第50話 みんな被害者?


 現実とは斯くも悲しき世界だろうか。

 淡い希望や夢を簡単に打ち崩す世界。それが現実世界。

 優しさに付け込み、簡単に人を騙し、裏切り、犯し、殺す。

 それも唯の死が訪れる訳ではない。

 隙を見せた途端、まるで猫がネズミを甚振いたぶるかのように、獲物がもがく様を嘲笑いながら身包み剥いでいく。いや、骨の髄までしゃぶり尽くされる。

 それこそ、時には、本当にラーメンの出汁にまでされてしまう世界だ。

 そんな現実の不条理を噛みしめている者がいた。


 ――どうして? あの賢くて優しい新藤君が......夢の中の彼はとても紳士的で理知的な男の子だったのに......


 サクラは目の前の光景に強い憤りを感じていた。

 なぜなら、彼女は夢の中に現れるスバルに心惹かれていたからだ。

 それも、ちょっとだけ甘くエッチなことまで想像していたのだ。

 それ故に、目の前で起こっている光景に心穏やかには居られないようだった。


「いい加減に離れなさい! 時と場所を選んだらどうなんですか!?」


 さすがに、ベタベタするなと言えば嫉妬しているように見えると思ったのか、サクラは言葉を選んで罵った。

 そんなサクラに続き、嫉妬心を露にした蘭が声を上げる。


「いや、それよりも、ちょっとだけ彼氏をオレに貸してくれ! いや、始末する前に少し使わせてもらおう」


「ちょっ! 蘭! 何言ってるのよ!」


 どうも蘭は溜まりに溜まっているらしい。発言の内容が痛すぎる。

 それもあって、蘭に反発する声があがるのだが、それはサクラのものだけではなく、当然ながらスバルに寄り添う由華からも発せられる。


「嫌よ! スバルは私の彼氏なんだから! なんであんたなんかの役に立てる必要があるのよ! てか、何をする気!? まあ、だいたいは想像つくけど」


「彼氏......」


 由華の言葉にサクラが凍り付く。しかし、そんなサクラを他所に、蘭が本音を爆発させる。


「なにって! そんなもん、エッチに決まってるだろ! だいたい、お前達の所為でこちとら緊急出動や待機ばっかりなんだよ。オナ〇ーすらままならないんだぞ!」


「ちょっ! 蘭! 何言ってるのよ! 少しは自重しなさい!」


 余りの発言にサクラが叱責するが、そこへ更なる爆弾が投下される。


「分かった! だったら俺が相手をしてやるから、今回は見逃してくれ!」


「ちょ、ちょ、ちょ、スバル! そんなのヤダ!」


 スバルが蘭の心理を突いた作戦に出たのだが、由華が腕を引っ張りながら必死にイヤイヤの仕草をする。


 由華の心情からすれば、必死になるのも仕方ないだろう。ただ、この作戦は些かどうかと思う。

 だいたい、こんなアホな誘いに乗ってくる者が居るとは思えない。


「おっ! マジか!? いいぜ! 見逃す、見逃すからエッチしようぜ。それに彼女の前でエッチとか燃えるぜ!」


 ところが、世の中とは本当に恐ろしいものだ。物の見事に食いつく者が居たのだ。

 そう蘭は容易くスバルの垂らした餌に喰いついた。

 それも、ここは養殖場か? と思わんばかりガッツきようだった。


「マジでいいのか?」


「ああ、いいぜ! さあ、やろう、やろうぜ! うひょ~楽しくなってきた」


「いや! ダメなの! 嫌なの!」


「由華、すまん。少しだけ目をつむっていてくれ」


 蘭は完全にその気になったようで、黒い制服の上着を脱ぎ始めるが、由華はまるで子供のようにイヤイヤと首を横に振っている。

 ただ、スバルはこれしか脱出方法がないと考えたのか、申し訳なさそうな表情で彼女の頭を撫でる。

 すると、由華も現状を理解しているのか、渋々ながら大人しくなった。ただ、ポツリと告げてきた。


「後で、強力洗浄するからね。それと、沢山してね」


「ああ、いいぜ!」


「最高だ! 逆寝取られシチュエーションなんて、燃えるぜ! うあっ!」


 由華が渋々頷くと、早くも上半身が下着だけになった蘭が吠える。

 ところが、その途端に彼女は宙吊りとなったことに驚く。


「そんなことさせる訳ないでしょ! 蘭もなに脱いでるのよ! バカ!」


 そう、それまで呆気にとられていたサクラが正気に戻ったのだ。


「ご、後生だ! サクラ、今回は見逃してくれ! もう、辛抱たまらんのだ」


 宙づりになった蘭が、サクラの叱責を物ともせずに欲望を曝け出す。


「馬鹿じゃないの! そこまでしてする事じゃないでしょ!?」


「サクラ? 若菜春香じゃないのか?」


 半裸の蘭を宙づりにしたサクラは、容赦なく彼女を罵るのだが、そこでサクラの名前を聞いたスバルが声を上げた。


 ――えっ!? どうして、彼が夢の中の私の名前を知ってるの!?


