第11話 鉄拳は痛いか?


 狭い部屋にガツガツ、ムシャムシャという咀嚼音そしゃくおんが響き渡る。

 誰の食事の音かと述べる必要もないだろう。

 そう、変態スバルが飯をき込む音である。

 ただ、一つ補足するならば、飯を食らう音は一つではなかった。


「上手いナ~。最高ナ~」


 そう、スバルの隣では鰹節かつおぶしが山ほど掛けられた飯をミケこと美香子がガッついているのだ。


「う~ん! 不味い! もう一杯! いてっ!」


「あんたね。ただ飯食っといて不味いはないでしょ!」


 ある意味では正直者であるスバルが思ったままの事実を口にすると、透かさず由華から後ろ頭を叩かれた。


「いって~な~この暴力女! ユメとは大違いだ」


「う、うるさいわね! 由夢は由夢! 私は私よ!」


「自分の料理が不味いと言われたからといって暴力はよくないのですね」


「ナナも煩いわよ」


 どうやら、由華は自分の作った料理を悪評価されて怒っているらしい。


 ――それにしても、こんな狭い部屋でカツ丼なんて、まるで犯罪者みたいだな。


 何を言っているのやら、スバルが犯罪者でなければ、一体誰を犯罪者と呼べばよいのだろうか。

 これまでに、公共物破損に窃盗、更にはわいせつ罪まで追加されている。

 本来であれば前科三犯以上の立派な犯罪者である。


「それにしても不味いぞ。嫁に行くつもりがあるなら、もう少し鍛えた方がいいぞ? いてっ! だからいちいち叩くなって! 脱がすぞ!」


「あなたこそ口をつつしみなさい。あなたに言われなくても必要があれば努力するわよ。それに、今度、私の服を溶かしたら切り落とすからね」


 スバルに突っ込まれて、由華は怒りの表情で言い放つが、どう聞いても「明日から頑張る」という言葉として変わらないレベルだ。


「くそっ! ユメと同じことを言いやがる......てか、お代わり! 早くしてくれ。ああ、俺はもう少し甘い方が好みだ」


「本当に煩い男ね。こんな男のどこがいいのかしら。由夢の好みが信じられないわ」


 ――うっせ~! 俺だってお前なんて好みじゃね~こともないな......性格を除けば合格点だ。


 スバルは本当に煩いというよりも、本当にスケベな男だった。


「あ~食った食ったナ~! 由華の料理の腕がどれだけ下手でも、鰹節の味は変わらないから助かるナ~!」


「ミケ! 一言多いわよ!」


「あっ、聞こえたかナ~。まあいいナ~。それよりもスバル、話の続きを聞かせてくれナ~」


 そう、スバルが日本から召喚された話をしていたところで、彼の腹がうなり声を上げたのだ。

 すると、ミケまで腹が減ったと言い始めて、結局は時間も頃合いだということで夕食を先にろうという話になったのだ。


 ミケに催促されたものの、全員が揃っていないことを気にしたスバルは、その事を猫耳の彼女に尋ねる。


「由華がいないけど......いいのか?」


「なに呼び捨てにしてるのよ! てか、良い訳ないじゃない! それに私は隣に居るのよ」


「ぐはっ、まだいたぞ......てか、隣で作ってるのか......じゃ、話は聞こえているんだな」


 由華が居ない事を気にしたスバルだったが、どうやらここでの声が彼女に聞こえるらしいので、話の続きを始めることにしたのだった。







 斯々然々かくかくしかじかと、スバルがこれまでの流れを説明すると、ミケがおもむろに感心した声を上げた。


「にゃるほど......それにしても、良く生きていたナ~!」


「新薬って、そんなに拙いのか?」


「拙いなんてものじゃないのですよね。普通の人間なら成功率二十パーセントを切ってますね」


 ナナこと菜々子が悲痛な表情でそう伝えてくるが、実のところはそんなものではない。

