エピローグ マ王再降臨篇
第76話 不穏な空気
「はぁ、モカも今やギルドマスターか」
「だいぶ差をつけられちゃったね、ってか天才だからそんなもんか」
「私たちもがんばらないとねぇ」
スリムゥ、レンダ、リーンのいつもの仲良し三人組が、ヴァルク野村の冒険者ギルドの一階にある食堂で談笑中だった。彼女らは最近、活動の拠点をここヴァルク野村に移し、新しくできた古代の迷宮に挑戦しているのだ。
「で、モカは今何をしてるんだ?」
「シュワルツさんとお話し中。なんか、最近物騒なんだって」
「何かあったのぉ?」
三人組がそんな話をしていると、背後から男性の声がした。
「どうやら最近、南の雪山でゴブリンたちが集まって怪しい儀式をしているらしい。何かを呼び出そうとしているとか……」
「ユーサン?」
「うわ、久しぶり。どうしたのこんなところに」
「確か今、王都で国家魔術師やってるんだっけ?」
ヴァルク野村の冒険者ギルドに現れたのはユーサン・ソウンドだった。彼は魔王との戦い後、国家魔術師となり、複数属性の魔法についての研究を行っていたのだった。オールバックの長髪も切り、短く整えられた髪は若干、遠い世界へ行ってしまった親友を意識しているのではないかと思わせる。
「ああ、国王直々に頼まれたら断れんくてな……いや、そんな話はいいとして」
彼は続ける。
「俺はそのゴブリンたちの調査に来たんだ。雪山に住むゴブリンどもなら炎の魔法が効果的だろうと思ってな」
その一言に、スリムゥたちが反応してニヤリと笑う。
「とか言って、本当はモカに会いに来たんじゃないの?」
「聞くところによると、ここの冒険者ギルドとの連絡役にも自ら志願したって?」
「へぇ、昔に比べて積極的になったじゃない!」
「ちっ、違う! 俺はただヴァルク野村の安全のために!」
「だってぇ、そんなのうちのギルドマスターがいればちょちょいのちょいだもん〜」
「私がどうかした?」
スリムゥたちとユーサンの会話中、階段上からコツコツコツ……と音がしてギルドマスターであるモカ・フローティンが降りてきた。
「あら、ユーサンじゃない。久しぶり! あ、髪の毛切ってる。かっこいいね!」
モカがユーサンに駆け寄り、彼の手を握る。――っ! ユーサンは赤面し、顔を背ける。三人組はそのやりとりに顔がにやける。
「とっ、とにかく雪山のゴブリンたちが不穏な動きを見せているんだろ? 俺が調べてくる」
「あら、そのためにわざわざ王都から来てくれたの? これから私が行こうと思っていたのよ」
「そう、私と一緒にね」
突然モカの隣にシュワルツが姿を表した。古代の魔法使いで、肉体は滅びた彼女はいわば幽霊のようなものである。ここヴァルク野村に、モカの助言を受けて古代の迷宮を作り上げたのも彼女なのだ。叡智の腕輪を取り返し魔力も充実している現在、自分の作った迷宮に冒険者たちが挑戦する姿を見るのが楽しくて仕方がないのだという。
そんなシュワルツがユーサンを見て、興奮し始める。
「あっら、いい男じゃない! どう、私とツェネガってみない? バッキバキに仕上げてあげるわよ!」
人差し指を出してシュワルツがユーサンのあごを撫でる。撫でるといっても実体がないのですっとすり抜けてしまうだけなのだが、それでもユーサンには十分刺激的だったようで……。
「な、なんだこの女性は……! 魔力も桁違いだが……まさか、以前言っていた……」
「そう、シュワルツさん。古代の大賢者なんだよ!」
モカが嬉しそうに言う。シュワルツは「冗談よ、青年。もう少しマッチョになったら相手してあげるわね」と姿を消した。
動揺しているユーサンが落ち着くのを待って(後方に座っている三人組はただニヤニヤしているだけだったが)、モカが口を開いた。
「えっと、じゃあユーサン……雪山の調査、お願いしてもいいかな? 実は私も他の仕事で手一杯でさ。あっ、もちろん報酬はちゃんと払うからね」
「……それはもう貰っている」
「えっ」
俺はみんなが見ている前でモカの腰を掴み、ぐっと近くに引き寄せる。
「お前の……笑顔、それが俺にとっての報酬だ」
「まあ、ユーサンったら……嬉しい……好き」
「俺もだよ、モカ」
モカの顔がこんなに間近にある。相変わらず可愛い顔をしてやがるぜ! そう思っていたら、自然とモカが瞳を閉じた。少し唇が震えている。これは……そういうことか? そういうことなのかァ!
俺はゆっくりとモカに口づけを――
「――サン、ユーサン!」
「はっ!」
ユーサンが我に帰ると、目の前にモカの姿はなく、椅子に座って飲み物を飲んでいる三人組がニヤニヤしながらこちらを見ていたのだった。
「もうモカは二階に上がっちゃったよぉ」
「なんか昔と変わんねぇなぁ、ユーサン!」
「早くモカに告っちまいなよ!」
「うっ、うるさい! もう俺は行く!」
恥ずかしそうにユーサンは冒険者ギルドを後にした。しかし、内心久しぶりにみんなに会えて嬉しかった。
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