第46話 冒険者よ、我に力を示せ

 まさかまさか、マチョダとモカは労せずに第5層まで到達してしまった。


「ここが……第5層」


 これまでの魔法で作られた迷宮とは違い、ここは地中そのものといった感じだった。壁や床、天井のあちらこちらから木の根っこらしきものが生えている。そして、ところどころ天井から水滴が垂れていて、地面に水たまりを作っていた。辺りが薄暗かったので、モカは魔法で明かりをつけた。ぼおっとほのかな光がモカの周辺を照らす。どうやら第5層は一本道のようだった。


「この先は……真っ直マッチョぐだな」


 マチョダが目を細めて遠くを確認する。すると、モカは意気揚々と「マチョダさん、行きましょう!」と歩き出した。もう、マッチョ・ジョークは完全に無視されてしまい、マチョダは少し悲しかった。(もしかしたら、モカはマッチョ・ジョークに気づいていないのかもしれない! という僅かな希望を残しつつ。でもこちらからは言及しないのである。それがマッチョというものなのだ)


「おっ、おい! 慎重に進まないと!」


 マチョダがそう声をかけると、「心配ありません! 魔法で罠がないことは確認済みです!」とモカが答えた。


(召喚獣を介さないと魔法は使えない……んだよな? つまり、俺……?)


 これまで散々魔力ゼロだと言われていて、自分でもそう思っていたマチョダだったが、モカが何気なく魔法を使う姿を見て、少し不思議に思ったのだった。



 ☆★☆



 しばらく歩くと、開けた部屋にたどり着いた。奥は行き止まり。つまり、ここが第5層の最奥部ということになる。第3層の扉だらけの部屋と同じくらい――つまり、学園の教室ほどの広さで、天井は信じられないくらい高い。きっとこれも魔法で作り上げられたものなのだろう。マチョダはそう思った。


 床や壁、天井から飛び出ている木の根は苔がびっしりとついている。モカの両親がたどり着いて以来、誰も足を踏み入れていないことがひと目でわかる。


 部屋の中心にはマチョダの二倍ほどの大きさの石像が立っていた。右手に杖を持った老人の像――おそらくこの迷宮を作った魔法使いなのだろう。いかにも迷宮の最後の場所、といわんばかりの荘厳な雰囲気にモカも思わず息を飲む。



「夢に出てきた石像と……同じです!」



「ということは……やはり」

「はい。あの夢はただの夢じゃなかった……。昔、実際に起こったことだったのかもしれません」


 辺りはしんとしているが、時折、天井から落ちてくる水滴がぽちゃんと音を立てる。そしてそのあとは、また静寂が訪れる。二人は何か起きないか、しばらくその場に立ち待っていたが、特に石像が動き出すこともなかった。


「うーん、何も起こらないなぁ。よし、一発マチョダ・パンチでも!」

「待ってください」 


 モカはそう言ってマチョダの動きを制する。そしてそのまま、ゆっくりと石像に近づいた。「おい、危ないぞ!」とのマチョダの言葉はお構いなしに、彼女は石像の目の前に立つと右手で触れた。ぶつぶつと何か呪文のような言葉を唱えると、ぽわっと青白い光が石像とモカを包み込んだ。


「!?」


 マチョダは目がおかしくなったのかと自分を疑った。石像にだんだんと色がついていく。まるで、石化した人間が元に戻っていくかのように。やがて、石像は――いや、石化が解けた人間は、ゆっくりと目を開いた。目玉がきょろきょろと動き、眼下にいるモカとマチョダの姿を確認する。そして口を開いた。


「冒険者よ……我に力を示せ」


 ドン! と部屋全体が震え、モカとマチョダの後方に何かが落ちてきた。二人が慌てて振り返ると、そこには大きく口を開けた黒い竜が一体、戦闘態勢に入っていた。


「おいおいおい、竜だって! 本物か?」


 マチョダがびっくりしながらも拳を握って、戦いの構えをとる。大きさは自分の二倍以上。石像よりも大きく、羽を広げると部屋全体を覆ってしまいそうなほどだった。爪の先は鋭く尖り、黒光する鱗はみただけで固そうなことがわかる。


「いえ、おそらくこれはこの迷宮を作った魔法使いが作り出したものです。そして、この竜に勝たないと先へは進めないようですが……」


 一方でモカは落ち着いていた。特に慌てることもなく、表情一つ変えることはなかった。数週間前、倒れたマチョダを救うため東の谷で黒い竜と戦っていたからだ。あのときは空高く舞い上がられて攻撃が届かなかったが、今回は洞窟の中。天井が高いとはいえ、攻撃が届かないほどではない。しかも、前回は借り物の召喚獣、ゴーレムを連れていたため苦戦したのだ。今回は自分の召喚獣、マチョダを連れている。負けるはずなどないと自信を持っていた。


「大丈夫です、マチョダさん。ゴブリンキングにも余裕で勝てたんですから。この竜はそれよりちょっとだけ強いくらいです……多分!」


 多分かい! とマチョダはずっこけたが、緊張をほぐすのには十分だった。人間界では架空の生物である竜が現れたので、相当な強さだと思っていたマチョダだったが、ゴブリンキングより少し強いくらい、というモカの言葉に妙に安心したのだった。


「なら……まずは挨拶がわりの、マチョダ・パンチ!」


 ヒュン! とマチョダが竜に向けて拳を飛ばす。もちろん、竜に直接パンチするわけではなく、その場で拳を突き出しただけである。


ドゴゴゴゴゴッ!「!!」


 マチョダの突き出した拳の延長線上にものすごい空気の渦が発生し、竜を後方の壁へと吹き飛ばした。竜の体と壁がぶつかり、グシャッという鈍い音が部屋中に響く。そしてそのまま竜は動かなくなり、やがて細かい粒子になって消滅した。


 マチョダ、魔法使いが作り出したものとはいえ、黒い竜でさえも瞬殺であった。

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