第7話 脱走なんて出来るのか?


 この世界の事を何も知らないスバルにとって、その人物からもたらされた話は驚くことが多々あれど、とても役に立つ話ばかりだった。


 その話の内容では、ここは日本帝国政府が行っている闇の世界だという。

 日本帝国政府が何を考えているかは分からないが、定期的に人を集めては新薬の実験に投入しているとのことだった。

 その犠牲者がこの話をしてくれた人物であり、スバルの周りに転がっている無数のしかばねであるというのだが、勿論、スバルにそれを視認することはできない。


「そうか、坊主は異世界から連れてこられたのか......そんな話を聞いたこともあったが、都市伝説だと思ってたぜ」


 スバルに様々な話をしてくれたこの人物は、元々この国の軍に勤めていたとのことだったが、ある日、重要な任務があるということで、ここへ出頭したらしい。

 その結果がこの有様だという。


「おっちゃんはこれからどうするんだ?」


「おいおい、おっちゃんはね~だろ! まだ三十代前半だぞ」


 すっかり、この人物との会話に慣れてしまったスバルは、これからにつてい尋ねたのだが、彼は苦笑をらしつつ苦言を口にした。


「ごめんごめん。俺、眼が見えないからな。それに、俺も坊主じゃないぞ? まあ、それより、ここから出る方法はないのか?」


 スバルは謝りつつも逃げだす算段をするのだが、彼の返事はかんばしくなかった。


「逃げようにも、出口なんてないからな」


 その言葉に疑問を感じたスバルは、透かさずそれを問いかける。


「出口がないって、どうやってここに入れられたんだ?」


「ああ、あそこさ! って、見えないんだったな。ここは溜めツボなんだよ。入り口は遥か上に一か所あるだけで、そこから放り込まれるのさ。そして、ここで朽ちていくのさ」


 彼はこの場所について語っていたが、実はそれだけではない。

 彼が言うように、いつかはここでちるのだが、全ての屍が白骨化したころに床が開いて、この部屋の下にある粉砕機で粉々にされ、あとは野や海に撒かれて終了となる。


 そこまでの情報が無いにしろ、スバルにとって彼の話だけでも脱出困難なことが決定的だと思えた。

 ところが、スバルの心は折れることがなかったようだ。


 ――ふざけんなよ。ユメとエッチするまでは絶対に死なね~ぞ!


 それは不純な動機ではあったが、なかなか見上げた根性だと言えるだろう。

 そんなスバルへその男が問い掛けてきた。


「なんだ。逃げ出すつもりなのか? だが、入り口は高いところにあるし、壁伝いでも辿り着けね~ぞ。空でも飛べない限りは無理だろうさ。それに、眼が見えないんだろ? どうやって逃げ出すつもりだ?」


 ――ちっ、そうだった......目が見えないんだった......くそっ! どうしたものか......俺に薬をぶち込んだ奴らは、必ず酷い目に遭わせてやる。って、それも脱出してからの話だな......


 今更ながらに、己の眼の見えないことが大きな問題だと気付いたスバルは、心中で毒づきながらも、これからについて思考する。そんなスバルは、あることに気付いた。


「なあ、にいちゃん、新薬って打たれると異能が発生するんだよな?」


 スバルは、おっちゃんと呼ばれるのが気に入らないらしい男をにいちゃんと呼ばわりしつつ、新薬での効果について問い掛けた。


「ああ、だが、副作用も大きくてな......それに失敗することの方が多いんだ。そう、オレみたいにな......」


 自分の問いに寂しげな声色で答える男へ、スバルは気にした様子もなく続けざまに問いを重ねる。


「にいちゃんはなんか異能が発現したんか?」


 本来なら、その男の声色からして聞き辛い話ではあるのだが、このスバルという男は想像以上に無神経だった。

 しかし、その男はスバルのその無神経さに怒る事無く、乾いた笑い声をあげながら答えてきた。


「くくくっ、あははは! それを聞くか? いいぜ。教えてやる。オレの異能は爆散だ。ちょうど良かったぜ。オレも独りで死ぬのは寂しかったんだ。悪いが一緒に死んでくれ」


 ――な、なんだとーーーーーーーーー! 俺を道連れにするつもりか!


 その男の優し気な様子にすっかり油断していたスバルは、心中で悲鳴を上げつつ慌ててそこを離れようとするが、時すでに遅しを体現する羽目となった。


 ――くそ~~! もう誰も信じね~ぞ~~~~~~!


