第89話 無法三兄弟?


 スバルが御殿とも呼べそうな屋敷の前で戦っていた頃、香の匂いが漂う御簾の間は騒然となっていた。


「どうなっておるのだ! 血筋の者でも防げぬのか」


「ちっ! 九文の奴、面倒なことを......」


「おいっ、口を慎まぬか!」


「奴は一族から飛び出した者、何を気にする必要があるか」


「それはそうと、これは拙いことになりましたぞ」


 皇主からすれば左手側であり、皇主の御簾を正面として見れば右側となる御簾からは、年配と思われる男達の声が上がる。

 ところが、皇主は未だ黙したまま、何かを考え込んでいるようだった。

 屋敷の外から喧騒が聞こえる中、そんな皇主の態度が気に入らなかったのか、一族の者達が更に騒ぎ立てる。


「このままでは、ここも拙いのではないか」


「しかし、血筋の者でダメならどうすれば良いのだ」


「奴等を追っ払えるものか......誰かおらぬのか」


「み、帝、どうなさいますか」


 烏合の衆とも呼べそうな者達は、好きなだけ騒ぎ立てた挙句、最終的に皇主へと丸投げした。

 その様子を見て、左側の御簾に座る寧々ねねが心中で蔑みの視線を向けていた。


 ――はぁ......本当に無能な人達......私のことを使えないとか言うけど、あなた達が一番使えないですよね......


 先程、散々と罵声を浴びせられた所為か、御簾でその姿を見ることのできない男達を罵る。


 ただ、その間も皇主は一族の者達が発した言葉を無視して、何やら黙考し続けている。

 その態度をどのように受け止めたのかは分からないが、右側の御簾の者達も押し黙ってしまった。

 それ故に、外の喧騒は聞こえど、御簾の間はいつものような静寂に包まれてしまう。


 そんな折に、その静寂を打ち破るかのような足音が響き渡った。

 その力強くも乱暴な足音はしだいに近づいてくる。

 ただ、その足音は一つではなく複数のものであり、誰もが敵の侵入だと感じたのか、聞く者の平常心を揺るがしたようだ。

 しかし、恐れ戦く者達が逃げ出す間もなく、それは直ぐに御簾の間へと辿り着いた。

 そして、その闖入者の姿が露になった途端、御簾の間には安堵の息が漏れ出た。

 なぜなら、それはその場の誰もが知っている者だったからだ。

 ところが、その闖入者は御簾の間に入った途端、大きな声でがなり立てた。


「今更、オレに何の用だ!?」


「ちっ、相変わらず辛気臭い場所だな」


「養老院かっつ~の」


 足音の主である三人の若者は、御簾の間に入るなり顰め面で罵り声を上げる。

 すると、これまで黙考していた皇主が声を発した。


「遅かったではないか、風樹ふうき!」


「うるせ~! オレ達のことを閉じ込めやがって! ぶっ殺してやるぜ、この糞爺」


「それがいいぜ、兄貴。さっさとぶっ殺して街で暴れようぜ」


「だけどさ~、炎兄、力が使えないじゃ、ぶっ殺しようがないよ」


 三人の若者は皇主に向かって毒を吐き出すのだが、御簾の中の者達は誰一人として若者達を諫めたりはしない。

 恐らくは、その行為が自分の寿命を縮めることを理解しているからだろう。

 ところが、何を考えているのか、皇主は彼等の罵声を気にすることなく話を続けた。


「相変わらずじゃのう。それよりもじゃ、外が騒がしいと思わぬか?」


「うっせ! そんなこと、どうでもいいんだよ! さっさとオレ達に掛けた封印を解きやがれ!」


「解いても良いが、ひとつやって欲しいことがあるのじゃ」


「しるか! さっさと封印を解けよな! さもないと撃ち殺すぞ! この糞爺!」


 三人の中の年長と思わしき風樹が正面の御簾に黒光りするオートマチック銃を突き付ける。

 すると、周囲からはざわめぎの声が上がるが、皇主は全く慌てる様子もなく、乾いた笑い声をあげた。


「カカカカッ! そんな物をどこで仕入れてきたかは知らんが、何の意味もないのう」


「うっせ!」


 皇主の物言いが気に入らなかったのだろう。風樹は躊躇することなく引き金を引き絞った。

 その途端、御簾の間に耳をつんざくような銃声が何度も鳴り響き、風樹が持っている銃の先からは硝煙が上がる。

 しかし、彼が立て続けに撃ち放った弾は、正面の御簾の前で止まっていた。

 そう、まるで透明の膜で受け止められたかのように、宙に浮いているのだ。


「ちっ! この妖怪爺が! くそっ!」


「兄貴、まずいぞ......」


「ち、力さえ使えれば......」


 風樹が罵声を吐きつけると、続けて弟達が焦りの色を見せる。

 そんな兄弟に、皇主は楽しいと言わんばかりの声色で提案を続けた。


「少し大人しく聞くのじゃ。遣って貰いたいことは大したことではない。表の者達を片付けて欲しいのじゃ。その代りにそれが上手くいけば、お前達を自由にして遣ろうぞ。勿論、封印も解く」


