第71話 研究所をぶっ潰せ?
運河とも言えそうな東京湾を大型船舶が往来する。
その光景は、東京湾だと思えば異様に感じるが、ただの唯の運河だと思えば、心落ち着く風景だと言えなくもない。
ワンボックスカーの直ぐ側にある公園のベンチに座ったスバルは、のんびりと行き交う大型船を眺めていた。
――さて、ミケが戻ってきたのは予想外だったが、戦力がアップしたのは嬉しいな。それに、由華やナナも喜んでるし、これはこれで良かったんだろうさ。ただ、いつ出発できるやら......
ミケが復帰したことで、直ぐに研究所へと向かえなくなったスバルは、海の見える公園で足止めを喰らっていた。
というのも、ミケの回復を待っているのだ。
通常であれば、一か月は入院するであろう怪我を負っているのだが、そこは異能者の異常な体質と言うべきだろう。恐らくは、ニ日もあれば戦闘可能なまでに回復するとのことだった。
ただ、その二日が厄介なのだ。なにせ、スバル達が居る場所は敵の真っただ中なのだから。
「なあ、なんかおかしくないか?」
大人四人が座れそうなベンチに腰掛けたスバルの横に、久美子が訝し気な表情で腰を下ろした。
「何がだ?」
「だって、静かすぎないか?」
「まあ、公園だしな」
「ちげ~よ、総理官邸に襲撃があったり、検問を突破して帝都に入り込んだあたい等がいるのに、ぜんぜん追手がこないだろ?」
「そういえばそうだな......なんでだろ?」
久美子の言葉に、スバルはまるで他人事のように首を傾げた。
そう、スバル達がミケを助けてから既に丸一日が経っていた。
しかし、全く以て追手がくる気配がないのだ。
ただ、呑気なスバルは、それを不可解に感じながらも、あまり気にしていないようだった。
ところが、ワンボックスカーから慌てた様子のナナが飛び出してきた。
「た、大変なのですね」
「どうしたんだ? 何をそんなに慌てて――」
「どうしたんだじゃないのですね。総理大臣が殺されたのですね」
「「えっ!?」」
総理大臣が死んだと聞いて、スバルと久美子が驚きを露にするが、直ぐに違和感を抱いたのだろう。スバルが慌てるナナに疑問を投げかける。
「確か......ミケ達は敗走したんだよな? 誰が始末したんだ?」
「それが解らないのですね」
「ふむ。でも、そんなに慌てることじゃないだろ?」
犯人が不明だと聞いて、スバルは結論を告げるが、ナナは激しく首を横に振りながら否定してきた。
「総理大臣なんてどうでもいいのですね。いえ、死んでくれて清々するのですね。問題はそれじゃないのですね」
「じゃ、何が問題なんだ?」
全く理解の追い付かないスバルが肩を竦めると、ナナは直ぐにその理由を話し始めた。
「表向きは自由の翼が犯人になっているのですね。それで、いま関東では自由の翼狩りが始まっているのですね」
「お、おい、じゃ、静香たちもヤバいのか?」
自由の翼狩りと聞いて、仲間の事を心配した久美子が割って入った。
すると、ナナが直ぐに事実を伝える。
「あそこは自由の翼とは関係のない工場ですが、安全とは言えないのですね」
「す、スバル!」
ナナの返事を聞いて、久美子は悲痛な表情をスバルに向ける。
しかし、そこでナナが情報を付け加えた。
「ピンクパンサーの無線で、一応は連絡がついているのですね。今の処は問題ないと言ってたのですね」
「そ、そうか......それなら良かった......」
「だが、急いだほうが良さそうだな。ミケの様子はどうだ?」
安堵する久美子からナナへと視線を移したスバルが焦りを露にする。
すると、ワンボックスカーの後部スライドドアが開き、ミケが元気な顔を見せた。
「ウチならもう大丈夫だナ~。さっさと、出発するナ~」
「み、ミケ、まだ動いちゃダメよ。あと一日は安静にした方がいいと思うわ」
「のんびりと休んでる時間なんてないナ~。それに主戦力はスバルなんだよナ~? だったら、ウチはのんびりと付いていくだけナ~」
気遣ってくる由華の言葉を一蹴し、ミケは問題ないと告げてくる。
どうやら、スバルもその方が良いと感じたのか、ミケに頷きを返した。
「そうだな。遠距離攻撃なら、俺とナナ、久美子の三人が居るし......由華、ミケに付いてくれるか?」
「勿論よ! 任せといて!」
「よし、じゃ、出発するぞ」
結局、総理暗殺の犯人について何も考えることなく、スバル達は足早に研究所へと向かうのだった。
海の見える公園と研究所までの距離は、それほど離れておらず、スバル達はあっという間に目的地へと辿り着いた。
「そう言えば、こんなとこだったよな......」