 何も見えないスバルは、声のした方向から必死に離れようともがくが、床に転がる骨らしきものが、まるで一緒に朽ちようと誘ってくるかのように彼の行く手を妨げる。


「邪魔だ! この骨ども! ラーメンのスープにしちまうぞ!」


 いやいや、そんな人骨ラーメンなんて誰も食べるはずがない。その労力が無駄なので止めるべきだ。


 そんなツッコミを入れている間に、激しい衝撃と爆裂音がスバルに襲い掛かってきた。


 こうしてスバルはこの世界で何度目かになるのさえ分からない昏倒こんとうの世界へと旅立つのだった。







 スバルが目を覚ますと、そこは暗闇だった。

 まあ、もう暗闇に慣れたスバルはそこ事に驚くことはなかったが、今までとはいささか異なる光景を目の当たりにした。


 ――痛て~! くそ爆弾マンめ! 死ぬのなら勝手に死ね。いや、壁に穴でも開けろっつ~の......ん? これって、骨か? うわっ! 痛て~!


 爆発の衝撃で受けた苦痛に呻きつつも、暗闇の中で無理心中を謀った男に罵詈雑言を並べていたのだが、そこで骨のような物を目にして、スバルは驚いて体を起こし、全身の痛みに再び顔をしかめた。


 ――痛て~~~! ちくしょ~! あの男、ぬっ殺してやる! って、もう死んでるか......というか、なんか目が見えるような気がする......いや......これは......


 恐らく死んでいるであろう爆弾マンの行為に、再び意味のない苦言を漏らすが、そこで暗視のような感覚で周囲が見えていることに気付く。


 ――これって、眼で見てるのか? まるで赤外線カメラで映したように見えるぞ? あれ? あれ? なんでだ?


 暗視が利くことに驚いて何度も瞬きをしている間に、スバルはそれが目で見ている光景でないことに気付く。


 ――瞬きしても、目をつむっていても見える......これって、心眼? てか、キターーーーーー! これは、覗きたい放題じゃね~か! 目を瞑っていても見えるなんて、なんて画期的な力なんだ!


 そう、せっかく視界を取り戻したのに、スバルの思考はエロティシズムから離れることなく、残念さを全開にしていた。

 というか、これは猫に木天蓼またたび。いや、気違いに刃物と言った方が良いだろう。まったく――どこの誰が、こんな性犯罪者のような男に、こんな危険な能力を授けたのだろうか。


 それはそうと、スバルはこの時点で初めて腐臭の原因を知ることになった。


 ――こりゃ、ひで~わ。死にたくもなるってもんだな。てか、人の姿に見えない死体も沢山あるぞ......これが新薬の副作用か......


 新薬による影響を目の当たりにしたスバルは、何を考えたのかすぐさまズボンをおろした。


「ふっ~、良かった~。ちゃんと人間のナニが付いてた......これでユメと出来るぞ」


 何を確かめたのかと思いきや、彼は身体の内で一番初めに男性の象徴しょうちょうを確認したのだった。

 もう、呆れ果てて突っ込む気にもなれないので、次に進むことにしよう。



 一通り身体を確認して、異常がない事にホッとしたスバルは、周囲の状況を確認し始めた。


「くそっ! マジで入り口は天井にあるあれだけか。確かにあそこから逃げ出すのは無理っぽいな」


 真っ暗な部屋の中で頭上を確かめる。

 彼を取り囲む壁は高く、天井まで凡そ三十メートルはありそうだった。

 そんな部屋の形は円柱状であり、その広さは端から端まで二十メートルといったところだ。更に、その部屋の壁を手で軽く叩いてみて、鉄か何かの素材だと判断した。


「こりゃ~、それこそ異能でもない限り脱出不可能だよな......いや、諦めね~ぞ!」


 そう、ユメがスバルの助けを待っているのだ。ここで諦める訳にはいかないだろう。

 特に下心満載したごころまんさいのスバルにとって、それが何よりの原動力となる筈だ。

 そんなよこしまなスバルは、必死でここから脱出する方法を思案する。


「異能か......俺の異能って、この心眼だけなのかな? かなり画期的な能力ではあるが、これじゃ戦いには勝てんよな? てか、なんで今頃になって発現したんだ?」


 スバルは己が能力について考えるが、遅延して心眼が発現した理由は不明だった。

 そう、これはあの九文博士ですら解明できていないのだから、知能の低いスバルが必死になって考えても分かる筈もない。しかし、スバルはそこに脱出の糸口を見出そうとしたようだ。


