第68話 総理官邸襲撃?
海上都市の東側には、ここが人工島とは思えないほどに綺麗な庭園があった。
恐らくは、潮風にも負けないように品種改良された植物なのであろう。
こまめに手入れされているであろう草木は、冬であるのにも拘わらず青々としており、見る者に季節を勘違いさせそうだ。
本来であれば、そんな風情を感じさせない庭園を楽しむこともできるのであろうが、残念なことに現在は深い霧に包まれていて、それを楽しむことすらできそうにない。いや、仮に霧が掛かっていなくても、朝とはいえ未だ薄暗い時間だ。それを楽しむどころか、ゆっくり寝かせてくれと主張するに違いない。
「霧の朝とはお誂え向きだな」
「ああ。でも、本当にこの人数で攻め込むのかナ~?」
解放戦隊の山神が周囲を確認しながら、現在の状況に気色を見せる。
ミケも状況ついては賛同なのか、納得とばかりに頷きを返すが、後ろのメンツを見ながら肩を竦める。
なぜなら、ミケの後ろに整列している隊員の数は、精々が三十人といったところだったからだ。
「仕方あるまい。それに多ければいいというもんでもないだろ? これでも精鋭を連れてきたんだぞ? それとも、もしかしてビビってるのか?」
「別に怖気づいた訳じゃないナ~。ただ、少し無謀に感じているだけだナ~」
「まあ、そう思うのも仕方ないか......だが、それを見越しての奇襲だ。これでダメなら、この先、どれだけ頑張っても無理だろうさ」
「それは一理あるけどナ~。仕方ないナ~。腹を括るしかなさそうだナ~」
山神の尤もな意見に、ミケは渋々と頷くと、緩んでいた表情を引き締める。
一気に鋭い目付きとなったミケに満足したのか、山神は己の笑みも消し、整列する隊員に向けて指示を出す。
「予定通り、一班五人で突撃するぞ。先頭はオレがいく。
「ウチが最後尾でいいのかナ~」
「ああ、後ろを塞がれると、挟み撃ちに遭うからな。頼んだぞ!」
「分かったナ~」
ミケが了承すると、山神は一つ頷いてから踵を返した。
「いくぞ!」
小さくとも気合の入った掛け声をあげると、山神はまるで黒豹の如くしなやかな足取りで総理官邸へと消えていった。
それに続いて、次々と隊員たちが突撃していく。
勿論、銃声や悲鳴が聞こえてくるようなことはない。
というのも、突撃といえど、どちらかと言えば暗殺行為に近いからだ。
それ故に、殆ど音を立てることなく、見張りの者を始末し、次々に総理官邸の敷地へと入っていく。
最後尾で突入するミケは、用心深く周囲を確認しつつ、敵に察知されていないことを感じ取ると、連れの四人に向けて手を振り、無言の合図を送った。
――察知はされてないが......どうも嫌な予感がするナ~。なんか、上手く行き過ぎているナ~。
何事もなく順調に進んでいる状況を逆に不安に感じ始めたミケだったが、今更ここで止める訳にもいかないのだ。
足音を立てないようにしつつも、ミケは異様な速度で駆けていく。
それでも、彼女にとっては全力疾走という訳ではない。
なぜなら、彼女が本気で走ろうものなら、連れの者達が誰一人付いてこれなくなるからだ。
先行部隊に続き総理官邸の門を潜ると、既にあちこちに屍が転がっていた。
――うむ。味方の死体はないナ~。
脚を止め、チラリと周囲を見渡したミケは、味方が遣られていないことにホッと一息入れると、すぐさま再び脚を進めた。
――ん? 今のはサイレンサの音かナ~?
