第23話 新たな決意?


 そこは暗い部屋ではあったが、ほのかな明かりが灯されていた。

 更には、油臭さを押さえるかのように、アンティークな匂いを漂わせる香がかれている。

 その中でうごめく生き物の姿は、この世のものとは思えないほどにおぞましい光景だと述べても過言ではないだろう。

 それは、同性愛、男色、ゲイ、ホモ、等々、様々な言葉で表現される光景ではあったが、決してBLとではないと言っておこう。

 なぜなら、そこで前途ある好青年を食い物にしているは、脂ぎった中年の男であり、間違ってもボーイズではないからだ。

 それ故に、その行為を敢えて表現するならガマガエルの交尾だ。


 そんな悍ましく悲しい情事の最中に、あたかもいい加減にしろとでもいうように携帯の着信音が鳴り響く。


「ちっ! ムードが丸潰れだ」


 食い物にされている好青年からすれば、決してムードなんて存在しない状況なのだが、外道そとみちという名の総理大臣は愚痴を零しつつも、枕元の携帯電話に手を伸ばす。

 そういう意味では、彼は己の地位に執着していると言えるだろう。

 というのも、どんな時でも、苦言を漏らしながらでも、緊急性を考慮して必ず電話には出るからだ。

 しかしながら、今回の話の内容は彼を激怒させるものだった。


「なんだと!? 失敗しただと!? 全滅? 全滅だと!? それで奴等はどうなってる」


 言葉を荒げる外道に、通話の相手が首をすぼめたであろうことが予想できる。


「逃げた? モノレールの爆破? なんてことだ! おい、お前、覚悟しておけよ」


 今頃、通話の相手は逃げ出したい心境に違いない。それでも、この後の展開に望みを託しているのだろう。いかる外道を相手に話を続けていた。


「それで、知事はどうなってる。はぁ? 消息不明? くそっ! どいつもこいつも使えない奴等ばかりだ! 直ぐに緊急手配しろ! あと、お前の話からすると、一般兵では如何にもなるまい。仕方ない黒影こくえいを使え! あぁ? ワシが許可を出すんだ! 文句なんて言わせん! ああ、それで頼むぞ」


 忌々し気に通話を切りながら外道がキングサイズのベッドへと腰かける。


「本当に使えない奴等ばかりだ......このままでは......」


 彼はベッド脇に置かれたグラスへ手を伸ばし、中に入っていたブランデをがぶ飲みしていると、再び携帯が薄暗い部屋の中で着信音を鳴り響かせる。


「ちっ! 今度は誰だ!」


 悪態を吐きながらも着信画面を確認した外道の表情が強張る。


「もしかして、今回の叱責しっせきか?」


 思わず、そんな事を口にしつつも着呼すると携帯を耳に当てた。


「は、はい。はい。そのように。はい。お伺いさせて頂きます」


 その姿は、先程までと打って変わって低姿勢なものであり、その狼狽うろたえように、横たわる若者が思わず埋めていた枕から顔を上げたほどだった。


 そんな外道が通話を終わらせると、ベッドへ向かって携帯を投げ飛ばしてきて、若者は驚くことになる。


「いつまで転がってるんだ! 出かけるぞ! さっさと支度しろ!」


「は、はい!」


 外道の剣幕に、若者はぎこちない動きで尻を庇いながら起き上がるのだった。







 パニックとはこのことだろう。

 スバルは周囲の光景を目にして、そんな思いに駆られていた。

 というのも、デパートでショッピングを楽しんでいた者達。見栄や財布を気にする客におべっかを使って必死に物を買わせようとしていた従業員。どちらも我先にと悲鳴を上げながら逃げ出しているからだ。


