第47話 古の魔法か宝石か

「すご……一撃」


 モカは思わず声を出していた。黒い竜を――竜の谷で戦ったときはスリムゥたちと力を合わせて勝てたけど――こんなにもあっけなく倒してしまうなんて! 改めて彼女は自分の召喚獣の強さを思い知ったのだった。


「さ、力は示したぞ!」


 マチョダが石像に向き直ってから言う。あ、そうだった! とモカもそれに倣って振り返る。石像は目玉を動かしてモカとマチョダを見る。そしてまたゆっくりと口が開かれた。


「……お前たち、規格外の強さだな。ここまで来たのもうなづける」


 嬉しそうにマチョダがムキっ! と両腕を曲げて筋肉を強調するポーズをとる。彼はモカに「同じポーズをしようぜ!」と目線を送るが、モカはそれを見て「私は絶対にしません!」と少し顔が引きつった。


「まずは名を名乗ってもらおうか、お前たち……名は何と言う?」

「……モカ。モカ・フローティンです」

「マチョダ・ゲンキだ!」


 マチョダはポーズをとりながら名乗ったが、石像もモカも一切反応を示さないものだから、少し申し訳なさそうな顔をして、気をつけをした。


「あなたは……この迷宮を作った魔法使いなのですか?」

 モカの問いに、石像が答える。

「いかにも。私がこの迷宮を作った魔法使いマティオーネだ。といっても、肉体はすでに滅び、魔力だけを残した存在であるのだがな」

 死んでなお、魔力だけを残す。それがどれだけ高度な技なのか、天才魔法使いのモカ・フローティンには理解できた。


「……ごほん。ところで……ここまで辿り着きし勇敢な冒険者よ、汝は何を望む。封印されし魔法か? それともあふれんばかりの宝石か?」


 なるほど。ここまでたどり着くと、魔法か宝石か選んで持ち帰ることができるのか。まあ、モカなら魔法を選ぶんだろうな。宝石には興味がないとか言っていたし。マチョダはそんなことを思いながら、石像の話を聞いていたが、モカの口からは意外な言葉が出たのだった。


「私、お父さんとお母さんに会いたいんです」

「……」


 マチョダはしばらく言葉が返せなかった。――そうだった。モカは自分のために蘇生魔法を使った両親に会うために……それが真実なのかどうか確かめるためにこの迷宮に足を踏み入れたんだった。俺はなんて馬鹿野郎なんだ! モカが欲しいのは魔法や宝石じゃない。親の愛情なんだ! 彼は自分を恥じた。


「どういうことだ?」


 石像がモカに尋ねる。モカは少し早口で、自分の生い立ちやこの光景を夢で見ていたことなどを全て話した。


「……なるほど、そうか。覚えておるぞ。お前があのときの……大きくなったな」


 モカの話を聞いて、石像は理解したようだった。と同時に、モカは自分の見ていた夢が本当に起きたことだったのだとわかった。


「あのときのってことは、夢でみたことは本当に……?」

「ああ、そうだ。確かにお前は18年前に死んだ。流行病だとか言っていたかな。まだ生まれたばかりだというのにかわいそうだと、両親は泣いておった」


 モカは真っ直ぐに石像を見つめて、話を聞いていた。マチョダもさすがに今はふざけてはいけないと、モカの後ろで真っ直ぐに立っていた。


「そしてここにやってきて、蘇生魔法を使いたいと言ったのだ。もちろん、私には断る理由がない。私は二人に蘇生魔法を教えてやることにした」

「それで私は生き返ったということですね……」


 石像はゆっくりとうなづいた。


「ああ。しかし、蘇生魔法はそもそもが世のことわりに反する魔法。それ相応の代償は必要となる」

「……代償とは?」

「術者の命だ。お前の両親は自分たちの命と引き換えに、お前を救うことを選んだ」


 モカの脳裏に夢で見た光景が思い出される。両親と思わしき二人が、自分に向けて魔力を注ぎ込んでくれている――あれはやはり、蘇生魔法を唱えていた時の映像だったのだ。二人の魔力いのちと引き換えに、私の命を助けるために。

 モカの目から静かに涙がこぼれ落ちた。私の体の中には、二人の魔力が、愛情が確かに込められている。私はずっと一人ではなかったのだと……両親に対する感謝の気持ちと、嬉しさが溢れ出した。


「私は、自分の命を投げ出してまで我が子を救おうとする二人の姿に感銘を受けた。そこで、敬意を評して二人を下の階へと埋葬したのだ……再び生を受けた子が大きくなり、ここへ戻ってくることを期待して」


 石像の話は、モカが夢で見たものと完全に一致していた。やはり、この迷宮は第5層で終わりではなかったのだ。さらにその下、第6層があったのだ。


「それから18年後、お前は立派な魔法使いとなってここへ来た。お前の願いは両親に会いたい……だったな。どうだ、会いに行くか?」


 モカは黙ってうなづいた。

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