第81話 帝都の結末?
女の戦いを据え置きにした由華達は、未だあちこちで炎が踊る駐車場から脱出した。
勿論、ワンボックスカーで逃げ出した訳だが、通路を塞いでいたトラックに関しては、由華が豪快に投げ飛ばしていた。
その辺りから考えるに、実のところ頭を使わない作業が一番適しているのは、由華でないかと思えてくる。
そんなパワーオンリーの由華とスバルの居ないクラッシャーズ一行が、地上へとワンボックスカーで飛び出すと、街は大変な事態になっていた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ~、時計塔が無くなってるじゃない!」
目的地であった時計塔が無くなっていることに、由華が驚きの声を上げると、サクラが信じられないとばかりに声を漏らす。
「それだけじゃないわ。周りの建物がみんな傾いてる......」
「てか、なんか水が吹き出してないか?」
凍り付くサクラの隣では、粉塵と共に舞い上がる水煙を見た蘭が驚きを露にした。
「あれってスバルが健在な証拠だよな?」
「そうですね。スバル君の仕業としかおもえませんから、その通りでしょう」
ずっと険悪な表情を作っていた久美子が、海上都市の中心にある建物の崩壊をまのあたりにして笑顔を取り戻す。
街が崩壊する光景で笑顔を作るとか、どう考えても尋常ではないのだが、クラッシャーズの面々は既に頭も崩壊しているらしい。
その証拠に、北沢も笑顔で久美子に答えていた。
ああ、久美子についてはクラッシャーズのメンバではないのだが、彼女はハンターメフィストをクラッシャーズの下部組織にしてくれとスバルに頼んでいたのだ。
それはそうと、誰もが後方に見える時計塔周辺の崩壊っぷりを興味津々といった様子で眺めていたのだが、進行方向に視線を向けたまま、ピンチを感じている者も居た。
「拙いのですね。完全に渋滞してるのですね。オマケに人まで道路に溢れてるのですね」
そう、突然の崩壊に沢山の人々が逃げ惑っているのだ。
「あっちゃ~、これじゃ車で逃げられそうにないわね......」
ナナの言葉で視線を前方に戻した由華が顔を引きつらせる。
その時、誰もが進行方向へ視線を向ける中、最後まで後方を見ていた御堂岡が警笛を鳴らした。
「拙いぞ! 地割れがこっちに伸びてきた」
「うわっ! 水まで吹き出してるわ。このままじゃ車ごと飲み込まれるわよ。置いて逃げるしかないわ」
御堂岡に続いて、地割れの様子を見た朋絵が大ピンチだとあたふたとし始める。
「ちっ! みんな車を捨てて逃げるナ~」
「えっ!? 逃げちゃダメなの?」
「あう......」
「フフフッ、ミケは相変わらずですね」
「由夢、笑うんじゃないナ~。それにミケいうナ~」
ミケの紛らわしい言葉に、またまた朋絵が混乱する。
それを見て、ミケが微妙な表情を見せると、懐かしさを感じたのか、由夢が堪えることなく笑い声をあげていた。
「とにかく、車を置いて逃げるわよ!」
「だ、ダメなのですね。私のピンクパンサーを置いていけないのですね」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! ミケ、ナナを頼むわ」
「分かったナ~。てか、ミケいうナ~!」
由華は後部座席の由夢を背中に背負い、渋滞で止まってしまったワンボックスカーから外に出る。
ミケも由華の言葉に頷き、透かさず外に出たかと思うと、運転席を開けてナナを連れ出す。
「あーーーーーーん! 私のピンクパンサーーーーーーーー!」
多くの人々が逃げ惑う中、抱え上げられたナナが悲痛な叫び声をあげるが、ミケは気にすることなく突っ走る。
「お、おいっ! 待てよ! 速過ぎるって、俺達は無能なんだぞ!」
「そう、無能なのよ! 無......って、無能って表現は微妙だわ」
由華達の逃げ出す速度についていけない御堂岡と朋絵が、焦った表情で手を伸ばす。
「ちっ、しゃ~ね~な~。ほらよ!」
「グボホッ。オレは怪我人だぞ。もう少し優しくやって――ぐおーーーー!」
「贅沢いうなよな!」
仕方ないとばかりに蘭が御堂岡を肩に担ぐ。
傷の治っていない御堂岡としては、助けてくれるのならもっと丁寧にしてくれと言いたのだろう。
しかし、それを言い終わる前に、蘭が全速力で走り始めた。
