第22話 方向転換?


 異世界東京の空気は、スバルが知る東京のものよりも澄んでいて、そのお陰で上空の空が異様に美しく見える。

 しかしながら、今のスバルにはそれを美しいと感じる余裕はなかった。いや、それどころか空を見上げる余裕すらなかった。

 なぜなら、現在の彼は地上二十メートルからのダイブを満喫していたからだ。いや、それは楽しんでいると言えば少し語弊ごへいがあるかもしれない。

 というのも、彼は高所からのダイブで顔を引きつらせていたからだ。


 ――異能で得た身体強化ってすごいんだな! この高さから飛び降りて問題ないのか。


 ビルが立ち並ぶ間を縫うように設置されているモノレールから飛び降りたスバルは、そんな感動にも似た感情を抱いていた。


 そんなスバルの感想を他所に、けたたましい爆発音が響き渡り、モノレールの車両が悪態を吐くかのように、ガラスなどの破片を撒き散らしていた。

 勿論、先に飛び降りたスバル達にその破砕物が直接降り注ぐ事は無いが、着地した時には頭からひっ被る可能性は否めない。

 しかし、そんな状況下であるにも拘わらず、スバルの思考を読み取ったナナが顔色を変えることなく、その問いに答えてきた。


「死にはしないですけど、唯で済むとは言えませんね。恐らく問題なく着地できるのは、由華とミケくらいでしょうね」


「おいおい、じゃ、俺達はどうなるんだ!」


 落下中のスバルは慌てて叫び声を上げる。


 ミケの叫び声で躊躇ちゅうちょすることなく飛び降りたスバルは、異能者であるが故に問題なく着地できるものだと考えていた。いや、痛いくらいで済むだろうと安易に考えていたのだ。


 そんなスバルのために泥船が出航した。


「一旦、あの信号機に着地するのですね。あれならモノレールから十五メートルくらいなので、スバルでも大丈夫なのですね」


「おお、さすがは未来の嫁だ!」


 ナナの助言を聞いたスバルは、嬉しさのあまり調子に乗ってしまう。


「あは! とうとう認めてくれたのですね」


 浮かれたスバルの発言にナナが頬を染めるのだが、彼の意識は既に信号機へと向いていた。

 それ故に、あとあと、今の遣り取りを思い起こして後悔することになるのだが、それは別の話になる。


 スバルは間近に迫る信号機に着地すべく体勢を整えると、落下ポイントがずれていないことを確認する。


 ――よし! これなら問題なく着地できそうだ。


 そう思う間にも信号機が迫ってくる。いや、迫っているのはスバルなのだが――そんな彼が順調に落下して信号機に着地する。


 ――よしよし! これで......えっ!?

 

 スバル自身は問題なく着地したと思ったのだが、彼が体重を掛けた次の瞬間、「ガシャン!」という破砕音と共に信号機の部品が飛び散った。

 そう、彼が着地した拍子に信号機の首が折れたのだ。

 そうなると、勿論、彼に起こることは予想できるだろう。


「ぐあっ! ぬおおおおおおおおおおおっ」


 バランスを崩したスバルは後ろ向きで再び地上へ落下する。

 それくらいなら問題も無かったのだが、彼にとって不幸なことに、破砕された信号機の呪いとでもいえばいいのか、彼の目に大型トラックの姿が映った。

 勿論、その大型トラックは物凄い勢いで突っ込んできている。


「マジか~~~~~~! トラックにかれて異世界に行く話はあるが、異世界でトラックに轢かれたらどうなるんだ?」


 哀れスバル。こうして一つの人生が終わった――と、なるのかと思いきや、彼がトラックとぶつかると思った瞬間、なぜか柔らかな感触に包まれていた。


 ――ん? なに、この気持ちよさ! まるで低反発マットに顔を押し付けているような感触だぞ? それにこの匂い......ああ~、夢心地だ! 異世界のトラックっの感触って、まるで女の胸みたいだな......