屋敷が目の前となったところで、ミケの耳が常人では聞き取れないほど小さな音を拾った。
その途端、今度はサイレンサを通さない銃声が響き渡る。
――どうやら、完全に気付かれたようだナ~。じゃ、ここからが本番という訳だナ~。
ミケは誰に見せる訳でもなくひとり頷くと、連れの者達に指で合図を送る。
すると、連れの者達が散開し、それを見届けたミケは、正面から屋敷へと突入する。
先程とは違い、疾風の如く屋敷へと向かうと、既に銃撃戦が繰り広げられており、とてもではないがミケが突撃できる状態ではなかった。
――ちっ、これだけの銃撃戦になると、さすがに手が出せんナ~。
接近戦を得意技とするミケは、顔を顰めて舌打ちをする。
勿論、銃を所持してはいるのだが、彼女の場合は、それを撃ち放つと味方に被害がおよぶ可能性があるのだ。
それ故に、ミケは戦闘に参加せず、身体を庭石に隠したまま、敵の様子を隈なく確認していく。
しかし、彼女はそこで違和感を抱いてしまう。
――総理官邸の警備って、こんなものなのかナ~? 幾らなんでも手薄過ぎるよナ~。
屋敷の窓や物陰から銃を撃ち放ってくる敵の数に、彼女は思わず首を傾げてしまうのだった。
襲撃だと聞いた
「本当に来るとはな......てっきりガセネタだと思っておったが......まあいい。予定通りに進めろ。ああ、全員を始末するなよ! 東条達の情報を吐かせるんだ」
寝巻の上からガウンを纏った外道は、携帯を片手に偉そうな態度で告げる。
通話先の相手から了解を聞くと、外道はテーブルの上に携帯を放り投げ、自分は豪華な革張りのソファーに腰を下ろした。
「本当に愚かな奴等だ。まあ、蛆虫どもの知恵とは、所詮そんなものだろう」
テーブルの上に置かれたウイスキーをグラスに注ぎ、脂ぎった顔を醜悪な表情に変えると、一気に琥珀色の液体を飲み干した。
「クククッ! これで東条達も終わりだな。そうすれば、いよいよワシの天下だ。いや、あの老いぼれ達、皇族をどうやって始末したものか......」
そう、外道は皇族に成り代わって、この国を我が物にしようと企んでいるのだ。いや、それどころか、普段から偉そうにするだけで、何も成さない皇族を毛嫌いしていた。
「まあいい。あんなボケたジジイ達なんて、直ぐにでも始末できるだろう」
外道は皇族の悪口を漏らしながらも、二杯目のウイスキーをグラスに注ぎ、それを口に運ぼうとした。
ところが、外道の腕はそこで止まってしまった。
「な、なんだこれは!?」
唐突に腕を締めあげられ、その感触で異常に気付いた外道が驚きの声を上げる。しかし、次の瞬間には、肢体の全てを絡めとられてしまう。
「つ、
肢体を拘束する蔦を見て、外道はこの所業をなす犯人に気付いたようだ。すぐさま総理大臣という権威を笠に着る。
しかし、どうやら相手は、そんなことなど承知の上だったようだ。
「オジサン。少し頭がおかしいんじゃないの? 別に知りたくもないけど、オジサンが誰かなんて知ってるに決まってるじゃない。だって、ここは総理官邸なのよ?」
「お、オジサン......貴様! こんなことをして唯で済むと思ってるのか!」
オジサンと言われたことで、更に怒りを燃え上がらせたようだ。外道が険悪な表情を剥き出しにして吠える。
しかし、どうやら己の立場を理解できていないのは、彼の方だったようだ。
「あはは。オジサン、笑えるわ。この状況でそんなことを言えるなんて......漫画かアニメの世界だけだと思ってたわ。ねえ、オジサン、身の程知らずという言葉を知ってる?」
どうやら、楓の笑い声は、どんな脅しよりも効果があったようだ。
「す、すまん。誰に頼まれたかは知らんが、ワシがもっといい条件を出す。何でも言ってくれ。だから、この拘束を......」
薄暗い部屋の中でクスクスと笑う楓の声を聞いて、外道はさすがに身の危険を感じたのだろう。先程までの態度を改め、必死に命乞いを始めた。