「あ、ありがとう。北沢くん......」
「いえ、少し揺れますが我慢してくださいね」
御堂岡と違って、北沢に優しくおぶんされた朋絵は、恥じらいをみせながらも礼を述べる。
すると、やはり紳士である北沢は、他の者と違うのだろう。笑顔で朋絵に注意を促しながら走り始めた。
「う、う、うあぅ......」
ただ、北沢が走る速度も尋常ではなく、その丁重な物言いとは裏腹に、朋絵に恐怖を与えたようだ。
結局は、どれだけ真面に見えても、能力者とは異常なのだろう。
朋絵はその絶叫マシーンのような乗り心地と恐怖に、思いっきり顔を引き攣らせるのだった。
空には黒々とした雲が張り巡らされ、今にも雨、いや、雪が降り出しそうだった。
真冬だけに気温は低く、本来であれば、誰もが自宅に引き篭もりたいと思うだろう。
しかし、地震と洪水に見舞われている海上都市では、既に夜が近づいているにも拘わらず、誰もが我先にと逃げ惑っていた。
「凄い騒ぎね......まるで都市をあげたお祭り並みに人が溢れてるわ」
「それこそ、人が蟻のようなのですね」
「まあ、まだ揺れも収まってないし、家には帰れんわナ~」
未だ揺れの収まらない建物の屋上から、道路を見下ろした由華、ナナ、ミケが感想を述べる。
そう、逃げ惑う者達が多い所為で、上手く走り抜けることができなかった由華達は、建物の屋上から屋上へと伝って逃げているのだ。
「というか、もう道路も見えませんね......どうやら大人の膝くらいまで、水に浸かってるみたいですよ」
「う~~~、寒そう......」
同じように眼下の光景を眺めていたサクラが、既に水没してしまった道路について言及すると、隣で見ていた蘭が、両腕で己が身体を抱いて身震いする。
ただ、そんな蘭の隣では、御堂岡が訝し気な表情で首を傾げている。
「てか、なんで海水がここまで上がってきたんだ?」
どうやら、街が海水に浸かっていることが疑問なのだろう。
確かに、海上都市の海抜はそれほど高くないが、海水で街が沈むような高さでないはずなのだ。
それ故に、御堂岡は現在の事態に疑問を感じたようだ。
ただ、そうなると海面よりも高い筈の街が海水に沈む理由は一つしかない。
「原因は分かりませんが、恐らく、帝都が沈下したんですね」
「原因は旦那様ですね......どれだけ壊せば気が済むのやら......」
在り得る理由を北沢が敢えて口にすると、その原因が自分の夫であると由夢が付け加えた。
その途端、久美子が歯軋りせんばかりの様相で唸り声を上げる。
「だ、旦那様......ぬぬぬっ」
「まあ、まあ、久美子ちゃんも可愛いから大丈夫よ。それより、先を急がないとこの建物も倒れそうよ」
呻く久美子を宥めつつも、足元が更に傾いたのを感じたのか、朋絵はさっさと逃げることを提案する。
「そうね。さっさと移動しましょうか」
朋絵に頷き、由華達は再び移動を始めた。
ところが、街外れまでやってきたところで、由華達は脚を止めてしまった。
というのも、そこからは旧帝都に向かう橋が見えるのだが、街外れの建物からその橋までの間が、完全に東京湾と化していたからだ。
「どうしよう......」
「大ピンチなのですね......」
「この寒空で濡れるのは、ちょっと勘弁だナ~」
海の中から生えているように見える橋を眺めながら、由華、ナナ、ミケが途方に暮れる。
「これって、前門の虎、後門の狼ならぬ、前門の水に後門の海ね......」
「おっ、その諺、どっかで聞いたことがるぞ!」
由華達に続いて、サクラが思わず頭に浮かんだ諺を口にすると、蘭が敏感に反応した。
「それってどんな意味なんだ? って、お、おいっ、まずっ!」
サクラが口にした諺が気になったのか、久美子が尋ねるのだが、その途端に彼女達が立っている建物が海に沈み始める。
「急いで! あっちの建物に飛び移るわよって......えっ!? あう......」
慌てて他の建物に飛び移ろうとする由華だったが、その建物もズブズブと海に沈む光景を見て足を止めた。
「完全に詰んでるのですね......」
ミケに抱えられたナナがジ・エンドだと呟く。
すると、既に暗くなり始めた景色を眺めた由華は、由夢を背負ったまま絶望的な表情となる。
