第5話 上級魔法なんて使えない

 魔法学園オリンピアはざわついていた。

 それもそのはず。校長室へと続く大回廊を一人のマッチョが、しかも天才魔法使いモカ・フローティンをお姫様抱っこしながら堂々と歩いているのだから。


「ちょっとマチョダさん! やめてください、恥ずかしいです!」

「はっはっは、気にするな! 召喚魔法でたくさんの魔力を使ってしまい、力が抜けたんだろう。こういうときはマッチョに任せておきなさい!」


 はっはっは、と白い歯を見せて笑顔で大回廊をマッチョが歩いている。学園の生徒や先生たちもあまりの不気味さに、マッチョが近づくと隅の方と避けていく。


 ――やべえ、あいつ召喚された魔力ゼロの人間だろ?

 ――モカ・フローティンも地に落ちたもんだぜ!

 ――先生、あれはだれ? どうしてあんなに体が盛り上がってるの?

 ――見てはいけませんよ!


「うーん、この魔法学園には体を鍛えているものはいないんだな」


 マチョダは大回廊を進みながら、生徒や先生たちの姿を見て少し残念そうに言った。それに対してモカが彼の腕の中で答える。


「そもそも私たちに体を鍛えるという概念がないんです。鍛えるべきは魔力。この世界では魔法が全てですから」

「俺たちの世界でいう筋力……ってところなのかな」

 まったくもって見当違いのことを言うマチョダだった。


「筋力……それが何なのかはわかりませんが、この国では六歳になると魔法学校へ入学し、魔力を高め、魔法を習得していきます。そして十八歳になると卒業試験として召喚魔法を使い、召喚獣と契約するのです」

「なるほど、それでモカが俺を召喚したというわけか」

「はい。召喚獣との契約は一生ものですから、何を召喚するかによって将来が左右されるのです」


 マチョダが大回廊を進んでいると、ぎゃあぎゃあ騒がしい女子生徒三人組が進行方向に待ち構えていた。こちらを見つめて何か言っている。

「あの声は……」

「どうかしたか?」

「いえ、何かと私に突っかかってくる三人組でして……普段なら何も気にすることはないんですが……その……」


 モカは自分のことより、マチョダが馬鹿にされることが申し訳なかったのだ。魔力ゼロはこの世界では生きるのが難しいことを意味する。魔力ゼロなのはマチョダが悪いわけではないのに――。


「なるほど、そういう輩は相手にしなければいい。自分の能力のなさを人のせいにしたり、他人の能力をひがんだりするのは弱者のすることだ。筋トレ界隈でもいるんだ、そういうのが」


 マチョダは道を塞ぐように前に立っている三人組を意に介さず、歩みを止めない。スリムゥ、レンダ、リーンの三人にしてみれば、遠くから歩いてくる魔力ゼロの人間は自分たちの前で止まるとばかり思っていた。しかし、モカを抱え笑顔で白い歯を見せたまま、自分たちへと向かってくる。しかも視線はまっすぐ前……校長室だけを見つめて、自分たちを見ていない。

 それはまるで土属性上級魔法であるメテオストライク――巨大な隕石が熱を帯びて、勢いよく襲いかかってくるかのように感じたのである。


「ぎゃあっ!」


 マチョダはただ、歩いているだけである。しかし、女生徒三人組はあまりの恐ろしさに腰を抜かし、その場に倒れてしまった。スリムゥとレンダに至っては口から泡を吐いて気絶してしまった。リーンは意識こそあれど膝が震えて、まるで悪魔でも見るかのように恐怖に怯えた目で、通り過ぎていくマチョダとモカを見つめていた。


 そんな様子を気にも留めず、マチョダは大回廊を歩き続ける。

「何をしたんですか、マチョダさん……」

 マッチョの腕の中で、倒れる三人組を見ていたモカがマチョダに尋ねる。

「ん? 別に何も。ただ校長室に向かっているだけだよ」

「でも、スリムゥは叫び声を上げて倒れていました……なにか魔法を使ったのですか?」


「はっはっは!」

 マチョダは笑って言った。「俺はただのマッチョだ。魔法なんてものは使ったことがないし、使えるわけがないだろう……おっ、もしかして異世界に召喚されたから使えるようになったのかな? 筋肉魔法! なーんてな!」


 マチョダはまだ、自分が魔力ゼロの存在であることを知らない。

 そしてモカもまた、自分が召喚したマッチョがとてつもない潜在能力を秘めていることをまだ知らなかった。

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