第10話 被害妄想が強すぎ?


 そこは灰色の空間だった。

 そんな世界に横たわるスバルは、ユメを相手にかなりエッチな情事の最中だった。

 勿論、それはリアルの話ではなく、スバルの頭の中だけで繰り広げられている。


「まだ寝てるの? この変態! てか、どんな夢を見てるのよ! 顔が気持ち悪いくらいにニヤけてるんだけど――まさか......裸の私を蹂躙じゅうりんしている夢じゃないでしょうね」


「別に減るものじゃないナ~! てか、被害妄想強すぎナ~。それよりもあの能力の方が気になるナ~。由華も服だけで良かったナ~」


「そうですね。あれって何でも溶かせるのですかね? もしそうだとしたら、由華は大ピンチだったんですよね。服だけだったんだから良しとすべきなのですね。それに油断ですよね。ああ、ついでに胸を溶かしてくれたらよかったのにですね」


「うぐっ......」


 よだれを垂らして間抜けな寝顔をさらしたスバルの前で、由華ゆか、ミケこと美香子、ナナこと菜々子の三人が話をしているのだが、ミケとナナから油断していたという痛いところを突っ込まれて、由華はうめき声を上げる。


「そ、そんなことよりも、この男の事を調べないと......み、ミケ、起こしてよ」


「ニャんで、ウチにいうかナ~! 自分で起こせばいいナ~! てか、ミケいうナ~」


「ひんむかれたんで、完全にビビっているのですね」


 話を誤魔化すかのように、スバルを起こせと指示したのだが、逆にミケとナナから突っ込みを入れられ、由華は真っ赤な顔で逆上する。


「う、うるさい!」


「ふん! パイパンのくせしてナ~!」


「パっ! パイパン......いうな!」


「仲間ができたのですね」


「な、仲間だけど、そういう意味の仲間じゃない! そのうち生えるんだから! ナナとは違うのよ」


「というか、あんなものは要らないですね。無い方がさっぱりしていいのですね。それよりも、由華はすっぽんぽんをその男にガン見されたのですよね」


「あ、あぅ......お、お願いだから、もう、そ、そのネタは止めてよ......こんなことがバレたら、もうお嫁にいけないわ......」


 ミケとナナからいじられて、半べそとなった由華は最終的に全面降伏したのだが、そんなタイミングでスバルが目を覚ました。のだが......


