第48話 両親との再会、新たなる道

 ギルドマスターであるナナ・スージー、そして魔法学園のクランチ校長でさえもその存在を知らなかった、古代の迷宮第6層。


「お前の両親は下の階第6層に眠っている……どうだ、会いに行くか?」


 古代の魔法使いマティオーネ(石像)は確かにそれを口にした。両親に会う……その申し出をモカが断るはずがない。彼女は黙ってうなづいた。

 すると、石像の裏側――部屋の奥の方でズズズズズ……と何かが動く音が聞こえた。モカとマチョダがそちらの方を見ると、床が動き下へと続く階段が現れたのだった。


「さあ、いくがよい。そこにお前の両親が眠っている……ただし、会えるのは今回だけだ。思いの丈を存分に伝えるがよい」


 マティオーネの言葉を背に受けて、二人は下の階、第6層へと向かった。



 ☆★☆



 そこは第6層と呼んでいいのか躊躇ためらわれてしまうほど、こじんまりとした部屋だった。四方を土壁が囲み、部屋の中心に小さな墓が二つ並んでいた。マチョダは少しかがんで部屋へと入る。


「これが、モカの両親のお墓か」


 墓にはそれぞれ「エスプレ・フローティン」「コレット・フローティン」と名が記されていた。おそらくこれがモカの両親の名前なのだろう。モカはまた涙目になりながら、墓に刻まれた文字を指でなぞってみる。


 ああ、確かに……確かに私の両親はここに眠っているんだ。ずっと見ていた夢は、今このときのためにあったのだ。モカはそう思いながら、両膝をつき、二つの墓に抱きついた。


「お父さん……お母さん……私、会いにきたよ」


 その姿にマチョダの涙腺も崩壊寸前だった。なんとなくではあるが、モカと元の世界にいる自分の娘の姿とを重ねてしまったのである。


「うっ……ひぐっ……」

 マチョダが涙をこらえて鼻をすする。指で目に溜まった涙を拭う。そんなとき、モカが抱いているお墓がぼんやりと輝き出した。


「!?」


 様子がおかしいことに気づいたモカとマチョダが墓を見つめると、そこにうっすらと人の形をした光が浮かび上がった。


「モカ……そこにいるのはモカなのか?」

 光の中から男性の声が聞こえてくる。初めて聞く声であったが、モカには誰の声なのかわかっていた。


「お……お父さん?」

「まあ、こんなに立派な姿になって……」

「お母さん?」


 お墓に浮かび上がった光は、モカの両親のものだった。実体はないものの、確かにそこに意識が存在しているのだ。


「もう体はないけど、マティオーネがこうやって魂だけは残してくれていたんだよ」

「モカにもう一度会えるときまで、という約束でね」


「……お父さん、お母さん」


 モカは声にならない声で両親のことを呼ぶ。止まらない涙を腕で拭い、お墓の上の光を見続ける。



「大きくなったなぁ、モカ。赤ちゃんのとき以来だから当然といえば当然か!」

「お父さん、私立派な魔法使いになったよ!」


「見ればわかる。本当に立派になった」

 モカの父が、彼女の頭を優しく撫でる。

「私たちの大切なモカ。最後にこうして会うことができて嬉しいわ」

 モカの母が、彼女を優しく抱きしめた。


「うん! ……ありがとう、お父さん、お母さん」

 モカは涙を流しながらも満面の笑みを浮かべた。


 マチョダは涙と鼻水を垂らしながら、黙って小部屋から出て、階段を登った。しばらくの間、モカと両親だけの時間を過ごしてほしい。そう思ったからであった。


 ☆★☆


 第5層に戻ってきたマチョダはマティオーネの石像に話しかけた。


「俺もひとつ尋ねてもいいかな」

「……人間よ。お前は何を望むのだ」

「プロテインを……」

「プロテイン?」

「あ、いや……今のは冗談で……ゴホン」


 古代の魔法使いにマッチョ・ジョークが一切通用しないことを瞬時に悟ったマチョダは、改めて真面目な顔をして尋ねた。


「俺は別の世界から、モカに召喚されてこの世界にやってきたんだ。俺は……元の世界に戻ることはできないのか?」

「……」


 石像はしばらく黙ったまま、マチョダを見つめていた。まるで鑑定をしているかのように、マチョダの全身をくまなく見つめる。しばらくしてから、石像の口がゆっくりと動き出した。


「この世界のどこかに、別の世界とつながる場所があると言われている。私も詳しくは知らないが」


 マチョダの目に一筋の光が浮かび上がった。もしかしたら、元いた世界に戻ることができるかもしれない。古代の魔法使いがいうのだから間違いはないだろう。……それがどこにあるのかわからないのが問題ではあるが……。

 マチョダがそんなことを考えていると、マティオーネが続ける。


「古代の魔法使いの中には、私のように迷宮を作り、そこに叡智を残した者もいる。そうだな……ここから遥か北にあるヴァルクの村を訪ねるといいだろう。かつてそこに私と同じ大賢者がいたのだ。彼もきっと何か残しているだろうから探してみるといい」

「北にあるヴァルクの村だな……ありがとう。行ってみるよ」

「しかしお前は……なんとも不思議な人間マッチョよ」


 マチョダとマティオーネが話を終えてしばらくすると、モカが階段を登って第6層から戻ってきた。彼女の顔は先ほどの涙のせいで目の周りが腫れていたが、晴れやかで満足した表情だった。


「マチョダさん、ありがとうございました。もう、大丈夫です」

「ご両親と十分に話はできたのか?」


「はい! 最後は十分満足した様子で、天に登って行きました。でも二人の魔力は……私の中に生き続けていますから」


 モカはそう言って自分の胸に手を当てた。マチョダはそんなモカの様子を見て、ほっと落ち着くと同時に、まるで自分のことのように嬉しくなるのだった。

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