第9話 絶景ですよね?
一話の終わりに繋がります。
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――世の中とはなんて
周囲に視線を巡らせながら、スバルは心底そう感じていた。というか、世知辛い訳ではなく異常だと気付くべきだろう。
さて、かなり辛い目に
そんな彼に襲い掛かったのは、人類史上最強と呼ばれる敵だった。
そう、空腹という世にも恐ろしい最強の敵が立ちはだかったのだ。
そんな訳で、ちょっと失敬......なんて気分でコンビニの自動販売機を破壊して食料を奪取したまでは良かった。
ところが、俺TUEEEを自負していたスバルは、何のことはない唯のネズミだった。そう、唯の袋のネズミとなっていたのだ。
結局、コンビニを囲む数十人の制服達に視線を向けながら、彼はこれからについて思考をフル回転させる事となったのだった。
――くそっ! 全員がライフルや拳銃で武装してるぞ......なんて奴らだ。まさか、俺とユメのエッチを阻止するために
そう、新藤スバルとは、
――それはそうと、拙いな。何も思い浮かばない......どうやって逃げようか......マジで殺されるかも......投降したらどうなるんだろうか......
勿論、投降しても唯で済む筈がない。
回避不能なピンチを前に、スバルが絶体絶命をヒシヒシと感じていると、突然、けたたましい音が聞こえてきた。
――ん? なんだ? どうしたんだ!? この音は?
激しい騒音とスキール音を耳にしたスバルが、コンビニの前に群がる制服の男達へと視線を向けると、その後方から装甲車のような乗り物が突っ込んできた。
――な、何事だ? まさか、俺を助けにきて......くれる訳ないよな......てか、ピンク......なにゆえにピンク色......
幾ら呑気なスバルといえども、それが己を助ける存在であるとは思わなかったようだ。いや、それどころかその色彩に圧倒されていた。
通常で考えるなら、それが当たり前であり当然の思考なのだが、その装甲車はどうしたことか制服の男達を蹴散らしてスバルの居るコンビニへと猛烈なスピードで向かってきた。
「おいおいおい! ここへ突っ込んでくるつもりか? 幾らなんでもそれは酷すぎるだろ! 軽犯罪者相手に装甲車とかあんまりだ。てか、うわっ! マジで突っ込んできた! うわっ、ごめんなさい。返すから、全部返すから、食べた分は吐けばいい? 許してくれ~」
食べた物を吐かれても迷惑なだけであり、それこそ、その行為が軽犯罪法に触れる事を知るべきだろう。
そんな愚かなスバルは、全く速度を
その様は、ものの見事と言えるものであり、ボーリングならば間違いなくストライクだと賞賛できただろう。
「けほっ、ごほっ、ぶはっ......い、生きてる。よかった~」
装甲車の突撃によって見るも無残な光景となった店内に転がるスバルが、己が生きていることに
「な、なんだ? 今のって電車やトラックが出すようなエア音だったけど......」
スバルはその音が聞き覚えのあるものだと考えていたのだが、それが装甲車の前部ハッチを開けるものだとは気付かなかったようだ。
ただ、そんなスバルでもそこから投げ出された物が、決して食べ物でないことには気づいただろう。
「あれってグレネード? 催涙ガスとか噴き出すやつ?」
珍しいことに、スバルは以前にネットで見た催涙ガスグレネードの事を覚えていたらしい。
「ま、マジか! お前等、軽犯罪者を捕まえるのにここまでやるか!」
グレネードからガスが噴き出す様子に罵声を吐きつけ、直ぐにその場を離れようとしたスバルだったが、誰とも解らぬ者に腕を引かれた。
「新藤スバルね。早く! 今のうちに逃げるわよ!」
彼の名を呼ぶその声は年若そうな女性のものであったが、その姿は上から下まで真っ黒な様相で、おまけに覆面までしていた。
そんな得体のしれない者からフルネームで呼ばれて腕を掴まれたのだ。慌てるのも当然だと言えるだろう。
「だ、誰だ? なんで俺の名前を知ってるんだ?」
腕を掴む黒装束に誰何の声をあげたのだが、その存在は信じられない程の力でスバルの体を抱え上げると、物凄い速度で移動し始めた。
有無も言わせぬその行動に、スバルは慌てて抵抗しようとしたのだが、そこで彼の心眼にある物が映った。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待て! あ、俺の食料が! お、俺のめし~!」
どうやら今のスバルにとっては、現在の状況よりも、空腹を満たす食べ物が一番大切だったようだ。しかし、黒装束は全く気にする事無く、スバルを抱えたまま装甲車の中へと高速移動する。
「あ! 待てよ~! 飯が~! 俺の飯が~!」
ぶっ壊れたコンビニの店内に、スバルの最低な叫び声が響き渡るのだった。
そこはレースとキラキラする物体によるデコレーション部屋だった。
――おいおい、ここはどこだ? ラブホテルよりもケバケバしいぞ?