「いてっ! 降ろすならもっと優しくしてくれよ!」


 スバルの言葉に動揺した所為で制御を失った鋼線が蘭を開放してしまう。

 それと同時に地面に落下した蘭だったが、どうやら身体能力も半端ないようで、猫のようにくるりと身体の向きを入れ替えて着地する。


「ど、どうして、知ってるの? 私の夢の話なのに」


「夢の話? 何のことだ? それよりも、お前も召喚されてたんだな」


 動揺するサクラに、スバルは自分の考えを投げかける。

 その途端、サクラと蘭が頭を抱えて呻き始めた。


「召喚......とても気になる......でも、思い出せない。あ、頭が割れそうに痛い......」


「なんなんだ、このモヤモヤは......ぐあっ、頭が割れそうに痛いぞ! お、おい、お前、何をしたんだ」


「これは、どういうことだ?」


 呻き声を上げるサクラと蘭を見て首を傾げるスバルに、由華が逆に問い掛ける。


「若菜春香って誰? なんのこと? 召喚ってもしかして......」


「そうだ。あのサクラと呼ばれていた女は日本で俺と同じクラスだったんだ。向こうでは連続失踪事件が起きていたんだが、やっとその理由が解った。みんなこの世界に召喚されていたんだ」


「なるほどね。でも、彼女達が召喚されたとは限らないでしょ? だって、由夢が召喚できるのは精々が半年に一回よ?」


 スバルの言葉に納得しながらも、由華は矛盾を指摘してくる。


「確かにな......ただ、よく異世界物である設定だと、空間と時間の歪みなんてパターンがあるけど......」


「なにそれ!?」


「ああ、俺の居た日本とこの世界の間には時空があって、その所為で時間の矛盾が起きるんじゃないかという話だ」


「良くわからないけど、スバルの居た世界とこの世界では時間に違いがあるということ?」


 上手く説明できないスバルと上手く理解できない由華を他所に、サクラがぽつりぽつりと言葉を零す。


「同じクラス......スバル......日本」


 それに気付いたスバルは、苦痛でしゃがみ込んだサクラに問い掛ける。


「俺は新藤スバルだ。覚えてないか同じ中学でクラスメイトだったんだけどな」


「わ、分かるけど......それは夢の話し......」


「夢じゃね~よ。俺達は地球の日本からこの世界に召喚されたんだ。覚えてないのか?」


「地球......日本......召喚......あぅ......頭が痛い......」


「お、おいっ! 大丈夫か?」


 敵を心配するのもおかしな話だが、スバルの言葉を聞いて呻き声を上げるサクラを心配しつつ、一体何が起こっているのかと考える。


 すると、由華が口を開いた。


「もしかしたら、洗脳されてるんじゃないの?」


「洗脳? そんな技術があるのか?」


「かなり悪質な薬らしいわよ。投与すると死ぬ可能性もあるらしくて、一般には知られていない薬よ」


「洗脳か......でも、それしか考えられないな......解除する方法はあるのか?」


「分からないわ。由夢なら何か知ってるかも......」


「そうか......」


 呻き苦しむサクラと蘭を前にして、スバルと由華は洗脳について考えるのだが、気が付くと二人の呻き声が聞こえなくなっていた。


「お、おいっ! 死んでないよな? いてっ!」


 スバルは由華の時と同じように胸に手を遣ろうとするが、透かさずその手を叩かれてしまう。


「こら、どさくさに紛れて胸を触ろうとしないの! もしかして、そうやって私の胸も触ったの?」


「い、いや、俺は心臓の動きを確かめようと......由華の件は......もう時効だろ? 今じゃ沢山揉みまくってるし......」


 慌てて言い訳を口にするスバルだったが、由華は溜息を吐きながらサクラの腕を取った。


「こういう時は脈を取るのよ。首でもいいけどね。というか、なんで私達が敵の容態を確認しなきゃいけないの?」


「まあ、そういうな。彼女達も俺と同じ被害者だ。それにその責任は由夢にもあるんだぞ?」


「それはそうだけど......」


 由夢の名前が出たことで、この状況を作り出しているのに彼女が関係していることを考えたのか、由華はしょんぼりと肩を落とす。しかし、突然、それどころではなくなる。


「居たーーーーーーーーのですね!」


 その声にスバルと由華は一瞬だけ飛び上がるのだがって仰ぎ見る。

 といっても、スバルは心眼で見ているので、振り向く必要は無いのだが――


 そんな二人の視線の先には、ナナを抱えたミケが物凄い速さで走ってくるのだが、その後ろからは物凄い数の人間が追いかけてきていた。


「由華! スバル! 逃げるナ~!」


 とても紛らわしい言葉だが、ミケは早く逃げろと言っているのだろう。


 スバルと由華はそんなミケを見て安心したのか、視線を合わせると思わず吹き出してしまうのだった。

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