 何せ、スバルは成功率ゼロパーセントではないかと言われていた新薬を投与されたのだ。

 それなのに、こんな変態に生まれ変わったくらいで済んだのだから、本当に幸運だったと言っても過言ではないだろう。


「うお~危ないところだったんだな」


 真実を知らないスバルは、ナナの言葉におののいていたのだが、本当の事を知ったらどんな顔をするのだろうか。


 それはそうと、新薬を投与されたスバルに対して、ミケやナナは興味津々といった様子だったのだが、そこへ丼飯を持った由華がやってきた。


「それで、あなたの能力は服を溶かすこと?」


 その物言いにカチンと来たスバルは、思わず本当の事を口にしてしまいそうになる。しかし、そこでグッと堪えて押し黙った。


 ――あ~、拙い拙い。心眼の事を口にしたら、危うく俺の楽しみが減るところだったぞ。心眼がある限り、覗きたい放題だからな。暗くてもオーケーだし、目をつむっていても見えるんだ。これほど美味しい能力はないぞ。なんてたって、今は由華を見ている振りをしながら、ミケの大きなオッパイを観察させて貰ってるしな。


 なんて最低な男だろうか。これほど最低な能力の使い方もないだろう。


「うにゃ~? なんか嫌な視線んを感じたナ~」


 ――おっ、鋭い! 流石は猫娘だけあるな......気をつけねば......


 いやいや、気を付けるところが違い過ぎる。そんな不埒ふらちなことに能力を使うのを止めるべきだ。


「ねえ、ちょっと、どうなのよ」


 ――あ~、いかんいかん、オッパイに集中し過ぎていたな......


「いや、多分何でも溶かせるぞ? 抜け出してくる時にありとあらゆる壁を溶かしてきたからな」


「それは凄いナ~!」


「そうですね。これはかなり使える能力ですね」


「だろ? だろ? 俺SUGEEEだろ?」


 全く以てお調子者であるスバルの言葉に、ミケとナナは感心していたのだが、由華だけは難しい顔をしていた。そして、痛いところを突いてくる。


「じゃ、なんであれくらいでピンチになるのよ」


「あれくらいって......あいつら銃を持ってたんだぞ?」


 由華からお代わりの丼を貰う手を止めて、スバルが反論するのだが、それは完膚かんぷなきまでに否定さてしまう。


「あんな豆鉄砲の一つや二つで脱出できないようなら、能力があっても使い物にならないわ」


 実際は大小数十の銃だったのだが、彼女にとっては同じことなのだろう。いや、大雑把な性格が顕著けんちょに出ているだけかも知れない。


「ぬぐっ! じゃ、お前ならあれを独りで切り抜けられたのかよ」


「勿論よ。軽いものだわ。ねえ、ミケ!」


「うん。ウチも楽勝かナ~」


 スバルが慌てて負け惜しみともいえる言葉を口にしたのだが、由華とミケは何の問題もないと答えてきた。


 ――ま、マジかよ......こいつらTUEEEのか! くそっ! 俺が最弱か? 俺YOEEEなのか?


 心中で泣きたい気分になったスバルだが、そこで泥船のような助け舟が出航した。


「適材適所だと思いますね」


 ――そ、そうだよな? 役に立つよな? 俺、要らない子じゃないよな?


 幼女姿のナナにすがりつきたくなるような思いで、スバルは安堵したのだが、その幼女からとどめが刺された。


「まあ、私もあの程度なら問題なく片付けられますけどね」


 ――ぐおっ、この幼女すら俺よりもTUEEEのか......


「まあ、使えない能力ではないし、非戦闘員という形で役立って貰おうかしら」


 丼を持ったままどっぷりと落ち込むスバルを見遣り、由華はそう口にするのだが、由夢の言葉を思い出して考え込む。


 ――それにしても、由夢はこの男ならこの世界を変えられると言っていたけど、この男のどこにそんな力があのかな? まさかと思うけど、種馬にして二世で勝負なんて考えてないわよね?


