第45話 クレイジークライマー?


 蜂の巣を突いた騒ぎとは、まさにこれ然り。

 制服のみならず、武装した男達が上へ下へと走り回っている。

 だからと言って、別に建物の中で持久走をしている訳ではない。

 彼等があたふたとしている理由は簡単だ。

 そう、既にお気付きの方も多いだろう。


 は~い! 先生~~! スバル君が暴れてま~す!


 という訳で、ここはスバルの居た日本でいうなら霞が関だ。

 そこまで言えば、ここが何処かは簡単に理解できるだろう。

 そう、帝警の本庁である。

 住所的には千代田町なのだが、新橋に居たスバル達からすれば目と鼻の先の場所となる。


「うひょ~~~~! ガンガンいくぜ!」


「うひゃ~~~~! おらおら、スバルがガンガンやるわよ! って、それはいいんだけど、これってめっちゃ死者が出るんじゃないの?」


 下階に落下しながら、お人好しの由華は敵の心配をしていた。


「馬鹿だな~! 俺達は見つかった時点で蜂の巣にされるんだぞ? そんな相手に気を使う必要があるか?」


 スバルはとてももっともらしく持論を口にするが、蜂の巣にされる原因を作ったのも彼等自身であること考えれば、それは自業自得というものだ。しかし、彼は初めから死ぬ目に遭っている所為で、全く躊躇ちゅうちょする事は無かった。


「それにな、ちゃんと避難勧告は出しただろ? これで死んでも逃げない奴が悪いんだぞ。そう、自業自得という奴だ」


 いやいや、それは全く違うのだが、完全にスバルに傾倒けいとうしているというか、思いっきり懸想けそうしている由華はその言葉に納得する。


「そうよね。避難勧告は出したんだし、逃げない方が悪いんだよね?」


 抑々、この国家に絡む人間を残らず始末したいと考えていたスバルだったが、お人好しの由華に気を使って避難勧告を出したのだ。

 その辺りから見るに、スバルは自分の大切な者にはとても優しい男なのかもしれない。


 ――まあ、由華が気に病んだら事だしな。俺が汚れる分には全く構わないんだが......


 エッチのことしか考えていないかと思いきや、しっかりと由華の事を考えている辺りが感心だと言えるだろう。

 そんなスバルは、更に由華の気持ちを軽減するために言葉を続けた。


「お前は何も気にしなくてもいいぞ。俺が好きでやってることだし、人が死んでも全て俺のやったことだ。俺はこの腐った国に携わっている奴等を全て始末するつもりだからな」


 ただ、この台詞は良くなかったようだ。それを聞いた由華が表情を曇らせる。


「だめよ! スバルばかり悪者なんて、そんなのは私が嫌だわ」


「何言ってるんだ! 俺は初めから悪者だぞ?」


「それでも嫌なの!」


 ――不味ったな......こんな反応を示すとは思わなかったぞ......


 まるで駄々っ子のように拒否反応を示す由華を見て、スバルは自分の失言に気付くのだが、今更何を言っても遅いのだ。


 そんな感じでバカップルは仲良く落下中なのだが、あまりに話が飛んだので少し後戻りすることにしよう。



 公衆トイレでこれまでに味わえなかった解放感と緊張感に、いつもにも増して燃え上がった二人は、なんと三回もやったのだ。

 いやいや、そんな話がしたかったわけではなく、公衆トイレで事を済ませたスバルは、由華を気遣って盗んだ携帯から帝警本庁に連絡した。


『もしもし、こちらは帝国警察本庁ですが』


「あ~、もしもし!? 聞こえてる? えっとさ~、これから本庁を破壊するから。命が惜しければ五分以内に避難したほうがいいぞ! まあ、みんな死んでくれても何の問題も無いけどな~」


『えっ!? 何を......お前は誰だ?』


 ぷつっ!


 スバルが行った避難勧告とは、そんな内容だった。


 それが避難勧告と呼べるかどうかはさて置き、五分で誰が避難できるのかと思ってしまう。

 それこそ、どう考えてもイタ電としか考えないだろう。

 ああ、このイタ電は痛い方ではなく、勿論、悪戯いたずらの方だ。


 それはそうと、形式的にだけともいえる避難勧告を行ったスバルは、それで由華の表情が和らぐのを見てすこぶる満足した。

 というか、由華の眼差しが、スバルカッコイイと語っていて、かなり有頂天になっていた。

 そんなスバルは羽が無くても空を飛べそうなほどに浮かれていたのだが、それとは別に空を飛ぶ勢いで行動を始めた。


「由華、背中に掴まれ」


「えっ!? どうして? これから突撃するんでしょ?」


 発言の意図を読み取れなかった由華が首を傾げるのだが、スバルはその説明をすることなく催促する。


「いいから、掴まれ! 早くしないと五分が過ぎるだろ?」


 別に過ぎても問題ないはずだが、どうもスバルには拘りがあるようだ。


 そんなスバルは腰を下ろして由華に背中を見せると、ほれほれ! と、おんぶする仕草をする。


「いいけど......できれば抱っこがいいわ......パンツが見えちゃうかも......」


 スバルに喜んでもらおうと思って短いスカートにしたことを今更ながらに後悔する。


「いや、今回は抱っこは無理なんだ。それに、どうせ誰も覗いたりできないからな。だから、気にしなくていいぞ! ああ、もし覗いた奴が居たら、俺がそいつの両目を溶かしてやる。お前の淫らな姿は全て俺のものだからな。そういう訳で、心配しなくてもいいぞ」


 恐ろしいほどの独占欲を見せたスバルだったが、それは逆に由華の恋心をくすぐる。


 ――うひゃ! だれにも見せたくないなんて......全て俺のものだなんて......ちょっと可愛いかも......