 現在の状況を考えれば、それも致し方ない事だと思える。

 そう、その突然の出来事は、このフロアにいる客と従業員にとって、命に係わる一大事なのだ。

 こけた客を助け起こすことなく、それを路傍ろぼうの石かのように踏みつけていく従業員を眺めつつ、スバルは納得の表情となる。


「こんなもんだよな。世の中って。まあ、命に勝るものなしといった処か」


「なに呑気にしてるのよ! 敵が来たんだからね。さっさと迎撃しないと!」


 まるで詩人にでもなったかのように、現在の状況に対する感想を口にしたスバルへ、由華が透かさずツッコミを入れるのだが、彼は大して気にした様子もなく返答する。


「いやいや、だって、機関銃はモノレールの中に置いてきたし、拳銃が二丁あるだけだぞ? これじゃ、大して役にも立てないだろ?」


 すると、それを耳にしたナナが割って入った。


「私も弾切れなのですね。今回は由華とミケが頑張る番なのですね」


「ちょっ、ちょ、あんた達、それでよく由夢を助けに行くなんて言えたわね」


 ナナの言葉にすぐさま由華が文句を述べるが、そこでスバルから場の空気を読まない発言が飛び出す。


「お前達にぶち込む弾は満タンだからな。いつでもいいぞ!」


「なななななな、何を言ってるのよ! 私達をはらませる気!?」


 その言葉を聞いた由華が、頬を染めつつ慌てた様子で抗議する。

 しかし、どうやらナナは違ったらしい。


「二人はダメですけど、私にならどれだけぶち込んでもいいですね。というか、私の中をダーリンの弾で満たして欲しいですね」


「ちょっ、ちょ、何言ってるのよ! 幼児の身体でそんな事なんて出来っこないでしょ! いたっ! ちょっ、すねを蹴らないでよ」


「幼女って言ってはダメなのですね。次に言ったら、その二つの脂肪を切り落とすのですね」


「クククッ」


「こ、こら! スバル! 何笑ってるのよ」


 禁句を口にしたことで由華がナナから脛を蹴られ、スバルはそれが可笑しくて笑っていた。

 そんな三人を眺めつつ、ミケは溜息を漏らす。


 これから戦闘だというのに、本当に呑気な奴等だナ~。でも、まあ、これくらいの方がいいのかもナ~


 ミケが空気知らずの三人を見て、そんな感想を抱いていると、それを読み取ったナナが口を開いた。


「そうなのですね。これくらいお気楽な方がいいのですね。というか、ミケは名乗り出てはダメですよ」


「名乗り出るって、スバルの嫁の件かナ~?」


「はい。これ以上、増えると私が頂戴ちょうだいする弾が減りますからね」


 恥知らずな言葉を口にするナナへ、ニヤリとした顔を向けたミケは、ふっと一息吐いて告げた。


「今の処は、大丈夫だと思うナ~。それよりも、由華、ここならウチ達も戦えるからな。二人の武器を用意するナ~」


 あちこちから現れる戦闘服の男達を、ミケは柱の陰からチラチラと見遣りながら告げてくる。

 勿論、スバルとナナの夫婦ハンターは柱の陰から覗く必要はない。

 しかし、ミケと同様に肉眼でしか状況を把握することしか出来ない由華は、彼女と同じように柱の陰から周囲を確認しつつ、意気込んだ様子で答えてきた。


「そうね。スバル! 私の凄さを見てなさい!」


「ああ、見物させて貰う事にするさ」


「甘々なのですけどね」


「ナナはうるさい!」


 大きな胸を張って景気の良い声を上げた由華へスバルが返答すると、ナナが由華の甘さにツッコミを入れる。

 こうして何時もの騒ぎが始まろうとしていたのだが、それをミケが終わらせる。


「じゃれ合いはまた今度にするな~。行くナ~! 由華! スバルは後からついてこいナ~」


「了解よ!」


「ああ、分ったよ」


「了解なのですね」


 ミケの言葉に、由華、スバル、ナナの三人が返事をしたかと思うと、次の瞬間にはその場からミケの姿が消えていた。


