第93話 強者の習わし?
切り立った崖の高さは十メートルくらいだろうか。
その広さは一辺が二十メートルほどの正方形に近いだろう。
そんな場所に落とされた風樹は、周囲を見渡しながら悪態を吐いてた。
「畜生! なんてガキだ。こんなところに落としやがって、ぬっ殺してやる」
毒を吐きつつその場から飛び上がろうとしたのだが、すぐさまスバルが飛び降りてきたのを見遣り、直ぐに考えを変えたようだ。
即座に、スバルに向かって両腕を振る。
「死ねや!」
そう、風樹はそれがチャンスと考えたのだろう、スバルに向けて風刃を放ったのだ。
ところが、スバルは素早く宙を蹴って風樹の放った風刃を避ける。
「な、なんだと!?」
驚くのも無理はない。なにせ、宙を走れる者など、そうそうお目に掛る機会は無い筈だからだ。
スバルは素早く宙を疾走しながら地に降りると、言葉を放つのも面倒だとばかりに地を蹴る。
その途端に、無数の地槍が風樹に襲い掛かる。
「またそれか? そんな攻撃が通用するわけが......なに!?」
これまで通り、地槍を風刃で切り捨てようとしたところで、風樹は表情を凍らせる。
しかし、スバルは気にすることなく地槍の攻撃を立て続けに繰り出す。
「ちっ! なんで切れ味が落ちたんだ!?」
自分の攻撃力が落ちたことを訝しげにしながらも、地槍の切断面の上を駆け抜ける。
風樹が不思議に思うのも仕方ない。
なぜなら、これまで簡単に切り裂けていた筈の地槍が、思うように切り崩せなくなったからだ。
それは、全く切れない訳ではなく、風刃を何度か放てば、切り裂くことはできる。
ただ、この状況において、一度で切り裂けないことは致命的なのだ。
案の定、風樹は、地槍にによって行く手を塞がれた。
「ちっ! くそ邪魔な......奴は何処だ!?」
まるで石の森を思わすような状況に、風樹はスバルを見失ってしまう。
次の瞬間、風樹は背後に気配を感じたのか、慌てて振り向く。
すると、そこには吹き荒れる風刃を縫うようにして現れたスバルが迫っていた。
「ぐおっ! ちっ! バラバラになりやがれ!」
風樹はすぐさま自分を取り巻く風刃を、透かさずスバルに向けて放つ。
しかし、スバルはそれが見えているかのように、瞬時に回避すると刺突武器となった左手を突き出す。
「くそっ! なんで避けれるんだ!? 見えてんのか?」
勿論、スバルの心眼によって丸見えなのだが、それを知らない風樹は今更ながらに混乱しつつも、紙一重でスバルの攻撃を躱す。
ただ、その鋭い突きを躱しきれなかったのだろう。風樹の頬から一筋の鮮血が宙を舞った。
「ちっ!」
痛みに顔を顰めながらも、距離を取ろうとする風樹だったが、スバルの速さは常軌を逸していた。
「逃がさね~よ。このクソゴミ!」
毒を吐きながらも、スバルは瞬時に風樹の後ろに回り込むと再び突きを繰り出す。
「こなくそっ! 粉々になりやがれ!」
慌てて振り向きながらも、風樹は両手を振って風刃を繰り出す。
その反撃は、スバルの突き出すランス状の突起に綺麗な切断面を刻んでいく。
「フフフッ。バラバラになれよ!」
己の反撃に効果があったことで気を取り直したのだろう。風樹はニヤリとしながら更なる風刃を繰り出す。
風樹が放った風刃によって左の刺突武器が切り裂かれ、頬や体を切り裂かれながらも、スバルは鬼の形相を変えることなく右手の刺突武器を突き込む。
「あまいあまい! 喰らうか! さあ、死ね!」
目にも留まらぬ速さで繰り出すスバルの突きを、風樹は易々と切り裂く。
ところが、次の瞬間、風樹はバランスを崩して慌てふためく。
「うわっ! な、なんだ」
これまで足場にしていた地槍が一気に消え去り、風樹は呻ぎ声をあげて落下する。
そう、スバルが地槍を解除したのだ。
五メートルはあろうかという足場が突然なくなったのだ。風樹が慌てるのも仕方ないだろう。
ただ、そんな風樹を他所に、スバルは宙を駆けていた。そして、背後を取ると、透かさず切り裂かれた刺突武器をぶち込んだ。
「喰らえ! クソゴミ!」
「ぐほっ!」
風刃によって平らになった左の刺突武器で殴りつけられ、風樹は呻き声を残して吹き飛ぶ。
しかし、それでは終わらなかった。
瞬時に回り込んだスバルが右の刺突武器で、容赦なく殴り飛ばす。
「がはっ!」
「がはじゃね~! てめ~は許さね~!」
罵声を浴びせるスバルは、風樹を何度も殴りつける。
その度に呻き声を上げる風樹は、地に落ちることなく鮮血を撒き散らしながら何度も宙を舞う。
「まだまだ! 俺の女に手を上げたんだ。これくらいで済ませるかよ!」
「がはっ!」
既に纏っていた風刃の竜巻も消えてなくなり、死に体となって宙を舞う風樹を、スバルは容赦なく殴りつける。
どれほどそうしていただろうか、既に顔の形が変わり、腕や脚はあらぬ方向に曲がり、全身を真っ赤に染めた風樹が地に転がる。
それを鬼の形相で見下ろすスバルは、勝利に喜ぶことなく腕を振り上げる。
「あの世で後悔するんだな」
風樹はと言えば、既に意識が無いのだろう。いや、辛うじて生きていると表現した方が良いかも知れない。
それ故に、スバルの引導に気付くことすらない。
そんな風樹に向けて、スバルはあげていた手を振り下ろす。
「ま、待ってくれ! ちょ、ちょ、まっ」
「ま、待ってください」
突然の制止に、スバルは風樹の顔面へと突き込もうとした手を寸前で止める。
もし、その声があと一秒遅ければ、風樹はスイカ割のように頭を砕かれていたことだろう。
なにせ、右手の刺突武器は風樹の鼻に触れる寸前で止まっているのだ。
ただ、スバルは自分が手を止めたことに驚いていた。
――なんで止めちまったんだ? てか、あいつ等って、こいつの弟だったかな......