 何処が、何が、どういう風に、可愛いのか全く理解不能だが、由華は自分を独り占めしたいというスバルを快く思ったようだ。

 本当に恋は盲目とはよく言ったものだ。


「うん。大丈夫よ。スバルにしか見せないわ。安心して」


 嬉しそうにそう告げると、由華はスキップでもしそうな勢いでスバルの背中に抱き着いた。


「よしよし、いい子だ。じゃあ、いくぞ!」


 由華を子ども扱いすると、スバルはまるで羽が生えたかのような軽やかさで走り始めた。


「す、すごい! 私をおんぶしていてこのスピードとか在り得ないわ。絶対にミケよりも速いわよね。いいな~こんなことなら私もネズミにかじられるんだった」


 由華は子ども扱いされたことよりも、自分をおぶって直走ひたはしるスバルの速さに驚愕する。

 ただ、その先に目を向けて、さすがに肝を冷やしたようだ。


「す、す、スバル! 何をする気? ちょ、ちょ、ちょっ、壁だから! 目の前、壁だから! ヤバイって!」


 視線の先には壁があり、スバルの速度はF-1も斯くやという速度だ。

 ぶつかれば能力者と言えども唯では済まないだろう。

 それ故に、由華は思いっきり下着を汚してしまう。

 ただ、幸運にもスバルの服はと言えば、革のハーフコートに革パンだ。

 その性能は伊達ではなく、ものの見事に由華の攻撃を跳ね返す。そして、次の瞬間には由華の視界は空を向いていた。

 なんと、スバルは帝警本庁の壁を走っているのだ。


 という訳で、下を歩いていたであろう者達は、きっと由華の粗相を天気雨だと思ったことだろう。

 まあ、時間的に夕方なので、夕立にしては小雨だし、臭いがすることに怪訝けげんな顔をすること疑いなしだ。


 それはそうと、スバルの行動を理解した由華は、気持ちが落ち着いたのか、今度はおんぶされた状態で騒ぎ始めた。


「ちょ、ちょ、ちょっ! なんて非常識なの!? というか、スバルの所為でまたやっちゃったじゃない」


 愚痴を零しつつ、スバルの頭をポカポカと叩く由華だったが、現在の状況を思い出した方が良いと思う。

 下手をすると、二人で真っ逆さまに落下する可能性があるのだから。


「こらこら、今はやめとけ! あとで幾らでも相手してやるから。てか、死にたくはないだろ?」


 力が入っていないとはいえ、さすがに頭をポカポカされてはスバルも集中できない。


「あぅ......ごめん」


 静止の声を聞いて、由華は直ぐに反省したのか謝罪してくる。


 ――ふむ。いい子だ!


 聞き分けの良い由華を見て、スバルは彼女を可愛く思いつつも、今度は窓枠部分に手を掛けて、その勢いで登り始める。


「それにしても凄いわね。これって、クレイジークライマーね」


「そういや、昔にそんなゲームがあったな」


「ゲーム? 映画じゃなくて?」


 どうやら、スバルの世界ではゲームだったが、こちらでは映画だったようだ。


 そんなどうでも良い会話をしながら、あっという間に本庁建物の屋上へと辿り着いた。


「もう到着なの? トカゲマンね」


「それをいうならスパイダーマンだろ! トカゲマンとか格好悪すぎだ」


「え~っ! 蜘蛛の方が変よ!」


 どちらも普通ではないのだが、そこは慣れ親しんだ方が普通に感じるのだろう。


 そんな遣り取りをしつつも、由華は帝国デパートで有難く頂戴した高級肩掛けバックの中をゴソゴソと探り始める。

 それを見たスバルは、直ぐに彼女が何を始めたのかを察した。


「由華! やめとけ! この調子だと何回穿き替えることになるか分かったもんじゃないぞ」


「え~っ! だって、気持ち悪いんだもん」


「でも、今日だけで、もう二回も穿き替えてるぞ」


「だって......スバルが意地悪するから......今度からはエッチする前に脱ぐわ」


「そ、それはダメだ! 俺の楽しみが減るじゃないか!」


 どうやら、スバルは脱がせフェチらしい。こういうのを着エロ派というのだろうか。


 それはさて置き、無駄だと告げられたのだが、身体をモジモジさせながらその着心地の悪さに不満を述べていた由華は、そこでスバルの服に気付く。


「あっ! ごめん。スバルの服まで......」


「ああ、革だから気付かなかったが、思いっきり濡れてるみたいだな」


「あぅ......」


「気にするな。後で拭けば綺麗になるさ。何の問題も無い」


 自分が汚してしまった所為で、由華は申し訳なさそうにするが、スバルは全く気にしていないようだった。


 ――こういうところが優しいんだよね......普通なら怒るだろうに......


 スバルの反応に、由華がまたまた感じ入ってしまったようだ。

 やはり恋は盲目か、唯単に大雑把な性格だとは思わないところが麻痺していると思える。

 そんなバカップルなのだが、どうやらイチャラブもここまでだったようだ。


「誰だ! どうやってここに入り込んだ!」


 屋上の出入り口から現れた数人の者が銃を構えて誰何すいかの声を上げる。


「あら、屋上も監視されてるようね」


「みたいだな。でも、関係ないさ。奴等が何をしようと俺を止めることはできないんだ。さあ、イッツ、ショーターイム!」


 誰何の声を無視して、調子に乗ったスバルがショーの開幕を告げつつ、脚で屋上の床を踏み鳴らす。


 そう、スバルは足でも融解を使用できるようになったのだ。


 ということで、スバルの踏み付けで屋上の崩壊が始まる。

 これが本庁崩壊事件のはじまりとなるのだった。

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