第91話 油断は思わぬ幸せ?


 スバルよりも少し幼く見える雷樹が、声高らかに右手を突き出す。


「さあ、感電してよね! 雷蛇いけ!」


 ビリビリと耳障りな音を立て、雷樹の腕に絡みついていた光の蛇が、その途端、宙を踊るように舞い、由華達に向けて襲い掛かる。


「喰らうか! 爆裂!」


 瞬時に拙いと判断したのだろう。久美子は光の蛇が踊る射線上で爆裂を炸裂させた。

 すると、光の蛇は散り散りとなって霧散した。


「ちっ、やるじゃないか。でも、まだまだだね」


 自分の攻撃を無効化された雷樹は、歯噛みしながらも即座に新たな光の蛇を放った。

 しかし、そこで己が身に危険が迫っていることを直ぐに察知したのだろう。すぐさま自分を隠すように光の膜を作り上げた。

 その光の膜は飛来する弾丸を瞬時に絡め取る。


「まったく油断も隙も無い。あんな幼女にやられたなんて、恥ずかしくて生きていけなくなるからね」


「誰が幼女なのですかね。この坊やはお仕置きが必要なのですね。というかあの世に逝かせるのですね」


 手を休めることなく弾丸をお見舞いしながら、ナナが眦を吊り上げて毒を吐く。

 しかし、残念ながらその攻撃は全て光の膜に絡め取られてしまう。


「あの膜......厄介なのですね。私の膜と同じくらい要らないのですね」


 ナナは自虐的な発言を口にしながら、自分の攻撃が役に立たないと感じて歯噛みする。

 そんなナナの様子が琴線に触れたのか、雷樹がニヤリとする。

 ところが、次の瞬間には爆発に巻き込まれる。


「油断大敵だって教えて貰わなかったか!?」


「ぐはっ! うっぷ! ぺっぺっ! 畜生、あの爆発女......ぐあっ!」


 自慢げに口元を吊り上げる久美子から爆裂を喰らって、雷樹はその場を離れながら悪態を吐くのだが、その隙を狙われる。

 そう、ナナが放った弾丸が頬を掠めたのだ。


「くそっ! 厄介な奴等だな」


「ちっ、仕留めそこなうとは......私もまだまだなのですね」


 光の膜が爆散したタイミングで狙いを付けた所為で、ナナの射的は完全に的を外していた。

 だた、爆散の勢いなのか、光の膜に弾かれたのか、跳弾となった弾が雷樹を襲ったのだ。

 それを頬に受けて、怒りを露にする雷樹だったが、すぐさま後方の気配を悟って顔を顰める。


「ぶっ飛びなさい! あっ、避けられちゃった。てか、思ったよりも速いわね」


「くっ、ウザい女だな! こんな女のどこがいいんだ?」


 後に回り込んだ由華が、上手い具合に攻撃を仕掛けたのだが、瞬時に避けられてしまう。

 ただ、由華の攻撃はある意味で役に立っていた。


「喰らうのですね!」


 そう、由華に気を取られた隙に、ナナが的を絞ることができたからだ。


「くそっ、こうなったら奥の手しかないじゃん。雷装! 伝雷!」


 ピンチだと感じたのだろう。雷樹が能力の発動ワードを唱えると、次の瞬間に彼は光の膜に覆われていた。いや、光のオーラを発しているように見えた。

 その姿は、どう見ても完全にスーパーサ〇ヤ人だ。


「マジなのですか......由華並みに硬いのですね......」


 ぶち込まれた弾丸を跳ね返した雷樹を見て、ナナが嫌そうな顔で愚痴を零す。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ~、硬いとか言わないでよ! うあっ! うぐっ......」


 ナナの物言いにクレームを付ける由華だったが、雷樹から放たれた電撃に打たれて跪く。


「「由華!」」


 動けなくなった由華を見て、ナナと久美子が声を上げた。

 しかし、雷樹は気にすることなく舌なめずりしていた。


「これを喰らって生きてるんだ? 凄いね~。じゃ、モロに喰らったらどうなるかやってみようか」


 ――くっ、身体が動かないわ......どうしよう......


 容赦なく右手を上げる雷樹に、由華は絶体絶命のピンチだと感じたのだろう。蒼白となった顔に焦りの表情を浮かばせる。


「まずは、一匹っ!」


 嫌らしい笑みを浮かべた雷樹が腕を振り下ろした。


「「由華ーーー!」」


 雷樹から放たれた極太の雷を見たナナと久美子が悲痛な声を放つ。


 ――だめっ! あぅ......スバル......


 これがスバルとの別れだと本能で感じたのか、由華の脳裏には彼との楽しかった出来事が走馬灯の如く次々に映し出される。

 それは瞬間ともいえる時間であっただろう。しかし、由華には、とても長い時間に感じられたようだ。


 ――ああ、そういえばあんなこともあったわね......あの時は私が散々殴っちゃったのよね......ごめんね......スバル、大好きよ......


