第101話 蔦の邸宅には?


 旧家を思わす大きな洋館は、蔦に塗れてレンガ調の壁すら見えない状態だった。

 広い庭の草木にも蔦が絡まり、全てを覆い隠している。

 そんな東条家の出で立ちは、蔦のジャングル、もしくは蔦の世界と言っても過言ではないだろう。


「どういうことだ? この蔦......」


「これって、前にも見たことが......由夢!」


 記憶にない東条家の姿を見て、固まるスバルが僅かに声を漏らすと、その隣に立つ由華が焦り始める。

 そう、中には由華の双子の妹である由夢が居るはずなのだ。


「間違いないのですね。この蔦は飼育係なのですね」


かえでが......マズイです」


「ちっ、厄介な奴が来たな......」


 顔を蒼くする由華とスバルを挟んで反対側に立つナナが、この所業を為した主に当たりをつけると、元同僚であるサクラが飼育係と呼ばれる黒影の名前を口にする。

 それに続いて、サクラと同様に元同僚である蘭が、顰め面で愚痴を零した。


「飼育係......噂は聞いたことがあるよ。かなり冷酷無比な奴らしいね」


「ああ最悪だ。何でも切り刻むからな。その結末も無残で吐き気がするぜ。くそっ、北沢は大丈夫なのか......」


 噂を口にする久美子に、蘭が反吐が出ると言わんばかりの表情で答えつつ、彼氏である北沢を心配しているのか、途端に顔色を青くさせた。


「それで、どうするのですか?」


「どうするも、こうするも、由夢達のことが心配だ。直ぐに乗り込むぞ」


 非現実的な光景に固まっていたスバルは、サクラの声で正気に戻ると、当たり前だと言わんばかりの勢いで決断を下した。

 ところが、サクラと蘭はそれに反対だったようだ。


「この状況で乗り込むのは、楓の思う壺です」


「この中に突っ込むのは、ハッキリ言って自殺行為だな......」


 ――奴のことを知っている二人が言うんだ。その通りなんだろうな......だが......


 サクラと蘭の意見を聞いたスバルは、二人の考えを理解するのだが、意思を変える気はないようだ。すぐさま強硬な態度を表に出す。


「お前等は、ここに残ってくれ。俺一人で行く。俺なら何とでも対処できるからな」


「ダメよ! 私も行くわ」


「また自分だけで......最近のダーリンは自分で何もかもやろうとし過ぎなのですね。勿論、私も行くのですね」


 ――いやいや、一人の方が楽なんだけど......


 有無も言わさず拒否の姿勢を示す由華とナナに、スバルは困った表情を作りつつ、彼女達の様子を覗う。

 そして、溜息を一つ吐くと、仕方なしといった雰囲気で頷いた。

 恐らくは、彼女達の意思が固いように見えたのだろう。


「分かった分かった。その代り、由華は金剛を発動させとけよ。それとナナを守ってやってくれ」


「うん。分かったわ」


「私なら大丈夫なのですね」


 渋々と頷くスバルの言いつけに、由華は笑顔で頷くのだが、ナナが頬を膨らませて不満を零した。

 ただ、ナナにその理由を説明するのが面倒だというか、本当の処を口にするとキレられそうだと考えたのだろう。スバルと由華は彼女に返事をすることなく肩を竦めて終わらせた。

 そう、蔦を使う楓を相手にして、一番相性が悪そうなのがナナなのだ。

 それでも、これにて一件落着とばかりに、スバルは残るメンバーに声を掛けた。


「悪いけど、ちょっとここで待機しといてくれ。俺達はちょっくら行ってくるわ」


「ダメだよ! あたいも行くからね」


「私も行きます」


「オレも行くぜ!」


 ――おいおい、それだと誰が寧々たちを守るんだ?