「おっ、ゆ、ユメ! さあ、これからが大事なところだぞ! さあ、こっちにお尻を向けろ!」


 どうやらスバルは寝ぼけているようで、由華に手を伸ばしながら、嫌らしい言葉を吐き出した。


「ちょ、ちょ、ちょっと、何言ってるのよ! てか、どんな夢を見てるのよ! この変態!」


「ぐぼっあ!」


 頬を赤らめた由華の蹴りを食らって、スバルはベッドから叩き落される。


 床に転がる最低なスバルは置いておいて、それは見事な蹴りだったと言っておこう。


「いって~! って、お、お前、その乳の大きさはユメじゃないな! ここはどこだ! 偽物!」


「だ、誰が偽物よ! 誰が! それに胸の大きさで判断するってどうなのよ。だいたい、私の方が大きんだからね」


「はあ? 見栄を張っても意味はないぞ? 俺には分かるんだ。その胸の大きさが!」


 どんな異能だよと誰もがツッコミを入れそうなのだが、どうやらスバルの心眼ではその大きさの違いが分かるらしい。

 そこ事から考えるに、スバルの心眼には乳スカウタが組み込まれていると言わざるを得ないだろう。

 それはそれで素晴らしい能力――いや、そのサイズを記憶する領域をもっと真面なことに使うべきなのだ。

 しかし、誰もそんな突っ込みを入れる者などなく、クスクスと笑っているミケとナナの隣で由華が激怒げきどした。


「み、見栄なんて張ってないわよ! 事実よ! じ・じ・つ!」


「はあ? 人様を誤魔化せても俺の眼は誤魔化せないぞ? もし気付いてないなら言ってやろう。ユメの方がトップで二センチ大きいな」


「がーーーん!」


 逆に衝撃の事実を突きつけられた由華が、その場に力なく崩れ落ちた。

 というか、『がーん』を言葉にする漫画のような由華も珍しい人種だと言えるだろう。


「う、嘘よ。そ、そんなはずないわ。私の方が大きいのよ......彼氏だけでなく胸まで負けたの? もうダメだわ......」


「何言ってるナ~。二センチなんて殆ど変わらんナ~。ウチとだと十センチ以上は違うナ~。それにナナなんてまな板だナ~」


 ひざまずく由華からうわごとのような言葉がれ出ると、ミケはこの時とばかりに容赦ようしゃなく突っ込みを入れる。ただ、比較対象としてチョイスされたナナが苦言を漏らす。


「わ、私を引き合いに出さないで欲しいのですね。幼女姿を気にっているとはいえ、胸に劣等感が無い訳ではないのですからね」


 ――こいつら、漫才トリオか! いや、それにしても猫耳娘の胸は凄いな。確かに十センチ以上はデカいぞ。それに顔も可愛いし、これはこれでありだな。てか、ユメはここを異世界だと言っていたが、亜人もいる世界だったんだな。あれ? 爆弾男はここが日本だと言っていたぞ? あっ、そういえば......


 よこしまな思考を全開にしていたスバルだが、そこで由夢の言葉を思い出す。


 ――そうえば、姉の指示に従えって言ってたな。確か名前は......由華と言ってたか......うげっ! この凶暴女のことか!? おいおい、ユメの姉だからおおしとやかで綺麗な姉だと思ってたんだが......見た目こそユメと似ているが、横暴で凶暴で足癖の悪い危険な姉じゃね~か!


 今更ながらにというか、今頃気付いたスバルは、由華の凶暴さに頭を抱える。

 というか、この時点で気付くのは遅すぎると言えるだろう。ただ、立ち直りが早いのもスバルの取柄とりえだった。


 ――まあ、凶暴だが、スタイルは良かったな。生えていないところも俺好みだ。


 一体どんな好みなのかは知らないが――全裸の由華を思い出しつつ舌なめずりをしそうなスバルだったが、そこで話の矛先ほこさきが変わった。


「ところで、あんた、どんな弱みに付け込んでユメの彼氏になったのよ! 由夢があんたみたいな変態男に惚れたりしないでしょ!?」


 ――弱み? 何を言ってるんだ俺はめられた方だぞ! いや、めるのは俺の役目だが......


 憮然ぶぜんとする由華の台詞に、思わず憤慨ふんがいするスバルだったが、それを口にすると蹴られそうだと考えて声にすることはなかった。


 幾らスバルが呑気のんきだと言っても犬程度の学習能力はあるのだ。ああ、こう言っては犬に失礼だったかもしれない。


「何を黙り込んでるのよ! この変態! 人の服を溶かすとか在り得ないわ」


「変態とはなんだ! お前が意味もなくバシバシ蹴るからだろ! 罰が当たったんだよ」


「な、なんですって~!」


「おっ! やるか? 望むところだ! またひん剥いてやる」


「ぬ~~! その腐った脳みそから全ての記憶を消去してやるわ」


 そんな遣り取りをしながら、スバルはゆっくりと立ち上がると由華と向かい合った。

 それを見た由華は、顔を引き攣らせつつも空手のような構えをとった。

 すると、それを眺めていたミケが口を挟んでくる。


「もう、二人ともやめるナ~! その男の言う通り、由華も遣り過ぎナ~」


 ――おお、この猫耳姉ちゃん分かってるじゃんか。序に、その物わかりの良さで、そのたわわに実った乳をモミモミさせてくれないかな......


