第42話 狩人は狩られるもの?
一目で貧困と解る衣服をまとった者達。いや、ボロを纏っていると言った方が
そんな老若男女が恐怖に怯える表情を顔に張り付けていた。
体力のある者は逃げ惑い、力無き女は
狩人に捕まった子供は泣き叫び、その父親らしき男は抵抗したのか、鮮血を流して倒れている。その妻であり、子供の母親らしき者は、その状況に悲痛な声をあげていた。
――許せねーー! 絶対に許せねーーーーーー!
そんな凄惨な光景を目の当たりにして、スバルはこれまでにないほどの怒りを感じていた。いや、怒りの炎で燃え盛っていた。
「馬鹿め! 抵抗するから死ぬんだよ!」
この場所には似つかわしくない綺麗な黒服を着た男が、倒れている者達に吐き捨てる。
どう見てもそれは悪役であり、由華の説明していた狩人で間違いないだろう。しかし、その男は自分の吐いたセリフが、己に降り掛かる災難になるとは思いもしなかっただろう。
「お前は抵抗しなくても死ね!」
その言葉が口から吐き出された次の瞬間、轟くような銃声が響き渡る。
勿論、それを身に受けた狩人が知る事は無い。
なぜなら、その銃声が発せられた瞬間には、既に何の思考すらできない状態になっているのだから。
「な、なんだお前は!」
「抵抗するのか! お前も始末するぞ!」
「あほか! お前等! 撃て! 撃て!」
頭が爆ぜて倒れた仲間を見て誰何の声が上がるが、上役らしき狩人の声で直ぐに攻撃の体勢を整える。しかし、次の瞬間には彼等の視線の前からスバルの姿が消えて無くなる。
「始末されるべき存在はお前等だ! 地獄で後悔しな」
消えたスバルに驚く狩人達だったが、直ぐに後ろから引導とも言える台詞が放たれた。
その声に振り向く狩人達だが、スバルの姿を確かめる前にこの世を去った。
「もう大丈夫だ。母ちゃんの処へいきな」
いつの間にか狩人から奪い取った子供を地面に下ろすと、スバルは優しい声でそう告げるのだが、あまりの凄惨な光景を目の当たりにした子供は、その場に座り込んで泣いている。
ただ、その母親は違ったらしい。勢いよくやって来ると、子供を抱き上げて礼も無く走り去った。
「母は強しか......さて、次は......あっちか」
母親の行動に腹を立てる事も無く、四人の狩人を始末したスバルは、頭を動かすことなく周囲を見渡す。
地下で過ごしたお陰で、随分と心眼に馴れた様子だ。
――ふっ、別に感謝されるために遣った訳じゃないしな。そう、自己満足だ。
助けたというのに、礼どころか
――お仕着せするつもりもないし、こんなスラムの者に対価を期待した訳でもない。ただ許せないんだ。同じ人間であるのに......いや、俺は何に怒っている? 狩人にか? 実験にか? いや、この帝都......この日本にだな......
次の標的に向けて光の矢となって駆け抜けながら、スバルは自問自答していた。そして、自分の進むべき道を見定める。
――よし、分ったぞ。俺の遣るべきことが。ユメ、悪いな約束は守れそうにない。
由夢と交わした日本を救うという誓いを反故にすることを決めて、その第一歩を踏み出す。
「まずは手始めにこいつ等からだな。間違いなく地獄の底に叩き落してやる」
頭を切り替えたスバルはそう口にすると、災厄とも呼べる存在と化して狩人を葬り去るのだった。
沈静化したスラムでは、誰もが畏怖と奇異の目でスバルを遠巻きに見ていた。
そこへ二人の子供を連れた由華がやって来る。
「終わったみたいね」
「ああ、この程度は大した作業じゃない」
由華の問いにそう答えたスバルだったが、彼女が連れていた二人の子供がブルブルと震えているのを見て、少しだけ心を痛める。
――ちょっとショッキングだったかな。まあ、仕方ない。綺麗ごとでは収まらないんだ。
己にそう言い聞かせて、気を取り直したスバルは二人の子供に告げた。
「家まで送らなくても平気か?」
その問いに、子供は頷こうとしたのだが、そこへ一人の女性がヨタヨタと遣ってくる。
「タケル! みのり!」
「お母さん!」
「おかあしゃん」
その女性が子供達の名前を叫ぶと、兄妹も透かさず母親の所へ走っていく。
「どこにいってたの! 心配したわ。狩人がきてたし......」
母親はそう言って
「おかあしゃん、みて!」
「すごいでしょ? 今日はごちそうだよ」
兄妹は母親に抱きしめられながらもパンの入った袋を見せる。
「ああ、いい匂い。これってパンじゃない。これ、どうしたの?」
母親は袋の中身を確かめると、驚いた表情で尋ねた。
その母親に、少年がこちらに振り返りながら答える。
