第75話 剣の塔?


 スバル達が時計塔でセルフフリーフォールを楽しんでいた頃、残りのメンツは地下駐車場でのんびりとしていた。

 場所的には時計塔の近くなのだが、野外に留めなかった理由は、地下の方がもしもの時に戦いやすいと判断したのだ。


 そんな地下駐車場に止めたワンボックスカーの中では、残された面子がどこからか持ち出したトランプでババ抜きをしていた。

 それでも、百曲がりあみだクジで敗れた久美子と蘭は、未だ不満そうにしていた。

 というか、ハッキリ言って腐っていた。

 勿論、ミケは別の意味で腐っているが、ここではいつもと変りない様子を見せていた。


「つまんね~~~の~~~~!」


「くそっ! 超絶退屈だーーーーー!」


 イジケモードの久美子が愚痴を零すと、腐敗した蘭も負けじと不満を露にした。

 しかし、残るミケや御堂岡、朋絵に関しては、戦闘よりも退屈な方がマシだと考えていたようだ。


「いいじゃない。どうせ戦い続けられる訳じゃないんだし、偶には英気を養った方がいいわよ。はいどうぞ!」


「それは言えてるな。てか、お前等は能力があるからいいかもしれんが、俺達は非力なんだぜ? 戦闘になったらイチコロでお陀仏なんだからな。ぐあっ! 朋絵! この婆――」


 朋絵が二人を宥めつつ、手に持ったカードを御堂岡に向ける。

 御堂岡も平和が一番と主張しながら、朋絵の手札から一枚のカードを引き抜く。

 ただ、引いたカードがババだったのだろう。すぐさま悪態を吐くが、婆と口にした途端、朋絵からギロリと睨まれる。

 恐らくは、誰がババアだと言いたいのだろう。

 そんな二人を他所に、久美子と蘭は、英気を養う必要はなさそうだった。いや、間違いなく力が溢れんばかりに余っているのだろう。


「今頃、スバルは暴れまくってるんだろうな~~~」


「いいな~~~、オレも暴れて~~~~!」


 研究所で散々と暴れたはずなのに、未だ満たされない二人は、いつまでもぐちぐちと腐敗していく。

 その途端、ミケが静かにしろというゼスチャを見せる。


「しっ! 何かくるナ~。この音はトラックだナ~。トラックがこんなところにくるかナ~?」


 ミケの疑問に耳を傾けながら、久美子と蘭がカードを放って臨戦態勢を執る。

 二人はこれまでと打って変わった表情を作ると、押し黙ったまま視線を窓の外へと向ける。


 そんな居残り組の乗るワンボックスカーの前に、中型のトラックが耳障りなブレーキ音と共に止まる。

 その途端、荷台から姿を現した軍服姿の者達が、ワンボックスカーに向けて、一斉に鉛玉をぶち込んできた。


 けたたましい音と共に、車に震動が伝わってくる。

 しかし、車を動かして逃げることもできない。

 というのも、車の前をトラックで封鎖されているため、全く動かせないのだ。


 まあ、敵としてはそれを狙っていたのであろうが、実の処、逃げ出そうにも運転席が特殊な所為で、ナナ以外に動かせないというオチだった。

 ただ、ナナが自慢するだけあって、装甲車の防御能力は伊達ではなかったようだ。


「きゃーーーーーー! って、何ともないわね!? なんで?」


「すげ~ぞ! 銃撃を全部弾いてるじゃね~か!」


「こんな見てくれでも、一応は装甲車らしいからナ~」


 敵が放つ鉛玉の嵐を、まるで雨の如く弾くワンボックスカーに朋絵が首を傾げると、御堂岡が零れんばかりに眼を見開いて感嘆する。

 そんな二人に呆れ顔のミケが答えるのだが、それを掻き消すかのように歓喜の声が響き渡った。


「きたきたきた! こういう展開が熱いんだよ!」


「うひょ~~~! やってくれるじゃね~の! ちゃんとお礼をしないとな!」


 まるで最高級の滋養強壮剤でも飲んだかのように、生き生きとした久美子が喜びの声を上げつつ後部ハッチへと向かうと、いらっしゃいませと言わんばかりの笑顔を作った蘭がそれに続いた。