 変態スバルが男の本能を全開にしていると、猫耳娘の隣に立つ幼女姿のナナまで由華をたしなめてくる。


「この男の人がエッチなのは、それはそれで問題ですが、由華の初対応が悪過ぎますね」


 ――う~ん。この幼女は可愛いんだけど、流石に食指しょくしが動かんな......ああ、間違っても触手ではないぞ。触手プレーなら猫耳娘の方がいいな。


 既に妄想全開になっているスバルの前では、由華が焦った表情で弁解しようとしていた。


「だっ、だって......」


「もういいニャ。そんな喧嘩は他で遣って欲しいナ~。やるべきことをさっさと終わらせて休みたいナ~! 何時だと思ってるナ~?」


「うぐっ......」


 ナナの諫言かんげんに対して言い訳をしようとする由華だったが、ミケに止めを刺されて押し黙ってしまった。


 それで気分を良くしたスバルは、猫耳娘に話し掛ける。


「悪いな。ところで、そこのが由華だとは聞いたんだが、あんた達は誰なんだ?」


 スバルにしては真面な質問が投げられると、猫耳娘がニンマリとした顔を作って答えてきた。


「ウチは丹野美香子にわのみかこナ~。見ての通り猫系なんだナ~。ミカでいいナ~。てか、珍しいのは分かるけど、そんなにジロジロ見るもんじゃないナ~!」


 その独特な話し方と猫耳のマッチングが絶妙な雰囲気を醸し出しており、更には引き締まった腰に大きな胸だ。スバルでなくてもガン見するというものだ。


「あ、ああ、悪いな。俺の世界には猫耳娘が現実には居なくてな。ただ二次元業界では大人気だったんだ」


「だ、大人気ナ~? マジナ~? ちょっ、ちょっと、ウチ、あんたの世界に行くナ~!」


 スバルの台詞を聞いたミケが縦割れの瞳をパッチリと見開き、耳をピンと立て、尻尾をゆっくりと振りながら、スバルに擦り寄ってきた。


「ちょ、ちょっ、ちょっと、ミケ、何を言ってるの? その男が転移能力を持ってる訳じゃないわよ」


「にゃう~。そうなんナ~。残念ナ~」


 興奮するミケに由華が事実を伝えると、彼女はしょんぼりと力なく項垂うなだれた。

 その落ち込む姿もなかなか可愛らしいのだが、スバルは別の事に気が引かれた。


「ミケ? ミカじゃないのか?」


「ああ、私が由華だから、由華と美香って間違え易いでしょ? それに猫娘だしね。だからミケなのよ」


「なにが、だからなんだナ~! 今の説明の何処に納得できる部分があるかナ~?」


 スバルの問いに、由華がまるで猫に対する偏見へんけんのようなセリフを口にすると、それを聞いたミケが憤慨する。

 まあ、この場合、猫だからミケというのは余りにも安易だし、猫にびるべきだろう。


「まあまあ、似たような名前なのは事実だし、時間が勿体ないんですよね? 私は小山内菜々子おさないななこです。こう見えても十八歳なので、子ども扱いはしないで下さいね」


「幼い菜々子? 確かに幼いけど、本当に十八か?」


「どこを見て言っているのですか? 由華、やっぱりこの男は蹴り殺したほうが良いですね」


「す、すまん。そ、そんなつもりじゃなかったんだ。悪い悪い」


 ナナの胸をガン見しながら疑いの言葉を口にしたスバルは、再び危うい状況となりそうになったのだが、何とかそれをやり過ごし、自分の自己紹介を始めた。


「俺は、スバル、新藤昴しんどうすばるだ。異世界の日本という国に居たんだが、召喚というやつで無理矢理にこの世界へと連れてこられたんだ」


「「「えっ!? 日本?」」」


 スバルが自己紹介をすると、凶暴女、猫耳娘、万年幼女が三人揃って驚きの声を上げたのだった。


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