第100話 楽しげな帰路?


 冬時期だけあって夕暮れは想像以上に早く、未だ四時過ぎたばかりだというのに、既に太陽がオレンジ色に変わっていた。


「スバル、めっちゃスゲーーー―――!」


 夕日を一身に浴びた久美子が、まるで子供のように燥ぎながらスバルを褒め称える。

 それもそのはず。久美子達と合流したスバルは、彼女の深く切り裂かれた足を一瞬にして治してしまったからだ。

 しかし、治療を受けたもう一人の者は、沈黙したまま俯いていた。


「兄貴、もう諦めるしかないって」


「そうですよ。風兄、僕等じゃ絶対に敵いっこないし」


 酷く落ち込んだ様子の風樹を炎樹と雷樹が諭すかのように宥める。

 しかし、風樹の様子は落ち込むというよりも、酷く恐れているように見える。


「お、お前等、あの男が怖くないのか? あの皇主じじいすら倒したんだろ? 奴の力は異常だぞ?」


 風樹は上目遣いに先を歩くスバルへ視線を向け、弟達にボソボソと問い掛ける。

 しかし、二人の弟達はスバルの力を恐れつつも、そうは感じていないようだ。


「ん~、能力は半端ないけど、慣れてみると、思ったよりいい奴だぞ?」


「僕もそう思う。仲間想いだし、悪い人じゃないと思うよ。それに僕らは軍門に下ったんだから、彼が強いことは僕等にとっていいことだよ?」


「確かに、雷樹の考えは一理あるが......いつ裏切られるか分かったもんじゃないぞ!?」


 弟達の言葉に頷きつつも、風樹は己が不安を零してしまう。


「まあ、どっちかってと、お人好しだと思うけどな」


「僕もそう思うよ。じゃなきゃ、僕等は今頃ここには居ないと思うよ?」


「......」


 炎樹と雷樹の言葉に納得したのか、はたまた言い返す言葉か無くなったのか、風樹は押し黙ってしまう。

 ところが、そこで弟達から風樹に対する諫言が放たれた。


「兄貴の気持ちも解かるけど、一応は礼を言った方がいいぞ。いや、絶対に礼を言ってくれ、じゃないとオレ達まで風当たりが強くなるのは勘弁だぞ」


「そうだよね。あのままだと、きっと治っても真面な姿には戻れなかっただろうし、ちゃんと礼を言った方がいいよ? そうそう、僕等は彼についていくと決めたからね。居心が地悪いのはちょっと......」


「うぐっ......」


 責め立てるような弟達に諫められ、風樹は思わず呻き声を漏らす。

 弟達が完全に毒されたと感じているのか、風樹は顔を歪めて考え込むのだが、そこにスバルからの声が届いた。


「別に俺に礼を言う必要はないぞ! 抑々、お前等が生き残れたのは由華達が進言してきたからだし、感謝するなら彼女達に礼を言うんだな。それと、俺の仲間に手を出したら、速攻であの世に逝ってもらうからな」