「あはは。嫌よ! 私、汚いオジサンが嫌いなのよ。悪いけど消えてちょうだい」
「や、やめろ! た、頼むから、やめてくれ! か、金か? 地位か? なんでもやる。だから、だから止めてくれ!」
消えろと言われて、今にも泣き出さんばかりの表情となった外道が、懸命に懇願する。
すると、それが聞き届けられたのか、楓が頷く。
「ええ。いいわよ」
「ほ、本当か? な、何が、何が欲しいんだ? 何でも言ってくれ」
汗だくとなりながら、楓が了承したことで安堵の息を吐いた外道だったが、彼女の次の言葉で凍り付く。
「私が欲しいのは......オジサンの死よ!」
「や、やめ――ごぎゃ!」
安堵の表情を一瞬にして引き攣らせた外道は、慌てて声を荒げた。
しかし、次の瞬間には腕が千切れ飛び、脚が千切れ飛び、悲痛な表情をしたままの首が宙を舞う。
「さあ、こっちは片付いたわ。あとはお任せね」
部屋中を血だらけにしながらも、全く気にした様子のない楓は、ひと仕事を終えた
サラリーマンのような言葉を残して、この場から立ち去るのだった。
外道がこの世と別れを告げた頃、屋敷の外ではミケが表情を引き攣らせていた。
――これは......完全にバレてたんだナ~。これは内通者が居るとみて間違いなさそうだナ~。
銃撃戦の最中に、場違いな少女二人が現れた途端、形勢が一気に逆転したのだ。
「お前等の所為で、こっちは徹夜だっつ~の! 死んで償え!」
「本当に最悪ニャ。サクラと蘭どころか、楓も、菫も、雛菊もいないなんて! あとで懲らしめてやるニャ」
屋敷の瓦を雨のように降らせながら、緑が眦を吊り上げて怒声をあげると、その隣にいる
解放戦隊にとっても、その攻撃はイレギュラーだったのか、次から次へと簡単にやられていく。
呻き声をあげている仲間を見遣りながら、ミケは透かさず無線で山神に告げた。
「撤退だナ~。この作戦はバレてるナ~。このままだと全滅だナ~」
『みたいだな......くそっ、次があるとは思えんが......わかった。撤退するぞ』
あまりの状況の悪さに同じことを考えていたのか、山神はミケの意見に賛同すると、直ぐに撤退の指示を出す。
――まあ、この状況から逃げ延びるのも半端じゃなさそうだけどナ~。だが、そう簡単には死んでやらんナ~。
味方が次々に倒れるのを見ながら、ミケは自分自身に気合を入れると、疾風となって駆け出す。
「おっ! まだイキのいい奴が居たんだな! 死ねや! くっ! なんだ、これ! 目が追い付かね~」
「速いニャ! 多分、能力者ニャ! ちょ、ちょっと、スピード違反ニャ」
目にも留まらぬ速さで駆け巡るミケに、緑と椿が声をあげるが、それは直ぐに愚痴に変わった。
――少しでも時間を稼がないと、簡単には逃がしてくれそうにないからナ~! お前等は吹っ飛べ! てか、ウチの前でニャ~いうな!
山神に撤退を進言したミケだったが、自分は逃げるのではなく、時間を稼ぐために黒影に向かっていったのだ。
「うわっ! やべっ! サンクス、椿!」
「速過ぎるニャ! 一旦、引いた方がいいニャ!」
ミケの高速蹴りをモロに喰らいそうになった緑だったが、椿の作った氷の壁で難を逃れる。
しかし、ミケの速さに手を焼くと判断したのか、二人は直ぐに後方へと下がった。
――ちっ、仕留めそこなったか......でも、時間稼ぎにはなったはずだナ~。くっ! ぐあっ! くそっ!
緑と椿が下がったことで、気を抜いたのが不味かったのだろう。突然、足元から生えてきた氷の棘で脚を貫かれてしまう。
深々と突き刺さった氷を砕き、ミケは己の武器である速さを削がれつつも、痛みを堪えて撤退するのだった。
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