「そ、その察し方はどうなんナ~! それにウチはミケやないナ~。美香子ナ~」


「わ、分かってるわ。だからあまり近くに寄らないで、私、猫アレルギーなのよ!」


「ウナ~~~! 猫と一緒にするナ~!」


 由華の視線の先に立つ猫耳少女は、憤慨ふんがいの様子で抗議を続けるが、そこへ割り込む声があがった。


「どうみても、猫ですね。尻尾もあるし、猫耳もあるし、立派な髭まで生えてるし」


「そ、それでもウチは人間ナ~!」


 ミケこと美香子が新たな抗議を向けた先には、大人しそうな幼女が立っていた。

 どう見ても五歳くらいにしか見えないその幼女は、その大きな瞳をミケに向けながら突っ込み続ける。


「抑々、言葉がおかしいですね」


「うるさいナ~。これは仕方ないナ~。だいたい幼女姿のナナに言われたくないナ~」


 しかしながら、ミケも負けていなかった。すぐさま幼女姿の少女であるナナこと菜々子に反撃を始めると、幼女が頬を膨らませて苦言を叩きつける。


「可愛いじゃないですか! 幼女の何が悪いのですかね?」


「自分で言うナ~! それに永遠の幼女時代で、永遠の無乳ナ~!」


「ウキ~~! 猫娘は黙るのですね。これが良いと言う人も沢山いるのですね。需要は沢山あるのですね」


「はん! みんなロリ好きの変態男ばっかりのくせしてナ~」


「な、なにを言ってるんのですかね。ミケこそ乳ばかりデカい盛り女の癖にですね」


「はい! はい! もうやめなさい。お互いをこき下ろしても何も改善されないわ。建設的に行きましょう」


 いさかいがエスカレートしそうなのを感じ取り、由華はそう言って止めに入ったのだが、思い出したように別の事を口にした。


「ところで、ミケ。盛りは終わったの?」


「ミケやないナ~。それに、盛りいうナ~!」


 そう、猫娘である丹野美香子にわのみかこには盛りのシーズンがあるのだ。

 何故、異世界日本に猫娘がいるかというと、これも新薬の影響なのだが、その話はまたの機会にしよう。


「それよりも、緊急の呼び出しをしてきてどうしたのですか?」


 未だに怒り狂うミケを他所に、永遠の幼女時代......小山内菜々子おさないななこは呼び出された理由を尋ねた。


「ちょっとね。救助任務が入ったのよ。あまり気が進まないんだけど」


 由華は頭をポリポリと掻きながら、少し嫌そうな表情でそう答えたのだが、この言動を由夢やスバルが目にしたら大変な事になるだろう。

 まあ、間違いなく己に彼氏がいないことが原因なのだが、それを表に出す訳にもいかず、由華は次の話に移った。


「それで、準備の方はどう?」


「準備は出来てるナ~」


「問題ないですね。こっちですね」


 由華の問いに、憤慨していたミケこと美香子が答えると、続けて幼女ナナが頷きつつ歩き始めた。

 そんな彼女の後を由華とミケが付いていった先には......


「ちょ、ちょ、ちょっと、これってなによ!」


 由華は視線の先にある物を見て絶句した。

 そんな彼女にナナは、首を傾げながら答えてきた。


「なによって、装甲車ですが、なにか?」


「何か? じゃないわよ。そんなのは見ればわかるわよ。それよりもなんでピンク色なの? こんなの目立ってしょうがないじゃない」


「え~。だってラブリーな私には、これが一番似合うのですね。整備士の人達も喜んで塗装してくれましたね」


 ――くそっ! あのロリ狂整備士どもが......


 由華はナナの台詞を聞いて、ロリ好きの整備士達をどうしてくれようかと考えていたのだが、そこへミケが話し掛けてきた。


「それよりも、今回の任務はどこに行くんだナ~?」


 任務と聞いて少しウキウキとし始めたミケへ、由華は事も無げに答える。


「中央特区よ」


「マジナ~! これは暴れ甲斐がありそうナ~! ニャハハハハハハハ」


「それは壊し甲斐がありますね。きゃははははははは」


 由華の言葉を聞いたミケとナナは、何が楽しいのか高らかな笑い声を響き渡らせる。


 ――こ、こいつら、大丈夫なの? まさか、全て破壊して回ったりしないわよね......


 ミケとナナの言動を眺めていた由華は、この先の展開を想像して頭を抱えるのだった。


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