第30話 逃走劇?


 賑やかだった夜の街は騒然となっていた。

 居酒屋の看板は吹き飛び、お洒落なBARのネオンは砕け散る。

 酒に呑まれた者は腰を抜かし、多少まともな者は逃げ惑っていた。


「ちっ、しつこい奴等だ」


 後ろから飛んでくるエア弾に顔を顰めるスバルが罵り声を上げる。しかし、その声が奴等に届くことは無く、容赦なくエア弾が放たれる。いや、聞こえれば、なおさら嬉々としてお見舞いしてくるだろう。


「それにしても、あの二人は大丈夫なのか?」


 誰も答えてくれる者が居ないのだが、思わずそれを声にしてしまう。


 デパートに続きホテルを倒壊させたスバルだが、そこでミケとナナの二人とはぐれてしまった。

 倒壊直後は見える処に居たのだが、奴等の執拗しつような攻撃で彼女達を見失ってしまったのだ。


「てか、いつまで寝んねしてるつもりだ? てか、確かめてないけど、死んでるってオチはないよな?」


 愚痴を零しつつお姫様抱っこで運んでいる由華に視線をやるスバルだが、いつまでも目を覚まさない所為で心配になってくる。


 由華を気にするスバルだったが、耳元で炸裂音が鳴り響く。

 そう、襲撃者である蘭が放ったエアバレットが間近を通り過ぎたのだ。


「うおっ! あぶね~だろ! 馬鹿野郎!」


「オレは女だ! 野郎じゃね~~!」


 どうやら今回の罵声は聞こえたようで、追ってくる蘭からの反論が届いた。いや、無数のエア弾も届いた。


「ぐあっ! 止めろよな~! 馬鹿女!」


 わざわざ訂正ていせいするところが、スバルらしいと言えるかもしれない。


「誰が馬鹿女だ!」


 今度はスバルから馬鹿女扱いされて、蘭は怒りを露にしつつエア弾を乱射してきた。


「ちっ、どっちにしてもバラ撒くんじゃね~か」


 当たらないのが不思議なくらいの攻撃が襲ってくるが、なぜかスバルはそれを簡単に見切っていた。


 ――この心眼って......凄いわ。予測機能付きなのか? なんとなく攻撃の軌道が見えるような気がするぞ。ただ、このままだと何時かやられるな......


 追ってくる蘭と二人の男を気にしつつ、スバルは現状の打開策に思考を巡らせる。しかし、昴だったころなら幾らでも回ったであろう頭が、今ではエッチな妄想が詰め込まれている所為か、全く以て役に立たない。


 そんな時だった。スバルの目に地下街を示す看板が映った。

 ただ、そこは厳重に封鎖されており、簡単には入り込める状態ではなさそうだなった。


 ――地下街か? それなら迷路状になってる可能性があるな。地上よりはマシだろう。てか、なんで封鎖されてるんだ? いや、それなら尚更もってこいかもしれん。よし、地下に逃げ込もう。


 そこを降りたら行き止まりだったなんてオチを全く考慮しなかったスバルは、透かさず封鎖しているシャッターを溶かすと、勢いよく地下へと飛び降りたのだった。







 辺りをぶち壊しながらスバルを追う蘭だったが、内心はかなり焦っていた。


 ――くそっ! ちょこまかと......ああ、こんなに壊し捲って......始末書ものだ......なんか、上手い言い訳はないもんかな......


 恐らく、そんな事を考えている所為だろう。いつもよりも集中できていないことに気付いていなかった。

 きっと、そのお陰でスバルは助かっていると言えるだろう。


 ――それはそうと、向こうはどうなってるかな。サクラの奴、かなり動揺していたが、大丈夫なのか? てか、あんなサクラを見るのも初めてだな......一体何があったんだ? う~~ん、わからん。まあいいや、今はこっちに集中しよう。


 残る二人を追ったサクラの事を気にするが、最終的に分からないこと尽くめで、考えるのを止めてしまった。

 そう、蘭は肉体派ではあれ、頭脳派では無かったのだ。


 そんな蘭の耳に、馬鹿野郎発言が飛んできた。


「ぐっ! あの野郎! ギッタンギッタンにして遣る」


 悪態を吐きながらエアバレットを連射でぶち込むのだが、物の見事に外れてしまう。

 ただ、スバルの発言は的を得ているといえるだろう。どう考えても蘭は脳筋なのだから。


 ――くそっ! 走っている所為もあって、上手く当たらんな。てか、上手い具合に避けられているような気がするが......