装甲車に連れ込まれた筈なのだが、その内装に仰天したスバルは思わず混乱した頭でそんな事を考える。
ところが、次の瞬間、彼にとんでもない衝撃が伝わる。
「いって~~~! 投げやがったな! この野郎」
「うるさい男ね! ちょっと手を放しただけよ。こんな男のどこがいいのかしら」
床に転がされるスバルが苦言を漏らすと、黒装束がそんな言葉を吐きつつ黒い覆面を脱いだ。
「ゆ、ユメ! なんでここに? 助けに来てくれたのか?」
その黒装束が露にした素顔を見て、スバルは慌てた様子で体を起こす。
「違うわよ! 私は
「ゆ、ユメじゃないのか? 本当に? どう見てもユメにしか見えないぞ。まさか、約束を反故にするつもりでそんな嘘を――」
「嘘なんて言わないわよ。由夢に頼まれて助けに来たのよ。それよりも、臭いわ。ナナ、換気して、早く、鼻が曲がるわ」
未だにユメでない事が信じられないスバルだったが、由華の態度を見て思考を巡らせる。
――確かにそっくりだが、お淑やかさが全く違う......この女はガサツだ。それに、よく見ると髪も短い......あっ、胸の大きさが違う。ユメの方が僅かに大きいぞ。そうか別人なんだな。
結局、胸の大きさで別人だと判断したスバルだが、その大きさはごく僅かであり、彼の心眼には
まあ、それ以前に最低なのは間違いなさそうだ。
それはそうと、乳による判定を行うことでユメではないと判断したスバルが口を開こうとしたのだが、そこに横から割り込む声があった。
「これで任務終了ナ~? つまらんナ~! 暴れたらないナ~!」
そんなボヤキ声を上げたのは、猫娘であるミケこと美香子なのだが、その存在を初めて見たスバルは絶句する。
――おいおいおいおい! 猫耳娘かよ! つけ耳か? でも、尻尾もあるし、それがフニャフニャと動いてる......てか、乳デケ~~~ッ! これは揉まぬ手はないな......
