第82話 願うは楽隠居?


 人気のないその屋敷は、スバルの想像以上に立派な作りであり、そこらのサラリーマンでは実現できないマイホームだと感じたはずだ。

 というのも、その屋敷の旧家を思わす格調高い作りもさることながら、それを囲む広い庭の豪華さは、庭園さながらに美しく整えられていたからだ。


「デカい家だな~」


「まあ、それくらいしか取柄が無いけどね......」


「ぐあっ! 何かムカつく! それって金持ちの謙遜か?」


 敷地に入る立派な門を抜け、巨大且つ立派な屋敷を目の当たりにしたスバルが感嘆の声を上げると、透かさず由華が肩を竦めて首を横に振る。

 ただ、その態度がブルジョアぽく感じたのだろう。透かさず久美子が嫌味を投げつけた。


「正直な感想なんだけど......好きに受け止めていいわよ」


「ちっ、その余裕がすげ~ムカつくわ」


「まあまあ、クミ、ここは堪えましょう。私達も行く当てがないのですし......」


 いい加減、やっかみの相手に疲れたのか、由華が投げやりな態度で対応すると、久美子は悔しそうな表情で歯噛みするが、彼女に背負われている静香がおっとりとした雰囲気で宥めた。

 ただ、そこで話が終わると思いきや、ピンク頭の麗美がお腹を押さえて悲しさを露にした。


「というか、それよりお腹空いた~~~」


「はぁ~~~、レミ! あなたってそればっかりですよね。本当にあたしと双子なのか疑問に感じますよ」


 どうやら、麗美は空腹に耐えかねたようだ。

 そんな双子の妹を、紫頭の瑠美は溜息を漏らしつつ窘める。

 しかし、麗美からすると、姉の叱責よりも空腹の方が辛いのだろう。直ぐに反論し始めた。


「だって、お腹ペコペコなんだもん......もう丸一日何も食べてないんだよ? ねえ、ヒナ!」


「えっ!? な、なんで、そこで、わ、私に振るの? 私はそれほど......あぅ」


 いつの間に仲良くなったのか、麗美は隣に立つ雛菊ひなぎくに同意を求めた。

 雛菊からすると、それが予想外だったのか、慌てた様子で両手を振りながら否定を始める。

 ただ、彼女のお腹はそう思っていなかったのだろう。空腹を知らせる抗議の音が鳴り響いた。


「ぷぷっ」


「くくくっ」


「あははは」


 そんな彼女の様子が面白かったのか、誰もが笑みを零したり、吹き出したりしていた。


「あぅ......恥ずかしい......」


「仕方ないですよ。だって、ずっと飲まず食わずで戦ってたんですから」


 両手で顔を隠す雛菊。そんな彼女を静香が優し気な表情でフォローする。


 ――いつの間に、こんなに仲が良くなったんだ? 俺達が出発して三日くらいしか経ってなんだけど......もしかして、一緒に戦った所為かな?