 恐らくは精神的な問題が影響しているのだと思うが、それに気付かない蘭は上手く逃げ惑うスバルを見て歯噛みする。


 そんな時だった。何を考えたのかスバルが地下へと入っていった。


「あっ! あの野郎。地下に潜りやがった。てか、どうやってあのシャッタを溶かしたんだ?」


 スバルの行為に驚きながらも、蘭は見事に溶けてしまったシャッタを見詰めた後、躊躇ちゅうちょすることなく地下へと降りようとしたのだが、そこで後ろからそれを制止する声が聞こえてきた。


「蘭様、地下は許可を取る必要があります」


 蘭の後に付いてきていた男の一人がおずおずと告げてくると、彼女は顔をしかめて言い返す。


「うっせ~! サクッと始末して戻れば問題ない」


「ですが......地下は危険です。何が起こるかわかりません」


 威勢よく反発した蘭だったが、もう一人の男がビクビクしながら地下の危険性を指摘してきた。


「ぬぐっ......危険って、彼方此方からゴミが出てるだけだろ?」


「た、確かにゴミですが、かなり悪性が高いです。中には巨大化したゴ〇ブリも居るらしいです」


「よし、戻ろう! 地下に入るのには許可を取らないとな! うん。ルールは守られるためにあるんだよな!」


 黒い悪魔の名称を聞いた途端、蘭は地下への入り口に背を向けると、真面目な表情で普段なら絶対に口にしないようなことを告げる。


 こうしてスバルは見事に黒影から逃げ延びたのだが、これから始まる出来の悪いファンタジーを満喫することになるのだった。







 その頃、速さ自慢のミケは辛くもサクラから逃げおおせていた。

 ただその様相は、本当に何とかといった風であり、生き絶え絶えという表現がぴったりだった。


「くそっ、厄介な奴だったナ~」


 ミケが悪態を吐くと、既に地に降りていたナナが彼女の様相を見て口を開いた。


「危ない処だったのですね」


「ああ、奴の攻撃はヤバかったナ~。一体どうやって切り裂いてるんだナ~?」


 ナナの言葉にミケが頷きながら同意するが、話し掛けた幼女は首を横に振った。


「いえ、確かにあの女は危険でしたが、私が言っているのは違うことなのですね」


「ん? あの女の事じゃなければ、何のことだナ~?」


 ナナの言いたいことを理解できなかったミケが透かさず尋ねると、彼女は出し惜しみなく口を開いた。


「その恰好をダーリンが見たら、間違いなくビッグマグナムタイムだったのですね」


 その言葉を聞いて、ミケは自分の姿を改めて確認する。


 彼女が見下ろした姿は、見るも無残な状態だった。

 袖はボロボロに切り裂かれ、スカートもすだれのような状態になっていて、下着がチラチラと見えている。

 更には、上着も派手に切り裂かれていた所為で、ミケが誇る巨大な胸が見えてしまいそうな状況だった。

 それは、逃げ延びた先が人気のないとこでなければ、脚光きゃっこうを浴びること間違いなしといった様相だった。

 特に男の嫌らしい視線の的になっていた筈だ。


「くそっ! この服はお気に入りだったのに......絶対に弁償させてやるナ~」


 血のにじむ自分の衣服を見ながらミケが悪態を吐く。


「それよりも、早く治療した方がいいのですね」


「ん? ああ、これくらいなら直ぐに直るナ~」


 服に付着した血痕を見て、ナナが傷の治療を勧めるが、ミケは首を横に振る。


 そう、異能の持ち主は例外なく一般人よりも治癒能力が高いのだが、ミケは特にその傾向が強く、ちょっとした切り傷程度なら一時間もあれば元通りになるほどだった。

 それ故に、彼女は自分の傷の事よりも別の問題を口にした。


「あの二人は大丈夫かナ~。早く合流しないと拙いな~」


「そうなのですね。早く合流しないと拙いのですね」


 焦りを見せるミケの言葉にナナが素直に同意するが、彼女達が考えている拙さは、はたして同じなのだろうか。


「由華が完全にダウンしていたし、何事も無く逃げ果せていればいいんだがナ~」


「ダーリンが由華を助けてたし、二人っきりにするときっと由華がメロメロになってビッグマグナムのとりこになるのですね」


「ん?」


「えっ!?」


 二人はそこで自分達の考えの相違に気付く。


「そんなことを気にしていたのかナ~。そんなことは問題じゃないナ~。どうせ、あのツンデレ娘は落ちるナ~。時間の問題だナ~。それよりも、恐らく襲ってきたのは黒影だナ~。由華を抱えて逃げる切るのは、かなり厳しいナ~」