己の行動に納得がいかないスバルだったが、直ぐに走り寄ってくる炎樹と雷樹に視線を向ける。
彼等は慌ててやってくると、風樹の状態を見て顔を引き攣らせた。
「うわっ! ひで~、どうやったらこれだけボコボコにできるんだ?」
「あぅ、風兄、生きてるのかな?」
あまりの惨状に、炎樹と雷樹がドン引きしている。
しかし、スバルはそれを気にすることなく毒を吐く。
「何言ってるんだ? こいつは始末するし、お前等の同じだ」
「うぐっ」
「あう......」
スバルから情け容赦なく毒を吐きかけられ、その気迫に負けて一歩後退った炎樹と雷樹は、何を考えたのか、慌てた様子でその場に土下座した。
「何のつもりだ?」
「す、すまない。オレ達が悪かった......だから、もう止めてくれ」
「ごめんなさい。僕らが悪かったんです。もう手出ししませんから......」
訝し気にするスバルの前で、炎樹と雷樹は恥も外聞もなく必死に謝り始めた。
ところが、怒りの収まらないスバルは、全く許す気がないようだ。
「なに甘っちょろいこと言ってんだ? 仕掛けてきたのはお前等だろ」
抑々、皇居に襲撃をしかけたのはスバル達なのだが、それを棚あげして炎樹と雷樹に冷やかな視線を向ける。
「そ、それは......いや、オレ達が悪かったんだ。何でも言うことを聞く。軍門に下れというのなら、そうする。あの可愛い子にも手をださない。だから、許してくれ、この通りだ」
「心を入れ替えて、君のために働くから、お願いだから許してください」
炎樹は理不尽だと感じたようだが、それが強者の習わしだと理解したのだろう。不満を飲み込んで必死に頭を下げた。
勿論、手を出さない可愛いことは、ナナのことである。
それはさておき、弟の雷樹も、情けない表情でペコペコと何度も頭を下げている。
そんな兄弟を見ても、スバルの気持ちは変わることは無いのだろう。眉一つ動かさずに、二人の申し出を却下しようとした。
「ふざけんなよ! 許す訳ね~だ――」
「いいじゃない。心を入れ替えてスバルの下で働くっていうなら。許してあげたら?」
ところが、いつのまに崖から降りてきたのか、スバルの後ろにやってきた由華が割って入った。
「由華!? 大丈夫なのか?」
いつもと変わらぬ様子の由華を見て、スバルは驚きつつも直ぐに彼女の容態について尋ねる。
「ええ、もう大丈夫よ。というか、また足を引っ張っちゃってごめんなさい」
「いや、いんだ。お前が無事ならそれでいい」
「あはっ」
スバルの言葉に由華は頬を赤らめる。
しかし、喜ぶ彼女を他所に、スバルは目の前に土下座する者達の処分について尋ねる。
「それでいいのか? こいつらのことだ。裏切るかもしんね~ぞ」
「う、裏切りません。絶対に......もう、あんたを敵になんて回したくないんだ」
「ぼ、僕らは、腐った皇族から解放されるなら、それだけで嬉しいんですよ。だから、皇族と敵対するのなら、僕らも力になります」
冷やかな視線を向けるスバルに、炎樹と雷樹が必死に取り縋る。
それを見た他の少女達も、少し呆れた面持ちでスバルに視線を向ける。
「まあ、いいんじゃないかい? 裏切ったらその時はその時さ」
以前、仲間に裏切られた久美子は、仕方なしといった風に肩を竦めてスバルに進言する。
「そうですね。敵対したから殺すというのは、少し短慮な気もしますし、一度くらいは許しても良いのでは?」
心優しいサクラも、どうやら由華に賛成なようで、許してやれと告げてくる。
「でも、裏切ったら唯では済まさないのですね」
あまり人を信用していないナナは、土下座する二人に釘を刺す。
「まあ、どの道、スバルには勝てないさ。破壊神と戦うなんて誰も望まんだろ?」
スバルを破壊神に例えた蘭が、軽い調子で問題ないと頷く。
「それじゃ、決まりね。あんた達は、今日からクラッシャーズの隊員なんだから、スバルの言うことを聞いて、この日本を壊して回るのよ!」
「えっ!? クラッシャーズ?」
「はい! 壊すのが仕事なら、望むところです」
由華の物言いに、炎樹が驚きで目を見開くが、弟の雷樹は直ぐに理解したのか、嬉しそうに頷く。
結局、スバルの気持ちとは裏腹に、無法三兄弟はクラッシャーズの隊員として迎え入れられることになるのだった。
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