第39話 極悪非道?


 都会の空気が汚れているとはいえ、地下に比べればとても清々しいと言えるだろう。

 時間にして丸二十四時間以上も地下で過ごした二人は、その事を誰よりも痛感していた。


「ぷはっ! なんて新鮮な空気なんだ」


「そうね。まるで出来立ての酸素の中にいる様な気分だわ」


 スバルの感想に由華が同意する。

 そんな二人が出た場所は広い駐車場の片隅だった。


「関東にこんな広い駐車場があるって凄いな」


 その光景を見て率直な感想を述べたスバルだったが、彼が両腕で抱いている由華がその言葉を否定した。


「そんな筈はないわ。もし、そんな広い駐車場があるとしたら......」


 由華は周囲を見渡して息を呑んだ。


「どうしたんだ? 急に黙り込んで」


 それを見たスバルは、首を傾げて素直に問い掛けた。しかし、由華はそれに答えることなく別の事を口にした。


「スバル! 急いで逃げて!」


「ん? どうしてだ?」


「どうしてでもいいから」


「まあいいけど、てか、ネズミとゴキが追ってきてるから、どの道、逃げるけどな」


 由華が逃げろという理由は理解できなかったが、スバルは彼女を抱いたまま、物凄い速度で移動し始める。

 すると、次の瞬間、建物の方向から沢山の制服姿の男達が現れた。


「あの制服って、見たことがあるぞ?」


「そうでしょうね。あれは帝警よ。ここは帝警の本庁なのよ」


「うげっ! マジか! そら、早くとんずら・・・・しないとな」


「だから、早く逃げてって言ったじゃない」


 叫びながら追ってくる制服姿を無視して、スバルは先へと進むのだが、後方で驚愕の声や悲鳴が上がった。


「クククッ、どうやらネズミとゴキの登場みたいだな。いい仕事してますね」


「きゃははは。これはいいわ。最高かも」


 バカップルは、制服姿の者達が巨大ネズミや巨大ゴキ〇リに銃を撃ち放っているのを心眼で眺めながら、感じの悪い笑い声をあげる。


 どうやら、由華はどんどんスバルに汚染されているようだ。昔はこんな娘じゃなかったのに――男ができるとこうも変わるものだろうか。



 それはそうと、由華を抱えたスバルは簡単に帝国警察本庁の障壁を飛び越えて街へと逃げ出した。


「ねえ、どうやってミケ達と合流するの? 探すにしても手掛かりがないわ。携帯も使えないみたいだし」


 由華がバッテリ切れの携帯に視線を向けながら尋ねる。しかし、スバルはそれを一蹴した。


「そんなのは簡単だ」


 それを疑問に思った由華が再び尋ねようとするのだが、スバルはそのままその理由を告げた。


「大騒ぎを起こせばいい。奴等が俺達を見つけてくれるさ」


「あっ、なるほど......スバルって賢いのね」


 いやはや、完全に侵されている。いや、この場合は犯されているといった方が良いのか。


 スバルの女になった由華には完全に毒されていた。

 なにせ、大騒ぎを起こすということは、犯罪行為に手を染めるということなのだ。しかし、彼女はそれを全く気にしていないようだった。


「じゃ、手始めに、飯と風呂......あとは......」


「私の下着ね」


「そうだな。ついでに替えも持ってた方がいいぞ」


「そ、そうかも......」


 由華はスバルの言葉に続けて自分の下着を所望してくる。

 ただ、スバルも同じことを考えていたようで、それに同意だと頷いていた。

 そんなスバルに、由華は声を掛けた。


「この心眼ってめっちゃ便利ね。目をつむっていても見えるし、視界が視線と全く違うから、後ろも確認できるし、完全にチートよね」


 ――うっ、そういえば、これで由華に心眼の力が全てバレたということか......まあ、しゃ~なしか。どうせ、ナナと合流すれば覗きなんてできないし、覗かなくても見せて貰えるしな。ただ......


「そうだな......でも、この世界にもチートって言葉があるんだな......」


 スバルは心眼による覗き見を諦めつつも、チートという言葉について感想を述べた。しかし、由華はそれを気にした様子も無く楽しそうに別の事を口にする。


「ところで、騒ぎって何を起こすつもり? デパートとホテルはもう崩壊させたし、次は銀行強盗でもする?」


 やはり由華は完全に毒されているようだ。

 ところが、スバルはその言葉に首を横に振った。


「銀行なんて襲っても意味がないだろ? だって、俺達にお金なんて必要ないし」


「それもそうね。それに最近の銀行に現金なんて殆どないし、現金を使える店も少ないものね。じゃ、どうするの?」


 由華は納得の表情で尋ねてくる。


「まあ、大きな騒ぎじゃなくても、立て続けに起こせばいいんじゃないか? ああ、あそこにいい店があった」


 由華の問いに答えたスバルは、目の前の大きなショッピングモールに視線を向けた。


「由華、序だから服も新調しとくか」


「そうね。随分と汚れたし、ゴッキーに飛びつかれたから、この服はもう嫌かも......」


 こうしてスバルと由華のバカップルによる連続強奪事件が始まるのだった。







 そこでは、学生らしき少女が楽しそうに服を見ていた。

 しかしながら、スバルと由華が入った途端、その笑顔を瞬時に顰める。いや、それだけなら何の問題も無い。

 その場にいた少女達は誰もが鼻を摘まんで店を出ていくのだ。

 それを見て、由華が悲しそうな表情となる。


「なにしょぼくれてんだ? 気にするな! あいつらよりお前の方が一万倍可愛いぞ?」


「い、一万倍......ほんと? 本当にそう思ってる? 臭い女だなんて思ってない?」


「勿論だ! お前の方が遙かに可愛いぞ! それに臭いのはお互い様だろ? あんな雑魚達なんて気にするな。お前は俺の女なんだから胸を張ってろ!」


「遙かに可愛い......俺の女......そうね。私にはスバルがいるから問題ないわ」


 スバルの励ましで一気に元気を取り戻した由華は服を見繕う。

 その様子はとても楽しそうで、微笑ましくなるスバルだが、打って変わって店員の方はとても険悪な表情をしていた。


 ――クククッ、その方が遣り易い。もっと嫌な顔でもしてろ!


