第61話 硬い女?
建設途中のビルは、まるで骸のような様相を見せ、その広い敷地の周囲は、白い鉄の塀に覆われていた。
「す、スバル、もしかして助けるつもり?」
突然、駆け出したスバルに由華が疑問の声を上げると、彼は足を止めて不思議そうな表情を見せ、逆に問い掛けた。
「はぁ? なんで俺が奴等を助けなきゃいけないんだ?」
「えっ!? 助けるつもりで来たんじゃないの?」
逆に驚きを見せたことに、由華は呆気にとられるが、直ぐにスバルの考えを問い質すと、後から追って来たナナがそれに答えた。
「ダーリンは、武器を確保しに来たみたいなのですね」
どうやら、ナナはスバルの思考を読んだようだ。
そう、前回の蔦との戦いで、武器弾薬が乏しくなっていたのだ。
「ああ、そういうことね」
由華が頷くのを見て、スバルも納得したのか、彼女から視線を外すと、入り口を探して周囲を見渡す。
しかし、どうやら入り口は別方向にあるようで、どこまでも白い塀が続いていた。
――ちっ、回り込むのも面倒だつ~の。てか、俺の見える範囲だけでも敵がわんさか居やがるぜ。
塀の向こうを透視したスバルが、心中で吐き捨てる。
すると、ナナも敵の思考を読んだのか、スバルと同じ思いを口にした。
「結構な数がいるのですね。相手がメフィストだけだと思って油断しているみたいなのですね」
本来なら閉心術を使える者達なのであろうが、恐らくメフィストだけが相手だと思って気を抜いているようだ。
「それで、どうするの?」
スバルとナナから敵が沢山いると聞いた由華が尋ねた。ただ、彼女の表情はどこか暗い雰囲気を漂わせていた。
そんな由華を他所に、スバルは少し考える仕草をしたが、結論は何時もの通りらしい。
「俺が塀を溶かす。由華は硬化して突撃だ!」
「やっぱりそうなるのね......」
案の定とばかりに由華が頭をもたげると、ナナがほくそ笑む。
「ププッ! お似合いなのですね」
「な、なんですって! ツルペタの癖して!」
「はぁ? いま、なんて言ったのですかね。このマンホール女!」
ナナに揶揄され、由華は眦を吊り上げる。こうしていつもの争い事が始まるのだが、さすがにスバルがそれを
「おいおい、それどころじゃないだろ!? さあ、やるぞ! 溶けろ!」
二人がバツの悪そうな表情を作るが、スバルは気にすることなく塀を溶かし始める。
「ん?」
「何事だ!? ぐあっ!」
「て、てき、がはっ!」
塀がドロドロと溶け出したことで、近くにいた黒い戦闘服を着た者達が驚きの声と共に、敵の出現を叫ぼうとした。
しかし、それは由華の手によって、あっという間に片付けられた。
「よしよし、じゃ、片っ端から始末していくぞ」
「分かったわ」
「了解なのですね。ああ、ダーリン、拳銃は私が欲しいのですね」
敵から武器を奪いつつ、スバルがニヒルな表情で告げると、由華とナナが頷いてくる。
スバルも彼女達の返事を聞いて納得したのか、即座に頷きを返すと、遮蔽物に隠れながら脚を進めた。
敵が油断しているのもあって、ナナの盗心が有効打となり、スバル達は一方的に蹂躙していく。
「くっ! 襲撃だ!」
「て、敵が現れたぞ。ごふっ!」
「一階だ! ぐあっ!」
さすがに、いつまでもこっそり倒せる訳もなく、スバル達は発見されてしまう。しかし、黒い戦闘服を纏った敵は、硬化した由華にぶん殴られて吹き飛ぶ。
恐らく死んではいないと思うが、由華に殴られた奴等は、物凄い勢いで飛んで行き、床を転がるか柱に激突して沈黙する。
「ダーリン、武器の回収はどうするのですか」
「ん~、後だな。物量もありそうだし、粗方片付けてからにしよう」
「了解なのですね」
黒い戦闘服を纏った男達から、防弾チョッキやらなにやらを全て剥ぎ取って装備したナナが、見るからに重そうな恰好でスバルに問い掛ける。その恰好ときたら、幼少であるが故に、完全に防弾チョッキとホルスターの塊に見えた。
――凄い格好だな......まあ、怪我をするよりはマシだから、しょうがないんだけど......いてっ!
