第76話 由夢?


 つるぎの塔などという大仰な呼び名とは裏腹に、近代的な様相をもつ塔――ロケットを前にして、スバル達は揃って首を傾げたのだが、塔の中は、その外観から想像できないほどに畏まった雰囲気が漂っていた。

 というのも、ロケットの扉を溶かしたスバルの前には、神社では当たり前といってよいほど目にする鳥居があり、そこにはしめ縄が掛けられていたからだ。


「なんか、外見と全く違うのね」


「一気に厳めしい雰囲気になったのですね」


「なんか、色合いも紅白だし......それに、あの螺旋階段の造りも、なんかおもむきがありますね」


 由華とナナが朱に染められた鳥居をマジマジと眺めながら感嘆の声を上げると、サクラはロケットの内壁をなぞるように造られた螺旋階段を見上げる。


「うんなもん、かんけ~ね~よ! どんだけ神聖に感じようが、所詮は人を閉じ込めてる檻じゃね~か。ユメを助けたら、こんなもん、ぶっ壊してやる」


 天照大神の神話を知っているとは思えないが、由夢を閉じ込めている場所だというだけで気に入らなかったのだろう。

 スバルは鳥居としめ縄を見て、あからさまに憤りを露にすると、螺旋階段を上り始めた。


「確かにスバルの言う通りね。早く由夢を助け出さなきゃ」


 スバルの憤りに驚きつつも、嬉しそうな表情を作った由華が後に続いた。

 恐らくは、スバルが由夢のために怒ってくれたことが嬉しかったのだろう。


「そうですね。こんなところから、さっさと開放するのですね」


 真剣な表情で頷くナナも、直ぐに螺旋階段を上り始める。


「私もここで召喚されたのかな?」


 全てではないものの、召喚について聞かされたサクラが、少し不安を見せながらその後に続く。


「こんなくだらないことは、二度と起こしてはならないですよね」


 日本の未来を憂う北沢は、神妙な表情を作ると、力強く螺旋階段に足を踏み出した。


 想いは様々なれど、由夢を助けるという同じ目的を持って螺旋階段を上り詰めると、そこには朱に染められ、金で縁取りされた豪華な扉があった。

 それは見るからに厳かで神聖な雰囲気を醸し出していたのだが、スバルは気にすることなく、これまでと同じように溶かしてしまうと、勢いよく中へと飛び込んだ。


「ユメ! 助けにきたぞ!」


「由夢! どこ!?」


 スバルに続き、由華も嬉しそうな表情で声をあげる。

 しかし、しんと静まった薄暗い部屋には誰も居ない。

 それどころか、待ちに待った由夢の姿もない。


「あれ? 由夢、どこなの?」


「おかしいな~。剣の塔に居るって言ってたんだけど......」


 一気に表情を曇らせた由華を見て、スバルは首を傾げながら室内を心眼で見渡す。


 室内はロケットの中だけあってそれほど広くなく、精々が二十畳程度で、ワンフロアを使っている割には手狭な空間だった。

 その部屋には、家具らしき物はなく、中央の床に魔法陣のような幾何学模様が描かれているだけであり、凡そ人が暮らしているような場所ではなかった。


「北沢さんがきた時は、ここに由夢が居たんですか?」


「はい。巫女様はここで儀式をされてました。ただ、あの時は召喚が上手くいかないとかで、誰も転送されてくることはなかったです」


 由夢の姿がないことに、表情を硬くした由華が、ここに来たことがあるという北沢に尋ねるが、どうやら彼も詳しいことは知らないようだった。



 その後もスバル達は無人のフロアを歩き回りながら、壁や床を確認するのだが、手掛かりとなるようなものは見つけられない。

 しかし、次の瞬間、ずっと目を閉じていたナナが口を開いた。


「上なのですね。その壁にボタンが隠されてるのですね」


 謎は解けたとばかりに、自慢げなナナが壁の一点を指さす。


「ん? ここか? てか、どうやって見つけたんだ?」


 壁に隠された開閉ボタンを見つけたスバルが、訝し気な視線をナナに向ける。

 すると、ナナは「えへへ」と舌を出した。


「実は由夢が教えてくれたのですね。というか、私と由夢はお互いが読心能力を持ってるので、ある程度の距離に近づけば、声を出さなくても会話できるのですね。ただ、上にくるのはスバルと由華だけにして欲しいらしいのですね」