「ダーリンなら問題なく逃げ果せるのですね。それよりも、あのツンデレが自分の気持ちに素直になったら拙いのですね。きっと、盛りのついた雌猫に変身するのですね。恥ずかしいとか言いながら、どこでも遣り捲るタイプなのですね」


「雌猫いうナ~!」


 ミケの心配を問題ないと切って捨てたナナが、由華の危険性を語ると、その言葉尻に盛りという鬱陶うっとうしい体質を持つ猫耳娘が反応した。

 ただ、ミケは反発しつつも、直ぐに由華とスバルの探索について尋ねた。


「ナナの盗心にはヒットしないのかナ~」


「無理なのですね。これだけ人が多い場所では役に立たないのですね。というか、以前、酷い目に遭ったので遣りたくないのですね」


 ミケの問いに無理だと返したナナは、嫌なものでも見たと言わんばかりの表情をしていた。

 それが気になったミケは、即座に問いを重ねる。


「酷い目って?」


「絡み合う男達の思考を読んでしまって、思わず吐きそうになってしまったのですね」


「別に吐くことはないナ~」


「はぁ?」


 無理だというナナの理由を聞いたミケは、なぜか首を傾げており、あたかも理解できないと言いたげだった。


 それを見たナナが真似るように首を傾げている。

 ただ、いつまでもこんな事をしていられないと気付いたのだろう。

 ミケがこれからについて口を開いた。


「仕方ないな~。この格好で探し回る訳にもいかないナ~。一旦引き上げるナ~」


 それを聞いたナナが更に首をかたむけてミケに問い掛けた。


「引き上げるって、何処になのですか?」


 それを聞いたミケは真剣な表情を作ると、ナナにきつい口調で告げてきた。


「これから行く場所で見たことは、絶対に誰にも言うなよナ~! もし言ったらレインボーブリッジから海に放り投げるからナ~」


 その言葉よりも、ミケの怪しい瞳に寒気を感じたナナは、両手で体を抱きながら黙ってカクカクと頷くのだった。







 蘭がスゴスゴと専用バスに戻ると、顰め面をしたサクラが戻ってきた。


「そっちはどうだった?」


 蘭がそう問い掛けると、サクラは黙って首を横に振った。


 ――ふむ。どうやら、サクラも取り逃がしたようだな。良かった......怒られるのがオレ一人だったらどうしようかと思った......


 表情には出さないが、蘭はサクラの結果を知って安堵あんどする。

 そんな彼女にサクラが問い掛けてきた。


「蘭はどうだったの?」


「お、オレか? あの野郎、地下に逃げ込みやがってさ。追うにも追えずに戻って来たんだ。だって、地下は許可なく入れないだろ?」


 サクラは予め用意されたような言い訳に溜息を吐く。

 というのも、きっと蘭の性格ならルールなんて関係ない筈だと知っているのだ。

 それなのに蘭がルールを盾にして追うのをやめた理由を考えるが、全く思いつかなかったようだ。


「どうして追わなかったの? 蘭なら許可なんて関係ないでしょ?」


 蘭の行動を読めなかったサクラは、素直にそれを尋ねることにしたようだ。

 ところが、蘭は完全に白を切る。


「な、なに、何を言ってるんだサクラ。ルールは守るためにあるんだぞ?」


 ――めっちゃ怪しいし......蘭なら破るためにあると言われた方がしっくりくるのだけど......


 これはダメだと判断したサクラは、チラリと蘭に付いていった男達に視線を向けてつつ手を動かす。


 すると、男の服からボタンが二つ飛んだ。

 それに男は驚愕の表情を作って震えだす。


 そう、サクラがその男の胸のボタンをピアノ線で切り落としたのだ。

 彼女は何でも鋭敏えいびん強靭きょうじんな刃物に変えてしまう能力を持っているのだ。

 その力は、ピアノ線で簡単にホテルの壁を切り裂くほどのものであり、人間なんて簡単にバラバラにできるのだ。

 それを知っているアンナンバーズの男は震えながら声を発した。


「ち、地下は危険ですから......特に下等な生物が巨大化したりしますし......」


 その男は震えながら言葉を選んで答えてくるのだが、その視線はチラチラと蘭の様子を覗っていた。


 ――どうやら、ハッキリ答えて蘭に折檻せっかんされるのが怖いのね。というか、もう分かったわ。


「そんなに黒い悪魔が嫌いなの? まあ、気持ちの良いものではないけど」


「な、な、な、なんで解ったんだ!」


「蘭の嫌いなものくらいはお見通しよ」


「ぬぐっ......」


 サクラに見透かされて動揺してしまった蘭は、部屋に突入した際に彼女が執った不可解な態度について言及するのをすっかり忘れてしまうのだった。


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