第4話 痛恨の選択?


 ――地獄の苦しみとは、きっとこのことだ......助けて......誰か僕を助けて......


 足に激痛が走る。腕がじれるような苦痛が襲い掛かる。頭をハンマーで叩かれたのではないかと思える程の痛みに襲われる。更には身の内が燃え尽きるかのような苦しみを与えてくる。

 激痛のあまりに身体を動かそうにも何かで縛り付けられているように感じていた。いや、骨がきしみ、頭が割れそうなほどに痛む昴にとって、それすらも感じられたかは分からない。


 これまでお目にかかったこともない程の美少女とラブラブな夢を見ていたすばるに、突如として苦痛が襲ってきたのは、その少女と裸で絡み合った時だった。


 ――痛い......なにこれ、痛たた......あう、痛い、痛い、痛い、ぐあ~~~~!


 昴の脳裏から美少女が一瞬で消え去り、苦痛に埋め尽くされる。


 ――た、助けて、お願いだ。誰か助けて......ぐあ、もうダメだ......母さん、父さん......誰か、誰か......


 必死に助けを求めるが、それが声になる事もなく、誰も助けにこない。いや、声になったとて、きっと誰も助けられなかったであろう。


 ――やだ! もうやだ! なんで? 美少女とエッチなことをしたから? 罰なの? いや、痛い、痛い、痛い、痛い、溶けちゃう。体が燃える。なにこれ、僕が壊れちゃう......もう許して......お願いだ......謝るから......僕が悪いのなら謝るから......もう許して......


 助けを求める事が無意味だと思い始めると、すばるは必死に謝った。誰にともなく必死に謝罪した。何が悪かったのかも解からない。どうしてこんな目に遭うのかも分からない。それでも、ただただ只管ひたすらに謝り続けた。


 既に意識は混濁こんだくし、思考は停止しつつあるにもかかわらず、なけなしの力を振り絞って必死に謝罪する。

 しかし、何も変わらない。激痛は昴を襲い、犯し、侵食、蹂躙じゅうりんしてくる。


 ――もう......もう、ダメだ......死にたい......誰か殺して......殺してくれ......


 昴の精神は激痛の果て、身体の苦痛を感じつつも何も考えられなくなり始めた。

 そんな彼の中では、既に死が恐れの対象ではなくなっていた。いや、それどころか、死こそが喜びだと感じていただろう。

 故に、彼は必死に死を求めた。誰にともなく死を乞うた。

 肉声にならない心の叫びで懸命に死を求めた。

 しかし、誰も応じてくれない。いや、誰かが居るとも思えない。

 朦朧もうろうとした意識の中でそう理解すると、昴の精神は壊れ始めた。


 ――誰も助けてくれない......誰も許してくれない......誰も殺してくれない......ああ、そうなんだ。僕なんてどうでもいいんだ。そうか、そうなんだね......ククク......フフフ......アハハ! わかったよ。己が身は己で何とかしろということなんだね。


 全身に力が入らず、神経も通わず、何も見えず、ただ思考だけが少しずつ狂っていく。

 そんな昴へ向けて、昴ではない者が話し掛けてきた。


『昴よ。何を言ってるんだ? こんなことが自然に起きるとでも思っているのか? 誰かがお前をおとしいれたに決まっているだろ?』


 その者は昴に的確な答えをくれた。故に彼はその者に警戒心を解いて透かさず尋ねる。


『誰が僕にこんな仕打ちを?』


『それは俺も知らね~』


 その答えに昴はガッカリする。しかし、直ぐに助けを求めた。


『なんで僕がこんな目に? 何かが悪かったのなら謝るから、何かが悪いのなら直すから、もう許してよ』


 すると、その者は直ぐに答えてきた。


『お前はなんも悪くないぞ? 真面目に勉強をしていたし、盗みもしなければ、虐めもしないし、とても健全だったろ? まあ、夜な夜な独りエッチはしていたが、それくらいは誰でも遣ることだろ? それを悪だと言ったら、世の中の全ての者がこの苦痛を受けなきゃいけね~はずだ。違うか?』


