第53話 お前は嘘をついているな

「こマッチョったなぁ」

 マチョダ渾身のオヤジギャグも空振りし、結局彼はモカと一緒に王の部屋へ入ることは許されなかった。その結果、モカは一人で王の間へと向かわなければならなくなった。


「マチョダさん、待っていてくださいね。すぐに戻ってきますから」

「おう、スクワットでもして待っておくよ」


 その場で膝の曲げ伸ばし運動を始めたマチョダを、ムーサンをはじめとする他の兵士たちがドン引きの目で見つめている。そんなマチョダを見つめながら、本当はついてきてほしかったんだけどな、という表情でモカは扉を開けて中へと入っていった。


「ああ、モカちゃん……かわいかったなぁ」


 ふとムーサンがつぶやいた。そこにマチョダが反応して、「そういえば、あんたユーサンの兄貴だってなぁ。ちょうど昨日、ユーサンと二人でいろいろ話したところだったんだよ!」とスクワットをやめて、ムーサンの肩に腕を絡ませた。


「やっ、やめろ! そんなマッチョを俺にくっつけるな!」

「はっはっは! 兄弟ってのは反応まで似るもんだな!」


「ムーサン、このマッチョと知り合いだったのか?」

 仲睦まじい? マチョダとムーサンのじゃれあいに他の兵士たちも何か楽しそうなことをやっているのかと集まってきた。


「違う! 俺は今さっきこのマッチョと会っただけだ! 弟の知り合いらしいけどな!」

「はっはっは! ユーサンの兄貴ってことは俺の弟みたいなもんだ!」


「やめろ! 訳のわからんことを言うな!」


 笑いながら先輩兵士たちも会話に入ってくる。

「なんだ、俺はてっきりお前の親父さんかと思ったぜ」

「そう言われればそんなふうにも見えるな」


「違う! 頼むからこのマッチョを俺から引き剥がしてくれ!」


 王の間へと続く扉の前は、なんだか楽しそうだった。



 ☆★☆



 マチョダとムーサンがじゃれあっている頃、モカ・フローティンは王の目の前でひざまづいていた。


 無駄に高い天井とこれでもかというくらいに装飾が施された壁や柱。扉から王の前までは赤いカーペットがシワひとつない状態で敷かれている。王の隣には大臣らしき人物。さらに部屋の周囲には槍を構えた兵士が複数人待機していて、警備も厳重だった。


「よくぞ参った、モカ・フローティン。表を上げよ」


 国王であるタメロン三世の言葉に、モカは顔を上げた。ふくよかな体に、はちきれそうな王様の服。口髭はくるんと長い。ああ、いかにも王様って感じだなぁとモカは思ったが、表情には決して出さず、真っ直ぐにタメロン三世をみつめていた。


「この度は古代の迷宮の踏破、ご苦労であった。これまで誰もなしえなかった快挙、褒めて遣わすぞ」


「あ、ありがとうございます」

「で早速なのだが……何か特別な宝を見つけたのだろう? 何を持ち帰ったのか教えてくれないか」


「え……」


 何と言えばいいものか。嘘は……ばれそうだなぁ、正直に言ったほうがいいかな? ああ、こんなときにマチョダさんがいてくれれば……。そんな思いが頭をめぐり、モカが返答に困っていると、国王の隣にいた大臣が口を開いた。


「古代の迷宮は国が管理するものであるからして、第4層以降のお宝は一度国へ差し出すことになっている。そなたも冒険者ギルドに属しているから知っているだろう? もちろんそれに見合った報酬は払うつもりであるから、正直に申し出ること」

 そういうことだ、とタメロン三世もうなづいた。

 

 ふとモカが自分の右手につけてある腕輪を見た。古代の迷宮第5層で魔法使いマティオーネからもらったものだった。これだ! とモカは目を大きく開けて、国王タメロン三世に向かって言った。


「こ、この腕輪を見つけました! 第5層の宝箱の中に入っていたものです!」


 ちょっぴり嘘を混ぜてしまったけど、それくらいいいよね。モカは銀色の腕輪を取り外す。それを大臣が受け取ると、国王のもとへと差し出した。


「これが……第5層の宝箱の中に?」


 キラキラと輝いているわけでもない、そして魔力があふれているわけでもない、何の変哲もないただの銀色の腕輪を見て、タメロン三世は額にシワを寄せる。


「こんなもの、大した値打ちもなさそうだ。他にお宝はなかったのか?」


 本当はもっとすごいお宝を手に入れたんだろう? そう言わんばかりの表情でタメロン三世がモカに詰め寄る。しかし実際にモカは腕輪以外の宝物を持ち帰っていない。彼女は正直に話すことにした。


「いえ、国王様。私が第5層までで手に入れたのはこれで全てです。私は別に宝物が欲しくて迷宮に足を踏み入れたわけではありませんので」


 そのモカの発言に、タメロン三世は険しい表情を見せる。

「……では、お前は何のために迷宮に入ったというのだね」


 ――しまった、余計な一言を言ってしまった……。マチョダさん、どうしましょう! モカが困った顔をして隣を見るが、当然そこにマチョダはいない。


「封印されし魔法……を手に入れたのではないですかな?」

 大臣が横から口を挟む。


「どうなんだね? 答えたまえ、モカ・フローティン」


 あわわわわ……それも違うんですけど……と言いたかったモカだが言葉がうまく出てこない。そんな姿を見て大臣が怪しんだ。


「そもそも君は……どうやって第5層までたどり着いたんだね? 第4層から下へと続く階段は、ナナ・スージーやクランチでさえも見つけられなかったんだ」

「え、えっとですね……」


 まさかマチョダが第三層で地面を殴って第五層までの穴を開けた、なんて言えるはずがなかった。信じてもらえないだろうし、穴はすぐに閉じてしまったのでそれを証明しようもない。

 モカが返答に困っていると、タメロン三世が椅子から立ち上がった。眉間にシワがより、イライラしている様子が一目でわかった。



「ええい、モカ・フローティン! なぜひたすらに隠そうとするのだ! そんなに宝を渡したくないのか! それとも……第5層に到達したというのは……嘘だな!」


 大臣もそれに同調する。

「確かに……ローインの冒険者ギルドからも『第5層に到達したものがいる』とだけしか報告を受けておりません。もしかすると、ギルド全体で隠蔽している恐れもありますな!」


「……ローインのギルドマスター、ナナ・スージーが怪しいな。調査団を向かわせて徹底的に調べ上げろ」

「はっ!」


 タメロン三世の言葉に大臣は深く頭を下げて、それから周囲を警備している兵士の一人を呼んで耳打ちした。兵士は軽くうなづくと、王の間を後にした。おそらく調査団を作ってローインに派遣するように命令されたのだろう。


 ――え? え? なんだか話が変な方向に進んでいってるんですけど!?


 モカがどぎまぎしていると、タメロン三世が強い口調で言った。



「モカ・フローティン! 古代の迷宮第5層に到達したという虚偽の発言……許すまじ! 真実が明らかになるまで地下牢行きだ!」



 ――は?

 何も弁明できないまま、モカは兵士たちに腕を掴まれて地下牢へ連れて行かれた。

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