第98話 決着?


 周囲は鮮やかな赤色に染まっていく。

 しかし、次の瞬間には、何事もなかったの如く元の景色が戻ってくる。

 恐らく、その現象を見ることができるのはスバルだけだろう。

 故に、傍から眺めている由華達からすると、スバルと皇主がパラパラでも踊っているかのように、お互いが手を振っているだけに見えたことだろう。


 しかしながら、必死に手を振って能力を発動させようとしている皇主は、そんな愉快な心境ではないようだ。


「なぜだ! お前の力は地属性魔法ではなかったのか!? なぜ、ワシの空破を無効化できるのだ!?」


 ハンサム外人の顔を慄きに歪ませながら、皇主はスバルの所業に対する疑問を口にする。

 ところが、相対するスバルは至って涼し気な面持ちのままだ。


「教えるか! ボケッ! てか、教えてくださいませ。スバル様といえば、教えてやらんでもないぞ」


「ぬううううううう」


 揚げ足を取るスバルの辛辣な言葉に、皇主は唸り声を発するが、どうやらプライドが探求心を上回ったのだろう。尋ねることなく次なる攻撃を放ってきた。


「無駄だ! 無駄だ!」


 その言葉通りに、スバルに向かって放たれた炎の槍が霧散する。


 そう、ここにきて相手の攻撃を元に戻す方法を思いついたスバルは、皇主の攻撃を全てあるべき姿に回帰させているのだ。

 その力のお陰で、スバルは自信ありげに皇主に向かって堂々と歩みを進める。

 その強者ともいえそうな様相は、これが本当にスバルなのかと思わせるほどに、威厳と貫録を感じさせるものだった。

 逆に、繰り出す攻撃を全て無効化されている皇主は、これまでと打って変わって情けない姿となり下がる。


「こ、こんなバカな......ワシの知る限りこんな魔法なんてないはずだ。魔法をレジストすることはできる。だが、無に戻すなど不可能なはずだ......」


 まさに、精神を蝕まれた病人の如く、うわ言をブツブツと口にしている。

 そんな皇主に向けて、スバルは容赦なく吐き捨てる。


「知るか! それよりも、吹き飛べや!」


 それまでゆっくりと近づいていたスバルが罵声を発した途端、その場から姿を消す。

 勿論、透明になった訳ではなく、目にも留まらぬ速度で移動したのだ。


「くそっ! どこだ! どこだ! どこから襲ってくる!? 死角からか!?」


 スバルの姿を見失った皇主がキョロキョロと周囲を見渡す。そして、死角である後ろからだと当たりを付けたのだろう。

 すぐさま、後ろに振り返るが、次の瞬間には己の向いている側に吹き飛ぶ。


「かはっ! ぐあっ」


 そう、後ろに回り込むと見せかけて、更にその後ろ――正面に回り込んだスバルが渾身の力でぶん殴ったのだ。


「まだまだ、これくらいじゃ済まさね~。オラオラ!」


 苦痛に呻く皇主に向けて、スバルは憤怒の表情で己の気持ちを吐き捨てると、即座に姿を消す。


「ぐはっ、ぐぼっ!」


 筋肉の鎧に包まれた皇主に、スバルはこれでもかと蹴りを叩き込む。

 その度に、皇主は宙を舞い、苦悶に顔を歪めながら呻き声を漏らす。

 しかし、スバルは止まらない。まるで壊れた機械であるかのように、落下する皇主を何度も蹴りつける。


 ――そろそろ、気を失った頃か......


 幾度となく蹴りを叩き込んだスバルが、いい加減に止めに移ろうと考えた時だった。


「なにっ!」


 蹴りの威力で宙を舞っていた皇主の身体が、落下せずに浮遊し始めたことで、スバルは驚きを露にする。


「くっ、かはっ! や、やってくれる......だが、こうなったら唯では済まさん。み、皆殺しだ!」


 片目が潰れ、口からは鮮血を吐き出す皇主が宙で立ち上がると、すぐさま殲滅の予告を口にした。


 ――マズイ! 由華達を狙われたら守り切れん......