 この世のものとは思えない感触に、スバルは危機的な状態を丸ごと忘れてしまっていたのだが、そこで脇に抱えるナナから声が発せられた。


「ミケ、ダーリンを叩き落すのですね。いや、その胸が邪魔なのですね。私が切り落として差し上げますね」


「ん? あ~、スバルがウチの胸で盛ってるのかナ~。まあ胸くらいなら問題ないナ~。てか、切り落とすのは勘弁なんだナ~」


 ナナの苦言に答えたのはミケだった。


 そう、スバルの絶対的なピンチを救ったのはミケであり、現在の彼は彼女に抱かれている状態だったのだ。


「乳くらいなら問題ない? マジで? じゃあ、ミケ、早速!」


「調子に乗るナ~!」


 己を抱くミケの言葉を聞いたスバルは、現在の状況すら忘れてエロス力を発揮するが、無情にも呆れた彼女に手を放されてしまう。

 勿論、彼女が手を放すということは、彼は地に落ちるということだ。


「うあっ! うあっ! いって~~!」


 ドスンという音はしないが、強かに地面で尾てい骨を打ち付けたスバルは苦痛の声を漏らす。


「それくらいは当然なのですね。ダーリンの尻は軽いのでも問題ないですね」


「ちょっちょっ! またスバルが発情したの?」


 ナナが冷やかな視線を向けてくると、駆け寄ってきていた由華が聞くだけ無意味だと思える疑問を口にした。


「な、なんだよ!? 発情って!」


「だって、直ぐに嫌らしい事を考えるじゃない!」


「だからって、発情はないだろ!?」


 由華の発言に反発するスバルだが、そこに別の声が割って入った。


「由華。愚問なのですね。ダーリンは終始発情してるのですね。だから聞く方が間違いなのですね」


 これはナナの意見が正しいと言う他あるまい。


「あぅ......由夢、どうしてこんなスケベな男がいいの?」


 抑々、スバルは由夢との取引についてを彼女達に話していなかった。いや、由夢との出会いなどは話したのだが、遣らせろ云々うんぬんについては適当に誤魔化していたのだ。

 それ故に、スバルと由夢の関係を良く知らない由華は、思わず妹の好みを疑ってしまう。

 ただ、スバルからすれば、由華の言葉には異論があったようだ。


「馬鹿野郎! 男と女はそういう関係があるからこそ上手くいくんだぞ。エッチが上手くいけば全てが丸く収まるんだからな」


 確かにスバルの言葉は一理あるが、童貞が口にする言葉ではないだろう。


「だからって......」


 スバルの反論に、なぜか由華は顔を赤らめる。

 まあ、それは処女のなせる業かも知れない。

 ただ、そこで、こんなことやっている場合ではないと知らせる声がスバルと由華の論争に割り込む。


「さっさと移動するナ~。さっきの様子からすると、完全に面が割れてるな~。このままだと、かなり拙い事になるな~」


 ――そっか......モノレールで襲われたということは、俺達は追跡されているということだよな? だったら......


 ミケの言葉を聞いたスバルが、自分の形について思いつく。


「なあ、面が割れてるなら、女装なんて意味が無いんじゃないか? いい加減、この格好は下半身が寒いんだが......」


「それもそうね」


「私も出来たら、ダーリンには男の姿でいて欲しいですね」


「ちっ! それどころじゃないって言ってるのにナ~」


 スバル、由華、ナナ、三人の意見を聞いて、ミケは渋面を作りながらも、その意見を呑むことになるのだった。







 スバルの服を購入するという事で、四人はデパートへと入ったのだが――

 そこではスバルのファッションショーが開かれてしまった。

 先を急いでいると言ってたミケまでもが、調子に乗ってあれこれと服を持ってきたり、由華がダメだしをしたり、ナナが自分の好みを前面に押し出したりしていたのだ。

 それを見たスバルの感想は、「女の子って本当に買い物好きだよな。自分のものでなくてもこれだけ時間をかけて楽しめるんだもんな。てか、先を急いでるんじゃなかったのか?」というものだった。


「あ、あんた、思ったよりもスタイルがいいんだね。体つきは少し貧弱だけど......」


「ダーリン、最高に格好いいですね」


「まあまあかナ~。ナナのセンスも悪くはないナ~」


 由華、ナナ、ミケ、三人からそんな感想を貰ったスバルなのだが、その姿は上から下まで真っ黒だった。

 三人曰く、見た目、防寒性、視認性、耐久性、等々を考慮した結果だと言っていたが、間違いなくナナの好みが反映した結果だろう。

 そんなスバルの恰好は下から、黒革のブーツ、黒革のパンツ、唯一白いシャツ、その上に黒革のハーフコートだった。


 まあ、鏡を見るスバルもその恰好が嫌ではなかったので、特に文句をいう事も無かったのだが、一つだけ渋面を作る場面もあった。


「なあ、ミケ! なんでそんなにビキニパンツにこだわるんだ?」


 そう、これだけは譲れないと言って、ミケが黒いビキニパンツを押し付けてきたのだ。

 故に、革パンの下には黒のビキニパンツが装着されている。


「何を言ってるナ~。下着は男のたしなみナ~。それもビキニパンツが最高にイカしてるナ~」


 それを穿かないなら女装だと言われて渋々装着したのだが、慣れない所為でどうにも下半身がムズムズするスバルだった。


「まあいいか、それよりも急いでるんだろ? てか、ここには大丈夫なのか? かなり時間を使ったようだが」


「ぐあっ! そうだったナ~! 買い物に夢中になって忘れてたナ~」


 ――おいおい、大丈夫か? ミケまでこれだとこの先が思いやられるんだが......てか、しっかりしないと乳揉ちちもむぞ! そういえば、乳ならいいんだよな? あっ、やべっ!