「はんっ! お前等の子飼いになるつもりなんてないんだよ! こんな古臭い一族なんて真っ平だっての」


「先走るでない。誰も子飼いになれなどというてはおらん。ワシは自由にしてやるというたぞ?」


「爺、マジか? いや、そんな口約束なんて信じられん」


「ふむ。まあ、孫に嘘など言わぬが......ならば、お前の願いを許すのじゃ」


「ま、マジか!? それはあれだぞ?」


 皇主から願いを許すと言われた風樹が、透かさず左側の御簾に指を突き付ける。


 ――えっ!? 私? ま、まさか......それは、それはちょっと勘弁して欲しいです......


 自分に指差されていると感じた寧々が驚きを露にする。というか、即座に嫌そうな表情を作った。

 しかし、皇主は優し気な声を発しながら、寧々に指を向ける風樹に頷いた。


「分かっておるのじゃ。お前がワシの頼みを聞いてくれるのなら、くれてやるぞ?」


「あ、兄貴、騙されてるんだ。爺の口車に乗るなよ!」


「でも、炎兄、このままだとまた牢屋に戻されるんじゃ?」


 甘い香りを漂わす皇主の言葉に、風樹は渋面となって考え込むが、次男の炎樹が即座に惑わされるなと忠告すると、三男である雷樹が一番拙い展開を口にする。


 悩み始めた三兄弟を見て、皇主はニヤリと笑みを作るが、勿論、御簾に遮られている所為で見えることはない。


「さあ、どうするのじゃ?」


「わ、わかったよ! その代り、約束を破ったらここに居る奴等を一人残らず始末するからな」


「兄貴!」


「風兄!」


 風樹が悩んだ末に結論を出すと、炎樹と雷樹が驚きの表情を作る。

 しかし、風樹は渋る弟達を宥め始めた。


「仕方ない。このままだと、また牢屋だしな」


「確かに......そうだけどさ......」


「まあ、寧々は可愛いし、仕方ないよね......僕はゆいの方が好みだけど......」


 弟達も仕方ないと感じたのだろう。最終的には渋々ながらも頷いた。


「うむ。まあ、約束を違えたりはせぬのじゃ。よし、封印を解くのじゃ。ほれ! ゆい、封印を解いてやるのじゃ」


「はい。皇主様」


 風樹達の封印を解くべく、皇主が左側の御簾に向けて声を開けると、寧々の並びに座る結と呼ばれた少女が返事をする。

 それに続いて、彼女は何やらブツブツと念じ始めた。

 そんな結の念仏のような呪文が終わった途端、御簾の間に突風が吹き荒れた。


「きたきたきたきたーーーーーーーー! 戻ってきたぜ! オレの力が!」


 風樹が力を発動させたのか、物凄い風が吹き荒れ、御簾がズタズタに切り裂かれていく。

 ところが、なぜか皇主が居る御簾だけは微動だにしていなかった。


「ちっ、やっぱり妖怪だな......アレと今戦うのは得策じゃなさそうだ......」


 自分の能力が生み出した影響を全く受けていない御簾を見て、風樹は渋い表情で独り言を口にする。

 ただ、弟達も力が戻ったことで、兄の独り言どころではなかったのだろう。

 炎樹は掌に炎を灯し、雷樹は体に電気の蛇を纏わりつけていた。


「久々の感覚だぜ! サイコーーーーーーーー!」


「うん、僕の雷蛇らいじゃも久しぶりに出てこれたお陰で嬉しそうだよ」


 弟達も力の出現を見て嬉しそうにしているのだが、そこに皇主が割って入った。


「うむ。では、表の不埒者の処分を頼んだのじゃ」


「ちっ、しゃ~ね~」


 風紀は渋面を作りつつも、視線をボロボロとなった左側の御簾へと向けると、寧々に向けて声を発した。


「寧々、直ぐに戻ってくるから、待ってろよ」


 ――絶対に嫌です......というか、無法三兄弟になんて負けませんよね? 破壊神様。どうや奴等を片付けてくださいまし......


 ニヤリとする風樹の言葉を聞き、寧々は真っ平ごめんとばかりにそっぽを向くと、破壊神に祈りを捧げるのだった。

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