第96話 外人? 害人?


 何もかもを突き刺し、切り裂かんばかりに突き立つ棘。

 土なのか、石なのか、はたまた鉄なのか、その素材は全く定かではないが、それは剥き出しの刃の如く研ぎ澄まされ、天を貫かんとするかのような勢いで地から伸びていく。

 その様相は、人であれば足から始まり頭をも貫き通す長大さであり、人であれ、魔獣であれ、喰らえば一溜りもない攻撃力と凶暴さを放っていた。


 そんな神の戒めとも思える地の棘が、まるで児戯だと言わんばかりに易々と粉砕される。

 何もかもを喰らいつくす筈の牙が、ガラスが割れて粉々になるかの如く、バラバラとなって地に戻る。


「こんな攻撃......茶番じゃのう。もっとマシな能力は得られなかったのか?」


「うっせ! クソジジイ!」


 高笑いする皇主に、スバルが憎まれ口を叩くが、心中では冷や汗の連続だった。


 ――くそっ、どんな原理だよ! 空気が色を変えた途端にバラバラだし......やっぱり、空間を使った力なのか? その割にはその空間に居るジジイは平気そうなんだよな......


 己が放った攻撃がものの見事に粉砕されるのを見て、スバルは歯噛みをしながら皇主の能力について考える。

 しかし、残念なことに、スバルの頭でいくら考えても答えが導き出せない。

 ただ、スバルの心眼には皇主の攻撃が見えていた。

 それからすると、皇主が能力を発動した途端に、一定の空間が色を変えてゆき、最後はヒビが入る。そして、次の瞬間には粉々に砕け散るのだ。

 その切断面は、鋭利な刃物で切り裂いたかのように見えるのだが、粉砕された物質の大きさからして、何かで切り刻んだ訳ではないだろうと、スバルは判断していた。


「それにしても、ちょこまかと......もしや、見えておるのか!?」


 心眼の力で攻撃を躱し続けるスバルに業を煮やしたのか、さすがの皇主も眉間のシミと皺を歪める。


 そう、相手は見た目でいうならば、七十は過ぎていそうな年寄りなのだ。

 ところが、少しばかり覗く腕や脚は、まるで若者のような張りと艶だった。

 その事にも疑問を持つスバルだったが、今は目先の対処が忙しくて、それを考える余裕が無いようだった。


 ――くそっ~、やっぱりこの状況だと攻撃もワンパターンだし、どうしようもね~~~! おっと!


 現在の状況に歯噛みするスバルは、皇主から放たれた炎の矢を素早く避ける。

 ただ、いくら避けても、現在の場所が屋敷の敷地を出て直ぐの所であり、錬金の素材となる物が地面しかないのだ。

 それ故に、スバルの攻撃は簡単に読まれ、後手後手となっている状況だった。


 ――牢獄プリズンで覆っても直ぐに粉々にされるしよ~、なんかいい手はないのか? ちっ、障壁シールド! くそっ、またかよ!


 皇主が放った雷を障壁で遮り、更にはそこから急いで移動する。

 何故なら、障壁で雷を防いだ途端、周囲の空気が色を変えたからだ。


 完全に手詰まりとなっているスバルは、必死に皇主の攻撃を回避しつつ地槍を放つが、それは瞬時に切り裂かれてしまう。


「なんじゃ、帝都を沈めたというからどれほどのものかと思えば、この程度か......所詮は養殖ということだな......」


 ――そういや、あの長男もそんなこと言ってたな......天然モノと養殖モノだっけかな......


 ガッカリとした様子を見せる皇主の言葉を耳にして、スバルは風樹が口にしていた言葉を思い出す。


「おいっ! 養殖ってなんのことだよ!」


 戦闘中であるにも拘わらず、スバルは感じた疑問を言葉にする。

 勿論、敵であるスバルに答えようはずもない。

 ところが、皇主は何を考えたのか、ニヤリと顔を歪めた。


「なんじゃ、そんな事も知らんのか。良かろう。教えてくださいませ。皇主様と言えば、教えてやらんでもないのじゃ」


 偉そうに告げる皇主に、スバルは顔を顰めて即座に拒否する。


「うっせ! 誰が言うか! このクソジジイ――」


「教えてくださいませ、皇主様!」


「えっ!?」


 思いっきり罵声を浴びせるつもりが、後ろから聞こえてきた寧々の叫びに妨げられ、スバルは思わず目をパチクリとさせる。

 ただ、皇主は寧々の返事でも満足したのか、嬉々として声高らかに説明を始めた。


「良かろう。天然とはワシの血筋で、養殖とは九文のガキが作り上げたものじゃ。能力を吸い取るために、奴の遣りたいようにさせていたが、これでは能力を吸い取る気にもなれんのじゃ」


 ――なんだと!? 今の話だと、能力の発端がこのクソジジイだと聞こえる......いや、それよりも能力を吸い取る? いったい何の話だ?


 皇主の説明にスバルが疑問を抱くのだが、すぐさま怒りの篭った寧々の声が割って入る。


「能力を吸い取るということは......やはり、母を死に至らしめたのは皇主様なのですね」


「ああ、汐織しおりの力は戦闘向きじゃないが、役に立つんじゃよ。それ故に、能力を返して貰ったが、あの女は惜しいことをしたのう。本当にいい女じゃった」


「悪魔です......許せない......」


 ――返して貰った? どういうことだ? ただ、聞いても教えてくれる訳ないしな......