 りないスバルはよこしまな思考に気付き、慌ててすねをガードするのだが、いつもの脛蹴すねげりが飛んでこなかった。

 それを不思議に思い、こっそりとナナを見遣ると、彼女はうっとりした表情でトリップしていた。


 ――どうやら、妄想の人になってるんだな。てか、なんで由華までぽ~っとしてるんだ?


 ナナの様子を見ていたスバルの視界に、少し上の空となっている由華が入る。


 ――それにしても、双子とはいえよく似てるな......ユメは今頃なにをしてるんだろうか......てか、よくよく考えるとこんな事をしてる場合じゃないじゃん。ユメが早く助けて出して欲しいって言ってたし......


 上の空となっている由華の表情が余りにも由夢に酷似していて、すっかり忘れていた事を思い出してしまう。

 あの時の由夢は姉に従ってくれと言っていたが、現在の行動原理を理解できないスバルは、それについて言及する。


「なあ、どうして埼玉へ行くんだ?」


「あの基地がバレたからナ~。あそこには居られないナ~」


「でもさ、ユメは帝都にいるんだろ? 俺はユメを助け出したいんだが」


 ミケの解答に納得できないスバルは、即座に自分の想いを告げたのだが、そこで由華が割り込んできた。


「それは私も同じよ。でも、今の戦力では無理なのよ」


 それを聞いたスバルがカチンときたようだ。


「じゃあ、どんな戦力が集まったら助けに行けるんだ? それは何時だ? そんな事を言っていて本当に助け出せるのか? もしかしたら、今この時も酷い目に遭ってるかもしれないんだぞ?」


「......わ、分ってるわよ! あんたにそんな事を言われなくたって、私だって直ぐにでも助け出しに行きたいわよ!」


 スバルの強い言葉に、由華が逆ギレを始めた。


「だったら、今から行こうぜ!」


「えっ!?」


 これから由夢を助けに行くと言われて、激昂げっこうしていた由華が驚きをあらわにした。

 しかし、そこへミケが割り込んでくる。


「お前の気持ちは分かるが、さすがにこれからというのは無理だナ~。なんの準備もないしナ~。計画も全く立ててないからナ~」


 その言葉に、今度はスバルが憤慨ふんがいする。


「準備は分かるが、計画なんていってるからダメなんだろ! 無計画にやれば向こうも混乱するだろ? 呑気に計画なんて立ててるから向こうに読まれるんじゃないのか? 現に後手後手じゃないか」


「うるさい奴だナ~。確かにそれは在るかもしれないが、何もなしには行けないナ~」


 がなり立てるスバルに、ミケがしかめ面を作って答えてくるのだが、そこでまたまた泥船が出航した。


「私はダーリンに賛成ですね。必要な物は奪えばいいんですね。それに必要ない物は始末すればいいんですね」


 泥船の船頭であるナナの発言は過激だった。ただ、スバルにとって彼女の発言は神の声のように聞こえたのだ。


「その通りだ! さすがは俺の嫁!」


「あは! 嬉しいのですね。今のダーリンも格好いいですね」


 再び調子に乗ったスバルがナナを褒めたたえると、彼女は嬉しさのあまりに抱き着いてくる。

 それを見た由華が物言いたげな表情をしていたが、それを無理に抑え込んだように押し黙り、ミケが溜息と共に言葉を漏らした。


「はぁ~、しゃ~なしだナ~! その代り、無理だと思ったら直ぐに撤退てったいするからナ~」


「よっしゃ! ユメ、直ぐに助け出してやるぜ」


 仕方なく折れたミケの言葉に、スバルは喜びの声を張り上げるのだが、そこでナナが静かに告げてきた。


「少しだけ妬けるのですね。でも、向こうが先約なので仕方ないのですね。それよりもお客さんですね」


 そう、ナナが告げてきたのは、ヤキモチの言葉だけではなく、敵の襲撃を告げる言葉でもあった。

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