第38話 狙われた新人冒険者

 冒険者ギルドには、冒険者が寝泊まりするための部屋がある。街中にある宿に比べれば粗末な作りだが、その分値段も格安だ。

 モカとマチョダはそれぞれ別の部屋を準備してもらい、それぞれの夜を過ごしていた。


「ついに私も冒険者だ……」

 モカはベッドに横になりながら、自分の首にかかった金色のネームタグを見つめていた。ずっと憧れていた冒険者。しかもA級からのスタート。思ってもみなかった飛び級に、彼女はこれまで以上にやる気に満ち溢れていた。

「お父さん、お母さん。もうすぐ会えるからね」

 モカは真っ暗になった窓の外を見る。両親のことを想いながら。


「ふう……今日はこのくらいにしておくか」

 一方こちらはマチョダ。モカの隣の部屋が割り当てられた部屋だった。いつものようにトレーニングをして軽く汗を流したあと、ブラックドラゴン・サイコロステーキを一つつまんだ。

「ふっ、フオオオオオォ!」

 口に中に入れた途端、小さな肉の塊に凝縮されたタンパク質がマチョダの体を駆け巡る。筋肉がパンプアップし、血流が良くなるのを感じた。

 この危ない薬にも似た竜の肉は食べた後の効果が凄すぎるので、一度に大量に摂取するわけにはいかないのだ。せめて数日に一つといったところだろうか。マチョダが普通の肉を求める理由もそこにある。

「ふぅぅ、効くぅ! さあ明日から全力で、冒険者となったモカをサポートしないとな!」

 ――それに、俺は改めて魔法が使えないことがわかったから、せめて筋肉だけは鍛えておかないと。

「うーむ、もう少し腕と首周りを太くしようかな……」

 窓に映った自分の姿を見て、マチョダはポージングを繰り返すのだった。



 ☆★☆



 翌朝。気持ちの良い朝日が部屋に差し込む。さあ、いよいよ冒険者としての初日が始まるのだ!


「マチョダさーん、先に降りてますね!」

「おお、わかった! 俺もすぐに行くよ!」


 モカが準備を済ませて一階へ降りると、そこには多くの冒険者が集まっていた。そして、モカが降りてくるのを見ると「うおおぉ! 来た来た!」と歓声を上げた。

 何か大事おおごとがあったのだろうか? と受付を見ると、受付嬢であるラティスが「ごめんね!」とモカの方を見て両手を合わせた。


 どうやら冒険者たちはモカ目当てで集まったようだ。


「魔法学校主席で卒業したんだってよ! 噂じゃ相当強いらしいぜ!」

「しかもめちゃくちゃ可愛いじゃねぇの! たまんねぇ!」

「モカちゃーん! こっち向いてくれぇ! うひょお!」


 みんなが一斉に喋るものだから、モカは一つ一つの言葉がよく聞こえなかった。すると、さっそく見知らぬ冒険者が近づき、話しかけてきた。


「君だろう? 昨日冒険者になったモカ・フローティンっていうのは! よかったら僕たちとパーティを組まないか?」

 すると後ろから、横から、冒険者たちが一斉に声を浴びせる。

「おい、抜け駆けはずるいぞ! モカちゃん、俺たちのパーティに入ってくれよ!」

「俺たちんとこ、第3層まで潜ってるぜ! 入るんなら俺たちんとこだ!」

「あいつんとこよりこっちの方が第4層に近いぜ!」


 ――なるほど、パーティを組みたい冒険者たちが私をスカウトに来たってことね。

 モカは状況が理解できた。が、誰ともパーティを組む気はなかった。まだユーサンやスリムゥなどの同級生ならまだしも、見知らぬ冒険者たちといきなりパーティを組むなんて考えられなかった。


 モカがわいわいとうるさい冒険者たちにうんざりして、二階へ戻ろうかなと思っていると、マチョダが荷物を抱えて降りてきた。


「お待たせモカ……って、なんじゃこの人だかりは!」

「あっ、マチョダさん! よかった!」


 二階からどでかいマッチョが降りてくるのを見て、モカを勧誘していた冒険者たちはみんな、マチョダのことをだと勘違いした。

 

 魔法学校を卒業したてだもんな。冒険者登録をするときに親も一緒についてきて、一晩泊まったんだろう。ということは……お父さんを説得させればモカ・フローティンを自分のパーティに入れることができる!

 

 冒険者たちは、今度はマチョダをターゲットにして、怒涛の勧誘を始めた。


! 娘さんをぜひ俺たちのパーティへ!」

「?」マチョダは当然のごとく困惑する。

! うちのパーティなら娘さんを安全にサポートいたします! お任せください!」

「?」パーティ? 何のことだ? 歓迎会でもしてくれるのか? マチョダは冒険におけるパーティが仲間を意味するということをわかっていなかった。


「そうだな、肉がたくさん準備できるのであれば考えてもいいかな?」

「ちょ、マチョダさん!」モカがなんてこと言うんですか! とマチョダのタンクトップの裾を引っ張る。


「肉……娘さんは魔法使いなのに肉をお好みで?」

「いや、俺が肉を食べたいんだ」マチョダが筋肉を見せつけながら言う。

「え……えっと、もしかしても冒険者なんですか? モカちゃん……娘さんと一緒に?」


「さっきからお父さんお父さんって……俺はモカのお父さんじゃないぞ!」



「えっ?」



 冒険者たちがマチョダの一言で一瞬にして静まりかえった。そして近くの冒険者同士でひそひそと話し始める。


「じゃあ、いったいどういう関係なんだ?」

「一緒に二階で寝泊りしたってことは……恋人?」

「まさか! どうみても歳の差がすごすぎるだろ!」

「引率の先生なんじゃないの?」


 周りの冒険者たちが好きかって話すものだから、モカは耐えきれなくなって大声で叫んだ。



「マチョダさんは、私の召喚獣です!」



「えっ?」


 先ほどよりもさらに冒険者ギルド内が静かになった。

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