「だったら、早く言えよな~! 焦ったじゃね~か」


「そうよ! ナナのバカ!」


「久しぶりの会話で、ちょっと、話し込んでたのですね」


 ナナの説明にスバルと由華がクレームを入れるが、彼女はバツが悪そうに、舌をペロッと出したまま、自分の頭をコツンと叩く。

 ただ、彼女の説明で、スバルは由夢と交渉した時のことを思い出した。


「ああーーーーー! ユメって、ナナと一緒で読心能力があるのか? それじゃ、あの時の交渉は......詐欺じゃね~か!」


 上手く嵌められたと考えたスバルは大きな声を上げれるが、そこでナナがそれを否定した。


「いえ、違うのですね。由夢が『夢現し』をするときは読心は使えないのですね。彼女の読心の範囲は私よりも狭いのですね。それよりも由夢が遅いって怒ってるのですね」


「うあっ! やべっ!」


 由夢が怒っていると聞いて、スバルは慌てて壁の開閉ボタンを押す。

 すると、天井から丸い筒が降りてくる。その中には小さな螺旋階段があり、上階へと上れるようになっていた。


「それじゃ、ちょっくら行ってくるわ」


「私も! 由夢!」


 螺旋階段が降りきったところで、スバルと由華は急いでそれを上り始める。

 そんなスバルと由華を見て、ナナは彼等に見えない角度で、クスクスと笑い始めるのだった。







 上階は下のフロアよりも更に暗く、暗視能力のない由華は、すぐさまスバルに縋りついた。

 心眼のお陰で暗闇を気にする必要のないスバルは、上階に辿り着くと、部屋の中央に置かれたカプセルに気付く。


「ユメ、そこに居るのか?」


「暗くてよく見えないけど、そのカプセルに居るの?」


 スバルが由夢に声を掛けると、由華もそれに続いて心配そうな声を出す。

 しかし、全く返事がない。


 返事がないことに眉を顰めたスバルだったが、縋り付く由華をそのままに、カプセルへと脚を進めた。

 そして、カプセルに填め込まれたガラスの中を覗いて驚きの声を漏らした。


「ゆ、ユメなのか? だ、大丈夫なのか? 直ぐに出してやるからな」


「えっ!? どうしたの? 何があったの?」


 暗くて何もわからない由華は、スバルが動揺しているのを感じ取り、慌てて声を上げる。

 ただ、カプセルの中の由夢に意識を奪われているスバルは、それに応じることなく、カプセルのロックを溶かし始めた。


 というのも、カプセルの中で横たわる由夢の姿は、スバルの夢の中に出てきた状態とは全く異なっていたからだ。


 そう、現在の由夢の姿は、その可愛らしくも美しい面影を残しつつも、頬はコケ、巫女服の袖から見える腕は、拒食症患者のように痩せ細り、まるで末期状態の病人にしか見えなかったからだ。


「ユメ......遅くなってすまん......」


 カプセルのロックを溶かし、上部の囲いを開けたスバルは、由夢の傍らに跪きながら涙を零した。


 そう、由夢のあまりの姿に、スバルは己の気楽さを呪っていた。そして、心底後悔したのだ。


「こんなに痩せちまって......俺がもっと早くこれたら......」


 由夢の腕に刺さるチューブをゆっくり抜きながら、スバルは顔を歪め、両頬を涙で濡らす。

 すると、由夢の腕が静かに動き、スバルの頬を力無く撫でる。


「ユメ! すまん......」


「やっと来てくれたのですね、旦那様。ちゃんと迎えに来てくれましたし......遅くなったことは許しますけど......」


 スバルが自分の頬に当たる由夢の手に優しく手を重ねると、彼女は夢で出会った時とは打って変わった擦れた声で許しを与えた。

 ただ、どうも歯切れが悪かった。

 それでも、スバルは由夢のやせ細った顔が優しく微笑んでくれたことで、胸を温かくする。

 そんなスバルの隣から、妹を気遣う由華が声を発した。


「ゆ、由夢なの? 見えないけど、由夢が居るの? 今の声は由夢なの? 大丈夫? 由夢! 私よ! 由華よ!」


 スバルと由夢の会話が聞こえたのだろう。由華が心配そうな声色で自分の存在を伝える。

 しかし、由夢はそれに答えず、唐突にスバルの頬をつねった。


「い、いたっ! ゆ、ユメ、ど、どうしたんだ!?」


 突然、抓られたことで慌てるスバルが声を上げると、由夢の擦れた声に怒りが篭った。


「姉さんを完全に落としたみたいですね。それに、ナナも......他にも沢山......私が知らないとでも思ってますか?」


「う、うっ!」


「あ、あう......」


 スバルの頬を力無い手で抓ったまま、由夢はスバルの女癖について苦言を零し始める。

 これこそが、ナナがクスクスと笑っていた理由なのだ。

 そう、スバルと由華は、やっと助け出した由夢から延々と説教をされることになるのだった。


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