「はやっ!」


 肉眼よりも高性能な心眼を持っているスバルにとっても、ミケの動きをハッキリと捉えることが出来なかった。

 それほどに彼女の移動速度は常軌を逸しているのだ。


 そんなミケに一人目の敵が銃を撃ち放つことも出来ずに呻き声を上げた。

 それに驚いた者達が、そちらへと視線を向けた時には、違う場所で呻き声が上がる。それが連鎖的に続いていくのだ。奴等にとっては悪夢としか思えないだろう。


「すげ~な! SASUKEに出たら間違いなく賞金ゲットだな」


「なんなのですか? サスケって」


 その俊敏性と運動能力に驚いたスバルが、思わず場違いな感想を述べると、その存在を知らないナナが問い掛けてくる。


「まあまあ、それはまた今度だな。俺達もいくぞ!」


「はいなのですね」


 ただ、現状を理解してその話はまた今度とすることにしたスバルが、彼女達へ続く事を口にすると、ナナは素直に応じてきた。


 そんなスバルとナナの夫婦ハンターが、敵の攻撃に注意しながら先へ進むと、そこでは由華が暴れまわっていた。


 ミケほどではないにしろ、かなりの速さで動き回る由華が突きや蹴りを繰り出すと、それを受けた奴等が漫画のように吹き飛んでいく。

 由華の攻撃は、殴る蹴るがメインなのだが、その攻撃力は半端なかった。


 それを見たスバルが身震いしつつ口を開く。


「うはっ! 痛そう~。あれが俺に見舞われないことを切に願うよ」


 両腕で身体を抱くスバルだったが、ナナが別の感想を述べてきた。


「やはり甘いのですね」


「どうしてだ? まるで出来の悪い特撮映画みたいにぶっ飛んでるぞ?」


 ナナの言葉に疑問を抱いて、すぐさまそれを口にしすると、彼女は冷たい視線を由華へ向けたまま答えてきた。


「彼女が本気を出せば、敵は吹き飛ぶ事は無いのですね。その突きも蹴りも一撃で相手を破砕する力があるのですね」


 ――なるほどな。本気で殴れば相手は微塵みじんに砕かれ、本気で蹴れば相手は粉々に爆散するわけだ。そうなると、かなり手を抜いているんだな。


「そう、そうれが私やミケが懸念している彼女の甘さなのですね」


 ナナの説明を聞いて、スバルが由華の本気を想像していると、彼女は心配そうな表情で告げてきた。恐らく、彼女やミケはその甘さが由華の身を滅ぼすことを心配しているのだろう。

 ただ、スバルはそこで胸から込み上げる思いがあった。


「心配すんな。これからは俺が居る。奴が始末できないなら、俺が全て葬ってやるさ」


 胸に沸き起こった気持ちをそのまま口にすると、ナナは驚いた表情でスバルを見詰めてきた。

 その視線が不思議で、スバルが首を傾げると、彼女は表情を何時ものに戻して告げてきた。


「ありがとうなのですね。とても頼もしいですね。ただ、間違ってもその台詞は由華の前で言わないで欲しいのですね」


「ん? まあ、構わんが、どうしてだ?」


「どうしてもなのですね」


「ああ、分った。よし、機関銃が手に入ったぞ! って、こいつらグレネードも沢山持ってるじゃないか!」


 スバルはナナの考えを理解することが出来なかったが、それを気にすることなくミケが倒した敵の武器を漁り始める。


 そんなスバルを眺めつつ、ナナは思うのだった。


 ――ヤバイのですね。ダーリン、めっちゃカッコいいのですね。このままだと由華までダーリンに惚れかねないのですね。いや、絶対に落ちるのですね。これからはこれまでよりも厳重に監視する必要があるのですね。


 屍となった敵から武装を身ぐるみ剥ぎ取りつつ、ほくそ笑むスバルを見遣りながら、ナナは気持ち新たにそう決意するのだった。

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