 怨嗟の声を上げる寧々を他所に、スバルは皇主の言葉尻に引っ掛かるものを感じていた。

 しかし、それを口にしても嘲笑われるだけだと思い、疑念を心の中に仕舞い込む。

 ところが、今度は結の叫び声が聞こえてきた。


「皇主様、返して貰ったとはどういうことですか?」


 どうやら、憤りを露にしている寧々と違って、結は皇主の言葉を冷静に分析したのだろう。スバルの抱いていた疑問をそのまま口にした。


「そんなことを教える訳がないじゃろ!? なんとも愚かな者達じゃのう」


 スバルの予想通り、皇主は嘲りの言葉を吐き出す。

 しかし、結は何を考えたのか、続けて皇主に話し掛けた。


「教えてくださいませ。皇主様!」


 ――さすがだな......このメゲないところと、発想が安易なところが、天然ボケ――電波系の真骨頂というやつか......頼むだけ損だろ!?


 結の図太さに感服しながらも、スバルはその行為が無駄骨だと感じていた。

 ところが、何を考えたのか、皇主は一つ頷くと、納得の表情で了解した。


「ふむ、良かろう」


 ――おいっ! このジジイも天然ボケかよ! いや、天然モノってそういう意味か?


 皇主の態度にガクリとズッコケそうになるスバルだが、それを何とか持ちこたえる。

 すると、皇主はスラスラと語り始める。


「ワシはのう、本来は異世界の大魔術師じゃった。それで、ワシがこの世界に来たのは、ただの偶然じゃった。ある実験をしていた時に、ちょっとしたミスをやらかしてのう。気が付いたらこの世界で倒れていたのじゃ。ただ、気が付くと殆どの力が失われておっての、帰るに帰れなんだ」


 ――ぐはっ、マジで魔法使いなのか......てか、自分で大魔術師って言っちゃった......恥ずかしくないのか? 俺なら悶絶ものだぞ!?


 呆れた眼差しを向けつつ身震いするスバルを全く気にすることなく、皇主はサクサクと話を進めていく。


「それで、百年ほどたった頃に気付いたのじゃ。ワシの力は使えなくなったが、血筋にはその力を持った者が生まれるということをな。それ故に、ワシは子孫をじゃんじゃん増やしたのじゃ。これで、頭の悪いお前達でも分かったじゃろ。ワシは元の能力を取り戻すために子孫を増やしておるのじゃ」


 ――おいおい、それって唯単に遣り捲ったって言いたいのか? 最低だなこいつ......


 いったいどれだけの棚があるのかは分からないが、スバルは自分の事を棚上げして、皇主に蔑みの視線を向ける。

 しかし、その軽蔑の眼差しが届く前に、結が疑問を口にした。


「皇主様はいったい何年生きておられるのですか」


「ふむ。かれこれ千二百年くらいは生きておるのじゃ。まあ、それも大魔術師ならではの力じゃがの」


 ――ダメだ......こりゃ、人間じゃね~わ......いや、それよりも、このクソジジイの目的は何なんだ?


 話を一通り聞いたスバルは、皇主の目的が気になり始める。

 そんなスバルの考えを読んだのか、ナナがコソコソと結に話し掛けていた。

 すると、ナナから聞かされた話に納得したのか、結が力強く頷くと、声高らかに問い掛ける。


「皇主様はこの世界をどうしたいのですか」


 その質問に回答拒否するかと思いきや、皇主は顔の皺を歪めて笑い始めた。


「クククッ、あはははははは。何をいうかと思えば......この世界に興味などないわ! ワシは元の世界に帰りたいだけじゃ。それ以外のことはどうでも良いのじゃ」


 ――ぐはっ、なんて質の悪い奴だ。じゃ、こんな日本にしたのも、子孫を残し易いようにしているだけで、この日本がどうなろうと構わないというのか......最悪だ......こりゃ、どうあっても死んでもらうしかなさそうだな......こんなクソジジイは百害あって一利なしだ。


 皇主の本心を知ったスバルは、呆れと怒りを同時に感じる。

 そして、これまでのことを思い出し、どうあっても皇主を逝かせると決めたようだ。


 スバルは一歩前に出つつ、皇主に向けて毒を吐く。


「まあいいや、取り敢えず、クソジジイ、お前は消えて無くなれ!」


 ところが、皇主はそこでクスクスと笑い始める。


 そこで初めて、スバルは異変に気付く。


 ――あれ? 今の笑い声......さっきの笑い方といい、なんか印象が違うくね~か?


 そう、これまでの年寄り染みた笑い方ではなく、いつの間にか皇主は若々しさを滲ませた声を発していたのだ。


「クククッ。クソジジイか......やはりお前は頭が悪そうだな」


 皇主は歪めた顔で笑い声を立てながらスバルを罵るが、次の瞬間、両手で顔を隠したかと思うと、直ぐに両手を降ろした。


「なんだと!?」


「カッコいいかも......」


 そこに現れた皇主の顔を見て、ぶっ魂消るスバルだったが、後ろの方から聞こえてきた結の声で正気に戻る。


 ――おいおいおいっ! こんなオチかよ......道理で元気な訳だ......オマケに外人かよ......いや、この場合は害人だな......


 度肝を抜かれたスバルは、生い先短いように見えた男が若々しい二枚目に変身したことで、棒立ちとなったまま声を無くすのだった。

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