第102話 最低最悪?


 見た目は三十後半から四十前半くらいの雰囲気だろうか。

 身長は高めであり、体型的には中年にありがちな中性脂肪など、憎き敵だと言わんばかりに燃焼しつくしたかのようなスリムなスタイルだ。

 ルックスにおいても、ハンサム男優として食っていけそうな程に整っており、それだけでもスバルからすればいけ好かなく感じたようだ。

 そんな無数の『高』が付きそうな男が、スーツを隙なく着こなした姿で立っていた。


「俺がどうするかだって? そんなもんあんたには関係ないと思うが、なんでそんなことを聞くんだ? それ以前に、質問に質問を返すなよな」


 由華の父親である東条光将とうじょうあきまさの何が気に入らないのか、スバルはつっけんどんな態度を見せる。いや、スバルの表情からすると全てが気に入らないのだろう。


 本来であれば、由華の父親である以上、光将はしゅうととなる可能性の高い相手であり、もっと丁寧な対応をすべきなのだが、スバルは何もかもが胡散臭いと感じていたようだ。

 それ故に、礼節を持って対応することを止めたようだ。


「ふむ。君は礼儀を知らないようだね。君の世界では礼儀作法という言葉は無かったのかな?」


 案の定、光将はそんなスバルの態度に不満を感じたようだ。

 少しわざとらしいポーズを決めながら、不平を口にした。


 ――由華と由夢には悪いが、なんかキモいんだけど......こいつ、いったい何なんだ? てかさ、お前も礼儀知らずだろ!?


 スバルはスバルで、光将のキザったらしい仕草を気持ち悪いと感じたようだ。

 オマケに自分のことを棚上げしている光将に憤りを感じたのだろう。スバルは顔を顰めて心中で毒を吐く。


「あのさ、俺の世界だって礼儀作法くらいはあるぜ? たださ、それを使うのは相手に礼儀作法ができてる時だけだぞ。他人をあげつらう前に自分のことを省みるんだな」


「ふっ、なかなか口だけは達者なようだね。まあいい。どちらにしろ、私の行く道に君は不要なようだ。さあ、由華、こっちに来なさい」


 スバルの態度を見て、早くも見切りをつけたのか、先程までの笑顔を微塵も出すことなく、由華に手招きをする。


「えっ!? ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ~、お父さん、何言ってるの? ううん、今日のお父さんってなんか変よ? 何があったの?」


 娘である由華から見ても、光将ちちおやの態度はおかしく見えたのだろう。彼女は手招きに応じることなく問い質した。

 ところが、光将は由華の言及をサラリと躱し、両手を広げて他の者達にも誘いを掛ける。


「何も変じゃないさ。だって、やっとこの国に巣食う悪鬼が居なくなったんだ。これから日本を立て直すんだよ。さあ、君達も私と一緒にこの国をより良くしてこうじゃないか」


 ――こいつ、完全に逝ってるな......頭がおかしいんじゃないか?


 そんな誘いに乗る筈もないと考えたスバルは、その態度から光将を妄想野郎の分類に区分した。

 しかしながら、由華達は奴の言葉に頷くと、ゆっくりと脚を進め始めた。


「お、おいっ! 由華! ナナ、久美子! サクラ、蘭、どうしたんだ!?」


 まるで夢遊病者のように脚を進める仲間を見て、呆気に取られたスバルは、思わず情けない声を上げてしまう。

 それが琴線に触れたのだろう。光将は再び笑顔を作ったかと思うと高らかに笑い始める。


「クククッ、あはははははは。ほら、これが結果だよ。誰も君と一緒に居たくないらしいね」


 ――うっせ! この妄想野郎! いや、それよりも如何したんだ。なんかおかしいぞ......


「由華! どうしたんだ? おい、返事しろ! ナナ、お前まで、なんでみんな返事をしないんだ?」


 悦に入って高笑いする光将を無視して、スバルは仲間に呼び掛けるが、誰一人として返事すらしない。


 ――くそっ、こりゃ、なんかあるな......でも、それが何か......


 無反応な仲間を見て、さすがに何か原因があると感じたスバルは、直ぐに心眼で周囲を確認する。

 しかし、特に異常は見られない。いや、それどころか最悪の展開が訪れた。


「それじゃ、最後の悪鬼を倒すとしよう。みんな協力してあれを倒すんだ」


 ニヤリとした光将は、そう言ってスバルに指を突き付けた。

 その途端、スバルの心眼に鋼線の攻撃が映った。


 ――くそっ、はえ~! サクラの奴、あとでお尻を引っ叩いてやるからな......


 愚痴を零しながら、スバルは即座に障壁を展開するべく地を蹴り、そのまま後方へ飛び退く。

 その行動と同時に障壁が完成し、サクラの断刃だんじんを防ぐが、障壁はその時点で粉々になってしまう。

 次の瞬間、心眼がナナと久美子が放った弾丸を捉えた。


 ――マジかよ! ちっ、めっちゃ厄介なんだけど......


 心中で愚痴を零しつつも、透かさずその場から姿を消す。

 ところが、狭い道が災いして上手く逃げられない。


「こんの~~~障壁シールド!」


 なんとかナナの弾丸は避け、久美子の爆裂を避けるために障壁を展開したが、それも爆発の勢いで脆くも崩れ去る。

 そう、あまりの連続攻撃に、スバルが錬金に集中しきれないのだ。いや、もしかしたら彼女達が敵に回ったことに動揺しているのかもしれない。


 ――拙いな......ここは一旦引くか......いや、それはないな。由華達を置いていくなんて俺には無理だ。


 撤退の二文字が頭を過ったスバルだったが、直ぐにそれを己で拒否する。

 しかし、既に後手後手に回っている状況で、上手い策も思いつかないでいた。


 そんなタイミングで蘭のエア弾が飛来する。


 ――ちっ、こっちから攻撃できないのが拙いんだよな......


