第47話 失敗の始まり?


 青空は暗闇に覆われようとしていた。

 暗闇は蒼い空を真っ黒に染める代わりに、煌びやかに輝く灯を際立たせる。しかし、残念なことに標高の低いこの場所では、満天の夜空を作り出すことは無かった。


 そんな星空の下では、ドロドロと溶け出た物体が、下階の窓ガラスを押し破り、雨のように降り注ぐ。いや、それは雨というよりはひょうに近いかも知れない。

 ただ、降り注いでいるのは融解物だけではない。空からは様々なモノが降っていた。

 溶け出した物、各階に配備されていた水、フロアに置かれていた机や椅子に加えてシステムラックなど、更には働いていた者まで降り注いでいる始末だ。

 勿論、落下した人間が異能でも持っていない限り助かることはないだろう。いや、それが異能者であれば問題なく着地できるかもしれない。


 その有様に、人々は慌てふためいて我先にと逃げ惑う。

 まさに大災害だといえるだろう。いや、大人災と言うべきか。


「ねえ、今ので何階くらいまで溶かしたの?」


 大災害を起こしている元凶の恋人を自称する少女は、下階に着地しつつ問い掛ける。


「十三階だったかな?」


 すると、相方である由華から尋ねられた元凶、スバルが周囲を見遣りながら答えるのだが、彼の心眼には多くの人達が転がるのが見えていた。

 どうやら、避難警告を無視した者達だろう。

 ただ、上階から溶かしたこともあって、転がっているのはやたらと偉そうな年配の男が多い。そして、呻きながらも、「一体、これはどういうことだ」とか、「何が起こってるだ!?」なんて台詞を口にしていた。


 ――まだ喋る元気があるんだな。うむ、全然問題なさそうだ。


 それを見たスバルは、十四回目の融解を発動させようとする。

 そのタイミングで背後から声が聞こえてきた。


「あ~あ、こんなにしちまってさ、どうするんだ?」


「というか、これの原理を知りたいところですニャ」


 ――あれ? さっきは居なかった筈だが......てか、猫耳? どう見ても偽物臭いんだが......それよりも、どこかで見たことがあるような気がするな......


 振り向くことなく後方を確認したスバルの心眼に、二人の少女の姿が映り、そのことに驚くが、その少女達に既視感を抱いてしまう。


 その二人の少女だが、一人はやや大柄な少女で、その身長はスバルと変わらないくらいであり、もう一人は、猫耳カチューシャを付けた小柄な少女なのだが、黒い服が異様に似合っていないところが残念だった。


 そんなデコボココンビを観察するスバルだったが、彼女達の顔に見覚えがあるような気がして、暫し考え込む。そして、いつの間にか遣ってきた由華を心眼で確認しつつ、スバルは油断することなく振り向きながら誰何すいかの声を掛けた。


「お前達は誰だ?」


「お前は馬鹿だな。答える訳がないだろ!?」


「黒影なんばーしっくすの椿つばきニャ!」


 ――いやいや、バカなのはお前の連れだろ!?


 誰何の声に、大柄な女はスバルを嘲笑あざわらうのだが、残念なことに偽猫耳の少女が答えてくれた。


「ごら! このバカ娘! 何答えてるんだ!」


「ウニャ? 挨拶は礼儀ですニャ? こっちの大きいのは緑『みどり』ですニャ。という訳で、あなたは誰ですかニャ?」


 大柄な少女が椿を罵るが、彼女は緑の紹介までしてしまうと、今度はスバルに問い掛ける。


「俺か? 俺は何処でもクラッシャーズのスバルだ」


「あなたもなに答えてるのよ! 相手は黒影なのよ!」


 猫耳娘に尋ねられて、スバルは堂々と名乗りをあげるのだが、隣の由華から叱責される。

 そんなスバル達に向けて、大柄な少女が薄い胸を張って問い詰めてきた。


「あちこちで問題を起こしてるのはお前だな!?」


 ところが、スバルの神経は耳ではなく心眼に集中していた。


 ――胸の大きさで由華の完全勝利だな。その体格でその胸は残念過ぎるだろ!?


 そう、全く緊張感のないスバルは、彼女の言葉ではなく薄い胸に集中していたのだ。


「むっ! なんか背筋がぞくぞくするぞ! いや、ムカムカするぞ」


 心眼で見ているが故に、スバルの視線は彼女の胸に向いて居ないのだが、大柄な少女は身震いしている。しかし、椿は直ぐに気付いたようだ。クスクスと笑いながら緑に告げた。


「クスクス、きっと緑と自分の彼女の胸を比較したニャ。ぷふっ!」


 仲間である椿の嘲りに、緑は一気に鬼の形相となる。


「な、なんだと! ぐあっ! ゆ、ゆるせん! 胸の大きさで女を測る奴はゴミだ! オレが残らず成敗してやる」


 怒りを露にする緑だったが、スバルはそれを無視して逆に問い掛ける。


「ところで、こんな有様の帝警本庁に何の用だ? 落とし物の届け出なら他に持って行った方がいいぞ?」


 自分がこの惨事を作り出しておいて、まるで他人事のように問い掛けるスバルに、偽猫耳の椿が宣言する。


「申し訳ありませんが、悪は退治するのですニャ。ここで成敗させて頂きますニャ」


 ――ちっ! やっぱりそうなるよな。てか、こんな小娘に......いや、この状況でここに現れたんだ。異能者に間違いないだろう。どんな手で襲い掛かってくる?