「あの兄ちゃんがくれたんだ」
「まあ、そうなの?」
「うん」
少年に尋ねる母親へ、妹の方が頷く。
すると、母親は立ち上がるとスバルの前にゆっくりと遣ってくる。
「ほ、本当に有難う御座いました。なにもお返しする物がないのですが......」
母親は頭を下げると礼を述べてきたが、自分にお礼するものがない考えて口籠ってしまった。
「い、いえ、勝手に遣ったことですから、気にしないでください」
「ですが......」
母親に由華が答えるが、恐縮している母親の様子は変わらない。
ただ、そこで母親は何かを思いついたのか、一つ頷いて話し掛けてきた。
「何もないですが、もしよければウチに来ていただけませんか」
その言葉にスバルがノーと答えようとした時だった。
「な、なにを言ってるんだ! そんな奴、叩きだせよ! なんてことをしてくれたんだ。こんな事をして、帝警が大挙してやってくるぞ。どうしてくれるんだ!」
人相の悪い男が歩み出ると、スバルを糾弾し始めた。
――確かにそれは考えなかったな......カッとして狩人を片付けることしか頭になかったぞ......さて、どうしたものか。いや、俺が勝手に遣ったことだ。全て俺の所為にすればいい。ただ......それだと何も変わらないんだよな......でも、こいつらは、変える気も無さそうだよな......
その男の言葉を聞いて、スバルは悩み始める。しかし、己の行動を全く後悔していないところがスバルらしい処かもしれない。
ところが、そんなスバルに思わぬ援護射撃が放たれた。
「あんたこそ何を言ってるのよ。この人はウチの子供を助けてくれたのよ。そんなことを言うならあんたが助けてよ」
それはスバルの前から慌てて子供を連れて逃げた母親だった。
あの時は例も言わずに居なくなったのだが、どうやら様子を見に戻って来たらしい。
というか、助けた子供はタケルとみのりの友だったったようだ。
「すげ~! これ本当にもらっていいのか?」
「うん。沢山あるから」
「うん。いいよ」
スバルが助けた少年が小分けになった袋の中を覗いて、瞳を輝かせながら尋ねると、タケルとみのりが頷く。
「かあちゃん、すげ~! うあ~甘い匂いがする。あっ、こっちはソーセージが乗ってる。こんなおいしそうなパン、初めてだ!」
少年が大騒ぎをしながら母親に声をかけると、ぞろぞろと子供たちが集まってきた。
それを見たタケルが大きな声を出す。
「まだ沢山あるから、みんなおいでよ」
由華から差し出された特大のビニール袋を受け取ったタケルが手を振る。
すると、子供だけでなく大人もぞろぞろと遣ってきた。
――こりゃ、足らなくなりそうだな......
集まる人数を見て、スバルは頭をポリポリと掻くのだが、そこで再び人相の悪い男が叫ぶ。
「何やってるんだ! こんな奴の施しなんて受けたら、オレ達まで狩られるぞ」
男は唾を飛ばしながら叫ぶのだが、他の男がそれに反論した。
「だったら、カラス! お前が食い物を持って来いよ! お前が狩人を片付けてみろよ!
「な、なんだと! オレはスラムのことを思って言ってるんだぞ!」
カラスと呼ばれた男が必死に食い下がる。
恐らく、それはあだ名であって名前ではないのだろう。
そんなカラスは更に糾弾される。
「あたい知ってるよ。こいつが狩人にあたい達を売って金を貰ってるのさ」
「な、なんだと!?」
「それは本当か!?」
「あ、あいつが連れていかれたのは......くそっ! 許さん」
バラック小屋に身体を
「な、なにを言ってるんだ!
カラスは必死に濡れ衣だと喋り捲るが、複数の男達が取り囲むように集まってくる。
「ちっ! くそっ! お前等、後悔するなよ! 瑠美! てめ~は絶対に許さないからな!」
もはや弁解の余地なしと判断したのか、カラスはそう言うと人間とは思えない跳躍力でその場から飛び跳ねて囲いを突破すると、
「くそっ! 逃げられた!」
「あいつだったのか! 誰かが裏で糸を引いてると思ってたんだ」
「許さん。あいつの所為で、由紀子が......」
カラスに逃げられて、男達が悔しそうな表情で想いを口にする。
――売人が居たんだな。てか、どう見ても怪しいもんな~あのカラスって。いや、それよりも、これじゃあ食料が足らんわな......どうしたものか......
逃げたカラスのことも気になったが、それよりもスバルはパンに群がる人だかりを見て、どうしたものかと頭を悩ませるのだった。
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