 その者が己の赤裸々な事実を知っていることに驚きや恥ずかしさを感じつつも、昴はその者の言葉が正しいことを理解する。

 それ故に、己に起こっている事が理解できず、再びそれを尋ねてしまう。


『そ、そうだね。そうだよね。僕は悪くない......じゃ、なんで? なんでだよ』


『さあな』


 その者は的確に答えてくれるものの、肝心な原因を教えてくれることはなかった。いや、教えようにもその者も知らないのだ。


 そう感じた昴に、再び激しい痛みが襲い掛かってきた。


 ――痛い......痛い、痛い、痛い......もうダメだ。耐えられないよ。死にたいよ。


 その激痛に耐えられなくなった昴は、必死に助けを求めた。


『君に何とかできる? もう嫌なんだ。痛いんだ。また痛みがぶり返してきたんだよ。お願いだ助けてくれよ。僕を助けてくれるのは君しかいないんだ』


 必死に頼み込むと、その者は優し気な声でこころよく応じてくれた。


『いいぜ。俺が助けてやる。いや、俺にしか出来ないだろう。昴、お前は少し眠っているといい。その間に、俺がこんなことをした全ての者に鉄槌てっついを下してやる』


 昴にはそれが神の言葉に思えた。故に、必死にすがり付く。


『ほんと? いいの? この苦痛から解放されるの? 僕をこんな目に合わせた奴に復讐してくれるの?』


『ああ、勿論だ。やってやるぜ! とことんな!』


 昴の願いに、その者は任せろと言わんばかりに応じてくれる。

 そんな頼りになるその者の事が気になり、昴は恐る恐る尋ねる。


『き、君は誰なの? 本当に任せてもいいの?』


 すると、その者は昴と同じ声で答えてきた。


『俺はお前だ! 昴! だが、これじゃ少しややっこしいな。俺はスバルにしよう。まあいいや、だから安心しろ。絶対にお前を裏切ったりしないし、お前の事を一番に考えているからな』


 その言葉の意味を理解した昴は安堵して、もう一人の昴に懇願こんがんする。


『君は......僕......そうなんだね。そっか......じゃ、お願いするよ。僕はもう疲れたんだ。もう耐えられないんだ』


 それを聞いたもう一人の昴は、まるで頼り甲斐のある父親のように告げてきた。


『ああ、少し休んでろ。その間の何もかもを終わらせてやる』


『ありがとう。本当にありがとう......』


 そんな彼に礼を述べ、昴は眠りについたのだった。







 どれくらいの時間が経っただろうか。

 一時間か、それとも一日か、はたまた数日経っているのか。

 繰り返す激痛の所為で、何度も意識を失っていたスバルは、既に時間の感覚が麻痺していた。


 ――くそっ、マジでこの激痛は半端ないぞ! ちょっと安請け合いし過ぎたかな......


 大きなことを言って昴と交代したスバルは、今更ながらに少しばかり後悔していた。


 ――でも、あのままだとマジで死んじまいそうだったからな。俺が頑張るしかあるまい。


 彼自身もどういう理由で己が誕生したのかも知らないのだが、自分が眠りについた昴と同一人物であるということだけは理解していた。

 故に、眠りについた昴を大切に思っており、心優しい彼が苦痛のあまりに心中で生み出してしまった憎悪を自分が引き受ける事にしたのだ。


 ――ぐおっ! それにしても痛て~! なんて痛さだ!


 周期的にぶり返す痛みに苦痛を訴えるが、当然ながら声になる事はない。

 しかし、その痛みは想像を絶するものであり、スバルが未だに意識を保ってことが脅威だと言えた。


――ちっ! くそっ! 見てろよ! この痛みを倍返しにしてやる。この痛みの数だけ殺してやる。この苦しみの数だけ犯してやる。この不快な想いの数だけ破壊してやる。


『それはやめてください』


 スバルが激痛にもがき、苦しみ、罵りの言葉を唱えていると、突如として脳裏に女の声が響いた。


『誰だ? 勝手に人の意識の中に入ってくるなよ! 馬鹿野郎! って女か......』


 女性の声に対して毒を吐き出すと、その存在は唐突に謝罪を始めた。


『ごめんなさい。私が悪いんです。全て私の所為なんです。本当にごめんなさい......』


 その謝罪の意味が理解できずに、スバルは透かさず問いかける。


『なにが悪いんだ? 行き成り謝られても訳が分からんぞ』


『私があなたを召喚したんです。その所為であなたに不要な痛みを与えてしまったのです』


 スバルの問いに、その声の持ち主が申し訳なさそうな声色で答えると、彼は烈火のごと剣幕けんまくまくし立てた。


『じゃ、この苦痛はお前の所為か! 殺してやる! どこにいるんだ? 姿を現せ! 絶対に殺してやる』


 その途端だった。スバルに視界が生まれ始めた。


 そこは不自然な世界だった。足元には水が満たされ、頭上には空があった。そして、そのどちらもがどこまでも続いていた。だが、その世界はそれだけだった。風も吹かなければ太陽もなく、空には雲の一つもない。それでも、その世界は昼間のように明るく、どこまでも鮮明に見渡せるかのようだった。