 無数に放たれる蘭のエア弾を避けながら愚痴を零すが、その隙間を縫うようにしてサクラの断刃が放たれる。

 それを即座に障壁で防ぐのだが、それが切り刻まれたタイミングで久美子の弾丸が放たれていた。


 ――やべっ、間に合わねーーーーーー!


 素早く宙を蹴って空中へと逃げたスバルだったが、それは少し遅かったようだ。


「ぐあっ!」


 爆風に巻き込まれたスバルが吹き飛ばされる。

 それでも意識を保っていたスバルは、何とか宙で体勢を立て直して着地するが、そこにナナの弾丸が炸裂した。


「いい加減にしないと、本当に怒るぞ!」


 ナナが放った弾丸を右手で叩き落し、怒りを露にしたスバルが何処までも轟くような怒声を鳴らす。

 その瞬間、由華達五人の少女がビクリとし、彼女達の動きが一瞬だけ止まる。


 ――よし、いまだ! 喰らえ! アースクエイク!


 その一瞬の隙を見逃すことなく、スバルは光将に地槍を喰らわす。

 ところが、スバルは驚愕に目を見開く。


「なに!? なんでだ!?」


 そう、光将は足元から突き出された地槍に串刺しとなることなく、地面から突き出した地槍の先に立っていたのだ。


 ――おいおい、もしかして、由華と同じ金剛が使えるってのか? てか、由華の親父が能力者だなんて聞いてないぞ? いや、能力者だとしたら、みんながおかしくなったのは奴の所為か......


 今頃になって、仲間がおかしくなった理由に気付いたスバルは標的を光将に絞るのだが、攻撃を再開した由華達に辟易する。

 飛び跳ね、宙を駆け、障壁を展開などなど、様々な方法で由華達の攻撃を往なしていたスバルだったが、いい加減にウンザリとしたのか、はたまたお仕置きのつもりなのか、怒りの形相で地を蹴った。

 その途端、由華達の立っていた場所が陥没し、一瞬にして姿を消してしまった。

 更には、ご丁寧に蓋までしてしまい、完全に地下牢獄へ閉じ込めた状態にしてしまった。


「よし、由華達はこれでいいだろう。おい! おっさん、俺は無性に怒ってるぞ! ごめんなさいじゃ、済まさんからな」


「ふむ。これほどに力の差があるとはね......少しばかり見くびってたみたいだ」


 地槍の上に立ったままの光将は、スバルの怒声をサラリと躱してしまう。

 しかし、少しばかり拙いと感じているのか、その表情から先程までの余裕が消え失せていた。

 ただ、他にも策があるのだろう。声高らかに飼育係の名前を呼んだ。


「さあ、楓、出番だよ!」


 その途端、屋敷の玄関が開いて一人の少年が出てきた。いや、そのローブ姿とショートパンツの様相は些か少年ぽいが、ほっそりとした脚やその顔の作りからして、どうやら少女のようだ。


「はい! お父様。待ちくたびれましたわ」


 少しばかりボーイッシュな恰好をした少女は、ローブのフードを被ったままニコニコとしながら脚を進めると、ゆっくりと前に出たのだが、そこでスバルは疑問を抱く。


 ――お父様? ん? 由華達の父親なんじゃないのか? いったいどういうことだ?


 お父様と呼ばれて微笑む光将と楽しそうにする楓に、スバルは訝し気な視線を向ける。

 しかし、視線をスバルに移した楓は全く気にした様子もなく、自己紹介をしつつも引導を渡してきた。


「こうやって会うのは初めてですね。私は楓、そう唯の楓。別にあなたに恨みはないけど、死んでくださいね」


「はぁ? そのイカレようだと、お前がその男の娘と言われて納得だが、これはどういうことだ?」


「別にあなたが知る必要のないことだわ」


 楓は問い掛けられた内容を一蹴したが、スバルはそれに憤ることなく不敵な笑みを浮かべた。


「クククッ、まあ、そうだな。お前等はどうせ居なくなる人間だ。それだ誰であろうと関係ないさ。てかさ、お前達が俺に勝てると思ってるのか?」


 不敵な笑みを思いっきり凶悪な表情に変えたスバルが、犬歯を覗かせて毒を吐く。

 すると、何を考えたのか、楓もクスクスと笑い始めた。


「フフフッ、勿論、真面にやって勝てるなんて思ってませんわ。それでもここに居る事実をどう考えているのかしら。まあいいわ。出てらっしゃい」


 楓が声を掛けると、屋敷の玄関から居残り組がゾロゾロと出てきた。

 ただ、その有様を見て、スバルが怒りの声をあげた。


「ユメ! 何をやってんだミケ! 直ぐに放せ! このクソ猫!」


 そう、由華達と同様に、まるで夢遊病患者のようになったミケが、蔦でグルグル巻きにされた由夢を連れてきたのだ。

 もちろん、他の仲間達もミケに劣らず夢遊病的に歩みを進めている。


「フフフッ、さあ、これであなたはどうするのかしら? 勿論、抵抗すればこの女の命は無いわよ? あはははははははは」


 由夢を人質に取った楓は、勝負あったとばかりに、父親に負けず劣らずの高笑いを轟かせるのだった。

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