 どうやら、彼等の会話はしっかりとスバルに聞こえていたようだ。

 そして、スバルから釘を刺された途端、風樹は足を止めて身震いし始める。


「ん~、どうもスバルが恐怖心を植え付けたみたいね......」


「まあ、ダーリンに歯向かう方が間違いなのですね」


「確かに......私も新藤君を本気で怒らせなくて良かったです......」


「だから、さっさと仲間になろうって言っただろ!?」


「あたいも、東京駅でとことんやったら、今頃は......」


 怯える風樹を見て、由華とナナが肩を竦めると、サクラが安堵の息を吐き、蘭はそらみたことかと自慢げに薄い胸を張る。

 そんな蘭の横では、久美子が過去を思い出して首を窄めた。

 ただ、スバルの怒りを買いたくないと考えたのだろう。弟達が弁解し始める。


「お、オレは歯向かったりせんぞ! 命がいくらあっても足らね~」


「僕も逆らったりしませんよ。それに、クラッシャーズとか、めっちゃ楽しそうだし......今からワクワクしてるし」


「お、おいっ! お前等......」


 完全に取り込まれている弟達に、風樹は思わず声を発するが、スバルにチラリと見られて押し黙る。

 しかし、スバルに怯える風樹を見て哀れと思ったのか、なぜか全く関係のないゆいが口を開いた。


「これからはみんな仲間なんだから、楽しくやればいいと思います」


 同じ一族である結から慰めの言葉を貰って、風樹は安堵の息を漏らす。

 しかし、上げて落とすかの如く、そこで結の隣に居る寧々ねねから釘を刺された。


「そうですね。でも、私は破壊神様――スバル様のものですから、あなたとは結婚しませんよ」


「あぐっ......」


 どうも寧々の言葉が一番ぐさりときたようで、風樹は重く進めていた脚を止めて項垂れた。

 しかし、その釘に反応したのは風樹だけではない。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ~、どういうことよ! それ! 聞いてないわよ!」


「在り得ないのですね。却下なのですね。定員オーバーなのですね」


「スバル、この女よりも、彼女にするならあたいが先だよな!?」


 そう、スバルの彼女である由華とナナが即座に拒絶の姿勢を見せたのだ。

 オマケに、久美子が思い出したように、己が彼女の座について言及し始めた。

 ただ、サクラに関しては、自分の処遇が決まっているだけに、眉は顰めたものの苦言を申し立てることはなかった。

 勿論、色男北沢を彼氏に持つ蘭も他人事だと涼しい顔をしていた。


 ――やっべ、また炎上しそうだぞ......なんとか話を逸らさなきゃ......


 彼女ネタが始まって、再び波乱が起こる予感を抱いたスバルが、すぐさま対策を練り始める。

 そして、ダメ元は覚悟の上で、話を強引に別方向へと導く。


「な、なあ、腹が減らないか?」


「減ったぞ! めっちゃ減ったぞ!」


 なんのことはない、言わずと知れた蘭が速攻で食いついた。

 ただ、由華とナナ、久美子の三人は、ワザとらしいネタ振りにご立腹なのか、スバルに白眼を向けている。

 それでも、ここは簡単に釣られた蘭に合わせるしかないと考えたのだろう。スバルはやや大袈裟な身振りで訴える。


「だよな! 腹減ったよな!? なんか食って帰ろうぜ!」


「おお~それがいいぜ! やっぱり、スバルは話が分かるぜ!」


「ま、まあ、時間も時間だし、仕方ないですよね......」


「そうだな。戦闘もしたし、お腹が空くのは生きてる証拠だよな」


 スバルの誘いに蘭が二つ返事で乗っかると、サクラと久美子も顔を赤らめながら同調する。

 というのも、本人たちがノーと言いたくても、お腹が大っぴらにイエスと答えているのだ。


 サクラと久美子が言い訳を口にしたことで、誰もがスバルの提案に頷き始めたのだが、そこで由華から反対意見が提示された。


「ダメよ! 留守番組も食べてないはずよ。だって、料理できる人が居ないんだから。だから、食べるなら家に帰ってからよ」


 ――そう言われると、そうだった......


 嘆かわしいことに、留守番組を含め、その殆どが女性であるにも拘わらず、クラッシャーズで食事を作れるのは由華だけなのだ。


 結局、スバルは由華の意見に納得し、腹が減ったと騒ぐ蘭に耳を塞ぎながら、話を逸らすネタが失敗だったと心中で嘆くのだった。







 実のところ、皇居と東条家の屋敷は目と鼻の先だ。

 東条家の屋敷は千代田町にあり、皇居は上野にあることから、徒歩でもそれほど時間を要する距離ではない。

 それ故に、スバル達は行きも帰りも自前の労力を費やして歩いている。

 勿論、蘭の空腹は満たされておらず、つい先程までぶつくさと苦言を漏らしていた。


 さて、そんな喧しい蘭を何とか宥めたスバル達だが、皇居を出発して既に二十分くらいは歩いただろう。そして、あと十分も歩けば東条家に到着するはずなのだが、そこで由華がスバルに疑問を投げかけた。