 由夢の考えを理解できない由華は、イジイジと自分の作ったカツ丼を食べ始めたスバルに視線を向けたまま、深い溜息を吐くのだった。







 結局は、スバルが一番YOEEEいという話で落ち着き、落ち込みながらもお代わりのカツ丼を平らげる。

 そんなスバルは自分の話を一通り済ませると、今度はこの世界と由華達について尋ねることにした。


「そういう訳で、ユメから由華の指示に従えと言われたんだが、そっちの話を聞かせてくれないか?」


「そうね。いいわよ」


 スバルの問いに、由華は思いのほか快く返事をしてきたかと思うと、つらつらとこの世界の話を始めた。


 こうして由華からこの世界の話がもたらされたのだが、それは想像を絶するような話だった。


 一番驚いたのは、この日本帝国と呼ばれる国は、スバルの居た日本と同じ国土を有していることだった。

 それだけでも驚きなのだが、その国土は八分割で管理されていて、それが日本の八地方区分と概ね同じであり、各ブロックを帝都が派遣した知事により管理されているという。そして、最大の驚きはこの国は民主主義ではないことだった。


「じゃ、この国の国民はどういう扱いなんだ?」


「それこそが問題なのだけど、この国は軍事国家であり全七階級で管理されているわ」


 そいう由華から聞かされた階級は次のようなものだった。


 特等級:みかど/皇族こうぞく

 一等級:政治を司る者とその家族

 二等級:国家公務員とその家族

 三等級:生産者とその家族

 四等級:流通、商業者とその家族

 五等級:奴隷とその家族

 六等級:反乱分子


 それを聞いたスバルが声をあげる。


「おいおい、奴隷ってなんだよ。奴隷って! それに反乱分子......」


「奴隷は犯罪者とその家族よ。この国には犯罪者を収監しゅうかんする場所なんてないの。犯罪者は処刑になるか強制労働施設に放り込まれるわ。勿論、その家族もね」


「それって、国民が反発しないのか?」


 由華の言葉を聞いたスバルが問いを重ねると、彼女はサラリと答えてくる。


「反発したら六等級としてあの世に逝くことになるわ。それを知って逆らう人なんていないでしょ?」


 ――なんて酷い世界なんだ......こんな世界を俺に救えと? ユメ、少し荷が重いぞ......


 由華の話を聞いたスバルはその問題の大きさを知り、頭をもたげるのだが、その荷の重さは少しどころではないだろう。


 ――あんな約束するんじゃないかったな......ついつい欲情に負けてしまった罰がこれか......


 今更ながらにユメとの約束を後悔し始めたスバルだったが、自分の置かれた状況を思い出して、再び由華に問い掛ける。


「じゃ、俺はどうなるんだ? 五等級か? パン泥棒ぐらいで六等級ということはないだろ?」


「何をいってるの! あれだけ騒いだのだし、逃亡者なのだから六等級決定よ」


 慌てたスバルが自分について尋ねると、由華はニヤリとして引導を突き付けてきた。


 ――ぬお~~! それって、お前らの所為だろ? あそこで捕まっていれば五等級で収まったのに......


 召喚者であり、新薬の投与をされた者が捕まって、五等級で収まる筈がないのだが、スバルの混乱した脳ではそこまで考え至ることはなかった。


 そんなスバルは、食べ終わって空になった丼を机の上の置くと、パイプ椅子の上でぐったりとしつつ恨み言を口にした。


「結局はお前たちと同じ、反乱分子扱いか......異世界に連れてこられて、新薬で死ぬ思いをした挙句、六等級でお尋ね者か......」


 大きな溜息を吐きつつ鳴き語を口にしたスバルだったが、由華からは思いもしない答えが返ってくる。


「何を言ってるのよ。私は一等級よ? ミケやナナも二等級だし、六等級なのはあなただけよ」


「な、なんだと~~~! なんで俺だけが? 凶暴女やケモミミが上流階級で、なんで俺が反乱分子なんだ?」


「誰が狂犬女よ!」


 ――いや、だれも狂犬女なんて言っていない......


「ケモミミいうナ~」


 絶望を表す顔という言葉がぴったり当てまるかのような表情を作ったスバルは、声を大にして反論するのだが、痛烈な返事てっけんを食らって再び眠りに落ちるのだった。


 ――理不尽だ......

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