第69話 思わぬ再開?


 総理官邸から撤退したミケが、帝都内を逃げ回っていた頃、スバル達は暴走列車もとい、暴走ワンボックスカーで帝都の街中を快走していた。


 そこに至るまで、様々な出来事があったのは言うまでもないだろう。

 しつこく追ってくるパトカーを手榴弾で爆破したり、封鎖されたゲートをスバルが溶かしてみたり、更には検問所を久美子が燃やしてみたり、腹が減ったということで自動販売店を荒らしてみたりと、一般市民からすれば、まさに悪の権化だと言いたくなるような所業を重ねてきたのだ。


「はむはむ、むしゃむしゃ――このメロンパン、めっちゃ美味いぞ!」


「こっちのハムチーズパンも美味しいわよ」


「何を言ってるんだ。やっぱりカレーパンが最高だろ」


「三人だけ食べてないで、私にも食べさせて欲しいのですね」


 既に前科何犯になるのかも分からないスバルが、メロンのエキス一滴すら入っていないメロンパン片手に、その美味さに感嘆の声を上げると、由華と久美子が手にした自分好みのパンを高評価した。

 しかし、ワンボックスカーの運転に従事するナナは、頬を膨らませて不満な態度を露にする。


「すまんすまん。ナナは何がいいんだ?」


「私はイチゴショートがいいのですね」


「ね~よ! そんなもん!」


 ナナひとりが何も食べていない状態に気付いたスバルが、申し訳なさそうに何がいいかと尋ねると、彼女はショートケーキを所望してきた。

 勿論、そんな大層な食べ物は無く、スバルが呆れつつも嘆息する。


「だったら、焼きそばパンでいいのですね」


「ああ、それもね~や」


「はぁ~!? カレーパンがあって焼きそばパンがないなんて、神への冒涜なのですね」


「はいはい。これでも食っとけ」


 ――いったい何が神の冒涜なんだか......そもそも、焼きそばパンなんて、炭水化物と炭水化物を掛け合わせた凶悪なパンだぞ?


 呆れ果てたスバルは、兄弟パンとも言えるグラタンコロッケパンの包みを開けると、半分にちぎってナナの口元へと差し出した。


 ――まあ、これも炭水化物の塊だけどな......


 ハグハグと食いつくナナを眺めつつ、炭水化物オンリーと言っても過言ではないグラタンコロッケパンの残りを自分の口に入れた。


 ――でも、うめ~~!


 やはり、どれだけ炭水化物の集合体であろうと、惣菜パンは人類を虜にするようだ。


「あ~美味しかった。それで、研究所まで後どれくらいで着くのかしら?」


 パンの包みをコンビニ袋に入れながら、お腹を満たした由華が問い掛けた。


「順調にいけば、あと三十分も掛からないと思うのですね」


「まあ、順調にいくとは思えないけど......」


 咀嚼していた炭水化物を嚥下したナナが答えると、由華は無理だとばかりに首を横に振ったのだが、ワンボックスカーの窓ガラスが異音を放ったのはその時だった。


「な、なに、今の音!」


「飛び石か?」


 音に反応した由華と久美子が声をあげるが、すぐさまナナがそれを否定する。


「いえ、狙撃されたのですね。でも、あれくらいなら全く問題ないのですね」


 ――マジかよ......どう見てもワンボックスカーにしか見えないんだけど、本当に装甲車の性能を持ってんのか......