「ねえ、取り敢えず、これで悪の根源は居なくなったし、これからどうするの?」


 どうやら、彼女はこれからの行動を気にしているようだ。

 その気持ちも解からなくもない。何と言っても、皇主を倒すところまでしか予定として考えていなかったからだ。

 ただ、その言葉で改めてそれを思い出したのか、スバルは腕組をした状態で唸り始めた。

 そんなスバルのことが気になったのだろう。ナナが不思議そうな面持ちて問い掛ける。


「何をそんなに悩んでいるのですか? ダーリンの遣りたいようにすればいいだけなのですね。ああ、エッチは当たり前なので言わなくてもいいのですね」


 エッチというキーワードを耳にしたスバルはピクリと眉を動かすが、それには触れずに思ったことをありのままに口にする。


「いや、実をいうと、何も遣りたいことがないんだ。呑気に暮らせたらそれでいいかな? なんて思ってるし......」


 そう、これは由夢とも話したことなのだが、無理矢理この世界に連れてこられたスバルには、全くと言って良いほどに目的が無いのだ。


「だったら、のんびりと過ごしましょうか。私もその方が嬉しいです」


 やる気のないスバルの答えに、サクラは賛成だと告げるのだが、それに久美子と蘭がクレームを入れる。


「そんなん、つまんね~! なんか面白いことやろうよ」


「ちょっと待てよ! 北沢を手伝ってくれるんじゃなかったのか?」


 ――そういや、北沢にこの日本を破壊してくれって頼まれたっけ......


 久美子の願いはさて置き、蘭に言われて北沢との約束を思い出したスバルは、悩まし気な面持ちとなるのだが、そこへナナが割って入る。


「別に急ぐ必要はないのですね。ゆっくりと考えればいいのですね」


「そうね。まだまだ若いんだし、時間は沢山あるものね」


 理解あるナナの態度に、由華もすぐさま賛成すると、複雑な表情をしていたスバルがニコリとする。


 ――そうだな。時間はあるんだ。ゆっくり考えればいいさ。てか、こいつら、本当にいい奴等だな......


 由華やナナの優しさを受け、今更ながらに、スバルは彼女達の愛情を感じて胸を熱くする。

 そして、珍しく無邪気な笑顔で彼女達に応える。


「そうだな。焦る必要はないし、帰ってからゆっくりと考えようぜ。みんなでな」


「うん。みんなで考えましょ」


 スバルの笑顔が嬉しかったのか、由華は笑顔で頷き返す。


「了解なのですね」


 ナナも楽しそうな表情で、スバルの腕に縋りながら同意する。


「私も一緒に考えますね」


 なぜか恥ずかしそうな表情を作ったサクラが、こっそりとスバルの服の裾を掴む。


「あたいも!」


 どうやら暴れたい久美子も、それについては賛成のようだ。


「北沢との約束を忘れるなよ!」


 ただ、北沢の彼女となった蘭は仏頂面で釘を刺す。

 その横では、寧々と結が楽しそうに、二人の世界に浸っている。


「結、私、ウインドウショッピングにいきたいわ」


「いいね。私も行ったことがないし......それに、美味しいクレープ屋さんとか、猫カフェとか行ってみたい」


 皇居から出たことがない二人は、外の世界に胸を膨らませているようだ。

 勿論、無法三兄弟も居るのだが、こちらについては長男が落ち込んでるので、弟達も黙り込んだままだった。


 そんな面々を心眼で見遣ったあと、スバルは視線を近づいてきた東条家へと向けたのだが、そこで脚を止めてしまった。


「なんだこれ! どういうことだ!?」


 驚くのも仕方ないだろう。なぜなら、スバルが心眼で捉えた東条家は、旧家の面影など完全に失せた様相となっていたからだ。

 そう、皇居襲撃から戻ってきたスバル達が目にしたものは、周囲を仕切る塀を含めて、蔦のジャングルと化した東条家の姿だった。

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