 仲良く話している麗美と雛菊を見て、顎に手を添えたスバルが不思議そうな表情で首を傾げつつ、ロリコンマッチョの処に戻った時のことを思い起こしていた。


 帝都を水没させたスバルがロリコンマッチョの工場へと戻ったのは、その日の夜更けだったのだが、そこはまさに戦場かと思える有様だった。

 あちらこちらに激しく打ち合った弾痕が残り、破損した設備が無作為に転がっていたのだが、所々に物言わぬ屍も混じっていた。

 そんな状況に肝を冷やしたスバル達だったが、久美子の仲間である静香達、元黒影のすみれや雛菊は、生き絶え絶えといった状態ではあったものの、怪我ひとつなく健在だった。

 もちろん、マッチョ達が戦闘後とは思えないほどに元気だったのは、今更以て語る必要もないだろう。


 しかしながら、工場の有様は想像以上に酷く、居住施設もかなり派手に破壊されており、とてもではないが、このまま過ごすのには不安な状態だった。

 そんな時に、由夢を背負った由華が、「一度は由夢を家に帰らせてあげたい」と提案してきたのだ。

 ただ、誰もが由夢の境遇を知って、そうさせてあげたいと思ったようなのだが、自由の翼狩りが苛烈になっていることを理解しているだけに、頷く者は居なかった。

 ところが、スバルはそんな周囲の者達を気にすることなく、頷きながら返事をしたのだ。


「いいぜ。どうせ、どこに行っても同じさ。まあ、何が来ても俺が骨も残らず溶かしてやるぜ」


 その過激な言葉が、押し黙る者達に勇気を与えたのか、最終的には誰もが快く頷いたのだった。


 そんな訳で、深夜の移動が始まったのだが、これまでにおけるスバル達の所業から考えると、彼等の歩む姿は百鬼夜行と大差ないレベルだと言えるかもしれない。


「誰も居ないみたいなのですね。でも、閉心術を使っていることも考えられるので、油断してはダメなのですね」


 麗美と雛菊の様子を切っ掛けに、工場に戻った時のことを考えていたスバルに向けて、ナナが屋敷の状況を知らせる。


「そっか、それならさっさと入ろうぜ。ユメも疲れて寝てるみたいだし」


 振り向きながら、由華の背中でスヤスヤと寝息を立てる由夢を視線をやったスバルが、気軽に足を進めた。


 どうやら、由夢は久しぶりに食べたパンで満足したようだ。

 というか、由華からパンを受け取った由夢の顔が余りにも幸せそうで、誰もが瞳を潤ませていた。

 無論、その食べ物のために、スバルの被害に遭った自動販売機コーナーが、また一つ増えたのは語るまでも無いことだろう。

 ただ、その出来事は工場へと辿り着く前だった。

 それ故に、ロリコンマッチョの工場で待っていた者達は、未だに何も食べていない状態なのだ。


「あれ? 電気が止められてないのね。どういうことかな?」


 手慣れた様子で明かりを灯した由華が首を傾げる。

 その言葉からして、恐らくはダメ元でやってみたのだろう。

 ところが、何事もなく明かりが灯った所為で疑問に感じてしまったようだ。


「もしかしたら、どこからか狙われているかも知れんナ~。直ぐに電気を消した方が良さそうだナ~」


 訝し気にする由華に、ミケはすぐさま電気を消せと助言する。

 しかし、そこで二枚目紳士北沢が反論の声を上げた。


「もう遅いですよ。今更消してもこちらが不利になるだけだと思います。だから、カーテンをしっかり閉じて、窓を封鎖する方が良いと思います」


「ああ、それなら俺に任せろ。みんなは休んでていいぞ。あっ、由華、お前もつかれてるだろうが、腹ペコ達に何か作ってやってくれるか。見るからに死にそうな顔付きだぞ!?」