 久美子に続き、反対していたサクラや蘭までもが真剣な面持ちで同行すると言いはじめ、スバルはどうしたものかと考え込む。

 ところが、そこで由華が無法三兄弟に向けて声を発した。


「三兄弟は、ここで寧々と結を守っててね。これは命令よ!」


「え~、オレも暴れて~~! この蔦、めっちゃ燃やしたいんだけど」


「ぼ、僕は結を守ります......」


「はぁ~、わ、分かった。オレ達はここで寧々と結を守ればいいんだな」


 次男の炎樹は自分も暴れたいらしくて不満げな表情となるが、三男の雷樹は結に気があるのか、上目遣いで彼女にチラチラと視線を向けながら了解してきた。

 そんな弟達に、些か呆れてしまったのか、風樹は大きな溜息を吐いたのちに頷く。


 寧々と結に関しては、心配そうな視線をスバルに向けているのだが、自分達にできることがないと考えたのか、黙したまま不安そうにしていた。

 それでも、一通りの段取りが終わったと思ったのか、由華が満足げに頷くとスバルに視線を向けた。


「これでいいわ。じゃ、行きましょ!」


「あ、ああ」


 まるで仕切り役は自分とばかりに、残る者の対応を済ませた由華に風格を感じ、スバルは焦った様子で頷く。

 ただ、いいところを一人取りにした状況が面白くなかったのだろう。ナナ、サクラ、久美子の三人が由華に白眼を向けていた。

 しかし、全く外野である蘭が、そんな三人を無視して現実的な問題を口にした。


「行くのはいいけどさ、この蔦の上を歩くのは拙いぞ」


「そうね。蟻地獄の中に自分から突っ込むようなものだものね」


 楓の能力を知るサクラが蘭に同意したのだが、そこでスバルはニヤリと不敵な笑顔を見せた。


「さすがに、この上を歩いたりしね~よ! それがヤバイくらいは分かってるさ! 出てきな!」


 蘭とサクラの忠告に、スバルは頷きながら地面を軽く蹴った。

 その途端、みるみるうちに門から邸宅までの間に道ができあがった。

 それは、高さが凡そ二メートル、幅が二メートルくらいの石で造られたかのような道であり、それができあがる過程で、地に這っていた蔦が引き千切られていた。


「これでよしっと、じゃ、行くぞ!」


「うひゃ」


 まるで十戒の如く出来上がった道に、誰もが声すら出せずに驚嘆する中、スバルはいつもと変わらない調子でナナを脇に抱えると、颯爽とその石道に飛び乗った。

 その行動は、ナナからすると意表を突かれた状況だったのか、思わず小さな悲鳴を上げる。

 スバルは驚くナナに笑みを向けるが、彼女には何も言わず、いつまでも固まっている仲間の方に声を掛ける。


「早くしないと置いていくぞ!」


 その声で、その光景に呑まれていた誰もが正気に戻る。


「あ、あ、う、うん。ごめん。直ぐ行く」


「あっ、ほ、本当に神の如しですよね」


「やっぱ、スバルはすげ~よ」


「北沢もこれくらいの力があったらな~~~」


 由華が慌てた様子で頷きつつ即座に石道に飛び乗ると、サクラと久美子の二人が感嘆の声を漏らしながら後に続いた。

 ただ、北沢に惚れ込んでいる蘭は、唯一彼に足らないものについて不満をもらす。


 そんな仲間を他所に、スバルは正面に視線を向けたまま、心眼で辺りに探りを入れる。


 ――まあ、この前みたいな蔦の攻撃なら、今の俺に何の脅威でもないんだけど......それでも、きっと、何か仕掛けてくるだろうな。


 そうなのだ。ホテルで襲われた時とは違って、今のスバルには恐ろしいまでの攻撃力が備わっており、蔦の攻撃程度ではビクともしない。

 しかし、攻撃がある筈だというスバルの予想は外れ、スバルを含め敷地に突入した六人は、何事もなく邸宅の前に辿り着いた。


「どういうつもりかしら」


「ここまで何もなしとか、不気味なのですね」


 スバルと同じように考えていたのか、由華とナナが敵の攻撃が無いことを訝しむ。

 ところが、そこでサクラが不可解だと言わんばかりの表情となる。


「わからない......わからないわ......だって、彼女は......」


「何が分からないんだ?」


 ぶつくさと自問自答するサクラに、透かさずスバルが問い掛ける。

 すると、サクラは悩まし気な面持ちで、自分の考えを口にした。


「楓は賢い女です。こっちの力量も知らずに仕掛けてくるとは思えないんです。でも、新藤君の力を知れば、恐らく掛かってこないと思うんです。だって、勝てるわけがないのだから」


「そういえばそうだな。あいつは残虐で狡猾な奴だからな。自分が勝てないと思ったらさっさと尻尾を巻いて逃げ出すよな」


 サクラの考えに、蘭がその通りだと頷きながら付け加えるのだが、どうやら彼女は楓のことが嫌いなようだ。あからさまに蔑むように吐き出している。


 ――ということは、どういうことだ?


 その説明を聞いて、スバルは腕を組んで考え込んでしまう。

 というのも、抑々が頭を働かせるタイプでないスバルは、深く考えれば考えるほど混乱してしまうのだ。

 しかし、そんなスバルの思考を停止させる声が上がった。


「やあ、お帰り由華」


 そう、蔦の一部が解け、全く見えなくなっていた玄関が姿を現すと、そこから紳士風の男が出てきたのだ。

 その途端に、名前を呼ばれた由華が、その紳士風の男を見て驚きの声を上げた。


「えっ!? お父さん? なんでこんなところに? いえ、これはどういうことなの?」


 由華の様子からすると、どうやらその紳士風の男は彼女の父親のようだ。

 ただ、呆気に取られていた由華だったが、直ぐに正気に戻ると現状の有様について尋ねた。


「ああ、これかい? それなら気にしなくてもいいよ。これはこの屋敷を守るためのものさ」


 ――はぁ? この屋敷を守る? どういうことだ?


 笑顔を絶やさずにサラリと答える由華の父親を見て、スバルは疑問を感じて首を傾げる。

 勿論、スバルの仲間達は、誰もが訝し気な視線を由華の父親である東条光将とうじょうあきまさに向けた。

 というのも、蔦で覆って守るというのは、どう考えてもおかしな話だからだ。


「なあ、一つ聞かせてくれないか?」


「ん? ああ、君が新藤君だね。由華が色々とお世話になってるようだね。それで、何が聞きたいんだい?」


 ――ん? こいつの目付き......笑ってないよな......なんか、うさんくせ~


 笑顔を崩さない光将が透かさず返事をする。しかし、スバルは笑顔の中にある二つの瞳が笑っていないと感じたようだ。

 それでも、スバルは初めの疑問を口にした。


「何から屋敷を守るんだ?」


「何から? あははははははははははは」


 スバルの問いを聞くと、光将は突如として声高らかに笑い始めた。

 その不可解な態度に、スバルは顔を顰めて不機嫌さを露にする。


「何がそんなにおかしいんだ?」


 あからさまに不愉快だと言わんばかりの声色に、光将は笑いを収めると、真面目な表情で逆に問い返した。


「すまないね。少しばかり琴線に触れてしまったものだから、それはそうと、君はこれからどうするつもりなんだい?」


 そう、光将は笑ったことを謝りつつも、スバルの問いに答えることなく、これからについて問うたのだった。

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