「もしかして身体能力が上がってるとか?」


 そう口にしつつ、スバルはジャンプしてみた。


「おおおお! 上がってるじゃん! って、これじゃダメか......」


 そう、確かに身体能力が上がっていて、スバルはその場で二メートルほどジャンプできた。

 それ故に、次は他の俊敏性をチェックしようとしたのだが、周囲を見回して止めることにした。

 何故ならば、周囲は無数の死体が転がっているからだ。

 とはいっても、殆どが白骨化しているのだが、ついさっき爆発した男の身体は下半身だけが残った状態でそこにあった。


「何かで見たことがるけど、爆発って上に作用しやすいんだよな~」


 どこかで聞きかじったことを思い出しながら、壁まで足元を確認しながら進み、壁に手を当てる。


「どう考えても鉄だよな......」


 そう口にしつつ壁を軽く殴りつける。

 さすがに、頭が悪いと言っても、それを思いっきり殴るほどの度胸は持ち合わせていないようだった。いや、ただ単に、痛いのが嫌だっただけかも知れない。


 ところが、スバルが軽く殴りつけたつもりでも、その力はかなりのもので物凄い音を響かせた。


「ぐあっ! いって~~~~~!」


 ぴょんぴょんと跳ね回りながら、足元の人骨を踏み砕いているのだが、それが気にならないほど拳が痛かったようだ。


「くっそ~~! 身体能力が上がったのはいいが、全然加減が掴めなかったぜ。お~いて~~!」


 痛みが治まってくると、そんな愚痴を零しつつ拳に異常がない事を確認し、そのあとで殴りつけた壁を確かめてみた。

 ダメ元というか、飽く迄も確認のための行為だったが、案の定、その壁には全く異常が見当たらなかった。


「ちぇっ! やっぱりダメか......てか、痛い分だけ損した気分だ」


 いや、それは間違いなく損をしているはずだ。


 それでも、スバルは壁を撫でつつこの壁を突破する方法を思案した。しかし、彼の頭に思い浮かぶのは、異能で突破する方法、もしくは幸せな妄想に全てを費やし、ここに転がる骨と同じように朽ちていく姿だけだった。


「異能として心眼を手にいれた。身体能力も以前より遥かに上昇した。でも、これだけなのか? じゃ、何がある?」


 スバルは声に出して自問し始める。


「炎か! 異能と言えば炎だよな! よし、我が力ここに放たれん、出でよ炎よ!」


 ちょっと厨二的な文句を口にしながら、右手を突き出す。


「ファイア!」


 なんて、勿論出るはずがない。いや、そんな異能もあるかもしれないが、スバルはその力を持ち合わせていないようだった。


「ちぇ、やっぱダメだよな......くそっ! てか、恥ずかしい...... ちぇっ! 喰らえ! いって~~~!」


 やっと何とかなりそうだと思い始めたところで大きな壁にぶち当たり、それを腹立たしく感じたスバルは思わず壁を蹴ってしまうが、逆に痛い目に遭う。

 そんな己の行為にすら苛立いらだちを感じたスバルは、その壁を殴りつつ喚き散らした。


「くそっ、こんな壁なんて消えちまえよ! なんだよ! この壁! くそっ! くそっ! くそっ! なんなんだよ。この世界はよ! ユメ! 出てこい! ユメーーー!」


 何度も壁を殴りつつ悪態を吐いた挙句、最後は大声てユメを呼ぶが、彼女が現れる気配はない。

 それに更なるいきどおりをつのらせ、スバルは吐き捨てる。


「こんな壁なんて! 腐っちまえよ! 溶けちまえよ! なんだよ! この壁......えっ!?」


 壁に八つ当たりしていたスバルは、そこで殴った感触がなくなったのを感じ、その壁に心眼を向けて唖然あぜんとする。


「壁がなくなってる?」


 そう、スバルの目の前にあった壁に大きな穴が開いていたのだ。


「なんで? えっ!? って、これはなんだ?」


 何がどうなったのか分からないまま、壁とその周囲を確かめていると、足元に何かのかたまりがあった。


 スバルは恐る恐るそれに触れてみたのだが、それは、冷たい何かの塊だった。


「これって、鉄の塊? もしかして、壁の鉄が溶け出して固まったのか? 溶け出して......もしかして......」


 そこで初めて自分が口にしたセリフを思い出す。

 そう、スバルは言ったのだ。腐っちまえ! 溶けちまえ! と......


 そのことから、もしかしてこれが自分の能力ではいかと思い始めたスバルは、ゆっくりと正常に残っている壁に手を触れると、確かめるかのようにその言葉を口にした。


「溶けろ!」


 すると、スバルの言葉に呼応するように、未だ正常な状態にあった壁が溶け始めた。


「キターーーーーーーーー! 俺TUEEE--------!」


 まるで発狂したかのような大声を発して、スバルは目の前にある壁を次々と溶かしていく。


 こうしてスバルはこの新薬実験施設から脱走を成功させるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る