 ナナの発言を聞いたスバルが、傷一つない窓ガラスを触りながら呆れる。

 しかし、そこでナナがスバルに注意する。


「窓に触れてはダメなのですね。張力が下がってしまうのですね」


「お、おっ! す、すまん。てか、どういうことだ?」


 謝りつつも、理解の追い付かないスバルは、直ぐにその原理を尋ねる。


「その原理は私も知らないのですね。ただ、リリー達がそう言ってたのですね」


 ――リリー......まさかと思うが、もしかして、それってロリコンマッチョリーダーの名前か? リリー......ありえん。


 ロリコンマッチョの名前を聞いた途端、既にガラスの事など、どうでも良くなったのか、スバルはロリコンマッチョを思い浮かべながら必死に首を振る。


「てか、呑気にしてる場合か? さっきからバシバシ音がするぞ......」


「これくらいなら、無視してても問題ないのですね。って......ダーリン、またバリケードですね。どうしますか?」


 窓ガラスから身を離した久美子が、不安そうな表情で、断続的に発する音を気にする。

 それでも、ナナは気にしていないようで、サラリと久美子に答えたのだが、どうやらまたまた行く手を封鎖されてしまったようだった。

 ただ、そこで前方を見遣ったスバルは、違和感を持ったようだ。


「てか、あのバリケード、なんかおかしくないか?」


「そうね。なんで人間がバリケードのこちら側に居るのかしら」


「あれって、こっちじゃなくて、反対側用のバリケードなんじゃないのか?」


 スバルが抱いた違和感をそのまま口にすると、由華がそれに同意し、久美子が己の考えを口にした。


「確かに、そう言われると、あのバリケードって反対側用なのですね。ということは、向こう側で何か起こってるのですかね? ダーリン、どうしますか?」


 どうも、久美子の考えが正解だと感じたのか、ナナは彼女の考えに同意すると、すぐさまスバルにこれからの行動について判断を仰ぐ。


 勿論、総理官邸襲撃、延いては総理大臣暗殺なんて事件を知らないスバル達は、そのバリケードの必要性について全く理解できていなかった。


 ――そこにバリケードがあるなら、越えるまでだ。


 まるで、登山家が山に登る理由を告げるかのように、スバルは心中でバリケードの突破を決定する。

 しかしながら、スバルがナナに答える前に、彼女は驚愕の声を上げた。


「うわっ!」


 驚きを露にしながらも、ナナは即座にブレーキを踏む。


「うんぎゃ!」


「あんぎゃ!」


 由華と久美子が急ブレーキの反動で、前席の背もたれに突っ込んだようだ。

 後部座席からは、まるで仁王の名前でも叫んだのかと思える呻き声が聞こえてくる。


 ――この二人、くそ笑えるんだが......やっぱり後部座席もシートベルトをしないと危ないよな......てか、それどころじゃね~! くそっ、どうする......


 由華と久美子の呻き声を耳にして、思わず吹き出しそうになったスバルだったが、心眼が捉えた前方の様子に、慌てて思考を巡らせる。


 というのも、ナナが急ブレーキをかけた理由は、向こうからバリケードを強引に突破してきた大型トラックが、そのはずみで横転したままこちらに突っ込んできたからだ。


「うわ~~~~~~、ぶつかる~~~~~~! ですね~~~~~~!」


 既にワンボックスカーを停止させたナナが、勢いよく特攻してくる大型トラックを見て、混乱した様子を露にする。


 ナナの態度を察するに、いくら装甲車といえども、大型トラックと衝突すれば、唯では済まないようだ。


 ――ちっ、しゃ~ね~!


 スバルは舌打ちしつつも、ワンボックスカーの床を蹴る。

 更に、床にできた穴から路面を蹴った。


 次の瞬間、鼓膜を叩くような破砕音が響き渡る。

 しかし、スバル達の乗るワンボックスカーには、何の衝撃も伝わってこなかった。


「あれ?」


「なんだこれ?」


「危機一髪だったのですね。ダーリン、ありがとうなの......って、ダーリン!?」


 衝撃に備えて目を瞑っていた由華と久美子が、その固く閉じた瞼を開いた途端、ワンボックスカーの前に聳え立った障壁を目の当たりにして、呆気に取られた声を上げる。

 呆然とする後部座席の二人と違って、ナナはそれが誰の仕業か直ぐに気付いたようだ。助手席に座るスバルに向けて感謝の気持ちを伝えようとした。

 ところが、感謝の言葉を口にしていたナナは、スバルの足元を見て怒りの声を上げる。


「ゆ、ゆ、床に、穴を! 私のピンクパンサーを......どうしてくれるんですか!」


「す、すまん。時間が無くて......うおっ!」


 愛車に穴を開けられて、まさに発狂せんばかりのナナに、スバルは頭を下げるのだが、突如として鼓膜を破らんほどの爆発音が響き渡り、障壁の向こう側では真っ赤な炎と真っ黒な煙が立ち込め、その臭いと熱が伝わってきた。


「ぐおっ! やべ~ぞ! ナナ、バックだ。ここは迂回するぞ」


「りょ、了解なのですね」


 あまりの惨事に、スバルが慌てた様子で方向転換だと告げると、ナナも拙い状況だと感じたのだろう。すぐさまシフトをバックを示す『Rりばーす』に変える。

 しかし、由華が発した言葉でストップが掛かってしまう。


「み、ミケ!? もしかして、ミケなの?」


「「えっ!?」」


「ん? ああ、猫娘か......てか、あれって重傷じゃね~か? かなりヤバそうだぞ?」


 由華の叫びに、スバルとナナが驚きを露にし、久美子は素っ気ない態度でミケの様子を口にした。


 そう、炎がチラつく障壁の脇から出てきたのは、ミケこと美香子だったのだ。

 ただ、彼女はスバル達の乗るワンボックスカーの近くまで来たところで、まるで限界だと告げるかのように、血だらけの身体を横たえたのだった。

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