 そんな世界に一人の巫女服を着た少女がポツンと立っていた。


 それを見た途端、スバルは激昂げっこうする。


「お前か! お前は昴の手を握った女だな! お前が昴や俺にこんな苦しみを与えたんだな」


 そう口にするや否や、スバルは走り出し、その巫女服の少女に向かって拳をぶちかました。

 しかし、無情にもその拳はその少女を捉えはしたものの、その綺麗な顔を通り抜けてしまった。


「ちっ! なんなんだ!?」


 怒りに震えるスバルが舌打ちと共に疑問を口にすると、殴られたはずの少女が悲し気な表情で口を開いた。


「これは私が作り出した幻想です」


「くそっ! いったい何のためにこんな事をするんだ!」


 悲し気な表情をたたえる少女に、スバルは己の想いをぶつける。

 すると、少女は頭を下げつつ、ゆっくりと話し始めた。


「本当にごめんなさい。でも、こうする他なかったのです。許してくださいとは言いません。ですが、どうか私の願いを聞いてください」


「やだね! なんで、こんな目に遭わせた張本人の願いを聞かなきゃなんね~んだ! ふざけんな! ボケっ!」


 口は悪いが、スバルの台詞はもっともだと言えるだろう。誰がどう考えても願いを聞くなんてもっての外だ。


 しかしながら、少女は全く諦めた様子がなかった。


「せめて、話だけでも」


「うっせ! 早く失せろ!」


 スバルの怒りは生半可ではなく、少女にとって取り付く島もない状態だった。

 それでも、少女は逡巡しゅんじゅんしたのちに再び口を開いた。


「お願いします。話を聞いてくれたら、あなたの願いを何でも聞きますから」


 それは在り得ない条件だった。

 何故なら、人の望みを叶えるとは、それほど容易いものではないのだ。

 仮に、スバルが過去に戻してくれと言っても、それを実現できるとは思えない。

 故に、この言葉は明らかに虚言きょげんだと言えるだろう。

 ところが、スバルの考えは違ったようだ。


「よし分かった! 話だけは聞いてやる。その代り......やらせろ!」


 そう、スバルは最低な男だった。


 普通なら助けを求めるところだろう。ところが、この男、その美少女を我が物にすることを優先させたのだ。ハッキリ言って最低最悪だと断言できる。

 それを証明するかのように、巫女服を着た少女が顔をゆがめて口を開いた。


「最低ですね。弱みに付け込んで女の体を求めるとは、公序良俗こうじょりょうぞくに反すると思いませんか?」


 そう、悲し気だった表情を顰め面に変えた少女は、そんな辛辣しんらつな言葉を吐いたのだが、スバルも負けてはいなかった。


「うぐっ! う、うっせ! こちとら毎晩のように聞こえてくるお袋のよがり声で欲求不満なんだよ! だいたい、人攫いが偉そうなことを言うな!」


「あう......」


 スバルの返した言葉は、更に最低だった。しかし、その気持ちは分からないでもない。

 思春期のお子さんを育てるお父さん、お母さん、気を付けましょう。


 それはそうと、どうやらスバルが放った一言は、コークスクリュー気味のクロスカウンターとなって彼女の心にぶち込まれたようだった。


 その証拠に、最低な一撃を食らった少女は、顔を赤らめながら渋々と口を開いた。


「分かりました。その代り一度だけですよ。それと、避妊ひにんしてください」


 ――ちっ、一発だけか、それも中出し禁止......まあいい、あとは交渉しだいだな。


 なんともはや、スバルは最低最悪な男だったが、この少女の神経も怪しかった。

 抑々、願いを何でも聞くといった時点で、こうなることを予測すべきだ。

 どちらにしろ、どちらも愚かな存在だと言えるだろう。


 そんな二人は、約束を違えないようにと誓いの儀式を行う。

 これに関しては、特に不埒ふらちな行為ではないのだが、未使用と未通の少年少女であったため、どちらも顔を赤らめて誓い合った。


 こうして美少女とエッチな約束を取り付けたスバルは、苦痛も忘れて意気揚々いきようようと彼女の話を聞くことになる。

 ただ、スバルはここで気付くべきだった。女性が己の身体を許してまで乞う願いが生半可ではないということを。そして、それを理解した時には、後悔しても遅いのだということを。

 更には、それを反故ほごにしようにも、先程おこなった誓いの儀式の制約で、逃げることすら出来なくなったのだと。


 結局のところ、スバルは彼女の思うつぼはまったのだが、彼の頭の中は目の前にたたずむ美少女とのエッチな行為でいっぱいになっていて、そうそうそんな旨い話なんて転がっている訳がないと疑うことすらしなかったのであった。

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