 由華は沢山の思い出に幸福感を抱きながら、スバルに今生の別れを告げる。

 しかし、いつまで経っても雷撃は襲ってこなかった。

 その代り、今生の別れを告げた最愛の男の声が耳に届いた。


「由華! しっかりしろ! こんぐらいで諦めんなよ!」


 スバルの叱咤を耳にして視線を上げると、目の前には大きな壁が出来上がり、雷樹の姿は何処にもなかった。

 ただ、それだけではなかった。すぐさま強く温かな感触が自分を抱き上げたのを感じて驚きの声を上げてしまう。


「うきゃっ! えっ!?」


「気合をいれろよ! 生半可じゃ通用しないぞ」


「う、うん。ありがとう......スバル」


 その大きな瞳を見開く由華に、スバルが気を抜くなと小声で囁く。そんなスバルを見て、由華は瞳を潤ませながらも、コクりと頷く。

 その光景は、まるで愛を語らい合う恋人同士のひと時のようだ。しかし、そんな甘い時間をいつまでも許してくれる気は無いらしい。


「お~お~、戦闘中にラブシーンかよ! 余裕じゃね~か! くそムカつく!」


 由華をお姫様抱っこするスバルに、風樹が眦を吊り上げて悪態を吐く。

 それでもスバルの不敵さは陰ることはない。


「お前の相手なんて、周りをフォローしながらでも簡単に出来るぞ? まあ、俗に言う楽勝ってやつさ」


「ぬぐっ! 言わせておけば......このガキが! クタバレ!」


 こめかみをピクピクとさせた風樹が、怒りのままに両手を振るう。

 次の瞬間、スバルは光の如き速さでその場から消え去る。


「おせ~よ!」


「くっ、はえ~~! なんだ、このガキは......本当に養殖か?」


 瞬時に姿をくらましたスバルに、風樹が愚痴を零す。

 それでも、風樹はすぐさま追い打ちを掛けようとするのだが、そこで末弟からの声が聞こえてきたことで、眉間に皺を刻んで舌打ちをする。


「風兄~! 出して~~~」


「ちっ、なんて厄介な奴なんだ......ほら! 雷樹! 出してやるからしゃがんでろ!」


 スバルは由華を守るために壁を作った訳ではなかったのだ。

 そう、雷樹を土の箱に閉じ込めたのだ。


 風樹は両手を振ると、その土箱の上部を粉々に切り裂いた。


「ふっ~! あのまま押し潰されたらヤバかったよ......」


「お前も気を抜くなよ。あのスバルとかいうガキ、恐ろしく厄介だからな」


「りょ~か~い。でも、あれの相手は風兄の役目じゃ?」


「うぐっ......」


 雷樹を窘めた風樹だったが、逆に遣り込められて呻き声を漏らす。


 そんな風樹と雷樹を他所に、スバルはナナと久美子の居るところに移動していた。


「ほれっ! あの様子だと雷使いっぽいからな、接近戦は拙そうだぞ。由華はフォローに回れ」


「う、うん。分かったわ」


 由華を降ろしたスバルが、的確な指示を送ると彼女は悔しそうに頷く。

 ただ、由華よりも悔しそうにする者達も居た。


「いつも由華ばっかり......ずるいのですね。その無駄にデカい胸を切り落としたいのですね」


「う、羨ましい......あたいもやられたら助けて貰えるのかな......」


 ナナが白眼を由華に向けて毒を吐くと、久美子も眉間に皺を寄せ、とんでもないことを口にする。


「おいおい、ワザとやられるなんて止めてくれよ! それよりも雷使いは厄介そうだ。連携しないと本当にやられるぞ?」


 ナナの態度は何時ものことなのでスルーしたのだろう。スバルはヤバイ考えを抱いている久美子に釘を刺した。


「わ、分かってるよ......連携......うん。やってみるよ」


「よしっ! それならあのガキの相手は任せたぞ。俺はあのオッサンを片付けるからな」


 久美子が頷くのを見て、スバルが笑顔を向ける。

 それを見て、久美子のみならず由華やナナも力強く頷き返した。


「じゃ、行ってくるぞ!」


 三人の瞳に力強さが戻ったのを感じて安堵したのか、スバルは軽い足取りで風樹に向かっていった。

 そんな頼りがいのあるスバルの姿を見送り、三人の少女達はポ~っとした表情で溜息を吐く。


「自分の彼氏ながら、めっさカッコいいわ......」


「も~、ダーリンは最高なのですね」


「くそかっちょえ~。あたいは絶対に彼女になるからな」


 今更ながらに惚れ直したと言わんばかりの由華とナナは、久美子の発言を聞いた途端、その端整な眉を吊り上げて、そんなことは断じて許さんと騒ぎ始めるのだった。

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