第46話 不審人物?


 時間は少し遡る。

 それは、スバルと由華が帝警本庁へと向かっている頃だった。


 その者達は見るからに怪しい存在だった。

 本来であれば、直ぐに職務質問されるくらいに怪しかった。

 ただ、周囲の者からすれば、その異様な存在よりも目の前の光景が衝撃的で、それどころではないと言うのが実状だろう。

 それでも、恐らく本人たちは周囲に溶け込んでいると思っているのだろう。


 そんな二人は、立ち入り禁止の黄色い帯が蜘蛛の巣の如く張り巡らされ、幾人もの制服姿の男達が警備する場所を好奇心にそそのかされて集まった野次馬に紛れて眺めていた。


「なあ、これの方が目立つんじゃないかナ~」


「そんな事は無いのですね。これなら人相も解らないし、誰にも気付かれずに行動できるのですね。その証拠に、誰も私達を見ていないのですね」


 髭付き鼻眼鏡を掛けたミケこと美香子が、ショーウィンドウに映った自分の姿を見て疑問を口にするのだが、アニメキャラクタのお面を付けたナナこと菜々子がそれを否定する。


 確かに人相は隠せるが、その様相は注目を浴びるに違いない。

 もしそうでないのなら、この世界の人間は自分以外に全く関心を持っていないと言えるだろう。

 それ故に、ナナが何を考えて気付かれないと思っているのかが疑問だ。


 ――それは違うんじゃないかナ~。きっと、それどころじゃないだけだよナ~。


 否定の言葉に疑問を持つミケだが、それを口にすることなく周囲を警戒する。

 

 そう、ミケとナナは崩壊した帝国デパートを遠目に見ていたのだ。

 二人はテレビで帝国デパートでの陥没事故のニュースを見て、慌てて現場に駆け付けたのだ。

 しかしながら、既に事故からかなりの時間が経っており、期待した結果を得られずにいた。

 というか、本当は事故ではなく事件なのだが――


「どうやら、ダーリン達はとっくに逃げ出したみたいですね。でも、なんで帝国デパートなんて崩壊させたのですかね? デパートならもう実績があるから面白味が半減なのですね」


 ――面白味という理由で壊されたら堪ったもんじゃないと思うがナ~。きっと、ウチ等に見つけてもらうために遣った筈だナ~。でも、それにしては、ウチ等を探している風じゃないナ~


 ナナの発言に対して、ミケは心中でそんなことを考えながらも、現実的な結論を口にした。


「結構な時間が経ったが、奴等が現れない処を見ると、ここには居なさそうだナ~。さて、これからどうするかナ~」


「あぅ......ダーリン......」


 スバルが居ないと知り、ナナは一気に表情を曇らせる。


 そんなナナを他所に、ミケはこれからの行動について考えていた。


 ――ナナの言う通り、何のために壊したのかナ~。その意味が解らないと次の目的地が解らないナ~。まあいいナ~、きっと奴等の事だから、また事件を起こすナ~。


「ナナ、暫くこの辺りで様子を見るナ~。恐らくそれほど遠くには逃げてない筈だナ~」


「そうですね。了解なのですね」


「君達、ちょっといいかな?」


 今後の方針を決めた二人だったが、背後から男の声が聞こえてきた。

 どうやら、それは二人に掛けられた言葉のようだ。

 通常であればナンパの可能性もあるのだろうが、当然ながらこの場合はそんな軟派な場面では無さそうだった。


 ――ちっ! 見つかったナ~!