 ギロリと由華達に視線だけを向けた皇主を見て、スバルは一気に焦りを募らせ、すぐさま逃げろと口にしようとする。

 しかし、それは少し遅かったようだ。


「にげ――」


「死ね! みんな死ね! バラバラになれ!」


 スバルが叫ぶ暇もなく、由華達の周囲が色を変える。

 それを見たスバルはすぐさま決断する。


 ――くそっ! 間に合わね! こうなったら......ナナ、俺の思考を読めよ! いけっ! 融解メルト


 スバルは額から汗を流しながらも、ナナに呼びかけつつ能力を発動させる。


 そう、スバルの錬金はとても便利な能力なのだが、大きな欠点がある。それは、錬金したい物質に触れる必要があるということだ。

 それ故に、由華達の周囲を赤く染める空気を元に戻すには、それに触れる必要があるのだが、とてもではないが今から間に合う距離ではない。

 そこで、スバルは別の方法を取ることにしたのだが、彼女達にそれを知らせる方法が無く、ナナの読心に頼ることにしたのだ。

 背中に冷たいものを感じているスバルを無視して、皇主が何処までも轟くかのような声を張り上げる。


「切り裂かれろ! このゴミ共!」


 スバルの心眼には、既に由華達が分からないほどに、その空間が赤く染まっているように映っている。

 それは、まるでその空間が鮮血で満たされているかのようであり、大丈夫だとは思っていても、スバルの胸を恐怖心で締め付ける。


 次の瞬間、由華達が居た空間がバラバラに切り裂かれる。


「クククッ、あはは、あはははははは! ざま~ない。クククッ、ほれお前の女達は微塵に切り裂かれて跡形もなくなったぞ! あはははははは!」


 宙に立つ皇主が、腹を抱えて狂ったように笑いだす。

 そんな皇主に冷やかな視線を向けたスバルだったが、己の中の怒りが爆発するのを感じていた。


 ――こいつは......奈落の底に叩き落してやる。いや、その魂まで無にしてやる。


 燃え上がる怒りの炎を胸に秘め、スバルは高笑いする皇主に向けて地を蹴る。

 その途端、地面からは特大の地槍が現れ、物凄い速度で皇主に向けて突き進む。


「そんな大技、喰らうか! クククッ、あははははは」


 醜悪な笑みを浮かべる皇主が、即座に毒を吐きながら地槍を阻むべく空破を放つ。

 しかし、地槍と共に地を離れたスバルが、すかさずそれを無効化する。


「なっ! ぐぎゃ!」


 己の力を過信していたのか、皇主は逃げることなくその場で笑い続けていたのが命取りとなった。

 スバルを嘲笑う皇主に極太の地槍が突き立ち、周囲に鮮血が飛び散る。


 雨のように降り注ぐ鮮血を浴びつつも、スバルは地槍で串刺しとなった皇主に蹴りを叩き込んだ。

 すると、極太の地槍で身体を貫かれた所為か、スバルの蹴りを喰らった皇主の上半身が千切れて地に落ちる。


「かはっ!」


 こと切れるかのような声を零し、皇主の上半身が地に叩きつけられるが、スバルは容赦なくその頭に着地した。


 通常で考えるなら、死者に鞭打つ所業であり、あまりにも残虐な行為だと言えるかもしれない。

 しかし、スバルは九文のことを考え、これでも足らないくらいだと感じているようだった。


「まさか、ここから生き返ったりしないよな? あっ、これってフラグ?」


 九文のことを思い出し、思わず懸念を口にしてしまったのだが、スバルはそれがフラグとなることを恐れる。

 ただ、とても残念なことに、それがフラグだったのかは定かではなが、皇主の血が動き出す。


 ――ちっ! やっぱりか......どうする!? またプリズンで封じ込めるか......いや、こいつの場合、それでも生き返りそうだしな......なんつたって千年以上生きる化け物だ。


 みるみる皇主の上半身に集まっていく血を見て、どうしたものかと思案する。

 ところが、そこで心眼に、これまでに見たことのないものが映った。

 それは、光の珠のようであり、野球のボールサイズの大きさだったのだが、皇主の胸の上にフワフワと浮いていた。


「何じゃこれ......まあいいかっ! 回帰!」


 それが何か理解できなかったようだが、スバルはいつのも安易な発想で、それを無に戻すべく回帰させる。

 との途端、スバルの蹴りを喰らって原型の無くなった皇主の顔から、断末魔のような叫び声が上がった。


「ぐぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 普通に考えるならば、その絶叫は口から発せられているはずなのだが、どこが口でどこが鼻かも分からない状態に、スバルは首を傾げてしまう。

 ただ、その途端に、皇主の上半身に戻ろうとしていた血が動きを止めたのを見て取り、驚きを露にしてしまう。


「もしかして、さっきのは魂なんてオチじゃないよな? ぐあっ!」


 呆れた様子で己が思いを口にしたスバルだったが、いったいどうしたことか、突然に苦しみ始めた。


「ぐおーーーーーー!」


 地面に膝を突き、悶絶しそうな様子で苦しむスバルは、それだけでは終わらず、苦痛のあまりか皇主の血で濡れた地面をのた打ち回る


「スバル!」


「ダーリン!」


 地面に転がって苦しむスバルを目にしたのだろう。由華とナナが慌てた様子で駆け寄ってきた。


 そう、由華達は全く以て無事なのだ。

 というのも、空破を喰らう寸前に、スバルが地面を陥没させてその空間から脱出させたのだ。

 それ故に、皇主が切り刻んだ空間には誰もおらず、由華達は数メートル下で尻餅をついていたのだ。


 そんな由華達が地上に上がり、一番初めに目にしたのがスバルの苦しむ姿であり、血を撒き散らした場所で二分された姿となった皇主だった。


「く、くる、な......」


 もがき苦しむスバルは、その状態でも由華とナナの声を聞きつけたのだろう。自分に近寄るなと告げる。


「でも......」


「大丈夫なのですか」


 スバルの言葉で脚を止めた由華とナナだったが、今にも泣き出しそうな表情で問い掛けた。

 しかし、スバルは苦しそうではありつつも、問題ないと声を返す。


「だ、だい、だいじょうぶ、だ......」


 スバルから問題ないと告げられて、何もできなくなってしまった由華とナナは、結局、その場でスバルが悶絶する姿を見守ることになるのだった。

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