しかし、何を思ったのか、それをすぐさま怒りの表情に変えると、一気に愚痴を零し始めた。
「スバルのバカ! やたらめったら壊し過ぎなのよ! どうするのよ! このままじゃ逃げることすらできないじゃない!」
その愚痴はいつしか大声となり、愚痴どころか罵りの言葉となっていく。
ただ、愚痴を零しても、いくら罵っても、何も改善される訳ではない。
なにせ、由華達の立っている建物は、今尚、海へと向かってズブズブと沈んでいるのだから。
「拙いわ! 拙いわ! 拙いわ......って、もうっ! どうするのよ! スバルのバカーーーー! 責任取りなさいよねーーーーー!」
由華はどうにもならないもどかしさから、ここに居ないスバルに向かって、何とかしろと大声で叫ぶ。
その途端だった。聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ん? なんだ、まだこんなところに居たのか?」
「「「「「「スバルっ!」」」」」」
驚きを露にする仲間達を他所に、海面を走っていたスバルは、軽々と建物の屋上に飛び乗ってきた。
「海面を走ってるし......」
スバルの所業を見た由華が呆れた声を出す。
しかし、スバルは気にした様子もなく由華達に話し掛ける。
「とっくに逃げ出してると思ってたが、まあ、問題なさそうで良かった」
「何言ってるのよ! 問題だらけじゃない!」
「おっ、おおっ!」
久しぶりに由華から責められて、スバルは焦りを見せるが、そこにミケがツッコミを入れる。
「おおじゃないナ~。壊し過ぎだナ~。どうやって逃げるだナ~」
ところが、スバルはそんなことかと口にしつつ、自慢げに建物から海面に向かって飛び降りた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ~! スバル! 何してるの!?」
「ダーーーーリン! 何をする気なのですか!?」
「し、新藤君! 正気?」
「す、スバル! うわ!」
まるで飛び降り自殺かと思うような状況に、由華、ナナ、サクラ、久美子の四人が焦った様子で声をあげた。
他の者も声には出ていないが、驚きの表情を顔に張り付けている。
ところが、次の瞬間、スバルはまるで地上に降りたかのように、海面の上に水飛沫すら上げることなく着水すると、「氷結!」と声高らかに叫びながら水面を蹴った。
その途端、海面はスバルの足元から氷りはじめ、その氷結は、メキメキと激しい音を立てながら橋までの長い道を造った。
「凄すぎるわ......というか、マジで私の彼氏ってカッコ良すぎるわ」
「在り得ないのですね......でも、これこそ私のダーリンなのですね」
「何をどうやったらこんな事ができるんだナ~」
その幻想的な光景に、由華が唖然とした表情で固まる。
その横では、ナナも驚きを露にしていたが、一瞬にして惚れ惚れとした表情で呆け、ミケは自分の眼が信じられないのか、必死に首を横に振っていた。
「新藤君......もう人外だわ......いえ、これはもう神よね」
「すっげ~よ、スバル! 超絶にイカしてるぜ! あたい......もう、完全に惚れた......」
「かっけーーー! スバル、かっけーーーぞ!」
サクラがまるで神の奇跡のようだと口にすると、氷の道に感動したのか、久美子と蘭が恐ろしく興奮した様子を見せていた。
しかし、トリを受け持った由夢が全てを台無しにする。
「まあ、私の旦那様ですから......このくらいは当たり前ですね」
その言葉で、由華、ナナ、サクラ、久美子、蘭の顔が一気に強張る。
しかし、そんな女の戦いなんて全く知らないスバルは、沈みゆく建物の屋上で不穏な空気を作り出す仲間達に、軽い調子で声を掛ける。
「さあ、何をぼやぼやしてるんだ? さっさと逃げるぞ!」
「もうっ! ほんと察しが悪いんだから!」
こちらに手を振ってくるスバルを見て、由華は私の苦労も知らないでと言わんばかりに肩を竦めるが、大きな溜息を一つ吐くと、仕方ないわねと言葉を漏らして氷道の上に飛び降りた。
他の者達も、それに倣うかのように飛び降り始める。
こうしてスバルの由夢奪還および帝都壊滅の幕が閉じるのだった。
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