第58話 処刑当日 マチョダ編

 モカのいる特別懲罰房から離れたところにある特A級魔物専用牢獄。ここは主に凶暴なモンスターなどを収監できるほど頑丈に作られたものである。どんな攻撃もびくともしない鋼鉄の檻。おまけに魔法を無効化する術までかけられている。


 どうしてそんなものがお城の地下にあるのか、よくわかっていない。かつて魔物との戦いがひどかった時代に作られたものだとか、大賢者が遺産として残したものだとか言われているが……知る者はいない。


 そしてこんな檻、使うことなどないだろうと言われていたのだが、国王タメロン三世がマチョダをそこに入れるよう命じたのだ。国王の間で気絶してしまったマチョダは兵士達数人がかりでここまで運ばれたのだった。


「どんな攻撃もびくともしない……ねぇ」


 マチョダは檻をさわってガシャガシャと数回揺らしてみる。その様子から、もしかしたら全力でパンチすれば檻を破壊できるかもしれない、と思った。しかしそんなことをするとモカに迷惑がかかってしまうだろうと彼は大人しくしているのだった。


「ふんふんふん……ふしゅーぅ」


 というわけで、特に何もすることのないマチョダは牢獄の中でひたすら筋トレに励んでいた。トレーニング後は、こっそりズボンの中に忍ばせていたブラックドラゴン・サイコロステーキ(まだ残っていたのだ!)を一粒口に入れ「フオオオオオ!」と叫び声をあげる。


 監視している兵士にとってみれば、マッチョが突然変な動きをして、何かを口に入れ叫び声を出す。そこから何かするのかと思えば、ただ大人しくしている。意味不明な行動に、「なんか気味が悪いからあんまり話しかけないようにしよう」と放置されていたのだった。


 コツコツコツ……。

 他の兵士が階段を降りてくる音が聞こえてきた。


「交代の時間だ、ご苦労だった。どうだ、様子は?」

「おっ、もうそんな時間か。いや、なんか突然動いたり叫んだりするけど、害はない」


「そっか、なら安心だな」

「しかしいつ暴れだすかわからん。じゅうぶん気をつけろよ」

「わかった」


 兵士たちはそんな会話を交わして、持ち場を交代した。


 マチョダは暇を持て余しているので、また別の部位のトレーニングを始めた。「フンフンフンフン!」先ほどはスクワット。今度は腕立て伏せ。すると、交代したばかりの兵士が妙な動きをしているマッチョに興味を持ったのか、檻に近づいてきて彼の行動をじっと眺めていた。


「そんなにトレーニングが楽しいか?」

 突然兵士に話しかけられて、マチョダが嬉しそうに反応した。


「おっ、筋トレに興味を持ったのかい? 一緒にどうだ? 体も心も鍛えられるぞ!」

「モカが処刑されるってんのに、呑気なもんだな」

「……処刑?」


 マチョダは気を失っている間にここ、特A級魔物専用牢獄に運ばれたので、モカとマチョダが今後処刑されることになっているとは全く知らなかった。地下牢に連れて行かれて、ちょっと取り調べでも受けて、何も問題がなかったら釈放される。そう思っていたのだった。ふつふつとまた、あの国王に対して怒りが湧いてくる。


「おいおい、何も知らなかったのか? だからこうしてって言うのに」

「?」


 突然の兵士の発言に、マチョダはすこし冷静になった。どういうことだ? マチョダが兵士の顔を覗く。兵士がパチン! と指を鳴らす。すると、彼が身につけていた鎧が一瞬で消え去り、そこにはユーサン・ソウンドの姿があったのだった。


「ユーサン?」

「マチョダ、少し離れてろよ」


 ユーサンはそう言うと、彼の召喚獣であるイフリートを呼び出した。そして檻に向かって炎の魔法を放った。


「あっつ!」


 マチョダが慌てて炎から逃げる。真っ赤な炎が檻を溶かそうと襲い掛かるが、魔法を無効化するというのは本当だったようだ。ユーサンの炎ですら檻はびくともしなかった。


「ちっ……魔法無効化というのは本当らしい……。マチョダ! お前そこから何とかして出られないのか?」

 悔しそうにユーサンがマチョダに言う。


「はっはっは、まかせなさい!」

 マチョダはグルグルと右手を回して、ユーサンがいない方に向かってパンチを一発お見舞いした。



 ズガガガガガァァン!



 ものすごい音を立てて檻はバラバラになった。さらには向こうにあった石壁まで破壊し、大きな洞窟ができたような感じになった。


「……やっぱりお前は規格外だ……」

 ユーサンはそう言うと、急いでマチョダを連れて、転移魔法で姿を消した。


「すごい音がしたぞ! 何事だ?」

 階上から慌てて兵士たちが駆け下りてくる。


「こ……これは……」

 そこにはバラバラに破壊された特A級魔物専用牢獄と壁に開いた大きな穴だけが残されていたのだった。

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