 北沢の意見を聞いたスバルは、即座に窓の封鎖を自分がやるという。

 これに関しては、スバル以上の適任が居ないのも事実なので、誰も反対する者は居ない。

 ただ、スバルは今にもくたばりそうな麗美をチラ見して、透かさず由華に頼み込む。

 すると、由華はぐったりとする少女達に視線を向けて溜息を吐くが、仕方なさそうに首を縦に振った。


「仕方ないわね~。由夢をベッドで寝かせてくるから、少しだけ待ってちょうだい」


「やった~~~~、ご飯だ~~~~!」


「こら! レミ! 行儀が悪い......あぅ......」


「ほら、ルミだって! そのお腹の音は行儀が良いの?」


「うるさいです!」


 渋々といった風であったが、由華が食事を作るとこを了解すると、麗美が喝采の声を上げた。

 それを見た瑠美がすぐさま麗美を咎めたのだが、その途中で己のお腹が不満を露にしたことで、妹からやり込められるのだった。







 食堂では飢えた少女達が、まるで餓鬼のように食事を貪り食べている。

 そんな少女達のガッツきように、嫌々ながらに料理をしていた筈の由華も、満更では無さそうな表情となっていた。

 しかし、全ての窓を錬金で封鎖したスバルは、そんな大食い大会の場にはおらず、独り可愛らしい部屋に佇んでいた。


 その部屋は、十五歳の少女の物とは思えないほどに、とことん可愛らしい様相だった。

 子供向けの人形や縫いぐるみが置かれ、カーテンにはフリルや刺繍がふんだんに使われていて、明らかに幼少の娘が住まう部屋といった印象なのだ。

 そんな部屋の小さなベッドで、由夢は幸せそうに寝ていた。

 明らかにベッドのサイズが合っていないところを見ると、恐らくだが、この部屋は彼女が連れて行かれた時のままなのだろう。


 ――ユメは助け出したし、一応はこれで満足かな......まあ、悪の権化だった総理大臣も死んだみたいだし、他にやりたい事もないし、あとはのんびりさせてもらおうかな......


 スヤスヤと眠る由夢を見下ろしながら、スバルは自分の気持ちを確かめる。

 そして、楽隠居とばかりに、残りの人生をのんびりと過ごしたいと願う。

 ところが、その途端に由夢の綺麗な瞳がパチリと開いた。


「旦那様。楽隠居なんで甘いです。まだまだ終わってませんから」


「うおっ! 起きてたのか! てか、俺の思考を読んだんだな!?」


 突然、声を掛けてきた由夢に、スバルは驚きを露にする。

 それに、これまで何度もナナに考えを読まれてきた所為か、思考を読まれたことに不平を述べる事は無かった。

 ただ、由夢の言葉が引っ掛かったのか、直ぐに己の疑問を口にした。


「てか、何が終わってないんだ? 取り敢えず総理大臣が誰かは知らんけど、黒幕は死んだんだろ?」


 悪しき国の黒幕が死んだことで、自分の役目が終わったと考えたスバルだったが、由夢は横たわったまま首を横に振った。


「いえ、外道は悪の手先――使い走りでしかありません。本当の黒幕は他に居ます」


「えっ!? 総理大臣が黒幕じゃないのか? てか、総理大臣が使い走りなのか......」


「はい!」


「じゃ、誰が黒幕なんだ?」


 由夢の話に唖然とするスバルだったが、直ぐに黒幕とやらについて尋ねた。

 すると、由夢はゆっくりと身体を起こし始めるが、力が出ないのか、そこでよろめく。


「おいおい、無理すんなよ!」


「ありがとうございます」


 慌ててスバルが由夢の身体を支えると、彼女は嬉しそうに微笑みながら例を述べた。

 それを見たスバルは、黒幕よりも由夢の事が気になる。


 ――こんなに痩せちまって......たくさん食べて早く健康的になってもらわんとな......


「うふふ。じゃあ、デブ可愛い妻になりますね」


「ちょっと待てや! 健康的なのは好きだが、あまり太り過ぎるのはダメだぞ」


「ふふふっ、はいはい。分かってますよ」


「ちぇっ!」


 揶揄われたと知り、不貞腐れるスバル。

 それを嬉しそうに眺める由夢。

 次の瞬間、由夢は声を立てて笑い始める。


「ふふふっ。あははは」


「笑いたけりゃ、好きなだけ笑え!」


 スバルはそれを不服に感じているのだろう。

 しかし、憮然とした態度を執りつつも、由夢を責める事は無かった。

 恐らくは、彼女が喜ぶことが嬉しかったのだろう。

 何故なら、スバルも次第に顔がニヤケてくる。


 まるで子供のような部屋で、子供のような遣り取りをしてる二人だったが、それはとても幸せそうな一時に見える。

 しかし、由夢は笑い終えると、その微笑みを一変させ、真の黒幕について語り始めるのだった。

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