 振り向いたミケの視線の先には、黒い制服を着た数人の者達が居た。


「帝警だナ~! ナナ、逃げるナ~」


「ひゃっは~~!」


「お、おい! 追いかけろ! こちらシャドウ、怪しい奴を発見しました。これから捕縛します」


 ナナを脇に抱え上げたミケが有無も言わさずに走り出すと、職務質問をしてきた一人が無線で報告する。しかし、ミケはそれを気にすることなく脱兎の如く逃走する。


 そんな疾風の如く駆け抜けるミケは、帝警を振り切りながら心中で愚痴る。


 ――やっぱり、ナナの言うことを信じるんじゃなかったナ~。


 ミケは空いている左手で鼻眼鏡を外して放り投げながら、二度とナナの言うことを信用しないと硬く誓うのだった。







 スバルが帝警本庁を溶かし始めた頃、不平を垂れ流す存在がいた。


「くそっ! なんで現地待機なんだよ! 腹減ったつ~の」


「仕方ないわ。奴等がまだこの辺りに居るのだから、街を守る私達としてはこれも仕事の内よ」


「ちっ! サクラは本当に優等生だな。一体どんな育ち方をしたんだ?」


 不平を漏らす蘭は、八つ当たり気味の言葉を投げつけるが、それを受け取る側のサクラは、気にした様子も無く別の事を口にした。


「それにしても、どうやったらあれほど見事に建物を壊せるのかしら」


 そう、二人は帝国デパートへ駆けつけたのだが、そこは既に瓦礫の山となっていたのだ。

 それ故に、彼女達は周囲を簡単に調べた後、スバル達が居ないと判断して本部に戻ろうとしたのだが、そこで待ったが掛ったのだ。


「そういえば、地下に潜る時も封鎖していた鉄の扉を簡単に溶かしてたな」


「鉄の扉を?」


「ああ、ドロドロに溶けて地面で固まってたぞ」


「それって、熱くなかったの?」


「あ~、そう言えば熱くなかったような気がするな......触ってはないけど、あれだけの鉄が溶ければ熱を感じる筈だよな?」


「もうっ! ちゃんと確認しないと!」


「ぐはっ! 藪蛇やぶへびかよ......」


 スバルが地下へと潜り込んだ時の事を思い出しながら口にした蘭だったが、いい加減な対応をとがめられて不貞腐ふてくされる。


「そうなると、ターゲットは鉄でもコンクリートでも、それこそ何でも溶かすのね。気を付けないと私達も溶かされるかもよ」


「うっ! それは嫌だな......熱い愛撫でドロドロに溶かされるのなら嬉しいが......」


「ば、ばか! 何言ってるのよ! 場所を選びなさい!」


 サクラは近くに座る四人の男達の様子を覗いながら蘭をたしなめる。


「聞こえても構わね~よ! どうせ奴等はオレ達を襲ったりなんてできっこないんだからな。いや、恐ろしくて近寄るのも嫌だと思っている節があるな」


 サクラの台詞を聞いた蘭は、冷たい視線を四人の男達に向けるが、彼等は我関知せずといった様子を崩さなかった。


 恐らくは、蘭の言う通りだろう。なにせ、見た目は普通の少女であっても、片手で彼等を簡単に始末できる能力を持っているのだから。


 そんな四人のアンナンバーズの内、一人の男が立ち上がると、おずおずとサクラと蘭の席に近づいてきた。


「本部から連絡がありました」


「何といってきてる? まさか、これから出動はないよな?」


 蘭の威圧に、報告しようとしていた男がびくりとする。


「こら! プレッシャーを掛けないの! それで、何と言ってきてますか?」


 怯える男を哀れに思いながら、蘭を窘めつつ報告の内容をうながす。


「それが......帝警本庁が襲撃されているらしく、直ぐに向かえと」


「帝警本庁かよ! てか、帝警は何やってんだ!? オレ達が出向かなくても対応できるだろ! 能無しかよ!」


 襲撃されている場所が帝警本庁であることを知り、蘭が帝警の能力を揶揄やゆするのだが、その剣幕にアンナンバーズの男がびくりとする。


「蘭! いい加減にしなさいよ! 分かりました。直ぐに向かいましょう。ここからだと直ぐに到着できますよね?」


「は、はい。十分も掛からないと思います。あ、あと、ナンバーファイブとシックスが向かっているようです」


「ちぇっ! 奴等と共同戦線かよ! おい! お前等は隠れていた方がいいぞ。みどり椿つばきが来るなら、周囲にも被害が出るからな」


 ――あら、口の割には案外優しいのね......アンナンバーズの身を案じてあげるなんて、なんだかんだ言っても仲間意識があるのかしら。


 蘭の言葉を聞いたサクラが、彼女の言動について考え、思わず込み上げてきた笑いを堪えようとするのだが、どうやらバレてしまったようだ。


「サクラ、何が可笑しいんだ?」


「ううん! 何でもないの。思い出し笑いよ」


「ちぇっ! サクラは直ぐに誤魔化す。案外、隠れて独りエッチでもしてるんじゃないのか?」


「してません! それ以前に、そんな言葉を公衆の面前で口にしないで!」


 独りエッチという言葉を聞いたサクラは、数日前の夢で見たラブシーンを思い出してしまい、耳まで真っ赤にしながら蘭をたしなめるのだった。

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