「こ、こら、この中に居れば安心だから、外に出る必要はないナ~」


 後部ハッチから戦場へと向かおうとする久美子と蘭に向けて、ミケが制止の声を上げるが、当然ながら二人がそれを聞くはずもない。


「あんた達は、ここで大人しくしてな! あたいは少し気晴らしに行ってくるよ」


「おう! オレもお客さんの相手をしてくるわ!」


 久美子と蘭は、まるでコンビであるかのように、親指を上げたポーズを重ねると、そそくさと後部ハッチから外に飛び出すのだった。







 スチール製の扉が、原料に戻るかのように溶けていく。

 その有様は、まるで日向ぼっこでもしたアイスクリームのようではあるが、全く美味しそうには見えない。


「もうっ! スバルのバカッ! 死ぬかと思ったわよ!」


「正直言って、もうダーリンとエレベータに乗りたくないのですね」


「はぁ、はぁ、はぁ、走馬燈が見えたわ」


「恐らく、私の寿命は二十年くらい短くなったと思います......」


 綺麗さっぱり溶けてなくなったエレベータ口から、由華、ナナ、サクラ、北沢の四人が不満や愚痴を零しながら出てくる。


「まあまあ、そういうなよ。上手く最下層まで降りてこれたし、ちゃんと勢いは止めただろ?」


 クレームを入れてくる由華達に、スバルは頬を掻きながら謝罪する。


「それでも、きちんと準備してからにして欲しかったわ。今日は下着の替えが少ないんだからね」


「そうなのですね。危うく粗相をする処だったのですね」


「......」


 危うく失禁するところだったと、由華とナナが頬を膨らませるが、なぜかサクラはバツの悪そうな表情で押し黙った。

 勿論、その態度でサクラの心境を察するほどの能力を持っていないスバルは、気にせずエレベータホールを観察するのだが、由華とナナは何かに気付いたのだろう。ニヤリと唇の端を吊り上げる。


「あら? サクラどうしたの? 何か涼しそうな雰囲気だけど」


「ああ、オシメを忘れたのですね」


「ち、違います! 粗相なんてしてません」


 意地悪な表情を作った由華とナナに弄られて、サクラは顔を真っ赤にする。

 さすがに、ここまでくると鈍感なスバルでも察したのだろう。

 ただ、それよりも、由夢の事が気になっているのかもしれない。サクラを庇うかのように、スバルは先に進むことを告げる。


「そんなことよりも、さっさと行くぞ! ナナ、何か潜んでないか探ってくれよ」


 スバルが庇ったように感じたのだろう。由華とナナは頬を膨らませる。

 それでも、由夢のことを思い出しのか、仕方ないとばかりに渋々と頷く。

 ただ、サクラはそれが嬉しかったのか、透かさずスバルの左腕を取った。


「ん? どうしたんだ?」


「ううん! 何でもないの。さあ、行きましょ」


 腕を組まれたスバルは、チラリとサクラに視線を向けるが、彼女は首を横に振って先を促した。

 しかし、こうなると黙っていられない者が居る。

 勿論、スバルの女である由華とナナだ。


「行きましょ! じゃないわよ! なにドサクサに紛れて腕を組んでるのよ!」


 一瞬にして眦を吊り上げた由華が、スバルの右腕を取りながらクレームを入れる。


「え~~~~っ! 私の場所がないのですね。そ、それなら! えいっ!」


 左右をサクラと由華に取られたナナが、まるでモンキーセンターかと見紛う勢いで、スバルの背中に飛び乗る。


「お、おいっ! ちっ、先を急ぐぞ!」


 遊びじゃないんだと言いたそうではあったが、ここで揉めても仕方ないと考えたスバルは、己の想いをグッと飲み込んで脚を進める。


「このまま真っ直ぐ進めば剣の塔に辿り着きます」


 スバル達を微笑まし気に眺めていた北沢は、長い通路の先に視線を向け直して、目的地の場所を伝える。


「ダーリン。誰も居なさそうなのですね。閉心術を使っているかもしれませんけどね」


「確かに、私も何も感じませんね。確か、前回きた時も、巫女様以外は誰も居ませんでしたよ」


 誰も居なさそうだというナナの言葉に、新薬の効果で気配察知が強化された北沢が同意する。


「まあ、一本道で隠れる場所もないから、多分、間違いないと思うけど......それにしても不用心ね」


 ナナと北沢から敵が居ないのではないかと聞いた由華は、頷きつつも不可解だと言いたげな雰囲気だ。


 見るからに無人の通路を一応は用心しながら進むと、そこには大きな観音開きの扉があった。


「確か、ここも認証コードが必要ですが......でも、溶かすなら関係ないですよね......」


 北沢は扉について説明をしていたが、不要だと感じたのだろう。スバルに笑顔を向けた。


 にこやかな笑顔が似合う北沢に、スバルは頷きで返事をすると、透かさず扉を溶かしに掛かる。


融解メルト!」


 観音開きの扉に手を翳し、手慣れな調子で扉を溶かす。

 すると、エレベータの扉と同様に、スライムと化したかのように扉が溶けていく。


「これが......剣の塔?」


「ん~、センスの欠片も無いのですね」


「もっと、神聖なイメージだったんだけど......」


「これじゃ、ただのロケットかミサイルだな」


 想像と全く違ったのか、由華、ナナ、サクラが剣の塔に対する感想を述べると、スバルが見たままを口にする。

 すると、過去にも来たことがある北沢が、その物体についての説明を始めた。


「というか、私も不思議で尋ねてみたのですが、ロケットを流用しているらしいです。その意図は不明ですが、ゴミが言うにはシェルター並みの性能らしいですよ」


「それだけ大切にしてたってこと?」


「きっと、こうまでして横取りされたくなかったのですね」


「カゴの鳥状態で、大切と言われてもウンザリですよね」


 北沢の説明を聞き、由華、ナナ、サクラが思い思いの感想を述べるのだが、いつの間にか怒りを露にしたスバルが声を張り上げた。


「関係ね~。なんにしろ、こんな処に何年も閉じ込めておくなんて、最悪だぜ! さっさと助け出すぞ!」


 誰もがその言葉に頷き、それを見たスバルは、先頭に立ってロケットの中へと突入するのだった。

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