考えを読まれているのも忘れて、スバルはナナの様相に溜息を吐く。
勿論、ナナから蹴られたのは語るまでも無いだろう。
「一階に、あとどれくらい居るの?」
スバルやナナと違い、直接的にしか敵を認識できない由華が尋ねてくる。
「半分近くは片付いているのですね。ただ、上の階に同じくらいの数が居るのですね」
「ええ~、そんなに居るの?」
まだまだ沢山いると聞いて、由華が呻き声をあげると、スバルが訝し気な表情で己の疑問を声にした。
「多いのは分かるが、ハンターメフィストってそんなに弱いのか? この前の雰囲気からすると、この雑魚共が相手じゃ負けるとも思えんが......」
「思考は読めませんが、恐らく、上にはナンバーズが居るのですね」
思考を読めないことが悔しいのか、忌々しいと言わんばかりの表情で、ナナは頭上に目を向ける。
勿論、上階の土間が邪魔になっていて、ナンバーズの姿が見える訳ではない。しかし、同じように見上げたスバルが、視線を降ろして肩を竦めた。
「まあ、やることは同じさ。さっさと片付けちまおうぜ」
同じように視線を降ろした由華とナナが頷き、スバル達は一階の敵を容赦なく片付けていくのだった。
紫とピンクが転がっていた。
といっても、ブドウと桃が転がっている訳ではない。
紫髪の少女とピンク髪の少女が倒れているのだ。
横たわる二人の近くでは、黒髪ポニーテールの少女と長い黒髪の少女、茶髪の少女の三人が、遮蔽物に隠れながら敵と戦っていた。
「おいおい、もう二人もやられてるじゃんか」
下階の敵を掃討し、そそくさと上ってきたスバルが、六階の有様を見て眉を顰める。
「完全に敗戦ムードね」
「ああ、オシメ付きが二人とも撃沈したのですね」
スバルに続いて、由華が現在の状況を的確に表現すると、ナナが冷たい言葉を口にした。
どうやら、以前のことを未だ根に持っているようだ。
三人がそれぞれの感想を口にすると、そこでポニーテールの少女、
「あ、あんた......もしかして、あの時の......確か......スバルか?」
一瞬、敵かと思ったのか、久美子はスバルに向けて拳銃を突き付けた。
しかし、どうやらスバル達のことを思い出したようだ。
驚いた表情を作りつつもゆっくりと拳銃を他へ向けて撃ち放つ。
次の瞬間、彼女が撃ち放った弾丸は敵の前で爆発した
「おお! なんで爆発するんだ? てか、よく俺だと分かったな」
「ふふっ! 秘密だよ。てか、あんた、そっちの方がいいよ」
「す、スバル、早く終わらせて帰ろうよ!」
久美子の放った攻撃を見て、スバルは一歩下がって驚きを露にする。そして、あの時の自分が女装していたことを思い出して、直ぐに自分だと見抜いたことに感心した。
しかし、爆発は久美子の能力らしく、その方法は教えてくれないようだった。
ただ、久美子はニヤリと笑うと、スバルに纏わりつくような視線を向けてきた。
すると、久美子の態度が気に入らなかったのか、それとも女としての勘が働いたのか、由華が眉を顰めてスバルを急かし始めた。
その途端に、久美子は唇を吊り上げて言葉を付け加えた。
「でも、あんた、女の趣味が悪いね。そいつは面倒臭いタイプの女だよ」
「な、なんですって!」
久美子の言葉にカチンときたのか、由華が
「その通りなのですね。だから、そんな女は早く捨てるのですね」
「ナナまで、何言ってるよの!」
戦闘中だというのに、全く以て緊張感のない女達を眺め、スバルは肩を竦めて嘆息すると、両手の機関銃で敵を撃ち抜きながら話題を変えた。
「こらこら、内輪揉めは後にしろ。それより、なんでこんな相手にやられてるんだ?」
スバルの疑問を耳にした途端、久美子はニヤリとしていた表情を崩し、眉間に皺を寄せた。
「向こうに、重力使いと雷撃使いが居るんだ。ルミとレミが雷撃使いにやられちまって身動きできなくてさ。それより、あんた、助けに来てくれたのかい?」
――やっぱりナンバーズが居るみたいだ......てか、助けに来たわけじゃないんだが......助けに来たと言った方が格好いいかな? もしかして、やれる? やれるよな? いてっ!
毎度のことながら、エッチにまで発展させたスバルだったが、即座にナナの蹴りが炸裂した。
「ダーリン、いい加減にするのですね。本当に切り落とされたいのですかね」
「じょ、冗談だ。冗談!」
痛みに顔を顰めつつ、誤魔化そうとするスバルだが、思考を読んでいるナナを相手に、全く意味のない行為だと言えるだろう。
ただ、それを眺めていた由華は、何を決意したのか、眦を吊り上げて己の考えを吐き出すと、勢いよく敵に向かって走り出した。
「もういいわ。スバルが浮気を始める前に倒すわよ」
「お、おい! まて、まだ敵の力が......」
それを見たスバルが慌てて止めようとするが、その行為は無意味だったようだ。
「うきゃっ! 前に進めない......う、身体が重い......」
由華は数歩進んだところで足を止め、真面に銃弾を浴び始めた。
「なあ、あの女、アホだろ? あたいは重力使いが居るって言ったよな? まあ、硬そうだから問題なさそうだけどさ。でも、スバル、やっぱり趣味が悪いぞ? あんな硬い女のどこがいいんだ?」
久美子は集中攻撃を喰らう由華に冷やかな視線を向け、呆れた様子でスバルに尋ねる。
「い、いうな。あれでも可愛い奴だし、普段は柔らかいんだ......」
敵の銃弾を全身に浴びながらも、それを豆鉄砲かのように弾きながら、のそりのそりと戻ってくる由華から視線を逸らしたスバルは、ボソボソと彼女のフォローをするのだった。
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