スバルがスバルらしい事を考えていると、由華が
「なにってるの! さっき、施設を半壊させたのは誰よ! さっさとズラかるわよ」
「え~~! だって、半壊させたのはナナだナ~! もっと暴れたいナ~」
「ナ~ナ~うるさい。いつまでも駄々をこねるなら、鰹節は抜きよ!」
「うぎゃ! それだけは勘弁ナ~! 鰹節はウチの生き甲斐だナ~!」
どうやら、由華の脅迫により決着がついたようで、哀れにもミケは耳と尻尾から力が抜けた状態で
「おい! そんなことよりも、これはどういうことなんだ? 俺の飯を放置しやがって、一体どうしてくれるんだ?」
とりあえず、とっても気になっているであろう巨乳猫娘のことはさておき、現在の状況について床に転がるスバルが尋ねた。いや、苦言を述べたと言った方が良いかもしれない。
「臭いだけじゃなく煩い男ね! たかが食べ物くらいで......食事くらい何とかしてあげるわよ。少し黙ってなさい。てか、本当にこの男なのかしら。由夢ったら趣味が悪いわ」
「な、なんだと、この糞アマ! 人が大人しくしていれば付け上がりやがって! 犯すぞ! ゴラッ! ぐぼっ! いって~~~!」
由華の態度や物言いが癇に障ったのか、スバルは罵声を浴びせる。すると、いきなり彼女から蹴りを食らってしまった。
「な、なにをしやがる! ケホッ! ケホッ! ユメに似てると思ったが、とんだじゃじゃ馬だな――ぐぼっ! ゴホッ! ゴホッ!」
蹴りを入れてきた由華に対して悪態を吐いたら、更に蹴りがぶち込まれた。
「こ、この暴力女! ぜって~犯してや――う、嘘です。冗談です。ちょ、もう蹴らないで! ゲホッ! ゲホッ!」
頭の悪いスバルは負け犬の遠吠えのような罵声を吐き散らしてしまい、それは更なる強烈な蹴りを生む。
さすがに堪らなくなって、スバルは必死に謝るのだが、その言葉は全く受け入れらることなく、無情にも親の仇が如く更なる蹴りが叩き込まれる。
「うるさいのよ! 臭いのよ! 駄犬! ユメの彼氏じゃなけりゃ、放り捨てたいところよ」
由華は何が気に入らないのか、火が点いたようにスバルに蹴りを叩き込む。しかし、そのあまりの物言いに加え、何度も蹴りを食らわされることで、キレたスバルが怒りの声を上げる。
「もう頭にきた! ぜって~許さね~!」
その言葉で由華の蹴りは更に苛烈となるが、新薬の激痛で痛みに耐性ができてしまったスバルは、透かさずその足を掴むと叫び声を上げた。
「溶けろ! こんにゃろ~~!」
次の瞬間、転がるスバルの前にポタポタと黒い物体が落ちてきた。
それを見てシメシメと思うスバルが視線を上げ、心中で感嘆の声を漏らした。
――おお! いい乳してるじゃね~か! くはっ~! 絶景かな! 絶景かな!
そう、スバルは由華の着ている服を溶かすことを念じたのだ。
「きゃ! なにこれ! ちょっ、ちょっと見ないでよ! エッチ! この変態! 何するのよ!」
スバルのニンマリとする表情を見て、己の衣服が溶けてなくなったことに気付いた由華は、片手で胸を隠し、もう片方の手で下半身を隠しながら罵声を上げる。
但し、上げたのは罵声だけではなかった。
そう、いつの間にかスバルが放してしまった足も上げていたのだ。
「死ね! この変態! 馬鹿!」
そんな声と共に、由華の振り上げた脚はスバルの顔面に突き刺さる。
「うはっ! モロ見え! くは~~っ!」
「勝手に見るな! 馬鹿! 全て忘れさせてやる!」
怒りに満ちた由華の連続蹴りを食らい、流石のスバルもこれには耐えられず、眼福を得て幸せな気分を保ったまま意識を失う。
そこに、そんな遣り取りを見ていたミケが口を開いた。
「ナ~! 遣り過ぎたんじゃないかナ~! 死んだんじゃないかナ~!」
「いいのよ! 死んだって! こんな変態を世に放つのは犯罪よ! 死すべき存在だわ」
「だけど、妹に怒られないかナ~?」
「ぐっ!」
ミケの言葉を聞いて、憤慨していた由華が天誅とばかりに正当性を主張するが、由夢の話が出てきた途端に固まる。
そんな由華に向けて、ミケはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて追撃した。
「でも、由華って生えてなかったんだナ~。まるでナナと同じナ~~! ニャハハハハ」
「う、うるさ~~~い!」
真っ赤に顔を染めた由華の声が、デコ内装となっている装甲車の中で響き渡るのだった。
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