 しかめ面を見せる店員を見て、スバルはほくそ笑む。

 なぜなら、この後は強奪が待っているからだ。

 そう、彼等にはお金が無いのだ。いや、お金が必要ないのかもしれない。

 なにせ、デパート崩壊の凶悪犯罪者なのだから。

 そんなスバルは、嫌な顔をされた方が遣り甲斐があると考えたのだろう。


「スバル! これどう?」


「おお、可愛いぞ!」


「これは?」


「それもいいな。てか、由華は可愛いから何でも似合うな」


「そ、そう? そ、そうかな? えへへへ」


 スバルの返事に由華は幸せそうな笑顔を見せる。

 ただ、それと反比例するかのように店員の眉間のしわが深くなっていく。

 それでも、バカップルは楽しそうに買い物を進める。いや、買わないのだから買い物ではなく、物色もしくは品定めと言うべきだろう。


 そうして三十分程度で洋服と下着、更に下着の替えを選ぶとレジに進む。

 それを見た店員がホッと一息つく。

 それも仕方あるまい。彼女からすればスバル達は営業妨害以外の何物でもないのだから。しかし、残念なことに、彼等はただの営業妨害どころか、現在指名手配中の凶悪犯罪者なのだ。


「悪いが、これを包んでくれ」


 言葉だけは申し訳なさそうだが、全く以て悪いと思っていないところが半端ない。


「あの、会計が......」


 顰め面をした店員が金を寄こせと告げる。

 すると、次の瞬間、店員が使用していたレジ機が悲鳴とも思える破壊音と共に部品を撒き散らした。


「うはっ! 残念。これじゃ、支払いできないな。しゃ~ね~、商品だけでも貰っていくとするか。という訳で、包め!」


「は、はい! た、ただいま」


 スバルが無茶な台詞と共に催促の言葉を口にすると、その女性の店員は温かな湯気を上げながらコクコクと頷いた。


 そう、スバルが金属バットでレジ機を叩き壊したのだ。


「ほら、由華、こんなに簡単に失禁するんだ。だから、何も恥じる事は無いぞ」


「そ、そうね......」


 ――というか、これは誰でも失禁すると思うわ......だって、今のスバル、めっちゃ怖いもの......


 スバルに同意しつつ、由華は自分の彼氏の恐ろしさを痛感する。


 こうして一件目の強奪が終わろうとしていたのだが、二人の後ろから制止の声が聞こえてきた。


「手を上げろ! 強盗の現行犯で逮捕する」


 どうやら、レジ台に立つ女性店員が警報装置を作動させたのだろう。

 店の入り口にはガードマンらしき四人の屈強そうな男が銃を構えていた。


 ――さすがだな。これしきの事で拳銃を抜くのか......てか、ガードマンが拳銃を持ってるところが異常だな。


 スバルは己の異常性を棚上げして、ガードマンの対応について思考した。しかし、それをさっさと切り上げると、四人のガードマンに忠告する。


「俺としては無関係の者を痛めつける気はないんだ。だが、降り掛かる火の粉は振り払う必要があるからな。もし向かってくるなら命懸けだと思えよ!」


 ――降り掛かる火の粉......火を点けてるのがスバルなんだけど......これじゃ、火付け盗賊だわ......でも、なんかカッコいいかも......だけど、この人達、命知らずね。今のスバルと戦うなんて......


 スバルの台詞を耳にして、由華が思わず心中でツッコミを入れるのだが、やはり腐ったミカンだったようだ。既に彼女まで腐ってきていた。

 ああ、ミケに関してはスバルに関係なく完全に腐っているようだ。


「犯罪者が何をいう! 直ぐに手を上げろ! さもなくば、発砲用意!」


 当然ながら、スバルの忠告が聞き入れられる訳もなければ、由華の心の声が聞こえる訳でもない。

 故にガードマンたちは、スバル達を嘲笑するかのような視線を向けながら最後忠告をしてきた。しかし、悲しいかな相手はデパートとホテルを崩壊させた凶悪犯罪者なのだ。ガードマンが太刀打ちできる相手ではなかった。


「ぐぎゃ!」


「うぎゃ! いて~~~」


「ぐおっ、う、腕が......」


「あぐっ、かはっ!」


 リーダーらしき男が発砲を促した次の瞬間、四人の屈強な男達が悲鳴と呻き声を上げた。

 そう、スバルが瞬時に四人のガードマンを叩きのめしたのだ。


「だから言っただろ? たかが洋服強奪くらいでムキになるからだ。まあ、手加減したから死んだりしね~よ」


 ろくでもない台詞を吐きながら、スバルはガードマンたちから拳銃をもぎ取る。


「ちっ、ちゃちな拳銃だな」


 スバルは奪った拳銃を眺めてケチをつけると、おもむろに自分のハーフコートに仕舞った。そして、後ろを振り向くことなく告げる。


「いくぞ! 由華!」


「は~い! スバル、着替えるのはいいけど、お風呂に入りたいわ」


「そうだな。どこがいいかな~~」


 スバルの行動に苦言を述べるどころか、由華は彼の左腕を抱くと入浴を所望した。

 そんな腐った二人は次なる場所へと向かうのだった。

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