ワンボックスカーを近くに置き、徒歩で研究所の前まで遣ってきたのだが、その建物を間近で目にしたスバルが目を細めた。
「国立先進技術研究所ねえ~、見るからに胡散臭いわ」
「ここが悪夢製造工場なのですね。さっさと倒壊させるのですね」
「あたいの親も......真っ赤に燃え上がらせてやる」
由華、ナナ、久美子の三人が、研究所を目にした感想を口にすると、ミケが何気ない視線をスバルに向ける。
「ところで、どういう作戦なんだナ~」
ミケの問い掛けに、スバルは口を歪めて犬歯を見せたかと思うと、殺気立った様子で己の気持ちを吐き出した。
「もちろん、正面から叩き潰す」
「だと思ったナ~」
全く以て作戦とは呼べないスバルの言葉に、ミケは呆れた様子で肩を竦める。
しかし、他の三人は違ったようだ。
「こういう時のスバルって、カッコイイのよね」
「さすがはダーリンなのですね」
「めっちゃいいぞ! それでこそスバルだ」
頬を染めた三人娘が、スバルを褒めはやす。
ただ、現実的な思考の持ち主であるミケは、もう少し具体的な方法を知りたかったのだろう。
「それは分かったが、どうやって侵入するんだナ~?」
視線を検問所に向けたミケが透かさず問い掛けると、スバルは「こうするのさ」と、軽く地面を蹴った。
その途端、検問所はあっという間に牢屋へと形を変えた。
牢獄となった建物の中では、突然の出来事に慌てた警備員たちが、右往左往し始める。
「「えっ!?」」
スバルが持つ真の力をしらない由華とミケが驚きを露にするが、彼の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
「アディオス! さあ、地獄にいってこい!」
スバルがもう一度地面を蹴ると、今度は牢屋の天井が一気に下がり、慌てふためく警備員たちが容赦なく押し潰された。
「うわっ!」
「な、なんだ、なんだこの能力は」
その凄惨な有様に、由華は思わず目を瞑り、ミケはその異様な力に愕然としている。
しかし、狂気を内に秘めるナナは、まるで自分の力であるかのように自慢し始める。
「見ましたか? これがダーリンの本当の力でなのですね」
「この力を見るのは二回目だが、やっぱり神の力だよな......」
薄っぺらい胸を張るナナの隣で、久美子が今更ながらに感嘆の声を上げる。
それでも、スバルは自慢するでもなく、偉ぶるでもなく、ゆっくりと歩みを進めた。
「さあ、解体ショーだ!」
珍しく鋭い目付きとなったスバルは、建物に近づく度に地面を蹴る。
すると、近くにある建物が、ドロドロと溶けていく。
更に脚を進めるスバルは、容赦なく溶かし捲るのだが、そこでナナが声を放った。
「左右から敵なのですね」
「ナナと久美子は右を頼む」
「了解なのですね」
「あいよ!」
ナナと久美子に指示を送りながら、スバルは地面を蹴る。
すると、左の地面が隆起して障壁となった。
「圧倒的ね......前から異常な力だったけど......もう、人外だわ」
「これは......凄すぎるナ~。創造? 錬金? 本当に神の力なのかナ~」
スバルの後に続く由華とミケが、呆気に取られた表情で、周囲に視線を向けている。
ところが、そこで敵を討ち抜くナナが片方の眉を引き上げる。
何を読み取ったのかは解らないが、それが面白くないのか、少しだけ表情を曇らせた。
「ナナ、どうしたナ~。なんか浮かない顔をしているナ~」
さすがはミケと言うべきだろう。誰も気付かないナナの不機嫌さを見抜いたようだ。
すると、ナナは舌打ちしたそうになるが、溜息を漏らして口を開いた。
「ダーリン。どうやら、サクラ達が捕まっているようなのですね」
「な、なんだと!?」
「えっ!? あの女が?」
「なんで、黒影がここに居るナ~。って、官邸にも居たが......」
「サクラってだれ? まさか、スバルの女じゃないよな?」
驚きのあまりにスバルが足を止めると、由華、ミケの二人が嫌そうな表情を作るが、久美子は誰だか解らないのだろう。首を傾げて尋ねてくる。
しかし、誰も久美子に答える者はなく、黙った由華、ミケ、ナナがスバルを凝視する。
――ぬっ、なんか責められてる気分だ......てか、あの目はどうするつもりだと言いたいんだろうな~。
訴えかけるような三人の視線を見て、少しばかり威勢の悪くなったスバルは、取り敢えず正論を口にするのだった。
「ここで見殺しにする男は、めっちゃ格好悪いだろ?」
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