 椿の返事を聞いたスバルは、敵の手の内を気にしつつも、透かさず由華を抱きあげて距離を取る。


「おお、速いな! 間違いなく異能者だな。それも身体強化系か?」


 まるで瞬間移動の如く後退ったスバルの動きを見て、大柄の女は感心したような表情で声を漏らす。


「感心している場合じゃないニャ。さっさと片付けるニャ。今日はプリティーミミーの放送日ニャ」


「お前、いい歳して幼女向けアニメなんて見るのは止めろよ!」


「はぁ? あのアニメの良さを解らないなんて、だから緑は乳が小さいんだニャ」


「うっせ! アニメとオレの胸の大きさは関係ないだろ! もういい! おら、喰らえ!」


 椿から全く関係のないツッコミを受けた緑は憤慨しつつも腕を振った。

 すると、周囲に散らばっていた様々な物が次々に物凄い勢いでスバルへと飛んでくる。


「くはっ! ポルターガイストかよ!」


「何それ? というか、これって念動力ね」


 由華を下ろしたスバルが、高速で飛んでくる物体を避けながらその攻撃の感想を述べると、向かってくる物体を蹴りや突きではじき飛ばしている由華がツッコミを入れてくる。


「念動力ね......大して厄介な敵じゃなさそうだな。てか、奴の攻撃より由華の拳の方が気になるぞ。思いっきり殴り飛ばしてるけど、それって痛くないのか?」


 心眼によって飛来物を的確に見定めることができるスバルにとって、この攻撃は脅威となっていなかったが、飛んでくる物体を殴り飛ばしている由華の手が痛そうだと感じていたようだ。


「局所硬化してるから大丈夫よ」


 ――ふむ。部分的に硬化してるということか......胸だけは硬化しないで欲しいな。いや、歳を取って垂れてきたら少しだけ硬化して原型を保つのもありか......


 由華の返事を聞いて、どうでもいいことを考えるスバルだったが、次の瞬間に呻き声を上げる。


「ぐおっ! 何じゃこれ! 革ブーツじゃなかったら足に刺さってたぞ! まるでアースクエイクだな」


 スバルは慌てて後方へ飛び退きながら、地面から突き出した白い突起を見やって冷や汗を掻く。


「氷使いね。かなり硬いわ。水の漏れ出てるところは気を付けてね。何もないところでは効力を発揮できない筈だから」


 氷の突起を蹴りで砕きながら、由華はその能力について述べてくる。

 どうやら、アースクエイクではなくアイスクエイクだったようだ。


「なるほど、水が無ければ氷を作れないという訳か......雨の日には戦いたくないな」


「そうね、間違いなく弾の雨が降るわね。きゃっ!」


「大丈夫か!? 由華!」


「だ、大丈夫よ。かすり傷だから」


「いっそ、全身硬化した方がいいんじゃないか?」


「あれは嫌なの!」


 大型の氷で太ももを傷付けられた由華に硬化を勧めるのだが、彼女は頑なにそれを拒否する。


 ――なんで嫌なんだ? この前も嫌がってたし、なんか副作用でもあるのか?


 由華の態度を疑問に思うスバルだったが、そこにその彼女からの声が届いた。


「どうするの? このままじゃジリ貧よ。近寄ろうにも飛んでくる物が邪魔だし、奴等の周りには水が多いわ」


 どうやら、現在の状態が良くないと言っているのだろう。

 確かに、由華は接近戦オンリーだし、スバルといえば銃で攻撃するか、何かを溶かすしか攻撃オプションが無い。


「ふむ。じゃあ、このまま溶かしていくか」


「そうね。その方が良さそうだわ」


 銃で攻撃しても簡単に避けられてしまい、全くと言っていいほど使い物になっていないスバルは、続きとばかりに融解を始める。

 ところが、これが失敗の始まりとなってしまう。


「溶けろよ!」


 これまでと同じように、床が簡単に溶け始める。

 ということは、この階いる者、転がるもの、流れる水、その何もかもが落下する。


「きゃぁ!」


 悲鳴に驚いたスバルが由華の様子を確認すると、落下中の彼女の腕に太い氷柱つららが突き刺さっていた。


「大丈夫......な訳ないよな! くそっ! 俺の女に怪我させやがって、あの偽猫耳女、ぜって~犯してやる」


「それはダメよ! 他の女とはエッチしちゃだめ!」


 憤りを露にするスバルだったが、透かさずその台詞に由華からの物言いが入る。


 ――くそっ! やっぱり浮気はダメか......


 由華に怒られて悔しがるスバルだったが、次の瞬間には大量の落下物が自分に向かって飛来してくる。


 ――ちっ! この状態じゃ避けるのも楽じゃないぞ!


 心中で愚痴を零しながらも、ネズミから授かった力で宙を蹴る。

 その勢いで、落下中の由華を抱き留めると、透かさず奴等から離れようとするのだが、飛来する物体が邪魔でうまく逃げられない。


「床を溶かしたのは失敗だったな。これじゃ、逆に狙い撃ちに遭うぞ」


「さすがは黒影ね。この状態で攻撃されるとは思わなかったわ。スバル、どうする?」


 自分達の考えが甘かったと後悔する声を発したスバルに、由華はこの後の対処について問い掛ける。

 自分に抱きかかえられて、ピンチであるのにも拘わらず、どこか嬉しそうにしている由華を見ながら、スバルはこの状況の打開策に頭を悩ませるのだった。

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